自然

(しぜん nature)

Nature cares nothing for our human logic; she has her own, which we do not acknowledge until we are crushed under her wheel.

---Turgenev

Naturalness is very much a function of familiarity.

---A.L. Caplan


人間が手を加えていないこと。人為の対義語。

「自然は合理的である」 というのは西洋の道徳理論の多くに見られる仮定である。 夜空の星々の動きも、一見無秩序に見えて、 何年もかけて調べてみると、規則正しく動いている。 季節も、あきることなく春夏秋冬をくりかえす。 こうした事実から、自然は理に適っている、 自然は善いものだ、われわれは自然に従うべきだ、 と考えるのは、まさに自然なことである。 また、人間は往々にして不合理で、 人間はどうしようもなく悪く、 それゆえますますわれわれは自然を見本にして生きるべきだ、 ということになる。

しかし、「自然である」ことはつねに善いことだろうか。 人間はしばしば台風や地震に遭い、 人間には理解不能な自然の摂理によって死んでいく。 伝染病は自然に発生するし、ガンも自然に生じるが、 それらも善いことで、人為を尽くしてとどめようとすることは 悪いことなのだろうか。 こうした災難を「天罰だ」と言って合理化することもでき、 そしてそのような合理化はしばしば大きななぐさめになるが、 そのような意味を読みとるのが正しいかどうかはわからない。 むしろ、すべての自然的な出来事に人間的な意図を読みとることは、 「あのブドウはすっぱいから食べない」 というような下手な合理化にすぎないと批判されうる。

一口にいうと「自然は合理的であり、すべてのものには意味がある」 という考えは、 ひかえめに言っても検討の余地が多いにあるあやしい思考法であり、 はっきり言えば大まちがいで非常に有害な発想である可能性が高い。

本性自然法弁神論神を演じるの項も参照せよ。

(03/Feb/2001)


次の文章はJ・S・ミルによる 「自然」という論文の結論部分。 この論文においてミルは「自然」という言葉の意味を分析し、 「自然に反するから不正である」というような道徳判断は無意味であるか、 たとえ意味があったとしてもそのような基準に従うことは不合理かつ不道徳であると 論じている。

自然という言葉には主な意味が二つある。 この言葉は、事物の体系全体とそれらの事物が持つあらゆる性質の総体を指すか、 あるいは、人間の干渉のないあるがままの事物を指す。

これらのうちの一つめの意味においては、 人は自然に従うべきだという学説は意味をなさない。 というのは、人間は自然に従う以外いかなる力も持たず、 人間のあらゆる行為は、 自然の物理的あるいは心理的な法則のどれかを通じ、そしてそれに従って、 行なわれるからである。

もう一つの意味においては、人は自然に従うべきだという学説--言いかえると、 事物の自然なあり方を人間の意志による行為の見本にすべきだという学説--は、 不合理であると同時に不道徳である。

不合理だというのは、人間の行なうあらゆる行為は、 自然のあるがままのあり方を変更するものだからであり、 すべての有用な行為はそれを改善するものだからである。

不道徳だというのは、自然現象は、 人間が行なうなら憎悪の対象になって当たり前の出来事で満ち溢れており、 事物の自然なあり方をまねしようとする人物がいたならば、 その人はみなから最悪の人間として見なされるだろうからである。

自然の体系をその全体に渡って見た場合、 人間あるいはその他の生物の善がその唯一の目的だとは考えられないし、 主な目的だとさえ思えない。 自然が生物にもたらす善は、ほとんどの場合、 生物自身による努力のたまものである。 たとえ善意から発する計画の証拠が自然のうちに見出されるとしても、 この善意の主が有限の力しか持ちあわせていないことは明らかである。 だとすれば、人間の義務は、 自然のあり方を真似するのではなく常にそれを改善すべく努力することによって、 この善意ある力に協力することである。 そして、われわれの力のおよぶかぎりで自然に手を加え、 自然が正義と善の高次の基準によりよく一致するようにすることである。

---J.S. Mill, `Nature' in Essential Works of John Stuart Mill: Utilitarianism, Autobiography, On Liberty, The Utility of Religion (ed. Max Lerner ), New York: Bantam Books, 1961, p. 401.


冒頭の引用は以下の著作から。


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Sun May 4 01:34:51 JST 2003