つれづれなる概説

ヒトのPFOA・PFOSの腎排泄


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雑誌名 Environmentanl Research
刊号 受理済み
件名 Renal clearances of perfluorooctane sulfonate(PFOS) and perfluorooctanoate (PFOA) in human, and their species-specific excretion
(和訳) ヒトにおけるペルフルオロオクタン酸(PFOA)とペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の腎クリアランスと種特異的排泄
著者 Kouji Harada, Kayoko Inoue, Akiko Morikawa, Takeo Yoshinaga, Norimitsu Saito*, Akio Koizumi. (京都大学大学院医学研究科環境衛生学分野、*岩手県環境保健研究センター環境科学部)
抄録本文 Perfluorooctane sulfonate (PFOS) and perfluorooctanoate (PFOA) are detected in the environment, as well as more specifically in wildlife and human. However, the toxicokinetic aspects of perfluorochemicals in human are unclear. In this study, we measured concentrations of PFOA and PFOS in subjects who had lived in Kyoto city for more than 10 yr. The serum concentrations of PFOA and PFOS were higher in females without menstruation than those with menstruation (p<0.01), but in males did not change by age; the levels in females reached those in males at an age of >=60 yr. We then determined the renal clearances of PFOA and PFOS in young (20-40 yr old, N=5 for each sex) and old (>=60 yr old, N=5 for each sex) subjects of both sexes. All young females were menstruating, while all old females were not. The renal clearances were 10-5-fold smaller than the glomerular filtration rate in human, suggesting the absence of active excretion in human kidneys. The renal clearances of PFOA and PFOS were approximately one-fifth of the total clearances based on their serum half-lives, assuming a one-compartment model. The sex differences in renal clearance that have been reported in rats and Japanese macaques were not found in our human subjects. We tried to build a one-compartment pharmacokinetic model using the reported half-lives in human. The model was simple but could predict the serum concentrations in both males and females fairly well. We therefore suggest that an internal dose approach using a pharmacokinetic model should be taken because of the large species differences in kinetics that exist for PFOA and PFOS.
和文抄録  残留性有機汚染物質であるPFOS・PFOAはヒトでの蓄積が確認されているが、ペルフルオロ有機化学物質のヒトへの生物蓄積過程は明らかではない。本研究ではこれらの腎クリアランスを評価し、また血中濃度の男女差の生じる機構を明らかにする。
 これまでに女性での血中濃度は男性よりも低いことが明らかになっているが京都市に10年以上在住の被験者で、血清中PFOA・PFOS濃度は女性において年齢とともに有意に増加した(r=0.460, 0.524)。男性では相関は見られなかった。女性の血清中濃度は60歳以上で男性の水準にまで達した。
 次に20代男女各5名、60歳以上の男女各5名においてPFOA・PFOSの腎クリアランスはいずれも糸球体濾過量の10-5以下であり、性差、年齢は影響がなかった。腎臓での能動輸送はないと考えられた。推定される全クリアランスに対し、5分の1ほどになった。
 血清中濃度の性差は月経血を介して排出のためと推定され、1-compartmentモデルでそれらを組み込んで観察値が再現された。
 これはこれまでの動物実験と比べて体内動態が大きく異なり、毒性試験における名目投与量による用量反応関係の解釈には注意が必要である。
PDF Full text  あり
 これまでに環境中での有機フッ素化合物の検出したという報告は数多い。ペルフルオロオクタンスルホン酸PFOSの汚染状態については水、大気、野生生物、ヒトと一通りの試料で確認されてきた。そして、生物試料では環境媒体よりはるかに高い濃度で検出されてきた。生物濃縮係数BCF(たとえば生物血液中濃度を環境水中濃度で割った値)は5000ほどになると報告されてきた。またヒトではフッ素化学工場労働者の退職者の追跡調査から血液中半減期は8年ほどになることが報告されている。難分解性であり、また生物蓄積性があると考えられているのである。
 もう一つの汚染の広がる有機フッ素化合物としてペルフルオロオクタン酸PFOAがあるが、こちらも水、大気で広く検出されてきた。またヒトでもPFOSと同程度に検出されている。一方で野生生物ではほとんど見つかっていないのである。PFOAを測定対象として、結果検出できなかった例としては、日本、韓国の鳥類におけるPFOS・PFOAの汚染調査を行ったものと地中海での調査、大西洋での調査になるといえる。PFOSが野生生物から相応の濃度で検出されているにもかかわらず、PFOAはNon detectで少なくともPFOSと100倍ほどは差があると見ている。水中濃度は同時に測定されていないのでこれは濃縮性について明らかではないにしても大きな違いがありそうである。
 実際に実験動物での研究についていえば、ラットではPFOAの血清中半減期は雄で1週間、雌ではわずか1日に過ぎないのに対して、PFOSは雄ラットで200日ほどとされている。ヒトに近いニホンザルにおいてもやはり2週間ほどであった。このことからPFOAは生物蓄積性はないのではないかと考えられるようになっていた。しかし、ヒトでの血清中半減期はフッ素化学工場労働者退職者で4年ほどと報告されていた。工場労働者という条件が特殊なため不確かであるともされていた。ヒトでの血清中濃度が高いことも日用品などのフッ素化合物からの曝露が大きいのではないかという考えもあった。しかしながら我々の日本におけるPFOS・PFOAの血清中濃度と関連因子の研究では同一地域内でも居住歴により血中濃度が大きく異なることを明らかにしており、仮に半減期が数週間程度であればその3倍程度の期間でほぼ定常状態となるはずであるが、6ヶ月以上2年未満と10年以上の居住歴のグループでも10年以上の群が有意に高い値を示していたのである。このことからもPFOAのヒトでの半減期が低いとは考えにくかった。
 それではヒトでは半減期が異なるということをどのように説明すべきかという点で、これまでのラット、サルでの体内動態実験では主要な排出経路は尿中排泄であり、ついで胆汁排泄を通しての糞便中排泄であることが分かっていた。特にラットでは腎臓で発現している有機アニオントランスポーター(OATs)が腎クリアランスの決定因子であると報告されていた。またラット、ニホンザルでは雄、雌間での血清中濃度の男女差も見られ、腎クリアランスにも性差があった。
 これらのことから、ヒトでもPFOS・PFOAの尿中排泄があるか、またそれに男女差があるかについて検討を行った。さらにOATsが性ホルモンにより制御されているということから閉経後高齢者女性では男性と同程度の血清中濃度を示すと考えられることから、若年、高齢者のそれぞれ男女を参加者として、PFOS・PFOA血清中濃度と尿中濃度の関係を評価した。
 PFOS・PFOA血清中濃度は60歳以下の集団では前回と同じように女性で低い値を示したが、60歳以上の集団では男女での差はなくなった。閉経に伴う変化と考えられた。次に高齢者と若年者の男女について腎クリアランスを求めたところ、男女、年齢による腎クリアランスの差は見られなかった。またPFOS・PFOAの腎クリアランスは同程度であり、ラットやニホンザルのPFOAの腎クリアランスに比べて著しく低い値であった。ヒトでの腎クリアランスに対して、標準的な日本人女性における月経血によるクリアランスは腎クリアランスに近い値に推定され、血清中濃度の性差の要因となると考えられた。
 ヒトでの血清中半減期から推定される全クリアランスに対して腎クリアランスは20%ほどであり、尿中排泄が主要であるかはともかくとしてヒトではPFOS・PFOAの排出がきわめて少ないと考えられた。このことは同じPFOS・PFOAの摂取量であっても、その結果としての血清中濃度への影響は大きく異なることになる。それゆえにこれまでの多くの実験動物での毒性試験が投与量に対しての有害影響を評価してきたが、ヒトへ外挿して評価する場合には、名目投与量(mg/day/kg-body weight)ではなく、血中濃度をもとにした毒性評価を行う必要があることを示唆するものである。また体内動態について種差の解明、ヒトにおける生理学的薬物動態モデルPhysiology-based Pharmcokineitc Modelingの確立が急がれるであろう。
[041229追記]

[2004/12/03]


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