1.救急診療体制か病院全体での対応か
中毒患者が集団発生した場合、まず患者は救急外来に搬入される。しかし、患者が多く重症度が高い場合、通常の救急診療体制のみで、対応するのは困難である。また二次災害を未然に防ぐためにも、病院全体での対応要否の決定、つまり通常診療中止や応援スタッフの招集などの判断が重要となる。
地下鉄サリン事件のとき、短時間で重症患者が来院したこと、現場からの救急隊員の話で、多数の傷病者が発生しているということから、事件発生約1時間後に院長が、通常診療中止の決定を行った。結果的に、外来診療の中止、痲酔導入前の予定手術の中止によって診療効率をあげ、外来受診者の二次被害を最小限にとどめる事ができた。今回は、月曜の朝であったが、夜間に発生した場合には災害発生時の非常診療体制発動も必要となるであろう。
2.患者搬入までの準備
事故発生、患者搬入依頼の第一報の際、可能であれば原因物質や傷病者数、外傷の有無と重症度などの情報を収集し、受け入れの準備を開始する。
地下鉄サリン事件では、当初原因が全く不明であったことと汚染防護の意識がなかったために、救出に当たった救急隊員や病院スタッフに軽傷であったが多数の二次災害被害者を出す事になってしまった。
3.病院到着時の再トリアージ(重症度判断)と汚染防止
傷病者が多数発生した場合、現場に出動した救急隊員などによってまずトリアージがおこなわれ、トリアージタッグが傷病者につけられた後、搬送が開始される。
しかし、サリン事件の場合では、はじめは頭痛、吐き気、眼前暗黒感のみを訴えていて軽傷と判断されていた患者が、来院時には呼吸停止をきたしていたように、現場での重症度と病院到着時の重症度が一致しないことがあり、まして、多数発生した直後では、現場での重症度判断すら行われない事がある。そこで、病院到着時にもう一度トリアージを行い、必要な処置(心配蘇生術、酸素投与など、)と収容場所(中等症、重症用か軽傷用か)を治療担当スタッフに指示する必要がある。また、病院到着時のトリアージの際、原因有毒物質が患者や患者の衣服に付着している場合があるため、衣服の除去やシャワー浴が必要になる事もある。このためにも、自力歩行のできる患者は、1ケ所に限定する事が望ましく、こいうすることによって個人の確認と病院内の汚染を最小限にとどめる事ができる。
4.初期治療終了後の入院、転院転送の判断
多数の傷病者が、発生した場合、数カ所の医療機関に分散収容さらるのが原則である。この際、転送する患者の順位付けもさることながら転送手段の確保が最も問題となる。
地下鉄サリン事件では、50名を上回る患者が入院必要と診断されたが、重症者は5名と少なかった事と搬送のための救急車が確保できず転送は行い得なかった。災害状況が落ち着いた時点で転送する必要があると思われた。
5.追跡調査
不特定多数の中毒被害者が出た場合、特殊な事情がない限り公的機関が後遺症等の追跡調査を行う事はなく、あったとしても対応は遅れがちである。しかし、当然退院後の患者は心身的不調が出現した場合など病院を再受診するものであり、経過観察や治療を行う事も必要な場合がある。
現場の状況を把握するには、第一報のみでは正確に伝わらないため、情報が逐次病院にもたらされるべきであるが、通常の災害情報伝送システムの中に病院は組み込まれてないため、治療担当者が積極的に消防、警察機関や報道機関へ働き掛けて情報収集を行うのがもっとも現実的で確実である。
2.原因物質、治療法に関する情報
集団化学災害時に対して、化学分析車が配備されており、原因物質の同定に関する有用な情報を提供できるものと期待できる。
3.院内での情報伝達手段について
院内の数カ所で治療が行われているときに、いかに情報が正確に伝えられるかが重要である。対策として、院外からの情報を「本部」や「救急外来」など1ケ所に集約して、そこで、情報源、内容、受信時刻を記入してコピーして配るとか、自然災害対応時と同様に携帯無線機を使うなどの方法が有効である。
初期の救急医療活動は48時間が勝負と言われており、多くの傷病者、特に重症者に直ちに救急医療を実施するためには、現場の救護班に対して必要な最小限の資機材の供給が必要となる。この対応に支障が生じると、災害現場 において、救護所に殺到する多数の傷病者により混乱が起こり、救急医療の開始が遅れ救命にも影響を及ぼす。初期の救護活動において、医薬品や資機材の搬入と供給は、初動救護班の現場への投入と同様にきわめて重要な役割を担っている。
医療救護体制で必要とされる医薬品や資機材は、初期救護活動では医師や看護婦が使いやすく、効果的で最小限に抑えられたもの、後方医療施設では、災害用医療資機材(ベットなど)などである。
災害の種類によって、必要になるものが異なるため、あらかじめ大量に必要とするもの(タオルやシーツ)や有効な医療器具(抗ショックズボンなど)を検討して、必要な資機材を 備蓄し、災害時いつでも供給できる体制を確立するべきである。
医療資機材や医薬品の備蓄方法は、救護班が3日間程度活動できる量であること、あらかじめ公園などの広域避難場所や学校、区市町村の施設に分散して備蓄すること、補充用の資機材は被害を受ける確率が低く、搬出が容易な場所に集中的に備蓄すること、などである。また、これらの備蓄分の資機材を効率よく必要な場所へ搬送投入する手段や、医薬品が不足した時の調達方法について検討する必要がある。
応急医療活動で有効なものは、ポータブル酸素吸入器、吸引器、背板、抗ショックズボン、牽引スプリント、止血帯、大量のタオル、毛布、抱布である。
医療救護用資機材の内容は、
○医療救護所として必要なもの〜テント、発電機、滅菌器機、担架、毛布など
○医療救護班の機能の維持に必要な資材〜医療救護用被服、ヘルメット、手袋寝袋、食料
などである。今後医薬品、医療資機材の備蓄については、予算や量について検討すると同時に、その供給方法、機材の使用法、搬送手段、調達についても十分な検討と訓練が重要となる。
チームには、原則として、以下のスタッフを置くものとする.
各スタッフの業務内容を要約すると、以下の通りである.
メディカルチームリーダー:
活動計画の立案、現地対策本部、被災国政府の対策本部、関係国際機関、現地日本側関係者、他国援助隊、関係機関との交渉、情報収集、を行い活動の具体的な決定を行う.
報道関係への対応責任
後方病院施設の確認と連携交渉
各人への業務役割分担の決定
ミーティングの議長
医師:
看護婦(リーダー):
看護婦:
総合(業務)調整員:
医療調整員:
現地スタッフ:現地で雇い入れるスタッフは最低13名程度(二次災害のことも考えて、若干多めに雇用)とし、可能ならば現地大使館などが推薦する人が望ましい.
また、実際の活動に当たって、以下の事項に留意すべきである.
特に、参加する人の重要な資質として、Communicability/Cooperability/Coordinability の3つのCが大切である.
平成7年1月に発生した阪神・淡路大震災の経験をふまえ、今後予想される大規模災害に際して、災害医療に最大寄与しうる救援体制を構築するために、自衛隊の組織力をどう活用するかを検討した。
自衛隊の災害派遣における実施内容は、人命救助、応急救援、緊急を要する応急復旧とされている。防衛庁防災業務計画の中で、衛生部門が主体となる活動は応急医療や救護及び防疫、人員及び物資の緊急輸送、物資の無償貸付または譲与である。そして新たな任務として、「被災地域内の自衛隊病院における医療活動」が加えられた。
そのほか、警官不在時の交通規制権、ヘリポート確保のための適用除外、損壊道路の補修の権限などが自衛隊に与えられていなかったため、逐次改正されている。また、診療行為をスムーズに行うために、医療関連法規の改正も検討されている。このように法体系や計画面での整備の改正が進展されつつある。
2.において、1つ目は自衛隊の組織の仕組みとその運用についての理解と練度の向上である。2つ目は災害医療における技術の向上であろう。特に3T(Tria-ge,Treatment,Transportation)の確実な遂行能力が必要である。
3.においては、我が国のタテ社会というものが医療・衛生の分野でも大きな弊害となったことが阪神・淡路大震災で痛感させられた。日本赤十字社、ボランティア、消防、自衛隊が相互に補完しあえば救援の効率は飛躍的に向上するに違いない。これらの連携を確保するためには、要領の確立とこれに基づく平時からの合同訓練や、相互の意志の疎通や組織の行動形態の理解のための担当者同士の会合等を積極的に実施すべきである。
災害発生直後においては、救援活動を組織化・統制するために災害対策本部の医療部門に医療従事者の代表を参加させることも衛生救援業務の連携を確保する上で特に必要である。直接医療に従事する者の横の連携は、特に重要で、救護院・後送病院などの情報交換が十分に行われるシステム作りを望む。
国内災害緊急活動 4.医療資機材の供給と管理
丸茂裕和、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.122-130(担当:縄手)
国際医療活動における、チーム内の業務と役割分担
山崎達江、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.165-169(担当:更井)
b.医療調整員今後のわが国の災害医療体制のあり方について
新地浩一ほか、防衛衛生 43(8):277-285, 1996(担当:松浦)1、法、計画等の整備の現状について
2、衛生救援に関する活動体制の現状について
3、災害医療の将来像について
4、おわりに