こだまの(新)世界 / 文学のお話

ロバート・ハインライン『ダブル・スター』


原題は、 Robert A. Heinlein, Double Star (1956) で、創元社文庫の初版は1994年(森下弓子訳)。 ただしこれは、1964年初版の『太陽系帝国の危機』の新訳・改題である。 原作は1956年にヒューゴー賞ベスト長篇に選ばれた。


内容

そもそも一杯の酒につられて 素性の知れぬ男の話なんかに耳を傾けたのが間違いだった。 失業俳優ロレンゾが引き受けた仕事は、 行方不明中の偉大なる政治家の替え玉役。 やっつけ仕事のはずだったのに、 いつのまにやら太陽系帝国の運命までも担うはめになろうとは。 プライド高き三文役者の一世一代の大芝居、 八面六臂の大活躍! ヒューゴー賞受賞作『太陽系帝国の危機』を新訳・改題。
(裏表紙から引用)


感想

文学テーマで言えば、「替え玉物」。 他のハインラインの作品と同様、 あまり「SF的」ではないが、 とにかく面白い。

(ただし、この物語をSF的な設定においてではなく、 たとえば現代のアメリカを舞台にして展開したとしたら、 やはり作品の魅力は半減すると思われる。 SF的設定というのは、 現実くささをなくす、 という意味で重要なのだと思う)

また、ハインラインの多くの他の作品と同様、 この作品においても、 主人公の「成長」というのが重要なテーマになっている。 「成長」というのは、もちろん精神的な成長のことだが、 もっと厳密に言えば、「善き市民」へと至る成長のことだ。 ハインラインの主人公は、 いろいろな苦難の末に、 市民としての義務や責任の観念を身に付け、 市民としてバランスの取れた人間に成長する。

解説にもあるように、 ハインラインは民主主義が非常に好きなのだと思う。 ただし、『宇宙の戦士』などを読むかぎり、 彼は楽天的な民主主義者ではないと思われる。 彼は簡単に民主主義が成り立つとは考えていない。 市民が精神的に成長し、権利の観念だけではなく、 義務の観念も身に付けなくては、 民主主義は育たないと考えている(と思う)。 おそらく戦後1950年代のあたりの作品には、 時勢柄そういうテーマを持ったものが 多いのではないだろうか。

ところで、今回の作品も、 主人公を除けば、あまりキャラクターの個性がないように思われる。 典型的すぎる、というか、 あまりに役割分担がはっきりしすぎている感じがする。 この人は良い人、この人は裏切り者、という感じで。 まあ、そういうわかりやすいのもそれはそれで面白いんだけど。 結局のところ、 ハインラインの作品に出てくる登場人物に人間的な深みを求めるのは 間違っている(と思う)。

ええと、役者の職業倫理、替え玉物、アメリカ的ユーモア、 アメリカ的民主主義観が好きな人たちにお勧め。 セックス描写もなにもないが、一気に読める楽しい作品。 ただし知的興奮度は少ない。


名セリフ

ログ・クリフトン 「あなたはあまり政治の経験がおありにならない」
ロレンゾ 「もちろん、ないさ。ボーイスカウトで班長に立候補して落ちたことがあってね。 おかげで正気になれたんだ」(156頁)

ロレンゾ 「政治とは汚ないゲームなんだな!」
クリフトン 「いいえ」「汚ないゲームというものは存在しません。 ただ、汚ないプレイヤーに時おり出会うことがあるのです」(161頁)


関連リンク


08/05/98-08/06/98

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KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Thu Aug 6 17:10:21 JST 1998