ADR法と医療におけるADR


ADRとはAlternative Dispute Resolutionの略で、直訳すると代替紛争解決手続きとなります。日本では裁判外紛争解決手続と呼ばれ、裁判によらない紛争解決方法を広く指す言葉です。裁判では法的争点のみに重点が置かれますが、法的な尺度だけでなく、個々の実情に合わせた柔軟な対応が可能となり、さらに紛争解決を迅速に測ることができるという長所を持っています。例えば、弁護士会、社団法人やその他の民間団体が行う仲裁、調停、斡旋の手続きや、裁判所における民事調停や家事調停もADRに含まれます。  
  身近にあるADRですが、現状では私たちの生活に浸透しているとは言えません。そのような状況を改善するために制定されたのが「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(以下ADR法)」で、第161回臨時国会において可決・成立し、平成19年4月1日から施行されます。ADR法では以下の内容が定められています。

a 裁判外紛争解決手続の基本理念を定めること

b 裁判外紛争解決手続に関する国等の責務を定めること

c 裁判外紛争解決手続のうち,民間事業者の行う和解の仲介(調停,斡旋)の業務について,その業務の適正さを確保するための一定の要件に適合していることを法務大臣が認証する制度を設けること

d cの認証を受けた民間事業者の和解の仲介の業務については,時効の中断,訴訟手続の中止等の特別の効果が与えられること


法務省 裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律について 


 また、日本のADR法の第3条1項にADRは「法による紛争の解決のための手続」と明記されていて、世界的に見ても大変珍しいものです。これはADRを裁判準拠型モデルとして位置付ける視点が色濃く反映した立法であることがわかります。  
  さて、このようなADR法が医療におけるADRで中心的な役割を担うようになるでしょうか? 日本の裁判は「10年裁判」と揶揄されるように大変時間がかかります。家族を亡くされた遺族の心理的負担、さらには経済的負担を考えると、ADRによる迅速な対応は遺族の負担軽減を図る上でとても重要なことです。また、裁判ではどうしても「法に照らし合わせてどうか」という視点でのみ争われてしまい、患者・遺族の「臨床経過中に何が起きたのか知りたい」「再発を防いでほしい」「真摯で誠実な対話をしてほしい」という要望に答えることができません。事実、いち早く医療訴訟に対話による解決を取り入れたアメリカでは、専門知識を持った中立的な第三者(メディエーターと呼ばれる)の援助によって話し合いを進めることにより、双方の同意による解決が普及し始めています。同意による解決を通して、裁判にかかる過大な弁護士費用や時間的コストが削減され、2003年のジョンズ・ホプキンス病院では、前年比30%経費を削減できたという報告があります(ただし、患者への正当な賠償が削られたわけではなく、訴訟にかかる経費の削減です)。  
  しかし、すでに述べたように日本のADR法には「法による紛争の解決のための手続」と明記されています。そのため、ADRがもともと持っている「法的尺度以外の要素を勘案して合意を目指す」という特色が弱まることになります。法律が基準になると、患者・家族の「直接、真摯で誠実な対応をしてほしい」「二度と事故を起こさないで欲しい」といった思いは、あまり省みられず、医療側も、謝罪を含め素直な気持ちを表す機会が失われてしまいます。また明らかにされる「事実」も法律上で重要な項目に限定され、臨床経過の全容の解明は困難です。そして臨床経過を正確に把握することができなければ、もちろん再発防止に役立てることはできません。  
 このように今年4月より施行されるADR法は裁判準拠型ADRを基本としています。その中でいかに対話による合意を目指していけるかが今後の課題となっていきそうです。



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