完全義務

(かんぜんぎむ perfect duty [obligation])

「私は模範となって人々に教えてあげたいのです。慈善活動は楽しいことであり、慈善活動をすればするほど、私はよい気持ちになる」

---ビル・ゲイツ, 彼の慈善活動について, in The Guardian Weekly

「慈善を求めているんじゃない。正義を求めているんだ」
(We are not looking for charity, we are looking for justice.)

---Bono (from the BBC News)


義務の古典的な分類の仕方の一つ。 完全義務とは、約束の場合のように、 義務を果たすべ相手に権利(right)を生みだすもので、 義務を果たさなければ、その当人の権利を侵害した、 すなわち不正(wrong)をなしたことになるような義務である。 古典的には正義をなす義務 (とくに、他人の所有権を尊重すること、 約束や契約を守ること、恩を返すことなど)が完全義務とされる。

それに対して不完全義務とは、 他人に親切にする場合のように、 親切の義務をなんらかの形で果たすことは期待されているものの、 だからといって特定の人に権利を生み出すわけではない義務である。 権利(right)を生み出さないので、 義務を果たさないからといって誰かに不正(wrong)をなしたことにはならない。 古典的には慈善(charity, beneficence)をなす義務が不完全義務とされる。 今日の行政用語では「努力義務」に当たるものと考えてよい。

「不完全義務はやらなくても罰されないが、 完全義務はやらなければ罰される義務である」 という言い方もなされるが、基本的には同じことを述べている。 上の説明を用いてこの言い方をパラフレーズすると、 「不完全義務はやらなくても不正を犯しているわけではないので罰されないが、 完全義務はやらなければ(特定の人に)不正を犯しているので罰される義務である」 ということになる。

以下はよく引き合いに出されるカントの分類である(『人倫の形而上学の基礎付け』 第二部を見よ)。

カントの義務の分類
完全義務 不完全義務
自分に対するもの 自殺しない 勤勉
他人に対するもの 約束を守る 親切にする

完全義務と不完全義務の区別の正確な思想史的理解については、 シューメイカーやシュニーウィンドを見よ。 上のような区別は、 グロティウスプーフェンドルフによって定式化されたものだと 言える。 ヒュームスミスの 道徳理論、あるいは今日のロールズノージックの正義論も、 「正義は完全義務、慈善は不完全義務」 という大枠の議論を理解している必要があることに注意せよ (このあたりはRosenや加藤尚武を参照せよ)。

26/Jul/2004


参考文献


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Tue Jul 25 17:21:13 JST 2017