第151回例会 開催記録

テーマ:「自閉症研究と比較認知科学の接点」
日時:2010年3月20日(土)14:00-17:30
場所:京都大学文学研究科第6講義室
会場へのアクセス等につきましては,下記をご覧ください。
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/sogo/access.html

講演者

  • 中野珠美(順天堂大学大学院医学研究科・日本学術振興会)
     「自閉症の視覚認知スタイルの異常」
  • 魚野翔太(京都大学大学院教育学研究科・日本学術振興会)
     「広汎性発達障害における動的表情処理の心理・神経メカニズム」
  • 直井望(JST/ERATO, 岡ノ谷情動情報プロジェクト)
     「自閉症児の言語・社会性発達の評価・介入研究
       ー応用行動分析学的アプローチを用いてー」

指定討論者
藤田和生(京都大学大学院文学研究科)
後藤和宏(京都大学こころの未来研究センター)

タイムテーブル
14:00-14:10 企画者より
14:10-14:55 中野珠美先生ご講演
14:55-15:40 魚野翔太先生ご講演
15:40-16:00 休憩
16:00-16:45 直井望先生ご講演
16:45-17:30 指定討論(藤田和生先生、後藤和宏先生)および総合討論

企画趣意
自閉症研究と比較認知科学は、Premack & Woodruff(1978)、Baron-Cohen et al. (1985)による「心の理論」研究をはじめとして、模倣や視点取得の困難など、社 会的認知の様々な側面において、これまで共通の問題意識をもってきた。また近 年では、比較的低次の視知覚や注意の処理過程についても、健常者との比較にお いて同様の相違点が報告されている。本例会では、自閉症者、ヒト以外の動物を 対象に研究を進めてこられた先生方を講演者、指定討論者としてお招きして分野 間の交流をはかり、共有する問題意識について多視点から議論を深めたい。

事前申込み不要、入場無料
企画者 黒島妃香・松野響(京都大学文学研究科)


日本動物心理学会第151回例会報告
報告者:松野響(京都大学文学研究科)

第151回動物心理学会例会は、「自閉症研究と比較認知科学の接点」とのテーマで2010年3月20日に京都大学文学研究科第六講義室にて開催された。動物心理学会の例会としてはやや奇抜なテーマ設定ながら、40名弱の参加者にめぐまれ、盛況の中、活発に議論を交わすことができた。

テーマ選定の理由として、自閉症研究と比較認知科学の両者が共通した問題意識を内包している点が挙げられる。本例会では、両分野で共に重要なトピックとして取り上げられているSocial cognition、Social vision、Basic visionの3つのレベルそれぞれにおける研究と、それらレベル間の連関を探るアプローチについて理解と議論を深めることを目指し、自閉症研究のフィールドで世界的に活躍されている若手の先生方3名に講演をお願いした。また、比較認知科学研究の立場から同様のトピックに取り組んでこられた先生方に指定討論をお願いすることで、両分野の交流をはかり、共有する問題意識について相互理解と議論を深めた。各講師の先生方と講演内容は以下のとおりであった。

中野珠実先生(順天堂大学大学院医学研究科・日本学術振興会)は、「自閉症の視覚認知スタイルの異常」というタイトルで、社会的刺激観察時の視線計測実験、スリット視をもちいた時間統合処理過程についての研究、定型発達者を対象とした瞬目の同期に関する研究について報告された。

魚野翔太先生(京都大学大学院教育学研究科・日本学術振興会)は  「広汎性発達障害における動的表情処理の心理・神経メカニズム」というタイトルで、広汎性発達障害と定型発達者を対象とした情動表出刺激観察時の表象モーメンタムに関する心理物理学的研究、情動刺激観察時のfMRIによる脳機能計測に関する研究を発表された。

直井望先生(JST/ERATO, 岡ノ谷情動情報プロジェクト)は「自閉症児の言語・社会性発達の評価・介入研究 ー応用行動分析学的アプローチを用いてー」というタイトルで、応答的共同注意と始発的共同注意に対するオペラント条件づけをもちいた介入・評価に関する研究を発表された。

指定討論者の後藤和宏先生(京都大学こころの未来研究センター)、藤田和生先生(京都大学文学研究科)のコメントに端を発した総合討論では、個々の課題で明らかにされる心的機能間の機能連関についての考察の必要性、脳機能計測の手法を含めた測定手法の重要性、個人差、個体差についての検討など、自閉症研究と比較認知科学研究両者に共通する課題について意見が交わされた。また、例会後には、講演者、指定討論者の先生方を囲んだ懇親会を開催し、フランクな雰囲気の中で硬軟織り交ぜ、活発な議論が続いた。

「自閉症の視覚認知スタイルの異常」
中野珠実 (順天堂大学大学院医学研究科・日本学術振興会)

自閉症は社会性やコミュニケーション能力の発達障害を特徴とする。彼らの社会的認知機能の異常を明らかにすることを目的に、人の動きや顔への注視パターンの研究が数多く報告されているが、結果はまちまちであった。そこで、テレビ番組や映画から社会的なシーンを抜き出して作成した動画を視聴しているときの乳幼児と成人の注視パターンを自閉症群と健常群で比較した。視線の時系列パターンを多次元尺度法で定量化したところ、自閉症の有無と発達の2つの独立した要因による注視パターンの変化を同定することに成功した。

さらに、自閉症には社会性の障害だけでなく、知覚過敏や実行機能・注意障害もみられる。一方で、自閉症の中には、驚異的な記憶力やカレンダー計算力などのサヴァン症候群とよばれる能力を保有するものもいる。このようなアンバランスな認知能力の発達の背景として、局所的な大脳皮質回路の過剰形成と大域的な皮質回路の形成不全による脳機能不全の可能性が考えられる。その場合、複数の領域の協働を要する認知課題の成績が低下するはずである。そこで、スリット視課題を用いて自閉症群と健常群を比較したところ、自閉症群は健常群と比較して著しく成績が劣っていた。しかし、局所の情報量が高い絵に対する正答率は高かったことから、視覚の局所情報の認知処理には問題がないものの、それらを統合して全体を再構成する能力に障害があることを明らかにした。

「広汎性発達障害における動的表情処理の心理・神経メカニズム」
魚野翔太(京都大学大学院教育学研究科・日本学術振興会)

日常的なコミュニケーションでは顔の動的な情報が重要な役割を果たしており、静止表情と比較して動的表情では知覚・注意といった様々な処理が促進されることが示されている。しかしながら、対人コミュニケーションの障害を主な症状とする広汎性発達障害(PDD)ではこのような動的表情による促進効果が定型発達群と比較して弱いということが示された。これらの知見に加え、PDD群における動的表情処理の問題に関わる神経メカニズムを調べたfMRI研究から比較的低次の視覚処理に障害がある可能性について報告する。

「自閉症児の言語・社会性発達の評価・介入研究 ー応用行動分析学的アプローチを用いてー」
直井望(JST/ERATO, 岡ノ谷情動情報プロジェクト)

自閉性障害に関連して様々な言語、社会性の障害が報告されている。一方で、発達臨床研究においては、自閉性障害に関連する言語やコミュニケーションの困難は、行動的介入によって改善が可能であることが報告されている。観察研究においては「できる」、「できない」にとどまってしまう自閉性障害児の言語・コミュニケーションについて、「介入」という新しい視点から「できるための変数」つまり介入による可塑性を明らかにすることができると考えられる。このような視点から、自閉性障害児の発達初期から重度の障害が報告されている「共同注意」について、行動分析的な手法を用いた評価・介入研究について報告する.