5.ドクターヘリ運用結果概要
 A.実搬送例の概要
 B.出動要請機関、転院依頼機関
 C.出動要請後の時間経緯
 D.実搬送に使用した臨時ヘリポート
 E.搬送患者の傷病分類
 F.病院到着前の医療行為
  表5-1:ドクターヘリによる実搬送患者数の推移
  表5-2:搬送患者の性別・年齢構成
  表5-3:要請機関別実搬送数
  図5-1:要請機関分布図
  表5-4:転院搬送依頼先医療機関
  表5-5:ドクターヘリ出動時の時間経緯
  表5-6:臨時ヘリポートの種別と緊急離発着件数
  表5-7:ドクターヘリ搬送患者の傷病名
  表5-8:臨時ヘリポート、ヘリ機内における医療行為の頻度
  表5-9:臨時ヘリポート、ヘリ機内で行われた医療行為の種類
  表5-10:臨時ヘリポート・ヘリ機内で使用された投与薬物の種類

A.実搬送例の概要
 試行的事業の実施期間である1999年10月1日より2001年3月31日までの実搬送症例は総計485例であった(表5-1)。搬送経路としては、ドッキング方式による消防機関からの直送367例、他院からの転院搬送118例で、実搬送例の75.7%が直送症例であった。転院搬送例も、ほとんどの場合、実際の搬送は消防機関を介してドッキング方式にて行われた。搬送患者の年齢は51.5±21.7歳(平均±SD)と比較的高く、20歳代と50歳代に2つのピークが見られた。男性:女性=337:148で男性が69.5%を占めていた(表5-2)。
 生命の危険度から見た重症度分類では、482症例(485例中他院へ搬送した3例を除く)のうち重篤(生命の危険が逼迫しており、救命救急治療を必要とするもの)263例(54.6%)、重症(生命の危険があり、原因に対する緊急治療を必要とするもの)105例(21.8%)、中等症(生命の危険はないが、疾患に対する治療および入院を必要とするもの)74例(15.4%)、軽症(生命に影響せず.外来での簡単な処置で治療可能なもの)40例(8.3%)で、重症と重篤が482例中368例(80.1%)を占めており、症例の選別はほぼ適正に行われたものと考えている。 重症度と予後については効果検証の項で詳述する。

 B.出動要請機関、転院依頼機関
 ヘリ出動要請機関ごとの実搬送症例数を表5-3に示す。多くの医療機関はヘリポートを持ってないため、転院搬送の症例も消防機関を介して最終的に出動要請が行なわれ、ドッキング方式で搬送された。神奈川県内18、静岡県5、山梨県3の合計26消防本部からの要請で実搬送を行った。神奈川県内消防本部からの要請によるものは全実搬送485例中442例(91.1%)と大半を占めていた。秦野市、愛川町、足柄、小田原市、湯河原町、厚木市など、東海大学救命救急センターから直線距離で15-30Kmに位置する消防機関からの要請が特に多く、また丹沢山塊、箱根、伊豆の山裾にそって要請機関が分布していた(図5-1)。要請機関一箇所あたりの試行期間中における平均実搬送件数は16.2件であった。
 搬送区分別に要請機関の地域を見ると、直送例では神奈川県内消防機関からのものが367例中346例(94.3%)を占めるのに対して、転院搬送例では118例中96例(81.4%)であり、転院搬送では直送に比較して県外消防機関、医療機関からの要請が多かった。これは遠方からの要請時には、一旦2次医療機関に収容後に転院搬送されることが多いためと考えられる。
 転院搬送を依頼した医療機関とその担当消防本部を表5-4に示す。本事業実施期間中に転院搬送を依頼し、実搬送を行った医療機関は合計50箇所と消防本部よりも数が多く、依頼医療機関一箇所あたりの期間中における平均搬送件数は2.4件と少なかった。医療機関あたりの実搬送数が10件を越えたのは2箇所のみであった。転院搬送のシステムは、当事者が3者となって直送の場合よりも複雑化することに加えて、医療機関一箇所あたりの実搬送件数が少なくて関係者が習熟しにくいことが、円滑・迅速なヘリ運用を行う上での問題点の一つと考えられた。

C.出動要請後の時間経緯
 ヘリ要請から病院着までの時間経緯を表5-5に示す。直送例342例では、要請から離陸までの所要時間が平均5分であった。また、飛行時間は平均6分、現場(臨時ヘリポート)滞留時間は平均9分であった。離陸までの所要時間、現場滞留時間は最近になってやや延びる傾向にあったが、これはヘリが臨時ヘリポートに先着すると騒音、安全性などの問題が生ずるので、作為的に到着を遅らせる症例があったことと、臨時ヘリポート内で医療処置を行う頻度が増加したためである(後述)。一方、転院搬送例では、要請から離陸までに平均7分を要しており、症例による所要時間のばらつきも大きかった。
 前述したように転院搬送ではシステムが複雑で調整に時間を要し、関係者が運用に習熟していない場合の多いことが、所要時間の増加要因になっているものと考えられる。一方転院搬送の場合には、出動要請時点で患者は既に医療機関に収容されて治療を受けているため、数分程度の遅延であれば予後にほとんど影響を与えないものと考えられる。また、シミュレーション未試行の症例だけ集計すると離陸までに平均20分を要しており(表には未記載)、当然のことながらヘリの有効活用には事前準備と習熟が重要と考えられた。

 D.実搬送に使用した臨時ヘリポート
 実搬送に使用した臨時ヘリポートとその種別、詳細を表5-6に示す。160箇所設定してある臨時ヘリポート等のうち実際に使われたのは65箇所であった。学校、広場、球場といった学校以外のグランドが、485回の総実搬送のうち351回と最も多く使用された。次いで河川敷55回、学校の校庭(グランド)51回、駐車場13回などであった。消防機関にとって安全確保、利用許可の容易な、市町村が管理している場所が選択されやすいものと思われる。

 E.搬送患者の傷病分類
 搬送患者の傷病名を表5-7に示す。実搬送485例のうち外傷等外因性のものが259例(53.4%)、疾病が226例(46.6%)とほぼ同数であった。外因性の259例の中では外傷が186例と圧倒的に多く、次いで中毒24例、熱傷12例であった。疾病226例の中では脳血管障害を中心とする脳神経疾患が78例と最も多く、次いで心筋梗塞などの循環器疾患52例、消化管出血などの消化器疾患23例であった。また全搬送例のうち56例(11.5%)は病院到着前心肺停止にて搬送された。

 F.病院到着前の医療行為
 本事業開始当初は、臨時ヘリポートおよびヘリ機内での医療行為はほとんど行われず、迅速な搬送に主眼を置いて運用していた。しかしながら関係者、特に搭乗医療スタッフが習熟するに従って、医療行為を行う頻度は増加し、2000年5月以降は搬送例のうち概ね80%に対して医療行為が行われた。最終的に、期間中の全搬送例485例中365例(75.3%)に何らかの医療処置(酸素投与を除く)が施行された(表5-8)。
 上記365例の処置内容としては末梢静脈確保312例、薬物投与132例、気管内挿管81例、中心静脈確保21例などの頻度が高かった(表5-9)。また胸腔ドレナージ(6例)など、頻度は少ないものの生命予後に大きくかかわる処置が行われた。事前情報から病態の予測できた症例でポータブルの腹部超音波検査、血糖測定が施行され有用であった。近年検査機器は小型化、高性能化しており、今後現場での診断能力向上のために有効性を検討する価値がある。
 投与された薬物を表5-10に示す。薬物を投与された132例のうち、昇圧剤が52例、降圧剤・血管拡張剤が43例、鎮痛剤・鎮静剤が43例に使用された。昇圧剤はショック、心肺停止、アナフィラキシーなどに用いられ、当初より予想されたものであったが、降圧剤・血管拡張剤や鎮痛剤・鎮静剤の使用は予想を上回るものであった。これは、搬送例の中に前述のとおりクモ膜下出血、急性心筋梗塞など、これらの薬物投与の対象となる疾患がかなり含まれており、臨床診断が可能であったためである。脳血管障害および循環器疾患は今後社会の高齢化に伴ってさらに増加するものと考えられ、急性期の治療法も急速に進歩していることから、今後注目すべき領域である。
 臨時ヘリポートおよびヘリ内で頻繁に医療行為を行うようになると、スタッフ間に単なる搬送時間の短縮よりも、治療開始時間を早めることによって一層救命効果が得られるという認識が定着し、患者病態にあわせた医療用器材や薬品の準備が行われ、医療行為の質が向上した。一方、現場搬送してきた救急車内で医療行為が行われるようになったため、現場滞留時間が延びる傾向が見られ、最終的に滞留時間は平均9分となっている。従って、今後は現場で行う医療行為による救命効果と現場滞留時間延長とのバランスを図る必要があろうと考えている。
表5-1:ドクターヘリによる実搬送患者数の推移
表5-2:搬送患者の性別・年齢構成
表5-3:要請機関別実搬送数
図5-1:要請機関分布図
表5-4:転院搬送依頼先医療機関
表5-5:ドクターヘリ出動時の時間経緯
表5-6:臨時ヘリポートの種別と緊急離発着件数
表5-7:ドクターヘリ搬送患者の傷病名
1.外傷等外因によるもの
2.疾患
表5-8:臨時ヘリポート、ヘリ機内における医療行為の頻度
表5-9:臨時ヘリポート、ヘリ機内で行われた医療行為の種類
表5-10:臨時ヘリポート・ヘリ機内で使用された投与薬物の種類


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