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参考資料と入口
考証学の基本、関連資料、人物一覧、地図を順に確認できます。
人物から探す
人物一覧と墓所・旧跡
人物ごとに略歴と所在地を確認できます。 それぞれの墓所や旧跡は、カード下部からGoogleマップで直接確認できます。
儒学者
井上金峨
江戸中期の儒学者であり、多紀元簡の師。躋寿館で学事顧問を務め、折衷学の講義も行いました。
儒学者
大田錦城
江戸中期の儒学者であり、多紀元胤の師。代表作として『九経談』が挙げられています。
国学者・考証学者
狩谷棭斎
江戸後期の国学者、考証学者。『本朝度量権衡攷』の精緻な考証で知られます。
- 墓石写真 法福寺に残る墓石の様子を見られます。
儒学者
海保漁村
名は元備、漁村は号。躋寿館の教授を務め、弟子には渋沢栄一らがいます。
- 墓石写真 普賢寺にある墓石を写真で確認できます。
医学考証学者
目黒道琢
曲直瀬玄佐に学び、躋寿館から医学館まで長く教鞭をとった、江戸中後期の医学考証学者です。
- 墓石写真 月桂寺に残る墓石を写真で確認できます。
旧跡
医学館跡
考証学派の学問と教育の拠点として位置づけられる、医学館ゆかりの地点です。※現地に看板などは建っていません。
医学館の中核
多紀氏
江戸医学館の成立と継承を支えた多紀家の人物群です。一つの項目の中に五名をまとめて案内しています。
- 多紀元考(1695-1766): 奥医師。医学校の躋寿館を開校。
- 多紀元悳(1732-1801): 元考の五男。躋寿館を継ぎ、医学館への昇格を支えた。
- 多紀元簡(1755-1810): 桂山。医学館を継ぎ、考証学派として後進を教育。
- 多紀元胤(1789-1827): 元簡の三男。著書に『医籍考』。
- 多紀元堅(1795-1857): 矢ノ倉多紀家を興し、善本の蒐集・校訂・復刻に尽力。
地図で見る / 多紀氏Wikipedia / 多紀元孝コトバンク / 多紀元悳コトバンク / 多紀元簡コトバンク / 多紀元胤コトバンク / 多紀元堅コトバンク
医者・儒学者
伊沢蘭軒
江戸後期の医者、儒学者。門下から渋江抽斎・森立之・山田業広らを輩出しました。
奥医師・考証学者
小島宝素
書誌校勘学に優れた江戸後期の奥医師。森鷗外の小説でも知られる存在です。
- 墓石写真 小島宝素の墓石を写真で確認できます。
医者
喜多村直寛
医学館で多くの後進を育て、引退後は古医籍の研究と校訂出版に尽くしました。
- 墓石写真 称福寺にある墓石の様子を確認できます。
医師・考証学者
渋江抽斎
名は全善、抽斎は号。『霊枢講義』や『経籍訪古志』で知られる、江戸末期の重要人物です。
医師・書誌学者
森立之
号は枳園。先輩や同僚の業績を引き継ぎ、考証学の第一人者として攷注シリーズを残しました。
医師
山田業広
医学館講師を務め、明治の漢方存続運動では森立之とともに温知社を立ち上げました。
- 墓石写真 蓮光寺にある墓石の様子を確認できます。
付録
付録の人物
付録として案内されていた人物です。
関連資料として、小曽戸洋「江戸考証学の人々とその遺業」もあわせて参照できます。
地図で探す
最後に地図で位置関係を確かめる
人物一覧や写真資料を見たあとに、墓所と医学館跡の位置関係を地図でまとめて確認できます。 そのまま大きなGoogleマップへ移動して、周辺の地点も続けて見られます。