はじめに / 第1章-結論 / 第2章-PROPERTY--OUGHT / 第3章-POSSESSION--IS
倫理学風研究 / index
さて、ここからは水滝教授の、OED(Oxford English Dictionary)を使った、いささか衒学的な説明を紹介しなければならない。余談であるが、水滝教授はOEDの2nd ed.の丸ごと入った電子手帳を持っておられる。うらやましい限りである。
まず、水滝教授は「own」と、それの同語源の言葉の説明をされる。
動詞の「own」の意味で、かつまた現在使われている重要な意味は、OEDの「own」の項の2. a.である。
2. a. To have or hold as one's own, have belonging to one, be the proprietor of, possess.
訳すと、「〜を自分自身のものとして持つあるいは保持すること、〜を自分に属するものとして持つこと、〜の所有者になること、〜を所持すること」。
しかし「possess所持」がここにあるのはどういうことであろうか。水滝教授によると、自説からして考えられる可能性は、(1)日常用語、あるいは生活用語としての「own」は「possess」とは厳密に区別されていないか、あるいは(2)ある対象を「own」することは常に「possess」することを意味する、すなわち「possess」は「own」の必要条件である(しかし十分条件ではない――ある対象を「possess」しているからといって必ずしも「own」しているとは限らない)かのいずれかである。しかしこの問いに答えることは、ここではとりあえず保留しておこう。
OEDの「owner」の項のa.によると、この言葉は次のように説明される。
a. One who owns or holds something as his own; a proprietor; one who has the rightful claim or title to a thing (though he may not be in possession); spec. one who owns a race-horse.
訳すと、「あるものを自分自身のものとして所有しているか保持している者。すなわち所有者。あるものに対して正当な要求権あるいは権原を持っている者(たとえそれを所持していない者であっても)。特に、競馬用の馬を所有しているもの」。 ここで「あるものをpossess(実際に所持)していなくてもowner所有者でありうる」という重要な説明があるのに注意しよう。また後に「possess」の説明で明らかになるように、「たとえあるものをpossess(実際に所有)していてもowner所有者であるとは限らない」ということも示されるから、結局「possess」は「own」の必要条件でも十分条件でもない、ということになるであろう。つまり、あるものを現在「possess」していようがいまいが、ぼくはそのものの「owner」であると言うための正当な要求権を持っている、ということである。
しかし結論は急がずに、次に進もう。
再びOEDの「ownership」の項によると、この言葉は次のように説明される。
The fact or state of being an owner; legal right of possession; property; proprietorship; dominion. Also attrib.
訳すと、「所有者であるという事実あるいは状態。すなわち所持の法的権利(正当性)。所有権。proprietorship所有者、領有権。また、限定修飾語にもなる」。
つまり、ある対象の所有者であること、あるいはある対象に関する所有権を持つこと、というのは、「所持することが法的に正しいと認められていること」なのである。水滝教授はさらに進んで、「法的に正しい、というのはもともとは宗教的にも道徳的にも正しい、ということであるから、あらゆる意味である対象を「所持すべきだ」と言える人間が「所有者」と呼ばれるのである」(原語は大阪弁)と説明されている。
さて、ここまでのOEDの説明によって、「own」と「property」の概念が密接に結びついていることは、ほとんど明らかになったと思う。次に「property」と「ought」の結びつきを説明するために、「owe」と「ought」の意味を考えよう。 まず、「owe」である。OEDの説明によると、「owe」はもともと「own」と同語源であり、ドイツ語の「eigen」とも語源を同じくする。このことは少し「突っ込んで」英語を勉強したものであれば、誰でも知っている事実であるので、これ以上の説明は控えたい。ただし、OEDによると、「owe」にも1680年頃までは「own」と同じ意味、すなわち「〜を持つこと。〜を自分に属するものとして持つこと。〜を所持すること。〜の所有者であること。所有すること」という意味があったことは指摘しておいた方が良いかもしれない。
それでは、現在使われている「owe」の主要な意味は何か。OEDによると、それは「支払わなくてはならないこと」である。
2. a. To be under obligation to pay or repay (money or the like); to be indebted in, or to the amount of; to be under obligation to render (obedience, honour, allegiance, etc.). Const. with simple dat. or to. (The chief current sense.)
訳すと、「(お金などを)支払う、あるいは返済する義務があること。〜に〜の借りがあること。(服従、敬意、忠誠など)を行なう(果たす、払う)義務があること。単に与格を伴うか、あるいはtoを用いる。(現在の主要な意味)」。
この説明を見て分かるように、「owe」もやはり、「あるべき状態へと戻すこと」という意味を含んでいる。たとえば、もともとは平等な関係(あるべき状態)であったぼくと水滝教授が、ぼくが水滝教授に一万円借りることで不平等な関係(あるべからざる状態)になってしまった。そうするとぼくは、元のあるべき関係に戻すために、水滝教授に一万円を返そうとするのであり、水滝教授も、元のあるべき関係に戻すために、ぼくに一万円の返済を正当に要求しうるのである。
もう既に四千字を超したので、ぼくは「あるべきレポート」を書いてしまったと言えるが、ここで終わると水滝教授に失礼なので、すなわちまだぼくは水滝教授に借りを返したことにならないと思うので、時間のある限りもう少し続けることにする。
次は「ought」である。「もともと『ought』が『owe』の過去形であった」ということを知らない人は、おそらくこの地球上には存在しないであろう。そういう人は火星人に違いない。(以上、水滝教授の発言)だから現在の助動詞の「ought to」が持つ(以下の)意味は、もともと「owe」にもあったし、また「owe to」という表現もあったのである。
そこで、OEDを見ると、「ought」は述語の助動詞として使われるとき、次のような意味を持つ、とある。
5. The general verb to express duty or obligation of any kind; strictly used of moral obligation, but also with various weaker shades of meaning, expressing what is befitting, proper, correct, advisable, or naturally expected. Only in pa. t. (indic. or subj.), which may be either past or present in meaning. (The only current use in standard Eng.)
時間がないので訳は省略する。「proper」という言葉に注目していただきたい。さらに現在の意味で使われる場合の説明も引用する。
In present sense: = Am (is, are) bound or under obligation; you ought to do it = it is your duty to do it; it ought to be done = it is right that it should be done, it is a duty (or some one's duty) to do it. (The most frequent use throughout. Formerly expressed by the pres. t., OWE v. 5.)
訳は省略。「duty」や「obligation」の意味も説明すべきところであるが、これも省略。また、水滝教授は言及しなかったが、現在形の代わりに過去形を用いるのは(たとえば「Will you」の代わりに「Would you」、「shall, may」の代わりに「should, might」など)、文意を婉曲的(丁寧)にするためである、という説明がある。これについても述べたいことはあるのだが、やはり省略する。
さて次に、「own」や「owe」などとは語源を異にする、(ラテン語語源の)「proper, property, appropriate, propriety」などの言葉の説明である。ここからは時間の都合で英語ばかりになるので、時間がなければ飛ばし読みしてくれても結構である。
OEDによると「proper」の説明はこうである。
A. adj. I. 1. Belonging to oneself or itself; (one's or it's) own; owned as property; that is the, or a, property or quality of the thing itself, intrinsic, inherent. Usually preceded by a possessive (cf. OWN a. I.); sometimes also by own. arch. exc. in special connexions (chiefly scientific).2. a. belonging or relating to the person or thing in question distinctively (more than to any other), or exclusively (not to any other); special, particular, distinctive, characteristic; peculiar, restricted; private, individual; of its own. Opp. to common. Const. to.
III. 10. Adapted to some purpose or requirement expressed or implied; fit, apt, suitable; fitting, befitting; esp. appropriate to the circumstances or conditions; what it should be, or what is required; such as one ought to do, have, use, etc.; right.
訳は省略。詳しい論証はもはや望むべくもないが、これらの説明から水滝教授は、「あるものがproper固有である」というのは、「それがもともとあったもので、そうあるべきことが正しいと思われているもの」という風に解釈するのである。(なお、「proper」には他動詞で「To appropriate (to oneself), to make one's own, take possession of.」という意味もある)
ぼくは、ジェレミー・ベンタムにおいても「proper」と「ought」の意味上の強い結びつきがあることを指摘しておきたい(注1)。
(注1)e.g. Deontology, together with A Table of the Springs of Action and Article on Utilitarianism, ed. A. Goldworth, Oxford University Press, 1983, in The Collected Works of Jeremy Bentham., p. 249
1. The condition of being owned by or belonging to some person or persons (cf. PROPER a. I.); hence, the fact of owning a thing; the holding of something as one's own; the right (esp. the exclusive right) to the possession, use, or disposal of anything (usually of a tangible material thing); ownership, proprietorship; = propriety sb. I.2. a. That which one owns; a thing or things belonging to or owned by some person or persons; a possession (usually material), or possessions collectively; (one's) wealth or goods. (In quots. 1456, 156, private as distinguished from common property.) Also fig. (Comparatively few examples before 17th C.)
b. A piece of land owned; a landed property.
5. An attribute or quality belonging to a thing or person: in earlier use sometimes, an essential, special, or distinctive quality, a peculiarity; in later use often, a quality or characteristic in general (without reference to its essentialness or distinctiveness. a. Of a thing or things.
6. Usually with the: The characteristic quality of a person or thing; hence, character, nature. Obs. (=Obsolete)
訳は省略。長い引用になったが、「proper」や「property」が、「common」と対比されるというのは少し留意しておくべきであろう。本論とは関係ないが。
また、残念ながら、時間の都合で「appropriate」と「propriety」の説明は省略せざるをえない。しかし、「own」や「property」などの一連の語句が「べき」という意味を含むものであることは、もうすでにご理解いただけたかと思う。そこで次に「possess」と「possession」、すなわち「である」組の説明に移ろうと思う。