依存性

(いぞんせい supervenience)

まず、『善い』の特徴のうち、 依存性と呼ばれている特徴を取り上げよう。 「聖フランチェスコは善い人だった」とわれわれが言うとしよう。 こう述べ て、しかも同時に、 《聖フランチェスコとまったく同じ状況に置かれ、 まっ たく同じように行為したにもかかわらず、 善い人ではなかったという点にお いてのみ聖フランチェスコと 異なる人がいたかもしれない》 と主張すること は論理的に不可能である。

---R.M. Hare


難解な概念だが、平たく言うと、 「AはBに還元できないけど、重要な仕方で依存している」という意味。

「善さ」などの道徳的な性質が「快さ」などの自然的な性質に 依存している(supervene on)と言われる場合、次のことが意味されている。 すなわち、 「善さ」と「快さ」は同じものと考えることはできない (=「善さ」は「快さ」には還元できない)が、 それでもある重要な仕方で「善さ」は「快さ」と結びついており、 ある事柄が快い場合でもそうなかった場合でもそれが「善い」ことはありえない、 ということである。

依存性の他の有名でもっとわかりやすい例は脳と心の関係で、 心は脳に依存しており、脳なくして心は存在しないが、 しかし心=脳ではない、という意味でこの概念が用いられる。 上のヘアの例も参考にせよ。

このようなわかりにくい概念が道徳で用いられるようになったのは、 「善さ」や「正しさ」などの道徳的な性質を 自然的性質に還元するのは大きな誤りとして 考えられてきたからである。 この点について詳しくはムーアスティーヴンソンなどの項目を参照せよ。

05/Dec/2001


上の引用は以下の著作から。


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Fri Jan 28 03:43:18 JST 2000