つれづれなる概説

◆毒性試験[ラットのPFOAの体内動態]


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ラットのPFOAの体内動態

 これは「PFOS総説」であるが、有機フッ素化合物といってもPFOSだけではない。有機フッ素化合物は様々な形で用いられており、その最終分解物はPFOSかPFOAになるということが予想されている。PFOAとはペルフルオロオクタン酸CF3(CF2)6COOHというカルボン酸である。これはテフロンの中に未反応物として残っているといわれていたりしているし、界面活性剤や撥水剤としてもPFOS同様広く利用されてきた。生体内への蓄積、環境中への拡散が懸念されている。日本国内ではPFOSよりPFOAの製造がむしろ多いと言われている(確かに日本化学工業協会化学製品情報データベースではPFOA製品はあるが、PFOS製品はなかった)。そういう点で注意が必要かと思う。
 一方、この物質は昔から生体内での作用がよく研究されてきた。それはPFOAが細胞内のペルオキシソームの増殖、活性化に関わるか、また脂質代謝にどのように作用するのかということで関心があった。その中で以前から研究していたグループに城西大学の川嶋洋一教授のグループがあり、先日発表された論文について紹介する。
雑誌名 Toxicology
刊号 184(2-3)135-40(2003年3月)
件名 Comparison of the toxicokinetics between perfluorocarboxylic acids with different carbon chain length.
(和訳) 種々の炭素鎖長のペルフルオロ化炭化水素酸の動態比較
著者 Ohmori K, Kudo N, Katayama K*, Kawashima Y. (城西大学薬学部衛生化学講座 埼玉県坂戸市けやき台1-1、*富山医科薬科大学薬学部薬剤学講座)
抄録本文  雄と雌のラットでペルフルオロヘプタン酸(PFHA: perfluoroheptanoic acid)、ペルフルオロオクタン酸(PFOA: perfluorooctanoic acid)、ペルフルオロノナン酸(PFNA: perfluorononanoic acid)そしてペルフルオロデカン酸(PFDA: perfluorodecanoic acid)の間で毒物動態が比較された。 雄と雌のラットの体内半減期(t(1/2))は、PFHA、PFOA、PFNA、PFDAそれぞれで0.10、0.05日、5.63、0.08日、29.5、2.44日、39.9、58.6日であると算定された。 PFHA の全クリアランス( CLtotal)は雄と雌のラットで他の ペルフルオロカルボン酸(PFCAs: perfluorocarboxylic acids)のCltotalより高かった。それに対して、 PFDAのCLtotalは両性で極めて低かった。より短い炭素鎖長を持っているPFCAsはより高いCLtotalを示した。PFOAとPFNAのCLtotalにおける性別に関連する顕著な相違があった。定常状態での分布容積VssはPFCAsや性の間でそれほど差はなかった。PFCA血清クリアランスにおける尿排泄の役割を見積もるために、腎クリアランスCLがPFCAsについて決定された。PFCA腎クリアランスは雄ではPFHA >PFOA >PFNA≒PFDAであり、雌ではPFHA≒PFOA >PDNA >PFDA であった。全クリアランスと腎クリアランスの間には緊密な関係があった(r2 = 0.981)。in vitro(試験管内)で推測された血漿タンパク質への結合は、試したPFCAsすべてで98%以上の上であった。この結果は、腎クリアランスが異なる炭素鎖長のPFCAsと性別における全クリアランスの相違を引き起こしていることを示している。
 まずペルフルオロオクタン酸( PFOA: Perfluorooctanoic acid)はオクタン酸(CH3(CH2)6COOH)についてすべての水素原子がフッ素原子に置換されるものである。PFOAは商業的にいろいろな製造工程で使われているのは前述の通りである。この論文ではPFOAのみではなく、炭素数が7から10までの物質について検討している。毒性の違いではPFOAより2つの炭素原子を多く持っているペルフルオロデカン酸(PFDA: Perfluorodecanoic acid)(LD50 41 mg/kg体重)はラットでPFOA(LD50 189mg/kg体重) より毒性が高い。それ以外に彼らの以前の研究では、今回同様に7から10の炭素鎖を持ったペルフルオロカルボン酸( PFCAs: perfluorocarboxylic acids)で、尿中排泄率が非常に異なっていたことを見いだしている。続いて彼らは、詳細に尿細管排泄率の相違を検討し、今回、正確な毒物動態学研究を行い、それらが全体としてどのような影響を持つのかを検討している。
 この研究の意義は、ヒトでのPFOAの生物学的半減期が1年以上であると算定されているのに対して、ラットの半減期は非常に短いと報告されているため、PFCAの生体蓄積機構を説明する毒物動態を明確にすることにある。具体的にはこの研究では、全クリアランス( CLtot )、t1/2と腎クリアランス( CLR )を異なる炭素鎖長のPFCAsと雌雄についてそれぞれ検討している。

 実験手法はラットに大腿静脈から外科用カテーテル(SP-45)移植を行い、カテーテルを通してペルフルオロオクタン酸などを48.64 mmol/ (2.5ml/kg bw)、雄・雌それぞれに注射し、血中濃度や尿中濃度を測定するものである。動態解析には2-コンパートメントオープンモデルが用いられ、半減期t1/2、定常状態分布容積Vss、曲線下面積AUCの毒物動態パラメータを求めている。投与量とAUCから全クリアランス、尿中排泄量と同時間のAUCで腎クリアランスを導いている。PFCAsの測定は3-acetyl-7-methoxycoumarin誘導体に変換して蛍光検出器で行っている。

 彼らは、これまでにPFCAsの炭素鎖長や性別の違いで、PFCAsの尿中排泄率が非常に変化することを報告している。体内に蓄積した化学物質を排泄する経路は、尿、胆汁、汗、呼気、毛髪などが挙げられ、尿中排泄が違うとしても他の経路も含めて、全体の排泄率を考えなければならない。ここで彼らは血漿中のPFCAs濃度の経時変化を検討している。静脈注射でPFCAsを投与した後、血漿中PFHA、PFOA、PFNA、PFDA濃度を測定すると、PFHA は雄と雌のラットともに血漿から急速に除去されたが、PFDAでは減少速度は遅く、またPFOAとPFNAの場合、雄と比較して、雌で速く消失した。雄・雌ともにPFCAの炭素鎖長が短いと速く消失する傾向が見られるという。この点について尿中排泄の結果に当てはまるといえそうである。

 具体的な動態パラメータを見ると雌でのPFHAの半減期は1時間と最も短かく、最長は雌でPFDAについて59日と大きく開いている。半減期に影響を与えるものとして、PFCAsの体内分布容積、血漿タンパク結合率、排泄経路のクリアランスの違いがある。今回の実験で得られた分布容積ではたかだか2倍程度で説明できないとして、またVandenらのPFOAとPFDAの報告を引用して、組織ごとの半減期も変わらないことからやはり説明できないとしている。(PFDAが特定の組織にたまりやすいと言うことではない。)投与直後でPFDAは他のPFCAsに比べて低い濃度であり、糞便や尿への排泄が特別多いわけではない、つまり体内に広く分布しているから低濃度になるとしている。
 次の血漿タンパク結合率であるが、ほぼ同じであるようである。(タンパクに結合しているか、PFCAsが単独で溶けているのでは排泄が異なると考えられるため。)
 またここで求められたCLtot値は半減期の傾向とおおよそ一致しており、これが半減期の違いを説明するという。他の排泄経路で糞便ではPFCAsでは同じであり、それも尿に比べてわずかであるからである。CLtotとCLRの間には非常に有意な相関関係があることからもそうであろう(r2 = 0.981)。腎尿細管排泄抑制剤probenecidの投与によってPFOAのCLRが減少したということからPFCAsが腎尿細管排泄されるという。PFHAやPFOA、PFNAのクリアランスが非常に大きいので当然といえば当然である。糸球体濾過率だけでは説明はできない。
 性別によってクリアランスが異なることについては、estradiolやteststeroneの投与、あるいは去勢などの処置によりCLRが変化することを、彼らは以前報告しており、有機anionトランスポーター、OAT2,3の誘導が見られるとしている。

 異なった炭素鎖長を持つPFCAs間でCLRが異なっているということを明らかになったが、なぜ異なるのかということについてはこれからの課題である。ただ、一般的には高分子量になれば腎排泄が低下するものであるが、PFDAで500程度なので他の要因もあるのかもしれない。いずれにしてもPFOA は人にきわめて蓄積しやすく、Olsenらの先日の米国住民の死亡後血清サンプルで3.1 ng/mL (95% CI 1.9-4.3)であると報告している。PFOSよりは低濃度であるが、オーダーとしては同程度である。国内では益永らが測定を試みているが検出できていない。また、Burrisらの工場労働者の退職後調査では、半減期は男性でメディアン344日、女性で654、1308日と報告している。さらにそのうちの9人を追跡して、半減期4.37年(S.D.3.53)(女性二人については3.1と3.9年)であった。工場労働者での血清濃度はOlsenらの報告では数百ng/mlとされているので一般人に当てはまるかはまだ議論の余地がある。物質の濃度によって体内動態が変わってくるということは珍しくない。この研究では投与後10分で334.7nmol/ml(138mg/ml)と桁違いに多い。
 一方、工藤らはニホンザルでの動態についても行っている(京都大学霊長類研究所2002年年報計画2、5)。ここではPFOA(ラット同様高濃度投与)について雄で15ml/(day/kg)、雌で32ml/(day/kg)のクリアランスと報告されている(ラットではそれぞれ50.5、2233.2ml/(day/kg))。PFDAは雄ニホンザルで半減期についておよそ100日で、PFOAは10日ほどとしている。PFOAで雄と雌で異なるというのはありそうではあるが、ラットの場合、その差が40倍もある。これほど大きな違いが生じる、ラットの機構は霊長類への適用は難しいのではないかと考える。Butenhoffらはカニクイザルでの亜急性毒性試験を報告している。ここでは3mg/kg/day、10mg/kg/day、30/20mg/kg/dayでPFOAを投与しているが、これに対して、定常状態の血清中PFOA濃度は77+-39micro g/ml、86+-33micro g/ml、158+-100micro g/mlとなっている。用量反応が線型でないことからも高濃度投与時の動態を低濃度に当てはめることの困難さが見受けられる。またヒトにおいての報告では絶対的な数が足りないものの男女で半減期の違いは見られそうにもない。ヒトではPFNAやPFDAのデータはないので判断できないが、ラットやニホンザルのPFDAのように炭素鎖長が大きくなると、蓄積しやすいというのは確かなようであるし、その腎での識別の境界がヒトでは異なるのかもしれない。

 これは工藤らも述べていることであるが、PFOAクリアランスが種の間で異なっており、実験動物で急速に排泄されるとしても、PFCAsが人体に蓄積するかもしれないことを示唆するものであり、様々な報告について注意深く検討する必要があるとしている。ヒトでの生体蓄積を考える上で、今後、低濃度での動態を明らかにする必要があり、またヒトについての確固としたエビデンスの確立が求められるであろう。

[2003/07/31]

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