第45回
2007年4月2日

医療事故における剖検の意義とモデル事業の今後

九州大学大学院医学研究院法医学分野
池田 典昭

医療事故あるいは医療過誤が疑われる患者死亡に際して、医療機関には様々な対応が求められる。警察への通報もその一つであるが、警察に通報すると強制的な捜査がなされるとともに遺体は大学の法医学教室で司法解剖に付される。司法解剖に付された場合、解剖結果やそれによって判断される医療過誤の有無等の情報は司法判断が優先されるため、当該医療機関はおろか遺族にもほとんど開示されない。さらに医療機関側には、最近の高度で複雑な医療行為中の死亡例を法医学者のみが解剖して果たして適切な判断が下せるのだろうかという危惧があるのも事実である。しかし事故の確定、すなわち患者の死の原因を解明することは遺族への対応のためにも必須であり、解剖は重要な意義をもっている。死亡原因が分かれば医療行為との因果関係も明らかとなり、過失の有無も明らかとなる。

この解剖については病理解剖でも良いのではないかという意見もあるが、当該医療機関やその関連施設で解剖を行うことは中立、公平の面から遺族に不信感を抱かせる可能性がある。そのため昨年より第三者機関による解剖、いわゆるモデル事業として、臨床、病理、法医の三者で解剖、検討するシステムが数都市で動き出し、平成19年2月末現在7地域で行われている。

解剖数は当初の計画よりはるかに少ないが、それでも全国で40例を超えた。このモデル事業の平成19 年2月6日に開催された運営委員会において、モデル事業の今後の方向性について議論された。その中で中長期的な課題として検討する必要があるものとして、モデル事業の調査方法に関して「現在のモデル事業においてはすべて解剖を行っているが、オートプシーイメージングAi(死後の画像診断)の利用や必要最小限の部位のみの検体検査に留め、解剖に対する遺族感情に配慮した方法も考える必要があるのではないか」の一文が提示された。モデル事業に関連してAiの言葉が使われたのはおそらく初めてであり、画期的な事ではあるが、全体の流れとしてはモデル事業における解剖例数が増えないのでその代用として利用しようともとれる表現となっている。つまりこの文章を作成した人は、Aiは死後の画像診断であり、場合によっては解剖の代用となるものであるとの認識である。

医療事故においては多くの場合、当該医療行為の前に画像が撮られていることは多く、死後画像との比較は医療行為の適否を判断する上で極めて有用で、モデル事業においてもぜひAiを導入すべきであると考える。しかしそれはあくまで解剖との共用によって意義があるもので、それのみでは証拠、証明価値は少なく、かえってモデル事業そのものを危うくするものと考える。Ai学会が軌道に乗り、一般臨床医にもAiの言葉が知られるようになったものの、Aiに対する認識のギャップはなお大きいことを痛感させられた文章である。私自身第4回Ai学会において、モデル事業においてAiの言葉が使われたことは一歩前進と追加発言をしたが、安易に喜ぶことなくこの認識のギャップが広がらないように、当面は解剖とAiは一体であるとの正しい理解の普及に努めねばならないと再確認した。