子どもの睡眠に関する提言
学校保健委会からの報告
子どもの睡眠に関する提言
今日の学齢期にある子どもたちの健康を支援するために、社団法人日本小児保健協会学校保健委員会は、委員による討議を経て、以下の提言を行うことにした。
子どもは、現在を生きるとともに、未来に向かい育ちゆく存在である。体の発育と発達が起こる一方で、子どもたちは、五感を通じて様々なものを感じ、体験しながら、人間としての成長を続けている。
今日、子どもたちを取り巻く生活環境(居住空間、遊び環境、学校、通学環境、地域環境)は、親の世代が育った頃とは大きく変化している。利便性、効率性が高くなった一方で、健康への影響も指摘されている。
他方、子どもたちの生活時間にも著しい変化が起こり、過密なスケジュールによる多忙化、生活の夜型化、睡眠時間の減少傾向などが広く進行している。当協会の調査1) では、「夜10時以降に就寝する子ども」の割合は、既に1歳6ヵ月で55%と半数を超え、4歳、5-6歳で約40%になるものの、子どもの生活時間の夜型化の実態が明らかになっている。また、10年前、20年前の調査結果と比べ、「夜10時以降に就寝する子ども」の割合は、各年齢において確実に増加している。小・中・高校生の調査2),3)では、学年が進むにつれて就寝時刻が遅くなること、また、以前の調査結果に比べて、子どもの生活の夜型化が進み、睡眠時間は短かくなり、「睡眠不足を感じている児童生徒」が増加していることなどが示されている。
こうした状況を鑑みて、平成12年度に発足した当委員会では、子どもの生活習慣の形成と現代の子どもたちの生活実態から見えてくる様々な健康問題について検討した結果、「睡眠」に着目することとした。睡眠は、人が生き、健康を維持する上での必須の営みであり、また、現代の子どもの様々な健康問題との関連性が推測される。そこで、基本的な生活習慣としての「子どもの睡眠」について提言することとした。
近年、時間生物学、生理学等の研究が進展し、睡眠と生体リズムの関係、ひいては健康との関係についての解明が進んだ。これらの成果から、人間には概日リズムと呼ばれる規則正しい周期的リズムがあり、深部体温、メラトニン、コルチゾール、成長ホルモン等のホルモン分泌、そして睡眠覚醒 などのそれぞれに周期的リズムがあること、睡眠覚醒のリズムとその他の生体リズムに解離が生じると、昼間の眠気、夜間の不眠、抑うつ等、様々な心身の不調をきたしうることなどが判明してきた。また、不登校の子どもの多くに睡眠覚醒リズムの障害が認められるとの報告もある。
一方、睡眠は、神経機構とメラトニンなどの睡眠物質による液性機構の二系統で調節されていて、光に反応して抑制されることなども明らかになっている。したがって、規則正しい睡眠覚醒リズムを築くためには、朝起きて光を浴びることが大切であり、夜遅くまで明るい電灯の下で起きていると生理的リズムを崩すひきがねとなりうることも指摘されている。また、睡眠は、免疫機能の活性化に関与することや成長ホルモンの分泌が入眠後に亢進することが知られている。
以上より、規則正しい睡眠覚醒のリズムを築き、よい睡眠をとることは、子どもの健やかな発育発達と健康の保持増進のために極めて大切であり、よい睡眠をとるために生活習慣を改善する意義がある。
以下に具体的な提言を、年代別に対象者へ呼びかける形式で掲げる。
小児保健関係者に対して
睡眠は、生きる上で基本的な営みですが、現代人は、既に幼児期から忙しいスケジュールの下で生活する傾向にあり、生活が夜に食い込んで、結果的に睡眠が削られることとなっています。睡眠不足による健康への影響は、様々な心身の不調や漠然とした症状として現われ、病気を引き起こすこともあります。
必要な睡眠時間には個人差があるので、適切な睡眠時間を一概に示すことはできませんが、最近の調査1),2)で報告されている子どもの平均睡眠時間は、1歳で9.6時間、3歳で9.8時間、小学3,4年生で9.2時間、中学生で7.5時間、高校生で6.6時間となっています。
成長期にある子どもたちに対し、心身の健康の保持・増進と適切な睡眠をとることの大切さを伝えていく必要があります。このために、保護者はもとより一般の人々に向けての教育、普及啓発について、小児保健関係者のご尽力をお願いしたいと思います。
子どもの保護者および社会一般に対して
私たちの脳では、膨大な数の神経細胞が働き、様々な情報の処理や思考を行っています。睡眠は、単に体の疲れをとるためだけでなく、脳、特に大脳を休ませるという積極的な意味があります。また、睡眠中には、体の調節や成長に必要な各種ホルモンがさかんに分泌されることや、睡眠が免疫力を高めることが知られています。このように、睡眠は、人間が生きていく上で必要であり、また子どもの健やかな成長のためにとても大切な営みです。
私たちの睡眠にはリズムがあり、体内時計4)や睡眠物質5)によって、日中は目覚め、夜間は眠るように調整されています。このリズムが乱れ、心地よい睡眠がとれなくなると、眠気を生じるとともに、注意力や集中力の低下により事故を起こしやすくなったり、健康にも影響がでてきます。
質のよい睡眠をとり、健康的な生活習慣を築くことが大切です。寝つきをよくするためには、就寝時刻をなるべく一定にして、就寝前は心身ともにリラックスしてください。そして、夜遅くまで明るい光を浴びないように、照明は暗めにしてください。寝る前に入るお風呂は、ぬるめにしてください。目覚めをよくするためには、起床時刻をなるべく一定にして、起床直後に太陽の光を浴びたり、部屋を明るくしてください。軽い体操やストレッチ、熱めのシャワーも効果的です。朝食はしっかりとってください。
以上のような寝つきと目覚めの注意点は、お子さんも大人も基本的には同じです。健康的な睡眠をとれるように、家族一緒に努力してください。
もし、睡眠のリズムがみだれて、睡眠障害や昼間の眠気に悩まされるような状態に陥ってしまったら、治療することも可能になってきています。
乳幼児がいる家庭に対して
親の生活習慣は、そのまま子どもに影響します。小さい頃から夜更かしの習慣をつけないようにしてください。この時期は、成長に必要なホルモンが睡眠中にたくさん分泌されるので、良質な睡眠をとることは、とても大事です。
小学生がいる家庭に対して
低学年では、幼児期に引き続いて規則正しい生活を築き、毎日、快い睡眠がとれるように配慮することが大切です。
中・高学年になると、塾や習い事などが生活時間の一部を占めることも多くなります。1日24時間の中で、睡眠時間をどのように確保するかについて、お子さんと話し合ってみましょう。子ども自身が納得した上で、目標をもって自分自身の生活時間を設計できることが望まれます。
中学生・高校生がいる家庭に対して
自我が確立し、親の考え方にしばられず、自分なりの生活のスタイルを築くことを望む年代です。したがって、それまでにどのような生活習慣を築いておけるかが鍵になります。塾に通う生活、テレビゲームやインターネット、深夜放送等、夜遅くまで起きている傾向に陥りがちです。自分で考え、適切な睡眠がとれるように、理由を説明して、助言してあげましょう。それを選択するのは本人自身ですが、やがては健康的な生活習慣を営めるようになることを信じて、言葉をかけ続けましょう。
<参考>
1) 社団法人日本小児保健協会「平成12年度幼児健康度調査報告書」
2) 財団法人日本学校保健会「平成10年度児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書」
3) 東京都教育委員会「児童・生徒の健康に関するアンケート調査」報告書(平成10年度)
4) 人間を含む生物の体内で営まれる様々な働きには規則正しいリズム(概日リズム)があり、人間では約25時間の周期ですが、これを光など外界の刺激により24時間周期に合わせています。概日リズムを司る生物時計は脳内の視床下部にあり、さらにこの時計に関係する遺伝子が存在することもわかってきています。
5) 睡眠は神経機構と睡眠物質による液性機構の二系統で調節されています。脳の松果体から分泌されるホルモンであるメラトニンなど、睡眠を調節する物質が多数知られるようになりました。
注: この提言は平成12年9月14日から平成13年8月24日までの計6回の討議を経て、同10月5日付で前川喜平会長に報告しました。機関誌「小児保健研究」第60巻6号(平成13年11月)に委員会報告として掲載しており、第49回日本小児保健学会(平成13年11月17・18日、東京ビックサイト)会場にても会員向けに配布します。
学校保健委員会委員名簿 | ||
---|---|---|
名前 | 所属 | |
五十嵐 隆 | 東京大学大学院医学系研究科小児医学講座 | |
伊藤 文之 | 東京慈恵会医科大学第三病院小児科 | |
衞藤 隆 | 東京大学大学院教育学研究科身体教育学コース | 委員長 |
逢坂 文夫 | 東海大学医学部地域保健学 | |
岡田 知雄 | 日本大学医学部小児科 | |
加藤 隆司 | かとうクリニック | |
小林 正子 | 国立公衆衛生院母子保健学部 | |
笹井 敬子 | 台東区台東保健所保健サービス課 | |
中村 敬 | 大正大学人間学部社会福祉学専攻 | |
三木 とみ子 | 女子栄養大学保健養護第二研究室 | |
(50音順) |