つれづれなる概説

◆国内の状況について[野生生物の汚染]


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我々のグループのほかに国内の研究グループがあり、野生生物の汚染について報告している論文について取り上げてみよう。(著者のうち、井関直政博士と益永茂樹教授は横浜国立大学、崔宰源博士は国立環境研究所である。(当時))
雑誌名 Chemosphere
刊号 49(3):225-31(2002年10月)
件名 Concentrations of perfluorinated acids in livers of birds from Japan and Korea.
(和訳) 日本と韓国における鳥類肝臓中のペルフルオロ化有機酸類の濃度
著者 Kannan K, Choi JW, Iseki N, Senthilkumar K, Kim DH, Giesy JP. (アメリカ合衆国48824 ミシガン州East Lansing ミシガン州立大学環境毒性学研究所動物学部門 国立食品安全・毒性センター)
抄録本文  日本と韓国(サンプル数83)から集められた鳥の肝臓についてperfluorooctane sulfonate(PFOS)、perfluorooctane sulfonamide(FOSA)、perfluorooctanoic acid(PFOA)とperfluorohexane sulfonate(PFHS)の濃度を決定するために分析が行われた。測定した鳥の95%の肝臓中に定量限界(LOQ)10ng/g湿重量より大きい濃度でPFOSが見いだされた。
 PFOSの最も高い生体蓄積は650ng/g湿重量であり、神奈川県相模川から正常な鵜の肝臓に見いだされた。日本と韓国からの鳥の肝臓のPFOS の濃度は、アメリカ合衆国といくらかのヨーロッパの国から報告された値の範囲内であった。PFOAとPFHSは分析されたサンプルの5−10%で見いだされた。鳥肝臓中PFOAとPFHSの最大濃度はそれぞれ21、34ng/g湿重量であった。FOSAは日本で相模川から集められたすべての鵜(10羽)に見いだされた。 鵜肝臓中FOSA の最大濃度は215ng/g湿重量であった。相模川から集められた鵜にPFOSとFOSAの濃度の間に有意な相関関係はなかった。
 これらの結果はFOSAの分布が局所的で制限されることを示唆している。年齢や性別に特異的なフッ素化合物濃度の差はこれらの鳥で見あたらなかった。
日本の6種類40羽の個体からの肝臓サンプルを測定しており、日本の鳥のサンプルは千葉県行徳野鳥観察舎、利尻島(北海道)、羽田空港(東京)、神奈川県厚木市と相模川から採取している。

PFOSは相模川の川鵜(common cormorant)の肝臓中に最大650ng/g湿重量で見つかっており、日本の鳥でのPFOS濃度はKannanらが米国で調査した肝臓試料中濃度の範囲内である。最大濃度で見れば、650ng/g湿重量というのは米国サンディエゴのBrandt's Cormorantので最大1780ng/g湿重量の三分の一より小さい程度である。平均で見れば、日本の川鵜の肝臓中 PFOS平均濃度(388)はKannanらがイタリア・サルジニア島の鵜の肝臓で調査した濃度の6倍以上?(12検体:33-470(平均96))、東ドイツの尾白鷲(White tailed sea eagle)の5〜10倍以上と報告されている。種が異なることや採取地域の影響があるので確定してはいえないが、日本もそこそこ汚染が進んでいるといえよう。

鵜のPFOS平均濃度はその他の種より大きい(例外:神奈川県厚木市の鳶(black-eared kite)(450ng/g湿重量))。この理由を神奈川県が重工業の盛んであるためとしている。羽田空港のカモメ(Sea gull)では、北海道利尻島のカモメに比べて、5-6倍高く、PFOSが見られる。それゆえ、都市化や工業化が鳥類へのPFOS汚染の重要な因子であるとしている。もっとも羽田空港では1羽しか測定していないので5倍の差があるのかは定かではない。

PFOSの関連物質についてはどうだろうか。行徳のユリカモメ(Black-headed gull)1羽では、PFOSは定量限界以下であったが、PFOAは21ng/g湿重量で検出されていたり、PFHSは最大34 ng/g湿重量で、カモメ(利尻)、鳶(厚木市)と川鵜(相模川)それぞれ1羽ずつに見つかった。FOSAは相模川の鳥だけで検出されており、鵜肝臓平均濃度はPFOSの三分の一程度(153)でしかなかった。
ここから、PFOS以外のフッ素化合物も国内で拡散していることが示唆されるが、PFHSは利尻島でも見られているし、工業化だけで説明はできないのかもしれない。ところでFOSAは分解されるとPFOSになるので、FOSA汚染があればPFOSも高くなるといえる。相模川はその可能性があるといえるが、鵜肝臓中FOSAとPFOSは統計上有意な相関が見られなかった(r2=0.12)。ここからFOSAとPFOSの発生源は違うのではないかとしている。もっともFOSAは生体内でも早く代謝されるが、一方でPFOSは飽和するまでの時間が長いので相関がないのかもしれない。いずれにしろ、FOSA汚染は地域的なものと考えられるとしている。

PFOSなどと鳥の成長などの関係について、フッ素化合物濃度と性や体長/体重比に関連する差はカモメや鵜で観察されなかったとしている。Kannanらが海生哺乳類と鳥を調査しても同じであった。これらの結果はPCBのような脂溶性汚染物で観察されることと異なり、フッ素化合物の蓄積の特徴はトリブチル錫のようなタンパク質結合性汚染物質の特徴に類似しているとしている。PFOSは血液中に蓄積するので、タンパク質に結合すると考えるのは妥当かもしれない。しかし、これは単純にこの濃度で影響が現れるのかという問題であり、直ちにトリブチル錫との関連で語れないと考える(それとも単に肝臓や血液に蓄積するといいたいのか)。

さて、日本でも欧米並みの汚染が確認されているが、どのように汚染が拡大しているのかという疑問がある。ここでは揮発性の高い、PFOS前駆体が大気中を移動し、分解されてPFOSとなっているのではないかとしている。前駆体物質というのはn-ethyl perfluorooctane sulfonamido ethanol(n-EtFOSEA; C8F17SO2N (CH2CH3)CH2CH2OH)、n-methyl perfluorooctane sulfonamido ethanol(n-MeFOSEA; C8F17SO2N (CH3)CH2CH2OH)である。実際、PFOS の揮発性前駆体が五大湖で集められた空気中で発見されている(Martinら、2002)。
PFOS以外の物質の用途であるが、PFHSというのはPFOSの不純物であるが、実は撥水作用のためには不純物がある方がよいという。PFOAは不純物として混じる以外にも、単独で可塑剤、腐食抑制剤や防水剤、水性泡消火剤としても使われる。FOSAは、N-ethyl FOSA(Sulfluramid)の代謝物であるが、これはゴキブリ、アリや白アリを駆除剤であるし、不純物として混じることもある。

この論文で注目すべきは、相模川でFOSA汚染があることだろう。しかし、鳥類というのはサンプル数がそれほど集まらないものなのだろうか。統計上の差がないとはいうものの、これではよっぽど明らかな差しか見つからないだろう。また地域差を見るにも、サンプルが少ない地域がある上に、種も多く、各グループが1羽、2羽では比較にならないと思う。実際、利尻島のカモメと相模川の川鵜しか参考にできないのではないか。

[2003/05/30]

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