第149回例会 開催記録

日本動物心理学会第149回例会
ワークショップ「比較認知神経科学の展望」のお知らせ

神経科学領域における最近の技術的革新には目覚ましいものがあります。ヒト 以外の動物を対象とした研究では、神経伝達物質の測定法や神経活動の解析法に おける進展、遺伝子工学による様々な改変動物作成などに見られるように、分子、 細胞、器官など様々なレベルで、詳細な分析や操作が可能になりつつあります。 一方、ヒトを対象とした研究では、各種イメージング法の開発や技術的進展によ り、ヒトにしか見られないような認知機能の神経基盤を、非侵襲的な方法で可視 化する研究が急速に増えてきています。

そこで、第149回例会では、神経科学分野で最先端の仕事を進められている新 進気鋭の若手研究者5人に、それぞれの最近の研究内容についてご講演をお願い いたしました。活発な議論の場となるよう,多くの皆様のご参加をお待ちしてお ります。

日時:2009年3月14日(土)13:25-16:40
場所:学術総合センター(国立情報学研究所)1階 特別会議室101
http://www.nii.ac.jp/introduce/access1-j.shtml

※ ご来場の際は,チラシ(PDF)をプリントし,当日,会場警備員にお見せください。
*** チラシは,こちら ***

タイムテーブルと講演内容:
13:30-14:05 兎田幸司(筑波大学)
「アカゲザルの前部帯状皮質における報酬の近さと量の情報表現」
 霊長類において、前部帯状皮質は「報酬の予測」や「動機づけ」などの認知機 能に関わっていることが示唆されている。しかしながら、(1)前部帯状皮質の領 域内に機能差が存在するのか、(2)報酬獲得までのコストや報酬量の情報はこの 領域においてどのように処理されているのかは未だ明らかでない。本研究では、アカゲザルに報酬の「近さ」と「量」を操作した視覚弁別課題を訓練し、課題遂 行中のサルの前部帯状皮質から単一ニューロン活動の記録を行った。前部帯状皮 質の吻側部と尾側部の比較を含め、今までに得られているデータについて紹介する。

14:05-14:40 鈴木江津子(専修大学)
「記憶に関する海馬下位領域間機能差とその生理学的基礎」
 海馬シナプス伝達効率の長期的な増大(長期増強)は、記憶の生理学的基礎の 候補である。海馬は歯状回、CA3、CA1という3領域に区分され、どの領域におい ても長期増強が生じうる。一方、各領域の長期増強を選択的に操作した動物を用 いた研究から、記憶における各領域の役割が異なる可能性が示唆されてきた。こ の違いに関連すると思われる各領域間の長期増強の差異について検討した。

14:40-15:15 堀江亮太(理化学研究所)
「人工文法学習の機能的MRI研究および乳児の系列学習研究」
 人工文法学習の機能的MRI研究を報告する。成人被験者に、指に空気圧をあた える指運動の系列学習課題により有限状態文法を学習させ、課題遂行時の脳賦活 を測定した。人工文法の状態遷移が予測不可能なときに、前部帯状回とブローカ 野周の辺前頭前皮質の活動が高まることを報告する。次に、言語発達研究で行わ れている乳児の学習実験研究について、統計学習実験の追試も含めて概説し、計 算論的な系列学習研究について論じたい。

15:30-16:05 加藤真樹(理化学研究所)
「鳴禽類の歌学習を司る分子基盤の探索」
 鳴禽類はヒト同様に音声学習能をもち、歌学習と発声に特化した脳構造(歌神 経核)をもつ事から、ヒト言語の神経基盤を探るモデル動物として用いられてい る。歌学習には遺伝的制約があることが示唆されており、我々はその分子的実体 を明らかにすることを目的として、鳴禽類の歌神経核における網羅的遺伝子発現 解析を行った。その結果、歌神経核で可塑性関連分子など様々な遺伝子が特異的 に発現していることが明らかとなった。

16:05-16:40 長坂泰勇(理化学研究所)
「社会的文脈を含む感情表出観察中のニホンザル扁桃体,前帯状野,前頭眼窩野の活動」
 社会的な環境世界において他者の感情を認識することは重要である。しかしそ のような感情がどのような状況や文脈のもとで生起したものであるのかを同時に 認識することなしに、その社会において適切に行動を行うことは不可能である。 本研究では、ニホンザルに社会的な文脈を含んだ感情表出行動を観察させ、その 際の扁桃体、前帯状皮質、前頭眼窩野の3領野の神経活動を同時に記録した。2 頭のニホンザルのそれぞれの脳領域から記録した結果、扁桃体と前頭眼窩野の細 胞は、同種個体が恐怖感情を表出しているときに活動したが、それは付随する社 会的文脈情報によって変化した。一方で前帯状野では、そのような活動の変化は 認められなかった。したがって、扁桃体と前頭眼窩野は共に他者の感情の認知だ けではなく、その感情がどのように生起したのかその社会的な情報の符号化にも 関与していることが示唆された。

司会:牛谷智一(千葉大学)・山崎由美子(慶應義塾大学)
オーガナイザー:山崎由美子・牛谷智一・後藤和宏(慶應義塾大学)・友永雅己(京都大学)


日本動物心理学会第149回例会報告
報告者:山崎由美子(慶應義塾大学)

149回例会は『ワークショップ「比較認知神経科学の展望」』というテーマで、2009年3月14日に開催された。このテーマとしたのは、神経科学領域における最近の技術的革新が目覚ましく、先端技術を背景に、分子生物学、心理学、行動生態学、人文科学、社会科学など、学際的な視点をもった研究が次々と創出されている背景があるからである。例えば、ヒト以外の動物を対象とした研究では、神経伝達物質の測定法や神経活動の解析法における進展、遺伝子工学による様々な改変動物作成などに見られるように、分子、細胞、器官など様々なレベルで、詳細な分析や操作が可能になりつつある。一方、ヒトを対象とした研究では、各種イメージング法の開発や技術的進展により、ヒトにしか見られないような認知機能の神経基盤を、非侵襲的な方法で可視化する研究が急速に増えてきている。

そこで、本例会では、様々な実験対象・実験技術を用いて神経科学分野で最先端の仕事を進められている新進気鋭の若手研究者5人に、それぞれの最近の研究内容についての講演をお願いした。演者と講演内容は以下のとおりである。

兎田幸司氏(筑波大学)はアカゲザルの視覚弁別課題遂行中の前部帯状皮質の神経活動記録について報告した。鈴木江津子氏(専修大学)は、薬理学的方法により生じさせた長期増強のラットの海馬各領域における差異について報告した。堀江亮太氏(理化学研究所)は、指運動の系列学習課題を通して人工文法を学習させたヒト成人被験者における、機能的MRIによる脳賦活について報告した。加藤真樹氏(理化学研究所)は、歌学習を行う鳴禽類の歌神経核における網羅的遺伝子発現解析の結果を発表し、ヒト言語の神経基盤のモデル動物としての有用性を論じた。長坂泰勇氏(理化学研究所)は、社会的文脈の有無が、ニホンザルの感情表出観察時の神経細胞活動にどのような影響を与えるか、多電極同時記録法により測定した結果を報告した。

今回の例会は、いつもとは異なり、場所が大学構内でない上、当日は昼ごろまで嵐に近い悪天候だったため、一体どれくらいの参加者があるかと不安になったが、様々な大学・研究機関から28人の参加者があった。演者には25分の講演と10分の質疑応答という時間設定でお願いしていたが、10分の質疑応答時間が短く感じられるほど、各講演後にはフロアから質問が活発になされ、細かな実験手技に関する疑問から概念的なことまで、有意義な議論をすることができた。