厚労省へ提出した意見書
〜平成19年3月26日〜


病院で家族が死を迎え、その経過に疑問をもった時
最初に望むのは
医師を罰することですか、それとも真実を知ることですか

《 意見 》

医師法21条の改正
 (背景)医師法21条は、医師が異状死体を発見した際には24時間以内に警察へ届け出ることを義務付け、違反した場合には罰則を課すものです。異状死届け出は明治時代から続いておりますが、そもそもの目的は犯罪の疑いのある死体や、伝染病・中毒・災害等により死亡した疑いのある死体を届け出るというものでした。しかしながら、近年これを拡大解釈して、医療現場での死にも適応するようになったため、医療現場に混乱を来しています。最近では、福島県立大野病院の産婦人科医が逮捕・起訴されたことをきっかけに、全国の分娩受け入れ施設数が激減するような事例も起きました。そもそも医療は刑法によって処罰されない正当業務行為です。医療現場での死に関しては、犯罪や被疑者の存在を前提とした警察捜査の対象とするのではなく、「臨床経過中に何が起きたのか知りたい」、「再発を防いでほしい」といった患者・家族のニーズに応えることを目的とした、解明機関への届け出制度が必要です。

(提言)

1 医療関係の死亡を異状死に含めるべきでない


解明機関について
 (背景)民事であっても刑事であっても、現行の訴訟は、法律に照らしてどうなのかのみを、極めて狭い視野で争う場となっています。このため臨床経過の全体像は解明されません。また、個人の責任追及しか目的としないため、次の患者への再発抑制にはまったく役立ちません。結果として、患者・家族の感情的しこりや医療不信は消えないばかりか、むしろ増幅しかねません。
公正中立な解明機関は、「臨床経過中に何が起きたのか知りたい」、「再発を防いでほしい」といった患者・家族のニーズに応えるため、臨床経過の全体像を明らかにすることを目的とすべきです。そして、医療の進歩や高度化に伴い、診療において各専門家のチーム医療・協業が必要であるのと同様に、事後的な解明にも医療の各専門家の協業が必要です。臨床経過を明らかにするために解剖が必要な場合は、病理医と臨床医の協力が不可欠です。このように公正中立な解明機関解明機関が多数の専門家の協力を得て、既存の施設を有効活用し、病院間・診療科間の有機的連携をしつつ、臨床経過の解明に取り組むことができるよう、十分な制度的・財政的支援が必要です。
  なお、故意の殺人等の犯罪や伝染病・中毒・災害等の疑いがあると思われる事例については、解明機関と警察や都道府県との連携、法医の協力等も必要です。

(提言)

2 臨床経過の全体像を明らかにすることを目的とすべきである

3 法に照らした個人の責任追及よりも、再発抑制を優先すべきである

4 解剖する場合は、原則として、一刻も早く連れて帰りたい遺族に配慮し、当該医療機関で行うべきである。なお、第三者性を担保するために、解明機関から解剖に立ち会う第三者を派遣する等、現場の実情に応じた工夫が必要である。診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」のように、全例を他施設へ搬送して解剖するのは非現実的である

5 臨床経過の全体像を明らかにするために解剖する場合、疾患・治療内容・薬剤の副作用・手術の術式等を熟知している病理医との協力が不可欠である


裁判外紛争処理について
 (背景)前項でも述べたように、敵対的構図を前提とする民事裁判は、臨床経過の全体像を明らかにすることなく限られた法的争点のみを争うため、医療安全につながらないばかりか、感情的対立をエスカレートさせ、医療崩壊を招きかねません。
 医療における裁判外紛争処理の目的は、「真摯で誠実な対応をしてほしい」という患者・家族のニーズに応え、医療の専門知識とメディエーションの専門技能を合わせもつ中立的第三者の援助のもとで、対話を促進し、患者・家族と医療者の双方にとって納得のいく解決を創りだすことにあります。十分な対話の場を提供すること、中立的第三者の医師・弁護士による事実認定・専門的評価も取り入れることなど、患者・家族の複合的なニーズに柔軟に応える必要があります。双方が納得の上で金銭賠償も含めた合意形成を行えば、さらに再発抑制にまで昇華させる道も開けます。患者・家族が初めから金銭賠償のみ望んでいる場合などは、そのように柔軟に対応することになります。
 このためには、中立的第三者の人材育成が急務です。必要となる専門技能は、コミュニケーション技法やカウンセリング的技法だけでなく、心理学・社会学など学際的知見に基づく紛争構造分析を基盤とするものになります。また、万一医療側の不当な情報操作等があった場合、それを見抜くためにも、もともと医療の専門知識をもつ人材が務めることが望ましいでしょう。日本医療機能評価機構では、このような人材を育成するために、平成16年から医師・看護師等を対象に医療メディエーター研修を始め、既に延べ250人の医療メディエーターを養成してきました。これらの人材が、既に全国の医療現場で活躍しており、今後もその活用が期待されます。

(提言)

6 中立的第三者の援助のもとで、当事者間の対話の場を提供し、患者・家族が十分に納得できる合意形成を目指す

7 当事者の求めにより、中立的な医師・弁護士による事実認定・専門的評価を提供する


以上