「I 抽象的な権利」。言葉の成立事情は後で説明するが、 ここで「抽象的」というのは、「個体化されている」という意味である。 だから「抽象的な権利」というのは「個人の権利」という意味である。 これを「抽象法」と訳したのでは、まるで抽象画の描き方みたいで、 何のことだか分からない。「個人の権利」の内訳が、「所有」、 「契約」、「私権の侵害」となっている。 「権利」と訳せばすらすらと分かることが、 「法」と訳したのではオマジナイみたいになる。 そしてオマジナイの方を「根源的洞察だ」と思って有難がる風潮がある。 正体はただの誤訳である。
加藤尚武『ヘーゲルの「法」哲学 (増補新版)』
(青土社、1999年、27頁)