◆国内の状況について[飲料水中のPFOSとヒト曝露の予測]
つい先日、我々の研究成果が論文発表されたので紹介しておこう。
雑誌名 Bulletin of Environmental Contamination and Toxicology 刊号 71(1):31-36(2003年6月) 件名 Drinking water contamination with Perfluorooctane sulfonate(PFOS) in Tama River in Tokyo, Japan and its estimated effects on human serum levels among residents. (和訳) 日本の東京多摩川におけるペルフルオロオクタンスルホン酸(Perfluorooctane sulfonate:PFOS)による飲料水の汚染と住民の血清中PFOSレベルの予測される影響 著者 Harada K, Saito N*, Sasaki K*, Inoue K, Koizumi A. (京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻環境衛生学分野、*岩手県環境保健研究センター環境科学部) 抄録本文 なし PDF Full text あり
説明をいいかげん、書くことにしよう。
前回紹介したように日本国内の河川のうち、多摩川できわめて高濃度のPFOS汚染が見つかったのであるが、この論文では、下水処理水を放流している地点でも採取することにより、PFOS汚染源となる下水処理場も特定した。もう一つの論点としては、このような河川のPFOS汚染とヒトへの影響の関係である。早い話が、PFOSが飲料水を汚染していないかを調査した。
前回の論文では、多摩川流域の途中でPFOS濃度が急激に上昇し、その間に下水処理場があることから汚染源が下水処理場である可能性がきわめて高いという考察を行った。一般的に言えば、流域下水道が整備されている河川の汚染が下水処理場の放流水から始まるというのは十分考え得ることである。とはいえ、Hansenらによるテネシー川のPFOS汚染調査では、PFOSを含むフッ素化学工場が集まる地点との関係は明確ではなかった。それゆえに厳密に言えば、前回のデータでさえも、下水処理場による汚染と確定できるわけではないのである。
そこで今回の研究では前回の多摩川の調査地点4と5の間のPFOS濃度を、詳細に調査した。
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上の図が今回の調査地点である。左下の拡大図が主な地点であるが、それ以外の下水処理場も調べるためにT地点とU地点を追加している。E・F間には八王子下水処理場があり、多摩川上流の南側の下水を処理している。次にH・M間に多摩川上流下水処理場があり、多摩川上流の北側の下水を処理している。N・S間には錦町下水処理場があり、立川市の下水を処理している。S・T間には北多摩二号下水処理場と浅川下水処理場がある。T・U間には南多摩下水処理場、U・V間には北多摩一号下水処理場がある。このようにどの下水処理場が主要なPFOS汚染源か特定できるようにサンプリングを行った。
最初の調査で、I・M間で2.2ng/Lから90ng/LとPFOS濃度の上昇が確認された。後の地点ではPFOS濃度はやはり流下とともに減少した。このことから多摩川での高濃度PFOS汚染の主要な汚染源は多摩川上流下水処理場であると考えられた。一方、前回は最高で150ng/Lを検出したが、今回はそれよりは低い。ある程度のPFOS濃度の変動は河川の流量あるいは汚染源からの排出の変動によるものではないかと考える。
我々はさらにここで、多摩川上流下水処理場の下水処理水の放流口J地点をサンプリングした。この結果、440ng/LのPFOSを検出し、さらに後日、同じ場所からK・Lの2サンプルを採取して303、350ng/LのPFOSを検出したことから、多摩川の高濃度PFOS汚染源を多摩川上流下水処理場と確定した。
もちろん、下水処理場でPFOSが発生しているわけではなく、工場排水あるいは生活排水などが本当の汚染源であるはずなのである。しかしながらこれをさらにさかのぼることは困難である。生活排水が由来とは考えにくいのは前回の研究からPFOS汚染の程度が違うからである。多摩川上流下水処理場へ排水している工場は多くあることからどれが原因かは現時点では特定し得ない。
では次の論点である飲料水の汚染に移ろう。
飲料水は多くの場合、河川水を原水とする。一部では地下水を用いたりする。多くの浄水場、あるいはその取水口はなるべく河川の上流に設置される。下れば下るほど下水処理場の放流水が混ざるからである。典型的には淀川水系が下流で原水を取水している。では多摩川はどうなのか。東京都の上水道の多くは、荒川と羽村から取水している。羽村は図のC地点であり、PFOS濃度は日本でも平均程度である。荒川は前回の研究では中流で15ng/L程度のPFOS濃度であった。さらに複数の原水をブレンドして使用しているので希釈されると考えられる。
しかし調査の結果、多摩川の中流で取水している浄水場を発見した。砧浄水場と砧下浄水場である。この二つの浄水場は世田谷区にあり、これらの浄水場から世田谷区へ配水している。ただ世田谷区全域ではなく、限られた地域であり、それ以外の地域には主に朝霞浄水場から配水されており、こちらは上流の水が原水である。
多摩川中流から取水していることから上水がPFOSで汚染されている可能性があると考えられた。ただし、この時点で浄水処理によりPFOSが除去されるかどうかのエビデンスはなかった。また、砧・砧下浄水場は多摩川の水を直接取水しているのではなく、伏流水を取水していた(伏流水:河川水(表層水)などが地下に浸透したもの)。このことから世田谷区内および岩手県、京都市の水道水のPFOS濃度を測定した。
この結果、世田谷区内で朝霞浄水場由来の水道水で2.4、2.6、2.9、4.0ng/LのPFOS濃度であるのに対して、砧浄水場由来の地点では43.7、50.9ng/LのPFOSを検出した。京都市では2.0、3.5、4.0ng/Lであり、朝霞浄水場と大差ない結果であった。盛岡市内の水道水中のPFOS濃度は0.1、0.3、0.3、0.5ng/Lであり、大都市部に比べてきわめて低い濃度であり、汚染が進んでいないことが分かった。これは河川などの汚染状況と水道水の汚染に関連がある可能性を示すと考えられる。
また琵琶湖のPFOS濃度と京都市内の水道水中のPFOS濃度が同程度であることからいって、このような濃度においてPFOSが浄水過程で除かれないことを示唆すると考える。
では、この世田谷区でのPFOS汚染がどれだけの影響を与えるのかが問題となる。現時点で確固とした毒性情報がないため、どれだけのリスクがあるかは論じ得ない。それゆえにどれだけ体内にPFOSが蓄積するかが重大な関心である。
そのためには化学物質の摂取量と体内蓄積の関係、つまりToxicokineticsについて明らかにしなければならない。ヒトでの研究ではPFOSの体内半減期がおよそ1500日とされており、また動物実験から得られたPFOS体内分布容積などから、ヒトでのPFOS動態モデルを作成した。このモデルは単純な1-compartment model を採用しているが、Seacatらによるカニクイザルでの投与実験での結果をよく再現することから妥当なものとした。
このモデルを用いて、世田谷区の50ng/Lの水道水を毎日2L飲むことを仮定して、どれだけ血清中PFOS濃度が上昇するかをシミュレーションした。ヒトでの体内半減期はまだはっきりしないことから1000日から2000日の変動がある場合も考慮した。その結果、8から16micro g/Lの血清中PFOS濃度の上昇が予測された。Hansenらによれば米国人の血清中PFOS濃度は28.4micro g/Lであり、日本人でも同程度であるとすれば、25%-50%の増加が引き起こされると予想される。横浜国立大の益永教授らによれば横浜国立大の学生や職員27人の血清を測定して14micro g/LのPFOS濃度であったとしているが、もし、そうであれば2倍の増加となるだろう。
ということで、これは世界で初めて、飲料水のPFOS汚染を証明した研究であるといえる。また、これらの住民の血清中PFOS濃度や健康影響の疫学調査がさらに必要であろう。
[2003/07/16]