第154回例会 開催記録

日本動物心理学会第154回例会のご案内(京都)

テーマ:「『自己』の起源」
日 時:2011年3月16日(水)15:00-17:30  (終了後、懇親会)
場 所:京都大学 本部キャンパス内文学部新館 第6講義室
(アクセスはこちらをご参照下さい。
 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access )
入場無料、予約不要

■企画趣旨

動物における認知研究が盛んに行われるようになって久しい。外界のみならず、自己の内部で生じる出来事もまた動物を取り巻く環境であると言えよう。このような見地に立った自己認知研究が外界認知研究に加え行われるようになったが、「自己」という概念的存在の特異性により、ヒト以外の種においては自己鏡映像に関する分析が長らくその主要な研究手法であった。しかし近年、心の理論やメタ認知など自己に関する他の側面からのアプローチによって、動物における自己認知研究は新たな展開を見せつつある。自己と他者の区別をより多角的な諸側面からの検討をおこない、またそれらが鏡映像自己認知といかに関わるのかを明らかにすることは、自己の発生を明らかにする上で重要な示唆をもたらすであろう。

本例会は、自己に関する研究を行っている若手研究者を招き、ヒトを含む3種の動物で行われた自己と他者の区別に関する研究および自己鏡映像に関する研究を紹介していただく。これらの講演およびそれらに関する議論から、自己の発生に関して複合領域的な考察を行うことを狙いとしている。

■講演者

兼子 峰明(京都大学霊長類研究所)
「チンパンジーとヒトにおける自己の随意運動の知覚:
 視覚-運動随伴性の変化に対する視線行動と上肢運動の調節」

陳 香純(関西学院大学文学研究科)
「鯨類における自己鏡映像認知について」

矢追 健(京都大学文学研究科)
「自己参照プロセスに関わる脳内神経基盤―fMRIによる検討」

■指定討論者
森阪 匡通(京都大学野生動物研究センター)

■企画者
渡辺 創太(京都大学文学研究科)
岩崎 純衣(京都大学文学研究科)


日本動物心理学会第154回例会報告
報告者:渡辺 創太(京都大学文学研究科)

第154回動物心理学会例会は、「『自己』の起源」とのテーマで2011年3月16日に京都大学文学研究科第六講義室にて開催された。ヒト以外における自己認知の研究手法として、近年心の理論やメタ認知など自己に関する他の側面からのアプローチが行われるようになり、動物における自己認知研究は新たな展開を見せつつある。本例会は、自己に関する研究を行っている若手研究者を招き、ヒトを含む3種の動物で行われた自己と他者の区別に関する研究および自己鏡映像に関する研究を紹介していただいた。

まず、陳香純先生(関西学院大学文学研究科)に「鯨類における自己鏡映像認知について」という演題にて講演いただいた。バンドウイルカ、カマイルカ、ベルーガを対象とした鏡映像認知実験の結果および進捗を、エピソードを交え語っていただいた。続いて、兼子峰明先生(京都大学霊長類研究所・日本学術振興会)に「チンパンジーとヒトにおける自己の随意運動の知覚:視覚-運動随伴性の変化に対する視線行動と上肢運動の調節」という演題にて講演いただいた。紹介された研究の結果から、運動制御時に自動的な補正から注意を伴う補正に切り替わる基準がチンパンジーとヒトとで異なる可能性の指摘がなされた。最後に、矢追健先生(京都大学文学研究科・日本学術振興会)に「自己参照プロセスに関わる脳内神経基盤―fMRIによる検討―」という演題にて講演いただいた。特定の人物表象へのアクセスが必要とされるような参照課題をおこなった研究を紹介いただいた。結果は、各実験参加者内でより反応時間が長かった試行において、自身について参照した課題と特定の第三者について参照した課題との間で脳活動が部分的に異なることを示唆するものであった。その後、指定討論者の森阪匡通先生 (京都大学野生動物研究センター)による総括的質問が各講演者になされ、総合討論を行なった。

一言で「自己」と表現されるそれは、しかし実のところ文脈により微妙に異なる対象を指す。今回の例会で各講演者に提供いただいた話題はいずれも自己に関する研究であったが、厳密には自己の中でもそれぞれ異なる側面を対象とした研究であった。このように「自己」という存在を、複数の観点から、また複数の種についての研究から総合的に考察することが本例会の主旨であったが、参加者の各人が「自己」に対する自身の認識について再確認し、また一段踏み込んだものにしたことと思われる。震災直後の混乱の時期ということもあってか参加者は16名と比較的少人数であったが、参加者のほぼ全員が活発に質問や意見を述べる双方向型の熱気溢れる会となった。予定の終了時刻を大幅に延長した上での散会となり、またその後の懇親会でも盛んに意見や情報の交換が行われるなど、小規模ながら非常に盛況な会であった。