平成11年4月
平成12年6月

平成12年7月

平成12年9月

平成14年6月

平成15年6月
我が家の次男として誕生。
頭部をカクッとする発作があり病院へ。難治性てんかんの一種である「WEST症候群」と診断。
薬物治療のために入院。マイスタン、デパケン、ピドキサールの併用。発作のコントロールができなかった。
ACTH治療のため入院。治療中は発作回数が減少するが、治療をやめると発作回数は増加。
マイスタン、デパケン、ザロンチンの併用に変更。しかし、発作のコントロールはうまくいかない。
マイスタン、デパケン、フェノバールビタールの併用に変更。しかし、発作のコントロールはうまくいかない。


発作が止まらず保護帽をかぶる、かずくん
平成15年7月

平成15年8月

平成15年9月

平成16年1月

平成16年4月
平成16年10月

平成16年11月
主治医から「ケトン食」の説明を受ける。病院の栄養士から指導を受けるが具体的なイメージがわかない。
かずくんが通う福祉施設の栄養士から指導を受けながら「ケトン食」を開始。入院することなく、ケトン指数1:1から自宅で開始。
ケトン指数を2:1、3:1へと増加。発作が増加し、歩行はフラフラになり、昼寝が多くなる。
ケトン指数を3:1から2.5:1へ減少。発作回数が2回/日程度に減少。
昼間の発作がなくなる。しかし、就寝時の発作は残る。
外科的治療の可否について検討したが、発作が脳全体にあり不可能との診断。
昼間の発作に続き、就寝中の発作もなくなった。


発作がおさまりTDRに行けるようになった、
かずくん
平成17年4月
平成17年5月

平成18年4月

平成18年7月
平成18年9月

平成19年1月
脳波が著しく改善。
副作用として多動を引き起こす可能性があるフェノバールビタールを徐々に減らすこととなった。(半年で10mgずつ)
福祉施設を卒園し、養護学校に入学。栄養士間の引継ぎが行われ、「ケトン食」を給食として作ってもらえることに。
片言で話し始める。歌も歌い始める。
小学部1年2学期に入り、先生や友達との関わりを楽しみ、充実した学校生活を送る。
将来の成長を楽しみしていたが、列車事故により7年10ヶ月の短い人生を終える。


学校でお勉強中の、かずくん