第153回例会 開催記録

日本動物心理学会+千葉大学「人間理解のための認知適応科学の創成」プロジェクト共催 ワークショップ
「認知の適応とは何か?」

適応は,環境の不確実性に柔軟に対処する,動物の生存にとって必須の能力で す。自然界の適応の方略には様々な形態があります。たとえば,霊長類に見られ る母指対向性などはその例でしょう。しかし,このようなハードウェアに組み込 まれた適応システムが,短期的な環境の大きな変化に対応するのは簡単ではあり ません。ヒトを含む,高度に発達した動物の適応方略の特徴は,ソフトウェアで ある認知システムにこそあるでしょう。認知システムの適応様式,機能,機序を 解明することで,動物種としてのヒト自身を理解することにとどまらず,ヒトが ヒトを取り巻く環境下で快適に生きていくための指針を見出すことが期待できます。

認知の進化は,まさに認知の適応過程ですが,非常に長い時間(多くの世代交 代)が必要です。今回のワークショップでは,より短期的な認知の適応過程に着 目し,認知システムはどのように環境に適応しているのか,またどのような点で 適応的であると言えるのか,適応を可能にしているサブメカニズムはどのような ものか,4人の話題提供者が様々な側面から問題提起しつつ,参加者全員で考え ていきたいと思います。

(本ワークショップは,千葉大学「教育研究高度化のための支援体制整備事業」 と日本動物心理学会の支援を受けています。)

日時:2010年7月31日(土)
場所:国立情報学研究所(http://www.nii.ac.jp/access/)20階 実習室1 & 2 (東京メトロ半蔵門線/都営地下鉄三田線・新宿線「神保町」A8出口, 東京メトロ東西線「竹橋」1b出口 徒歩3~5分)
※当日参加もできますが,建物のセキュリティ上,参加をご予定されている方は, 7月29日(木)までに牛谷(ushitani[at]L.chiba-u.ac.jp)にご所属とお名前をお知らせください。

スケジュール:
13:00- 13:10 イントロ(牛谷 智一)
13:10- 14:10 藤井 直敬(理研BSI)「霊長類を用いた社会的脳機能解明の試み」
14:10- 15:10 長坂 泰勇(理研BSI)「ニホンザルにおける自-他同調運動」
15:10- 15:20 休憩
15:20- 16:20 一川 誠(千葉大・文)「奥行知覚の可塑性と行動適応:反転眼鏡の長期装着による検討」
16:20- 17:20 牛谷 智一(千葉大・文)「空間探索における適応的な方略」

講演概要(講演順):

藤井 直敬「霊長類を用いた社会的脳機能解明の試み」
 霊長類の社会的脳機能を明らかにするため,動物の行動制限を可能な限り排し, 出来る限りの生体情報を同時記録する多次元生体情報記録手法を開発した。その 手法を用い,抑制行動を中心とした社会的適応機能の解明を試みた。

長坂 泰勇「ニホンザルにおける自-他同調運動」
 われわれヒトの行動には無意識的な行動が散見され,そのなかのいくつかは社 会適応に有効であることが示されている。このような行動がヒト以外の動物にも 観察されるのか,ニホンザルを対象として検討した。

一川 誠「奥行知覚の可塑性と行動適応:反転眼鏡の長期装着による検討」
 鏡やレンズなどを用いて光学的に奥行手がかり間に不一致を導入することがで きる。たとえば,両眼視差手がかりの方向や量を光学的に変換したまま観察を持 続すると,両眼視差の処理過程および奥行情報統合の過程に様々な変化が生じる。 それぞれの過程における変化の順応的側面について解説するとともに,それらが 行動適応において持つ意味について考察する。

牛谷 智一「空間探索における適応的な方略」
 タッチパネルを用いた空間探索課題において,ハトがどのように手がかりを利 用するか調べたところ,ハトは複数の視覚手がかりを同時に学習し,状況に応じ て使い分けることがわかった。空間探索における適応的な方略とはどのようなも のか考察する。

第153回例会概要ダウンロード(pdf:201KB)


日本動物心理学会第153回例会報告
報告者:牛谷智一(千葉大学文学部)

2010年7月31日(土)国立情報学研究所20階実習室1にて,「認知の適応とは何か?」と題したワークショップを開催した。

最初の話題提供者,藤井直敬氏(理化学研究所)は,多次元生体情報記録手法の開発とその手法を用いた社会的適応機能の研究について紹介した。2人目の長坂泰勇氏(理化学研究所)は,複数の個体間の同調行動の分析とそこから示唆される社会的適応機能について考察した。3人目の一川誠氏(千葉大学)は,反転眼鏡装着下における順応を中心に,知覚的適応過程とその基盤について論じた。4人目は私,牛谷が,ハトを用いた空間認識の比較認知研究を題材に,適応的な認知方略の基礎要件について考察した。

「認知の適応」についての問題提起が目的であったので,あえて討論時間を設けなかったが,参加した方々との積極的な意見交流があり,予定時間をオーバーして議論が続き,また,ワークショップ終了後にも話題提供者と参加者の議論が続くなど,大変盛会であった。酷暑の最中であったが,話題提供者を含み,29人の参加があった。

(本ワークショップは,千葉大学「教育研究高度化のための支援体制整備事業」との共催でおこなわれた。)