提言 地域医療教育の充実のために‐地域枠制度の拡大を受けて‐

 日ごろよりわが国の医師育成に関し、ご尽力賜りますことに感謝を申し上げます。
 さて、日本医学教育学会では、地域における医師不足・偏在を受けて、数年来多くの大学で創設されている地域枠制度の拡大に関して、医学教育を担う立場より重大な関心を払ってまいりました。
 地域枠制度については、上手く機能すれば地域医療の充実に大きく寄与する可能性がある一方で、各大学、自治体、現場医療機関が三位一体となったカリキュラム作りが上手くいかないと、地域医療教育が継続的に展開されなかったり、既存システムと軋轢を生じたり、地域枠の学生が孤立したりする可能性もあり、自治体、地域医療現場、地域住民の全面的な関心・協力が必要であり、貴省の積極的な関わりが期待されるところです。
 当学会では、「医学教育のあり方特別委員会」において『地域医療教育特別委員会』を設け、この領域に造詣の深いメンバーによる突っ込んだ議論を経て緊急提言をまとめました。
 つきましては、別添のとおり提言いたしますので、特段のご理解を賜りますとともに、国民のための医療の充実のために貴省の積極的なご支援をお願い申し上げる次第です。
 

Ⅰ この提言について

 我が国の医学教育において、地域医療に関する教育(以下、地域医療教育)の重要性が増している。平成19年3月に出された「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」の最終報告では、地域医療の全体像を把握することのできる学習機会を新設するよう求めている。これを受けて医学教育モデル・コア・カリキュラムの平成19年度改訂では、地域医療に関する項目が拡充され、臨床実習に地域医療臨床実習の項目が追加された。また、近年の地域医療の激変の中、全国の医学部・医科大学で、いわゆる地域枠制度の新設や拡大が行われ、地域医療教育担当部門が開設されている。
このような状況を受けて日本医学教育学会は、学会として地域医療教育の充実に向けた提言を行う必要があると判断した。本提言は、それぞれの地域の事情が多様であることをふまえつつ、学習者が地域医療のやり甲斐と楽しみを共有できるような地域医療教育を構築するための共通の指針として、以下の4項目に分けて提言する。

  1. 地域医療教育の目的
  2. 地域医療教育カリキュラムの構造
  3. 地域医療教育カリキュラムの運営
  4. 地域医療教育の将来に向けて

 
Ⅱ 提言

1.地域医療教育の目的
 地域医療教育の目的は、地域の医療ニーズに対応し地域に貢献する良医の育成にある。この目的に向けて大学と地域が連携して地域医療教育を推進することにより、医学生が地域医療の魅力を理解し、必要な基本的能力を習得し、地域への感受性や地域医療に貢献しようというモチベーションを持つこと、さらには医師と社会との関わりについて認識を深め、専門職としての価値観や職業倫理、いわゆるプロフェッショナリズムを学ぶことを目指す。

2.地域医療教育カリキュラムの構造
 地域医療教育において最も重要なことのひとつは、地域医療というテーマをカリキュラムの中に明示することである。明示することにより、地域医療教育が重要であるという強いメッセージが、医学生や教員や地域医療現場の関係者に伝わりやすくなるであろう。
 拡充された医学教育モデル・コア・カリキュラムが示すように、地域医療教育は医学生全員を対象にする必要があり、いわゆる地域枠の学生だけを対象としたものであってはならない。
 学ぶ内容には、医療の側面ばかりでなく、保健・福祉、地域でのチーム医療なども含めるべきである。これらを、ある時期に限るのではなく、低学年から卒業時まで一貫して継続的・系統的に学習することが望ましく、そのためには学年に応じたレベルの学習目標を設定しなければならない。
 学習方法としては、講義と実習を組み合わせて両者の整合性を図ることが大切である。特に実習については、地域医療の現場での参加型であることが必須であり、それに加えて、地域医療を実践しているロールモデルのもとで行われることが強く望まれる。
 評価については、地域医療を学んだ医学生に対する評価を行うとともに、地域医療教育カリキュラムに関する評価を継続的に行い、カリキュラムの改善に役立てることが重要である。

3.地域医療教育カリキュラムの運営
 地域の中で医師が育てられていることを実感すると、医学生は強い印象を受ける。医学生の地域への感受性を高め、地域の医療を真剣に考えるように促すために、地域医療教育カリキュラムの運営に当たっては、大学だけでなく、地域の教育環境を充実させなければならない。この運営方針について、自治体、現場医療機関、地域住民、患者の理解と協力を得ることが重要である。そのための3つの具体的提案を以下に示す。

 第一に、大学、自治体、寄附者、現場医療機関等による、情報交換、共有を行う為の協議会の設置である。全ての医学生に対して効果的な地域医療教育を実施できる体制を作るには、実習受け入れ自治体との連絡・調整など、大学や講座の枠を超えた、新たな広汎かつ膨大な業務が伴う。このため、地域医療教育担当部門の役割に関して、大学、自治体、寄附者、現場医療機関、地域住民の十分な理解と情報の共有が必要である。中でも重要なのは、地域医療教育担当教員の主たる業務は地域医療教育の充実であり、地域に不足している診療科の医師の短期的な確保や地域医療機関への診療支援ではないという認識を共有することである。

 第二に、地域住民、患者への広報・啓発活動である。地域住民、患者の協力のもと、よりよい地域医療教育環境を醸成するためには、実際に地域医療教育現場で学生が関わらせていただく地域住民に、医学生教育に関する様々な情報を繰り返し提示し、十分な理解を得ることが重要である。地域が一丸となった地域医療教育が地域医療の充実をもたらすという認識を、医療関係者だけでなく地域住民と共有することは、地域医療再生にもつながる。

 第三に、既存システムの有効な活用である。従来より各大学や自治体単位で地域医療教育として行われてきた様々な取り組みがある。その蓄積された地域医療現場とのつながりや経験を生かすことは、特に現場教育の円滑な導入と運営において重要である。この際、既存システムと新しい地域医療教育プログラムが相乗的に発展できるような取り組みが是非必要である。

4.地域医療教育の将来に向けて
 地域医療に貢献できる人材を数多く養成するためには、卒前教育の充実のみでは不十分であり、卒前-卒後-生涯教育のすべての段階における継続的かつ体系的な教育体制と、地域で安心してキャリアを重ねていける支援体制の整備が必要不可欠である。
 我が国の地域医療教育の歴史はまだ浅く、この領域に関するエビデンスも十分蓄積されていない。地域医療教育カリキュラムの成果を検証するために、この教育を経験した医学生のフォローアップ調査を継続的に行い、地域に貢献する良医が養成されたことを確認する必要がある。そしてこのような医学教育研究を推進することにより、我が国の実情に合わせた効果的な地域医療教育モデルの確立を目指すことが求められる。

 

日本医学教育学会 「医学教育のあり方特別委員会」(委員長 北村 聖 東京大学)

地域医療教育特別委員会 委員
大滝 純司 東京医科大学(委員長)
前田 隆浩 長崎大学
前野 哲博 筑波大学
宮田 靖志 札幌医科大学
安井 浩樹 名古屋大学
 


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