領域代表
今井 猛
九州大学大学院医学研究院
・教授
代表挨拶
このたび、学術変革領域(A)「動的コネクトームに基づく脳機能創発機構の解明(動的脳機能創発)」領域が発足することとなりました。
「細胞の集まりに過ぎない脳に精神が宿るのは何故か?」これは、生物学における最も重要なクエスチョンの一つと言えるでしょう。この謎に魅せられて、古くから神経科学者が脳の構造や機能の研究に取り組んできました。私自身は、神経発生学的な観点から、この謎に迫りたいと研究をしてきました。近年では、神経科学分野でもハイスループットなオミクス技術や大規模な機能計測技術が発展し、大量のデータを取得するのが当たり前になってきました。しかし、そんな時代であっても、生命現象の背後にある原理を見出し、新たな物の見方を提示することこそが科学を大きく前進させると考えています。本領域では、「動的コネクトーム」、すなわち「脳機能はコネクトームの再編によって創発する」という見方を通して、冒頭の疑問に少しでも答えていきたいと考えています。
本領域では、既存の学問領域を融合・再編して新たな学問分野へと育てること、次世代の人材を育成することも重要なミッションです。前者に関しては、独自かつ補完的なアプローチの研究者を集め、チーム編成を行うことができました。チームプレーを最大限活かして、日本独自の研究の潮流を生み出していきたいと考えています。後者については、今後神経科学とAI研究の融合が加速することを見越し、ウエットとドライの両方の素養を持った次世代研究者の育成が喫緊の課題だと考えています。
領域内外の皆様のお力添えを頂きながら、「脳機能創発機構の解明」という大きな目標に向けて、尽力いたします。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
概要
神経系においては、他の多くの臓器とは異なり、細胞間の情報処理の多くはニューロン同士の配線とシナプス結合によって担われています。このため、脳機能の多くは、ニューロン間シナプス結合の全体(コネクトーム)によって実現していると言えます。近年では、電子顕微鏡や光学顕微鏡を用いて、コネクトームを明らかにする試みが進みつつあります。また、1細胞解析技術などを駆使して回路の要素となる細胞群を同定し、光遺伝学や薬理遺伝学を駆使して、回路要素を人為的に操作し、その役割を調べる実験も行われています。こうした要素還元主義的なアプローチによって、神経回路の要素同定が進み、その動作原理は徐々に明らかになりつつあります。一方で、多数の要素が組み合わさった時に、それらの単なる足し算以上の性質が表出する例も多く知られており、こうした脳機能の「創発性」にこそ、脳機能発現の本質が隠されているものと考えられます。興味深いことに、創発的に生じる脳機能は、生まれながらにして我々のコネクトームに備わっている訳ではありません。我々のコネクトームは初めから完成形として作られる訳では決してなく、発達や学習の過程で時間発展しながら徐々に作られていきます。コネクトームは生涯に亘って常に変化し続けるのです。その結果として、それまでできなかったことができるようになったり、それまでになかった知識が積み上げられたりしていくと考えられます。
従来、発達過程や学習過程におけるシナプス可塑性の研究は、要素に着目した素過程の研究が中心でした。一方で、このような創発性を理解するには、神経回路の全体に亘ってシナプス可塑性をとらえることが重要であると考えられます。そこで本領域では、脳発達や学習の過程で、シナプスやニューロン、回路構造が総体としてどのように変化するのか、そして、それによって創発現象や脳機能発現をもたらす原理や法則とは何なのかを理解したいと考えています。
具体的には、以下のようなストラテジーで研究を進める予定です。まずは、神経回路構造の全体像、コネクトームを、複数のタイムポイントで計測し、動的変化について明らかにします。次に、それに伴う機能的変化(たとえば、カルシウム、グルタミン酸、膜電位など)について包括的な計測を行います。そして、これらを定量的に解析することで、機能レベルの創発現象を支える構造的変化を明らかにし、数理モデルや再構成系での実証へとつなげていきたいと考えています。
本領域では、多階層に亘る形態・機能動態イメージングの融合という、生命科学としても先端的なアプローチを通して、脳機能を生み出しているニューロンスケール、神経回路スケールの原理や法則の解明に取り組みます。こうした研究により、我々の脳機能発達や疾患を理解し、in silicoでの再現や、より合理的な脳機能のデコーディング、治療戦略へとつなげることができるようになると期待されます。
本領域は以下の研究項目から構成されています。
研究項目A01 『ニューロン機能創発』
ニューロンレベルで生じる創発現象にはシナプスの空間、強度、時間分布などの変化が関わっていると考えられます。そこで、A01では、シナプス分布に関する定量的な性質と樹状突起演算やニューロン機能の関係を創発現象に基づいて理解したいと考えています。
研究項目A02 『脳回路機能創発』
回路レベルで生じる創発現象には、効率的な情報伝達を可能とするネットワーク構造の形成に始まり、記憶の基盤とされるセルアセンブリの形成、さらには多段階の可塑性に基づく高次ネットワーク形成が挙げられます。A02ではネットワーク構造の定量的な性質に基づいて回路~全脳スケールの機能発現を創発現象に基づいて理解したいと考えています。
研究項目A03 『脳機能創発の構成的理解』
ニューロンスケールあるいは回路スケールで生じる脳機能創発について、シミュレーションや神経オルガノイドを活用し、構成的理解を目指した研究を行います。創発現象のもっとも本質的な部分だけを取り出して、作り出すことで理解をめざします。また、動物実験では難しい人為的操作を再現するのに用いるほか、疾患モデルにおける機能創発の異常を理解したいと考えています。
これらに加え、本領域の支援班では、電子顕微鏡によるミクロコネクトーム解析、光学顕微鏡によるシナプススケール~全脳スケールのコネクトーム解析、超広視野二光子顕微鏡による大規模機能計測、計算機シミュレーション解析などの技術支援を行い、動的コネクトーム研究を加速していきます。
動画
キックオフシンポジウム(2024年7月23日)の冒頭で行った、本領域の概要説明および公募説明の動画をアップしました →動画