個人でさらう個人練の他、オーケストラではある程度の人数が集まって練習する必要もある。ここではそうした練習において効率の良い練習はどのようにして行うのか、ということを説明する。
チューニング
何はともあれオーケストラの練習はチューニングから始める。チューニングは全ての楽器が同じピッチの音程をそうするために必要なものだ。具体的にはオーボエのAの音に合わせる。やり方はいろいろあるが、コンマスがオーボエにチューニングの指示を出し、首席オーボエ奏者はチューニングメーターを見ながら通常は442Hz(楽団によって異なる)のAの音を出す。コンマスがまずそのAに合わせ、コンマスに続いて他の奏者がAの音を合わせる、といった具合だがオーケストラによっていろいろバリエーションがある。しかし、オーボエ以外のAに合わせることはまずないはずだ。
オーボエがいないときはクラリネットで代用したり、弦楽合奏では最初からコンマスのAに合わせる。
パート練習
通称パー練。各パートごとの練習のこと。練習の前段階で譜読みを主に行う。CD等を聴いて曲に慣れたりするのもこの練習時にすることが少なくない。なお、CDで勉強することを略してレコ勉という。昔はレコードで勉強することからレコ勉と言った。しかしCD全盛の現在において不思議なことにCD勉とはいわない。譜読みではスコアで他のパートの動きもチェックすることが望ましい。このパート練習は練習の初期に集中してやるが、決して最初のうちだけやるのではなく、分奏や合奏の合間をぬって繰り返しやると技術向上となる。ちなみに管楽器ではパート練が2人とか1人となってしまうので事実上個人練となる。従ってむしろ次に挙げる分奏を行ったほうがよい場合もある。
ただ、レコ勉すると指揮者が別の要求をしたときに癖が抜けきれなくなることもあるので注意が必要だ。とはいえレコ勉すればある程度自分の出したい音が見えてくるので手っ取り早く味を出して弾くことが出来る。
分奏
セクション毎の練習。即ち弦楽器、管楽器で分かれて練習する。打楽器でもやるのだろうがあまり話は聞かない。また、分奏時にトレーナーや指揮者を呼ぶことが多い。管楽器ではパー練の時は人数が少ないのでパー練をほどほどにして分奏に力を入れることがある。ちなみに管楽器は弦楽器に比べ演奏の質が個人の能力に左右されることが多い。弦楽器は一人が病気で休んでも大したことはないが、管楽器は一人が休めば最悪の場合、合奏が出来なくなってしまう。だから分奏の合間を縫って適当にパート練習や個人練習をすることが必要だ。また、管楽器奏者は体力配分に気をつけよう。身体のコントロールは大事だ。実際に棒交響楽団のトランペット奏者が急に貧血で倒れ、演奏が中止になったのを目撃したことがある。
合奏
オーケストラ全体の練習で、この時にパー練や分奏の練習効果があらわれる。トゥッティともいい、指揮者を呼んで練習する。このとき初めて指揮者の要求を聴くことができるが、前述のようにオーケストラは指揮者の楽器であるといえるのでプレーヤーは指揮者の要求に従わなくてはならないし、また出来る限り出席しなければならない。また総練習のことをゲネラルプローベ(GP)という。
他のパートをよく知らないと致命的なミスを冒したりする。そのため練習にはスコアを持ってくることが望ましい。特にトップは必ずスコアを持ってなければならないだろう。これはなにも合奏に限ったことではないが、そういう癖をつけておいたほうがよい。練習中は指揮者やコンサートマスター、トップを見てないといけないし、他のパートをよく聴いていないとずれてしまう可能性がある。これは全員が全気を付けないと必ずやってしまう。しかし、問われるのはトップであるから彼らをかわいそうと思うなら各自で気を付けよう。よく指揮者が「走るな」と叫ぶことがある。これも大抵トップの責任にされてしまうのだが、後ろで弾いている誰か一人でも走ってしまうと自然に全員が走ってしまわざるを得なくなるので気を付けよう。
ステージリハーサル
本番前のステージ上での練習、リハーサルを総称してステージリハーサル(ステリハ)という。ステリハのときは時間の関係上曲を通すだけのことが多いので注意しなければならない。ステリハとG.P.を混同する人がいるので注意しよう。またステリハでは実際の会場を使うことが多いのでよく響く。このため自分の音が異常に聞こえることがあるので驚かないように。
また、男性は本番でネクタイと礼服を着用することが多い。これは汗がこもるし、裾が重くなる。特にヴァイオリンとヴィオラは弾くときに疲れるので体力の配分を考えよう。ネクタイは慣れるために付けて練習するのも手だ。管楽器にも体力の配分という点では同じことがにもいえる。さらに管楽器では食事も考えなければならない。また、よけいな を出さないためにも腹八分目にしておいた方が無難であろう。
合宿
合宿は短期集中強化練習の意味でもかなり重要である。この時に技術向上にもなるし、飲み会などで団員との親睦を深めることができる。練習は上に挙げたパー練、分奏、合奏を適度に組み合わせて行うのが普通。ところが朝から晩までいているので弾くのに飽きてしまうこともある。こういう時のために遊びの楽譜を持っていって弾くのも一つの手であろう。遊びではみんな楽しんで弾くので飽きないし、自分の思うように弾くことができる。技術向上はもちろん練習のストレスを発散させる意味でも遊びは重要である。合宿で飲み会を行うのも親睦を深める意味でよい。但し次の日に二日酔いで弾けなくなるくらい飲むのは恥ずかしいので避けよう。
合宿場の予約などはもちろんしなければならないが、音楽専用のホールがついているところでないとまずい。また、ホールがあっても音出し時間に制限があったりすることも多いので注意が必要だ。意外に気を使うのが湿度で、空調設備のない施設はやめよう。特に弦楽器は湿気が高いと音が鳴らなくなる。
譜面
オーケストラで使う譜面は大きく分けて2種類ある。まずスコア(総譜)と呼ばれるもの。これは主に指揮者が見るもので、すべてのパートが書いてあり、他のパートとの関連が一目でわかるようになっている。フルサイズ版とミニチュア版とがありフルサイズは大体A4くらい、ミニチュアはA5くらいである。当然フルサイズの方が音符が大きいので見やすいが、持ち運びにはミニチュアの方が便利である。実際に買うときはアマチュアならミニチュアで十分だ。スコアは他の楽器が何をやっているかを調べたりするときに使う。なるべく持っておいたほうが便利だ。
もう一つはパート譜で、これはフルートの1番だけとかティンパニだけとか第1ヴァイオリンだけとかいうもので、演奏中はこちらを見ながら楽器を弾くことになる。つまり、演奏の際に暗譜でもしていない限り必ず必要となる。パート譜は管楽器では一人1部となるから通常1番と2番とは別々の譜面になっている。ところが弦楽器では管楽器に比べページ数も厚いことなどから二人で1部を見ることになる。そして例え第1ヴァイオリンがディヴィジ(分かれて演奏すること)であっても一冊のパート譜に書かれる。なお、二人で一つの譜面を見るときに客席に近いほうを「表」、遠いほうを「裏」という。ディヴィジのときは表が上のパートを、裏は下のパート弾くことが多い(3パート以上に分かれているときはコンマスや指揮者の指示に従う)。このパート譜には時々ボーイングが書き込んであることもある。作曲者の指示である場合もあるが、大方は印刷会社の書き込みであることが多い。こういう時は印刷通りに弾くと弾きにくいこともあるので注意が必要だ。また、譜めくりは管楽器ではそれぞれがやるが、弦楽器では通常裏の人がめくる。これも例外はあるが裏で統一しておいたほうがエキストラが来たときに混乱するので無難だ。急いでめくりたいときは「V.S.」と譜面に書くか、次のページの譜面をコピーしてはっておくのも一つの手である。
書き込み
練習の時は書き込みが必要となるが、書き込みに際してはB2くらいの濃い鉛筆と消しゴムが必需品となる。書き込みの要領は下の絵を見てもらえばわかるだろう。例えば指揮者を見るときは眼鏡のマークを書いたりする。また、指揮者に言われたことのみ書き込むのではなくて、個人的な指番号やポジション、ボーイング、ブレスなども書き込むことが大切。要は指揮者に何度も同じことを言われないようにすること。
また、前述のように弦楽器では「V.S.」(はやくめくれ)なども書き込む必要がある。タイミングが悪いときは次のページをコピーしてはっておくもよいだろう。小節番号が書いていない場合はこれも書くこと。
エキストラが来たときに、彼らが譜面に書き込んであることが理解できなくては困る。そのためにも適切に誰でも判るように書き込まなくてはならない。大体書き込みの方法は万国共通になっているが、特殊な記号であったりすることも時々あるので本番前にはかならず譜面合わせなりしてミスがないように心掛けることも大切である。また、オーケストラによっては本番用の譜面を別途用意しているところもある。こういう場合はエキストラのミスをなくす上で有効である。
本番
本番は練習の成果を試す場であり、客に聴かせる場でもある。理想をいえば失敗してはならない。しかし、我々はアマチュアオーケストラなのだから少々の失敗は許される(プロでは許されない)。これを機に次では失敗しないぞ、とか目標を持てるからだ。ともあれ本番は1回しかない。持てるパワーを十分出し切って本番を乗り切ろう。
本番は汗をかく。当たり前といえば当たり前だが、特に男性の弦楽器奏者は汗というものがくわせものだ。汗をかくと上着が汗を吸ってしまう。すると上着の袖の部分が重くなり、弓が思うように上がらなくなってしまうのだ。それでなくても体力を使うのだからリハーサルは手を抜く(他人にわからないように)とか、調整に注意するのが必要だろう。体力配分は考えねばならない。筆者の場合、本番は黒の場合、夏用のものを着ていく。風通しがよいし、汗が溜まっても冬用より重くならない。
さて、ここでステージマネージャーという言葉が出てくる。略してステマネというが、彼らの本番に際しての役割は重要だ。いわば本番の仕切り役といったところだ。ステマネの仕事は本番までのオーケストラ団員への指示、例えば本番何分前にチューニングを済ませてどこどこへ待機する、などのである。終わったあと拍手の“サクラ”も彼らがやったりすることがある。コンマスや指揮者の出るタイミングも彼が指示することさえある。舞台のセッティングも彼が中心になってやるのだ。オケの中枢の人達が予め進行表を作っておき、それに沿ってステマネは動いているわけだ。その他、弦が切れた場合の対応も指示したりする。こんな仕事をやっているわけだから実はとても知識と実績のある人でなければならない。アマチュアでは、特にここを軽くみる傾向があるので注意した方がよいだろう。“某なんとかオーケストラフェスティヴァル”ではプロのステマネ(日本フィル)を呼んでいるほどだ。