モデル事業の問題点と解明機関への期待


厚生労働省は、平成17年9月から、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(以下、モデル事業)を開始し、「診療行為に関連した死亡について、死因究明と再発防止策を中立な第三者機関において専門的、学際的に検討するのが適当と考えられる事例」を対象として調査を行っている。このモデル事業は、今後、解明機関のような制度として発展していくことになると思われるが、既に問題点も多く指摘されている。我々は、せっかくモデル事業で経験したノウハウと反省点を、制度づくりに十分生かして欲しいと考える。以下に、モデル事業の問題点(漢数字で七項目)と、今後対処すべき提言(洋数字で12項目)を述べる。

【一】全例を警察が検視するのは医療不信を助長する
 モデル事業では、医師法21条を前提としているため、多くの地域で、全例について、警察が死体を検視した後でなければ調査が始まらない。遺族は一刻も早く連れて帰りたいのに、検視手続きの時間、検視そのものの時間、モデル事業との連携時間等で、ご遺体の弔いを待たせることになる。また警察が介入することによって、死亡直後で動揺している遺族や、医療従事者と良好な信頼関係をもっていた患者・家族に不必要な不信を煽り、かえってトラブルを生じさせるケースも少なくない。
 そもそも警察には、疾患・治療内容・薬剤の副作用・手術の術式等を熟知する専門家がいない。その検視では、臨床経過の全体像を明らかにすることはできず、患者・家族の「何が起きたのか知りたい」というニーズには応えられない。
 なお、故意による殺人等が疑われる事例を、警察が検視することを否定するものではない。

(提言)

1 医師法21条を改正し、警察による検視がなくとも、主に医学の専門家で構成される解明機関が、臨床経過の全体像を明らかにするための調査を開始できることとする。



【二】患者・家族からの申し出を受け付けない
 モデル事業では、医療側からの届け出しか受け付けていない。臨床経過の全体像がわからず納得のいかない患者・家族からも調査の申し出を受け付ける必要がある。患者・家族からの申し出を受けた解明機関が、調査を開始するか否かを振り分ける必要がある。

(提言)

2 患者・家族からの申し出も受け付ける必要がある。

3 解明機関が、調査を開始するか否か、振り分ける必要がある。



【三】全例を他施設で解剖するのは非現実的
 モデル事業では、全例を他施設に搬送して解剖する前提になっている。しかし、臨床経過の全体像を明らかにするための主たる調査対象は、臨床経過つまり診療録であり、死体を解剖して得られる情報は、一部の症例において役立つに過ぎない(死因究明や臨床経過解明に関する目的や調査手法の違い)。一刻も早く連れて帰りたい遺族を、搬送のために数時間待たせることになるし、当該医療機関で病理解剖を行えるにもかかわらず、他施設に搬送することによって、患者・家族の不必要な不信を煽ることになる。
 
当該医療機関には解剖設備がない場合や、当該医療機関での解剖に中立的第三者に立ち会ってほしいと患者・家族が希望する場合、他施設で解剖して欲しいと患者・家族が希望する場合には、柔軟な対応が必要である。
  なお、多くの症例では、検査結果等を含めた診療録が最も重要な調査対象である。当時の状況を知る、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、輸血部や検査部等の医療従事者達への聞き取り調査も重要となろう。

(提言)

4 解明機関が、解剖が必要な事例か否か、振り分ける必要がある。

5 解剖する場合は、原則として当該医療機関で解剖を行う。必要に応じて、中立第三者による立会いや、中立第三者による解剖も視野に入れる。



【四】院内の医療従事者との連携が不十分
 院内の医療従事者、特に医療安全部等との連携・協力がなければ、臨床経過の全体像を明らかにすることはできず、患者・家族の納得を得ることはできない。また、将来の患者のために再発を抑制する対策も、院内の医療安全部の積極的な関わりがなければ実現しない。解明機関は、院内の医療安全部等と連携しつつ、院内での調査や再発抑制への取り組みが円滑に進むよう支援する必要がある。解明した事実関係を、当事者である患者・家族と医療側へ提供するのは当然であるが、マスコミ発表等については患者・家族の意思を尊重する。

(提言)

6 臨床経過の全体像を解明するため、解明機関と院内の医療安全部等との連携が必要

7 再発抑制に取り組むため、解明機関による院内の医療安全部等との連携・支援が必要



【五】調整看護師の役割が不明瞭・不十分
 モデル事業の調整看護師の役割は、解剖承諾書を取ることにかなり重点が置かれており、調査途中の内容を患者・家族にも医療者にも話すことを許されていない。これでは、患者・家族と医療従事者との対話も進まず、患者・家族は不安と不信の中に放置されている。
 臨床経過の調査にあたる者(臨床医、看護師、薬剤師等)は、早急に調査結果を出す努力をするとともに、調査の進捗状況を、定期的に患者側・医療側双方へ口頭で伝えるなど、当事者への配慮が必要である。

(提言)

8 解明機関で臨床経過の調査にあたる者の役割は、次の通りとするべきである。
a)解剖承諾書を取ること   
b)診療録コピーの入手、医療従事者への取材等による臨床経過の調査
c)調査の進捗状況を、定期的に患者側・医療側双方へ口頭で伝えること



【六】専門家によるPeer Review の欠如
 解明機関における調査内容の医学的な質の維持・向上のためには、外部専門家によるPeer Review が必要であり、臨床経過に関する詳しい記述(例えばA4版2〜3ページ程度)を開示する必要がある。モデル事業のように数行の記載しか開示しないのでは、将来にわたってこの制度の質の担保はできない。
  また、解明機関における再発抑制策提言、または解明機関との連携・支援のもとに当該医療機関が取り組む再発抑制策の内容を、医療現場で実行可能かつ効果的なものとするためには、外部専門家による評価とフィードバック(これをPeer Reviewという)が必要であり、提言内容を開示する必要がある。ひとりの人間が処理できる情報量を超えるマニュアル整備や、具体性のない「十分な配慮」といった提言では、実行可能かつ効果的とはいえない。疾患や年齢に関連した自然な合併症や不可避の出来事等であった場合には、形式的な提言をするのではなく、「これ以上の対応策はない」という責任ある提言をするべきである。

(提言)

9 解明された臨床経過の全体像とその妥当性について、外部専門家によるPeer Review を可能とする十分量の報告書開示が必要

10 実行可能かつ効果的な再発抑制策とするため、外部専門家によるPeer Review を可能とする十分量の報告書開示が必要



【七】時間と経費がかかり過ぎる
 遺族は一刻も早く連れて帰りたいのに、モデル事業では、死亡から解剖を終えて、ご遺体が帰宅するまで、およそ8時間以上はかかることが多い。週末はモデル事業が休みなので、土曜日にケースが発生すると、二日以上も要することもある。病理学、法医学、臨床医、調整看護師など、1症例の解剖に立ち会うスタッフの人数が多すぎるため、スタッフがそろうまで時間がかかること、死亡した医療機関とは別の医療機関へ搬送するため、数時間かかることなども指摘されている。遺族にご遺体を返すまでの時間を短縮するよう、スリム化するべきである。 また、スタッフの人数が多すぎること等によるコスト増大も指摘されている。
  また、調査開始から、報告書が患者・家族及び医療者へ開示されるまで、およそ6ヶ月もかかっており、この間、患者・家族は不安と不信の中に放置されている。報告書開示までの期間短縮とともに、臨床経過の調査にあたる者が、暫定的な調査内容を、定期的に口頭で伝えるなど、当事者への配慮が必要である。

(提言)

11 次のような点について、スリム化を図り、時間短縮・コスト削減を行うべきである
a)解剖に立ち会うスタッフの人数
b)解剖の場所
c)臨床経過の調査にあたるスタッフの人数
d) 評価委員会の人数
e) 評価委員会の開催頻度等



なお、「現場からの医療改革推進協議会」の考える医療における事案解明機関及び裁判外紛争処理についての図を次に示す。


医療における事案解明機関及び裁判外紛争処理について →拡大表示



意見書TOP  ▲Page Top