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―第3章―
人生の最期をともに生きる

在宅の環境で人生の最期の時期を過ごすご本人に寄り添いながら、生活を送るときの心構えや、関わるスタッフとの対話のコツについてまとめています。家族や支える方が疲弊することなく穏やかに過ごすためには、ご本人の希望や想いを大切にしながら、些細な不安や心配事でもなるべく共有しておくことが重要です。
しっかりと緩和ケアを受けることで痛みや不安のない生活を維持することができます。介助やケアについても専門のスタッフの助けやアドバイスを受けながら、無理のない範囲で家族が行うこともできます。

この章のまとめ
  • 最期まで“自分らしく”過ごせるように、本人と家族の希望や願いを共有することが大切です。イラスト
  • 無理のない範囲で、家族が日常的なケアや介助を行うことができます。
  • 本人にとっても家族にとっても、心のケアが大切な時期です。心身ともに疲れたり、ストレスがたまったら、周囲に相談したり、気持ちを聞いてもらう機会をとるようにするとよいでしょう。

3-1.人生の最期をともに過ごす
        -心と体の変化に寄り添うには

3-1-1.本人の意思を確認して過ごし方を考える

症状が進行すると食事や排泄、体を動かすときなど、日常のさまざまな場面で介助が必要となることが増えていきます。精神的な面も含めて、ご家族の負担も徐々に増していくことが多いのですが、在宅支援チームの力を借りて無理をしすぎないようにしましょう。また、身体的な変化に伴い、周囲に反応する力も低下していきますので、十分な意思の疎通が難しくなる場合があります。本人が意思をしっかり伝えられるうちに、これからの日々の過ごし方を話し合っておくとよいでしょう。

専業主婦のSさん(55歳)は、ざまざまな不安を抱きつつも、相談員Nさんの助言を得ながら、ご主人(59歳)の在宅療養を支える準備を進めてきました。実際に始めてみると、本人の急激な体調や精神面の変化に伴い、疲れやストレスを感じる家族も少なくないようです。それをどう乗り越えていくか、引き続きSさんとNさんとのやりとりから、在宅療養の実際をみていきましょう。


家族Sさんいろいろ考え、主人とも家族とも、担当医とも話し合いました。本人の希望になるべく沿うかたちで、自宅での療養を始めていきたいと思います。どのようなことを家族として心がけていけばよいのでしょうか。

相談員Nさんそうですね、一番大切にしたいのは、ご本人の想いですね。人生の質・生活の質(QOL)ということもあります。QOLのなかには、自分の意向が周囲に尊重されていることや、できることは自分でできる、自分で決められるという「自立・自律」が保たれていることも含まれます。何もかも手伝ってあげるよりも、時間がかかっても自身でやり遂げるのを見守ったり、ほんの少し手助けしたりして達成感をサポートするように心がけるのもよいかもしれませんね。ご家族のQOLも大きなポイントです。支える方も、疲弊しないで介護を続けられるように、必要に応じて在宅支援チームの力を取り入れ、活用しながら体制を整えていくことも大切です。

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家族Sさん今の主人は、外見からは普通の健康の人のように見えます。昨日は部屋の片付けを手伝ってくれました。数カ月後に最期を迎えるかもしれないなんて信じられない思いです。

相談員Nさんそうですね。今のご様子からは信じられないかもしれませんね。でも実は、痛みが増す、食事ができなくなる、立ち上がるときに介助が必要になるなど、身体的な変化が急激に訪れる患者さんも少なくありません。また、身体が衰弱していくのに伴い、ご自分の意思を明確に伝えていくことが困難になっていくこともあります。

家族Sさん想像するだけで、どうにかなりそうです。でも今から私がグラついていてはだめですね。

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相談員Nさんお気持ちが揺れるのは無理もありません。ご家族は、ご本人を介護する立場ではありますが、大切なひととのお別れを余儀なくされ、悲しみや葛藤、不安でいっぱいになるのは当然です。また、今の時代、介護の経験は初めて、という方がほとんどです。介助の必要な場面が徐々に増えていくとは思いますが、ご本人の心身の状態の不安な点や疑問点を訪問看護師やケアマネジャーに伝え、ご家族の負担が重くなりすぎないようにサービスの内容を手厚くしていくことを含めて相談していくのはどうでしょうか。また、今後、どのような症状が生じるのか、また、急に容態が変化したときの対処法や連絡先を確認することは大切です。なるべく早い段階で確認しておけば、いざというときの安心につながるでしょう。在宅支援チームは、患者さんだけでなく、ご家族の心と体も心配しています。まずは、不安な気持ちを伝え、相談してみてください。

家族Sさん主人は苦痛をできる限り減らしてほしい、延命のための治療はいっさい受けたくないと言っています。私たち家族もその意思を尊重したいと思っていますが、本人や家族の希望はどこまで聞いてもらえるものなのでしょう?

相談員Nさん在宅では、ご本人とご家族の希望を最大限尊重した医療やケアを提供することを大事にしています。そのためにも、治療の方針について具体的なご希望がある場合には、あらかじめご本人、ご家族や在宅支援チームとよく話し合っておくことが大切です。急変したときの対応方針や、胃ろうや点滴などの具体的な医療処置について、もしかしたらご本人が文書にまとめられているかもしれませんね。そんな意向も聞きながら、みんなで話し合えるといいですね。

ただ、これから病状が進行していくと、ご本人やご家族の考え方も揺れ動くかもしれません。こうしたときには、そのときどきで話し合いを持てるようにしておくとよいでしょう。でも、ご本人が明確な意思を示すことができなくなったときには、話し合いをもつことは難しいですから、そのときにはどうするかも事前に考えておきましょう。ご本人がそれまで大事にされてきたことや、ご本人だったらどうしていただろうかという視点で、そのつど、ご家族と在宅支援チームで医療やケアの方針を決めていきたいですね。事前にご本人とご家族が話し合った内容は、ご本人の意思を尊重するためのケアを最期まで行うのにきっと役に立ちます。

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こうしてほしいという意思や希望をはっきりとおっしゃらない方もいます。その場合、これだけはやめてほしい、やってほしくないということを確認しておくのもよいでしょう。

◆◆◆

在宅での療養に限らず、人生の残り少ない日々のケアでは本人が最後まで“自分らしく”過ごせることが理想です。症状が進行したり、また痛みやつらさが強くなったりしたときは、その影響で明確な意思表示が難しくなります。しかし、そのような状況のなかでも、事前に本人や在宅支援チームと話し合っておくことで、本人の希望を可能な限り反映させることができるかもしれません。

☆POINT
  • 在宅療養でいちばん大切なのは、本人のQOL。最期まで“自分らしく”過ごせるように支援する。
  • 身体が衰弱していくに伴い、自分の意思を明確に伝えていくことが困難になる。
  • 本人が意思表示できるうちにどんな療養生活を送りたいかについて話し合い、在宅支援チームと共有する。
ご家族の体験談

どんな些細なことでも本人と家族で常に情報を共有することが大切

兵庫県 60歳代 男性

私の兄は、肺がんで亡くなりました。がんが見つかってから1年あまりの闘病の末でした。在宅で抗がん剤治療を続けていました。がんが見つかってからは、どこの家庭でもみられるかと思いますが、生活の全てが一変しました。子どもに恵まれず、代々続いた田舎の家の後継ぎ問題など課題山積のなかでした。妻である義姉はパニック状態でした。家庭内外のこと全てを兄に頼っていたため、どん底の悲しみと将来への不安で頭の整理がつかない状態でした。そこで弟の私が、治療の相談や付き添い、生活の手助け、話し相手など全てにおいて補助的役割に徹することとしました。

特に力を注いだのは、病気の内容を徹底的に調べることでした。いろいろな病院に電話したり、納得するまで主治医に質問したりしました。そして全ての点について本人に口頭・筆記で丁寧に伝えました。本人はそのつど安心したり、落胆したりしましたがそれでも気持ちのうえで少し楽になったようです。一方で看病しているあいだはどんなにつらいこと、どんなにつらい場面でも本人を含め、家族と関係者全員が必ず共有することに努めました。そうすることで要らぬ不安解消につなげることができました。隠す=不安、隠さない=安堵が肝心なことのように思いました。

在宅での緩和ケアのかたち

住み慣れた環境で最期の時期を過ごすときの患者さんやご家族は、どのように過ごしているのでしょうか。体験された方々の声をまとめました。


○50代男性。妻と二人暮らし ホスピスへ入院する朝の言葉

「先生、やっぱり俺は家にいるよ! かみさんは看護師さんの代わりになるけど、看護師さんはかみさんの代わりにはならないから」

布団を並べ、奥さんといつも一緒に寝ていました。手をつないだり、触ったり、抱き合えることで痛みも心も癒やされている様子でした。


○40代男性。自宅で子どもたちと過ごすことを決めた

妻、幼稚園や小学生の子どもと一緒に最期まで自宅で過ごす。毎日「いってらっしゃい」「お帰りなさい」と言ってあげられた。小学生の子どもは、水を汲んで渡したり、足をさすったりと本人なりに懸命に介護を手伝ってくれた。亡くなったときも同じベッドで子どもと寝ていらっしゃいました。

奥さんの談「やっぱり家でよかった、いろいろなことを子どもたちに残して逝ってくれました」


3-1-2.患者さん本人の心理的な変化に寄り添う

身体が衰弱して、今までできていたことが次第にできなくなってくると、本人は、最期が近づいていることを強く意識したりするかもしれません。そのためにふさぎ込み、感情が不安定になることもあります。一方で、周囲が驚くほど穏やかな気持ちで過ごす人もいます。心のなかにどのような変化が起こるのかは人それぞれで、体調や気分の変化で揺れ動くことも自然なことです。

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家族Sさん主人は自分の力だけで立ち上がるのがつらくなってきており、ときどき介助が必要になってきました。こうなるまで本当にあっという間でした。あらかじめ聞いておかなければ、私も娘もかなり動揺していたと思います。ただ、主人のほうは自分の身体の変化をまだ自分のこととして受けとめられないようです。最近はふさぎ込む日が多く、私たちが話しかけても生返事しか返してくれません…。

相談員Nさん死を間近にした方の気持ちを知ることは、一緒に暮らすご家族であっても難しいものです。ご本人は、恐れや不安、苛立ちや怒り、悲しみなどが代わる代わる押し寄せて混乱し、自分自身でも整理がつかないのかもしれません。

家族Sさんイラスト「何もできなくなってしまった」と言って落ち込むかと思えば、介助に手間取るといら立ちをあらわにするなど、どう接してよいかわからなくなるときもあります。

相談員Nさんできることができなくなってしまったというご本人の喪失感は、おそらく周りが想像する以上に、精神的なダメージが大きいと思われます。こまごまとしたことにも人の手を借りなければならなくなり、ご家族の重荷になっていると感じておられるのかも…。一方で、こちらがどんなに気を使って介助しても、ご本人が自分で行っていたようにはいきませんから、そのストレスと強い無力感などが混ざり合い、いら立った言葉や態度がつい出てしまうときもあります。実際に、元気なころと性格が変わってしまったと、とまどうご家族は多いです。

家族Sさんほかにどのような変化が現れてくる可能性がありますか。


相談員Nさん例えば、日常生活のすべてに意欲を失って引きこもりがちになったり、衰弱して容姿が変わってしまうと、人にみられることを避けたいと思うこともあります。

家族Sさんどうやって元気づければよいのでしょうか。


相談員Nさん悲しんでいる方を無理に元気づけようとすると、さらに不安や孤独を感じることになる場合もありますので、普段と同じように見守り、声をかけて寄り添ってあげるのがよいと思います。また、次のような場合は、治療や何らかの処置が必要となる危険な状況かもしれませんので、在宅支援チームに連絡するようにしましょう。

こんなときは、在宅支援チームに相談しましょう
  • 強い恐れや不安、悲しみを何日も訴え続けたとき
  • 自殺したい、またはそれをほのめかすようなことを話したとき
  • 食べることを拒んだり、不眠におちいったり、日常の活動に無関心になったとき(病状による影響もあり得ますが、急に変化する場合は注意が必要)
  • 今までになく、自らを卑下(ひげ)したり、罪悪感を訴えたりしたとき
  • 絶望感が強く、憔悴(しょうすい)しきっイラストているとき
  • 精神的に不安定な状態が続くなかで、発汗や息苦しさを訴えたり、落ち着きがなかったりしたとき
  • あなたが介助に疲れてしまい、安らぎを得たいと思ったとき

死を前にした人の気持ちを正確に知ることは誰にもできません。大切なのは、どのような精神状態であってもそれを否定することなく、あたたかく受けとめてくれる人が周りにいることです。家族は本人の態度や言葉遣いなどの変化に危険な兆候がないかどうかをしっかり観察し、不安に思ったら、家族の誰かあるいは在宅支援チームに助けを求めましょう。

☆POINT
  • 今までできていたことができなくなっていくことは、患者さん本人の喪失感や無力感を招く。
  • イラストイライラしたり、怒りっぽくなったりすることがある。
  • 無理に元気づけようとせずに、いつもと同じように接することを心がける。
  • 不安や悲しみがずっと続く、家族への負担が大きいと思ったときは、すぐ在宅支援チームに相談する。

3-1-3.痛みやつらさなどの症状を、積極的にコントロールする

がんが進行すると、痛み、食欲不振や吐き気・嘔吐、便秘や下痢、呼吸困難など、不快な症状が出現しやすくなります。これらの症状に適切に対処することによって、本人のつらさをやわらげていくことができます。

○痛みのコントロール

家族Sさん最期を迎えようとしているがん患者さんは、とても強い痛みに悩まされるとよく聞きます。痛みはできるだけ取り除いてあげたいです。

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相談員Nさん痛みは、ご本人にとって最も大きな心配事といえるかもしれません。でも、今は痛みに対する治療やケアが進歩していますので、あまり心配なさらなくて大丈夫です。がんの痛みは「がん性疼痛」と呼ばれ、70%の方が経験し、その80%は適切な鎮痛薬の使用によって軽減できるといわれています。痛みの程度に応じて鎮痛薬を使い分けるWHO(世界保健機関)方式の治療(WHO方式3段階除痛ラダー)【図】は、日本をはじめ多くの国で取り入れられています。薬の種類によって取り扱い方法などが異なりますので、在宅医または薬剤師からの説明をよく聞きましょう。

WHO方式3段階除痛ラダーの図

在宅支援チームは痛みの緩和を積極的に取り組んでいますから、もし、ご本人が痛みを感じているようでしたら安心して相談しましょう。

一方で、多少の痛みが残っている程度のほうが、感覚が保たれるので活動している実感がある、という方もいらっしゃいます。ご本人が望む痛みの緩和の程度を理解し尊重することも時には必要です。

家族Sさんイラスト痛みが強ければ麻薬も使うのでしょうか。その場合、中毒とかにならないのでしょうか。

相談員Nさん麻薬は中毒になるから避けたい、増やしたくないとおっしゃる方が多いのですが、それは誤解です。医師の指示のもとで適切に使用すれば、医療用の麻薬(オピオイド鎮痛薬)で中毒、つまり依存症になることはありません。ただ、どんな薬もそうですが副作用はあります。例えば、吐き気や便秘、眠気などですが、これらについてもある程度は対応が可能ですので、副作用の症状やケア方法について在宅医、看護師、薬剤師から納得いくまで説明を聞くとよいと思います。医療用麻薬によって、死期を早めることはなく、むしろ痛みをやわらげることで食欲が増したり、よく眠れるようになったり有益なことが多いのです。


家族Sさんわかりました。痛みに対して、薬以外に何かできることはありますか。


相談員Nさんいろいろあります。心身のリラックスや、姿勢(体位)を工夫することも、痛みをやわらげるのに役立ちます。リラックスの方法として代表的なものは、好きな音楽を聴くことやアロマセラピー、呼吸法、マッサージなどですね。いくつか試してみて、ご本人が心地よいと感じるものを見つけるとよいと思います。姿勢(体位)の工夫は、体の動かし方や楽な姿勢の保ち方を看護師や理学療法士から教えてもらうのもいいですね。介護保険を利用して電動ベッドをレンタルすることもできます。身体の痛みを強くしている原因が、死への恐怖や仕事関係、家族関係、人生の意味への問いであることもあります。まず、ご本人の気持ちをゆっくり聴いてあげることが必要な場合もあります。

痛みをコントロールするときの3つの目標

痛みのコントロールは、3つの目標を目安に行います。
1番目の目標→夜間の睡眠時間を痛みによって妨げられないようにします。
2番目の目標→安静にしているときに痛みがないようにします。
3番目の目標→立ち上がったときや体を動かしたときのイラスト痛みがないようにします。

鎮痛薬やさまざまなケアによって痛みを大幅にやわらげることが可能になっています。痛みがあることは目に見えないですので、他の人には伝えにくいものです。伝え方のコツとして、痛みによる生活上の影響(痛いので眠りが浅いようだ、外出を控えている、うずくまっている時間が長くなった、など)を伝えるのもよいでしょう。



○食欲不振、嘔吐、便秘、呼吸困難など

家族Sさん身体の衰弱に伴い、主人の食欲が落ちています。無理にでも食べてほしいと思うのですが、どうすればよいでしょう。

相談員Nさん体が食べ物を消化できなくなってきているのかもしれませんね。ご本人が食べたいと望むものを中心に、好きな味付けで、やわらかく食べやすいように調理してみてはいかがでしょうか。スープやミックスジュース、アイスクリーム、ゼリーなど冷たくて喉ごしの良いものを好む方も多いようです。栄養補助食品で栄養を補うという方法もありますので、在宅支援チームに相談してみてください。気をつけてイラストいただきたいのは、食べることを強要しないこと。楽しみであるはずの食事がかえって負担になってしまいます。「好きな時間に、好きなものを食べたい量だけ食べる」ことが大切です。

家族Sさん吐き気や便秘もありますが、誰にでもみられる症状なのでしょうか。


相談員Nさん吐き気や嘔吐、便秘はよくみられる症状です。もし吐き気をもよおしたら体を横向きにするか、顔を横に向けて、吐いたものが気道(空気の通り道)に入らないようにしましょう。吐いたものはすぐに始末し、窓を開けるなどして空気を入れ替え、においが残らないようにします。また、吐き気が少し落ち着いたら、口の中の不快感を取り除くために、水やレモン水などで口をすすぐとよいでしょう。

便秘は、医療用麻薬の副作用であれば在宅医や訪問看護師に相談して下剤や緩下剤の量や種類を調節してもらいましょう。一般的な便秘対策としては、水分や食物繊維の摂取、運動、おなかのマッサージなどが効果的ですが、難しい場合は在宅医などの判断で緩下剤や浣腸、摘便を行うこともあります。がんの進行によっては腸閉塞が起こることもあるので、おなかの張り、強い腹痛がある場合は、医師や訪問看護師に相談しましょう。

家族Sさん在宅医から、やがて呼吸困難もあらわれると説明を受けました。呼吸困難があっても家で過ごせますか。

相談員Nさん呼吸困難は、肺が十分な酸素を取り込めないときなどに起こります。また、酸素を十分に取り込めているときでも、呼吸困難を感じることもあります。ベッドに横になっているよりも、体の向きを変えたり、上半身を起こしたりしているほうが呼吸しやすい場合もあり、目の前にテーブルを置いてクッションなどを抱きかかえるように座るなど、ご本人が楽に呼吸できる姿勢を手助けしましょう。体を動かすときはゆっくりと。衣服は体を締めつけないものにします。室温を低くする、窓を開けて風を入れる、うちわであおぐなど涼風を感じられるようにするのもよいでしょう。息が切れる、息をすることがつらいなどの呼吸困難がある場合は、我慢せず早めに在宅支援チームに相談してください。医療用麻薬を使って呼吸のつらさをやわらげたり、咳や痰を抑えたりすることができます。また、酸素吸入の装置を自宅に設置することもできます。

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点滴は必要? 不必要?

人生の最期の日々のケアで点滴を行うべきかどうかは、医療施設や医師によって考え方が異なりますが、「点滴は必要ない」という場合も少なくありません。がんの症状が進行すると水分を処理する力も弱まるため、点滴はむくみ(浮腫)を悪化させたり、痰が増えて息苦しくなったり、腹水や胸水が増えておなかの張りや息苦しさの一因となったりするなど、かえって苦痛を与える原因になりうるというのがその理由です。

水分を欲したら吸い飲みや短めのストロー、スプーンで少し水を与えたり、口に氷のかけらを含ませたりするなど、在宅支援チームとよく相談して対処するとよいでしょう。

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現在のがん医療では、緩和ケアへの対応、がん性疼痛に対する積極的な治療が重視されています。痛みを我慢することはQOLの低下につながるため、さまざまな手段をつかって痛みの緩和を図っています。医療用麻薬を含む鎮痛薬に加え、鎮痛補助薬として抗うつ薬や抗けいれん薬が処方されることもあります。

がんに伴う苦痛を広くとらえると、吐き気や嘔吐、便秘や下痢、呼吸困難など、がんにまつわる不快な症状はすべて苦痛だととらえることができます。また、がんの痛みは、身体的なものだけでなく精神的苦痛や社会的苦痛、魂の(スピリチュアルな)苦痛を含む「全人的苦痛(トータルペイン)」【図】であり、あらゆる角度からケアされるべきものだと考えられています。

全人的苦痛(トータルペイン)の図
☆POINT
  • がんの痛みは我慢しない。緩和ケアを受けることで、積極的に取り除くことができる。
  • 医療用の麻薬は、適切に使用すれば安全かつ効果的に痛みを緩和することができる。
  • 医療用麻薬を適正に使えば、中毒や依存症になることはない。
  • 不快な症状について、十分にケアできるように医療スタッフに相談する。
ご家族の体験談

短期間でも食欲が戻って笑顔を見せた夫

40歳代 女性

肝臓がんと診断された夫は、入院中、食欲が落ち、ほとんど食事できなかったため点滴をしていました。退院してからも看護師さんに手伝ってもらい、鴨居やポールハンガーなどを使って点滴を続けました。数日すると、夫が「点滴、やめられないかな…。お腹が空かないんだよ」と言いました。「では、少しずつ少なくしてみて、食べられるようならやめましょう。身体のだるさもとれるかも」と笑顔の先生。先生のおっしゃるとおりで、点滴をやめると大好きだった中トロを食べたいと言って平らげ、不思議なことに腹水も減り、だるさも軽くなりました。末期といっても病状が変わるのですね。残念ながら食べられた時間は、そうは長く続きませんでしたが、中トロを美味しそうに平らげた夫の笑顔は昨日のことにように覚えています。

いよいよ食事ができなイラストくなりましたが、夫は点滴を断り、腹水も退院前のようにパンパンになることなく穏やかに天に召されていきました。


3-1-4.家族が行えるケアや介助を知っておく

在宅での療養に必要なケアのほとんどは、家族でも行うことができます。家族によるケアや介助を行う場合には、介助する側とされる側がともに体への負担をかけずに、手早く行える方法がありますので、はじめは訪問看護師やホームヘルパーに教えてもらいながら一緒に行イラストうとよいでしょう。また、本人の意思を尊重し、本人が「これは自分でしたい」というものがあれば可能な限り自分自身でできるようにサポートしてあげましょう。家族の体調がすぐれなかったり、疲れているときには無理をしないで、在宅支援チームの支援を受けることも大切です。

家族Sさん主人は一人で立ち上がるのが難しくなった今も、自分で身の回りのことをやろうとしますが、あぶなっかしくてとてもみていられません。どの程度、介助に関わったほうがよいのでしょうか。

相談員Nさんご本人の「できること」を大切にしてあげることがよいと思います。「まだこれだけできる」という実感はご本人の生きようとする気持ちの支えになります。転んでケガをしないように傍らで見守ったり、体を支えたりするなどの配慮は必要ですが、できるだけ自分自身で行えるように手助けするのがよいでしょう。最期までトイレにだけは自分で這ってでも行くという方もいます。体力的に本当に難しくなったら、ご本人からサポートを求めるでしょう。看護師や理学療法士、ケアマネジャーなどに相談して、安全に介助する方法を教えてもらうとよいでしょう。

家族Sさん筋力が衰えないように、ベッドから離れる時間をできるだけつくるようにしたほうがよいのでしょうか。

相談員Nさんベッドで横になってばかりだと筋力が衰えるのではないかと心配になりますね。少しでも動けるうちは、生活のリズムに合わせてベッドから離れると気分転換にもなりますので、よいと思います。体を起こす、椅子へ移動する、足上げ運動をするだけでも全身を動かすことになります。そうすると血行が良くなり、むくみの改善や床ずれ(褥瘡:じょくそう)の予防につながります。また、体を動かすことで、肺や腸の機能なども維持しやすくなります。もし痛みが日常の生活動作を妨げている場合には、在宅医や訪問看護師と話し合い、定時や頓服(とんぷく:痛みなどの症状に応じて服用すること)の鎮痛薬を使用することで動けるようになる場合もあります。介護保険を利用すれば、歩行器や車いすを借りることもできますので、ケアマネジャーに相談してみるのも一つです。最期まで自分らしく過ごすためにリラクゼーションやマッサージ、日常動作訓練などを受けることもできます。無理にリハビリテーション(リハビリ)に努めなければと思う必要はありませんが、リハビリを行うことで、体調を整えたり気分転換になるだけでなく、呼吸状態を改善したり、日常生活の動作を行いやすくしたりすることができます。ご本人とも相談しながら、訪問看護師、理学療法士、言語聴覚士、作業療法士などにリハビリについて相談しましょう。

家族Sさん体の衰弱がさらに進むと、どのようなケアや介助が必要になりますか。私たちにそれができるかどうか、不安です。

相談員Nさん主なものは、口腔ケア、食事、排泄、体の清潔(入浴、清拭)とスキンケア、体位交換や移動、ベッド周りを整えることなどでしょうか。症状が進んだ場合は、ベッド上での排泄や、喉にからんだ痰を吸引機で取り除くことなどもケアに含まれてきます。このようなことは在宅支援チームに教えてもらいながら、徐々に慣れていくとよいと思います。一人で行うのが難しいケアは、ご家族で協力したり、看護師やホームヘルパーが来たときに一緒に行ったりするのも一つの方法です。


以下に示す主な介助は、1つの例にすぎません。それぞれの患者さんの状態や、置かれている環境によって、介助の仕方は変わってきます。在宅支援スタッフと相談して、適切な介助方法を探していきましょう。


口の中のケア(口腔ケア)

口の中を清潔にすることは、快適さを保つとともに、口内炎や肺炎の予防などに役立ちます。

用意するもの

やわらかめの歯ブラシ、スポンジなどでできた粘膜用ブラシ、コップ、ガーグルベースン(うがいのあとに吐き出す容器)、ティッシュペーパー、リップクリーム(ワセリンなど)

手順
(1) ベッドの背もたれを上げ、必要に応じて顔を横に向ける(誤嚥防止)。
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(2)

これから口腔ケアを始めることを伝える
(意識がはっきりしていなくても、必ず声をかける)。

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(3) 口を開けたら、歯茎の腫れや出血、口内炎、舌の汚れ、食べ物のかすなどをチェック。
(4)

歯ブラシを、鉛筆を持つように握り、歯を1本ずつ磨く。
ブラッシングは小刻みにやさしく。
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(5)

軽く濡らしたスポンジ粘膜用ブラシで歯茎や粘膜、
舌などをやさしく拭い、食べ物のかすを取り除く。
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(6) 自力でうがいが可能ならうがいをしてもらう。
(7) リップクリームを塗る。

ポイント
  • 食後や夜寝る前などに行う。
  • 食べてなくても、1日数回口の中を拭い、潤いと清潔を保つ。
  • 咳き込んだり、むせたりする場合は無理に続けない。
  • 口の中を傷つけないようにする。
  • 口内炎ができている場合は、特にやさしく。

食事

食事は生きる意欲につながります。ご本人に食べる意思がある限り、安全に留意しながら食べさせてあげましょう。

用意するもの

食べたがっている食品、器、スプーンやフォーク、ティッシュペーパーやタオル

手順
(1) ベッドの背もたれを上げ、顔を横に向ける(誤嚥防止)。
(2) これから口の中に何を入れるのか伝える(声かけは必ず行う)。
(3) 口を開けてもらい、食品を少量スプーンなどに取って口の中に入れる。
(4) しっかり飲み込んだことを確認してから、2口目を入れる。
(5) 最後に、口の中に食べ物のかすが残っていないかを確認する。

ポイント
  • 本人の食べたいものを少しずつ。
  • 咳き込んだり、むせたりする場合は無理に続けない。
  • 無理強いはしない。

排泄(ベッド上での排泄)

介助でトイレに行けるあいだはトイレで、ベッドから下りて座れる場合はポータブルトイレを使用しますが、座ることが難しくなったときにはベッド上で尿器や便器を使用します。ベッド上での排泄の介助は、性別、排便か排尿か、患者さんの状態などによってさまざまです。本人にとっても最後まで自分で行いたいと思う領域ですので、できる範囲のことはご自分で行ってもらい、家族はお手伝いをしていくというスタンスが基本です。

ここではベッド上での排泄の介助のなかで、すでにオムツをされている方の介助について紹介します。

用意するもの

防水シートか新聞紙、ふたに穴を数カ所あけたペットボトル(お湯を入れる)、トイレットペーパーか市販のお尻拭き、オムツ、尿取りパッド、ぼろ布(あると便利)、使い捨て手袋、消臭スプレー(必要に応じて)

手順
(1) 防水シートか新聞紙を腰から太ももあたりにかけて敷き、ズボンを下ろす。
(2) オムツの前面を外し、両足の膝を立てて本人が自力で横向きにできる場合は自力で、その力がない場合は、腕を胸で組み、両膝を立て、介護者が立つ反対側に倒して体を横向きにする。
(3) 排泄物をやさしく拭き取り、お湯で陰部を清潔に洗い流し押さえながら拭く。
(4) 新しい尿取りパッド、オムツをあてがう。オムツや尿取りパッドは、身体の中心に合わせ、隙間ができないように使用する。
(5) 汚れたオムツ類は速やかに片づける。

ポイント
  • 看護師やホームヘルパーからコツを教えてもらう。上手な方のやり方を見る、まねる、やってみる、が大切。
  • ご本人の気持ちに配慮して、体を動かすときには声をかける。
  • 排泄後は部屋の空気を入れ替える。
  • 石けんを使う場合には、十分洗い流す。

体の清潔(入浴、清拭)・スキンケア

体の清潔を保つことによって爽快感が得られます。入浴やシャワー浴に介助が必要なときは、訪問看護師やホームヘルパーにお願いすることもできます。また、入浴やシャワー浴が難しくなったら、温かいタオルで拭くとよいでしょう。ここでは清拭について簡単に説明します。なお、介護保険では、訪問入浴を利用することもできます。

用意するもの

熱めのお湯、洗面器、タオル、バスタオル、保湿剤(市販のローションやクリームなど)、着替え

手順
(1) 室温を暑すぎない、寒すぎない程度に調節する。
(2) 洗面器にはった熱めのお湯でタオルを絞り、仰向けで顔、耳、首、肩、腕と手、胸とおなかを拭く。
  イラスト
(3) 体を横にして、背中からおしりを拭く。
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(4) 再び仰向けにして足を拭く。
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(5) 拭いたあとは必要に応じて保湿剤を塗る。
(6) 体を拭きながら段取りよく着替えもする。

ポイント
  • ご本人の気持ちに配慮して、体を動かすときに声をかける。
  • タオルが冷めてきたら、熱めのお湯でこまめに絞りなおすとよい。
  • 拭いた後、すぐに乾いたタオルで押さえ拭きをすると体が冷えなくてよい。
  • 皮膚の傷や床ずれ(褥瘡:じょくそう)の兆候がないかチェックする。
  • 手浴や足浴など部分浴を行うだけでも心地よい。
  • ベッド上での洗髪も可能。看護師やヘルパーに相談しましょう。

体位交換

体位交換は、床ずれ(褥瘡:じょくそう)を予防したり、腸などの内臓の動きを促したりする効果があります。痛みに配慮しながら行いましょう。

用意するもの

体位交換に用いるクッションなど

手順
仰向けから右向きにする場合
(1) ベッドの右側に立つ。 イラスト
(2) 顔を横になる方向(右側)に向けてもらう。
(3) 本人の両腕を、胸の前で交差させる。 イラスト
(4) 足をそろえてひざを立てる。 イラスト
(5) 左肩とひざに手を当て、ひざを倒してから肩を倒す。 イラスト
(6) 腕や腰、足を楽な位置に整え、シーツや寝間着のしわを伸ばしてクッションで体を安定させる。

ポイント
  • 本人の体を小さくまとめてから動かす。
  • てこの原理を使う。
  • 持ち上げるのではなく、押す・引く・転がすイメージで行う。
  • 同じ場所(特に骨の出ている部分)に圧がかからないようにする。
  • 看護師やホームヘルパーから方法を学ぶ。
  • 床ずれ(褥瘡)を予防するエアマットなども利用する。

介助の基本は本人に声をかけながら行うことです。そうすることで、たとえ意識がもうろうとしている状態でも心の交流が生まれます。

イラスト

☆POINT
  • 無理のない範囲で、家族が日常的なケアや介助を行うことができる。
  • どこまで介助するかは、本人の意思を尊重する。
  • ケア・介助のコツや方法を在宅支援チームから教えてもらう。
  • 本人に声をかけながら介助を行う。
掲載日:2015年12月21日
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