災害医学・抄読会 991224

トリアージを習熟するにはどうしたらよいか

松島美幸ほか、エマージェンシー・ナーシング 11: 103-5, 1998


震災の経験から

 地震発生直後、追いつめられた状況の中での救急医療センター看護婦の行動を振り返り、トリアージに関する問題点を考えてみた。

1.入院患者への対応

 地震の被害により、電気系統と酸素供給が遮断され、人工呼吸器、輸液ポンプなどが停止状態になったが、夜勤の看護スタッフが重症度、緊急度の高い患者に対して優先的に対応することで、結果的には入院患者全員の生命を守ることができた。

2.外来患者への対応

 直後にはトリアージ的な行動がとれなかったのが事実である。その原因として次のようなことが考えられる。1)トリアージについての意識が欠けていた、2)仮にトリアージを行おうと思っても、患者の家族が見守る中で、看護婦がこれを行うのは困難であった、3)最重症から軽症まで、同じ場所に患者が停滞した。重症ゾーン、軽症ゾーンを設定し、それぞれ分担する看護スタッフを決めておけば、混乱を防ぐことができたのではないかと反省する。

日常業務の中でのトレーニング

 災害時、医師よりも数に優る看護婦がそのマンパワーを有効に発揮するには、すべての看護婦がトリアージの能力を身につける必要性がある。日常業務の中で、トリアージに関連することを挙げてみた。

1.病棟業務

1)入院患者の救護区分の選別

担送、護送、独歩といった区分を各病棟で日常的に行っているが、これもトリアージ的な作業である。自分の目で患者を見て適切な区分を考えることは、良いトレーニングになると思われる。

2)ベット配置

ICU内では重症度、危険度を考慮して、治療・看護が行いやすいベットの位置を決め、一般病棟でも同様に、重症度の高い患者はナースステーションに近い病室にするなどの配慮をする。

3)受け持ち患者の割り当て

とくに勤務者の少ない夜勤帯では、重症度を考えて無理のない患者割り当てをする必要がある。

4)複数の患者に出された指示の受け方

指示が複数の患者について出た場合、患者の病態を考えて実施の順序を判断する。

2.外来勤務

1)救急外来での業務

医師の指示や決められた手順だけに頼らず、状況・患者の病態に応じて機転を効かせ、臨機応変に対応する。

2)一般外来での業務

一般外来では機械的に受け付け順番を通すのではなく、重症度が高いと思われる患者がいれば、診察を優先するよう医師に働きかける。

卒後教育

1.救急看護の厚誼

 重症患者の観察ポイントなどを重点とした講義を救急医から受ける。重症患者の病態を理解することが、災害対応にも役立つと思われる。

2.所属部署のローテーション

 外傷の病態や処置についての知識を身につけるため、外科系の病棟にローテーションを行う。

3.シミュレーション訓練

 わが国でも大学病院など一部の施設でシミュレーション訓練が行われている。学会などで企画される集団災害机上訓練も、思考力のトレーニングとして有用である。

おわりに

 トリアージの能力を養うためには、人の指示やマニュアルに頼るのではなく、自分で判断するというトレーニングが必要である。日常の業務の中で力をつけていくことが基本であり、重要であると考える。


トリアージは医療サイドのみが知っていて十分か

村山艮雄、エマージェンシー・ナーシング 11: 106-9, 1998


災害・災害医療とは

 災害医療とは医療の需要、すなわち被災患者の数や質が医療の供給、すなわち対応すべき医療の対応能力を超えている状態で行う医療であり、言い換えれば「被災者数が通常の救護能力を超えるほど多数となったときの救護にかかわる科学」である。

患者の選別:トリアージとは

 医療機関の診療能力を最大限有効に利用するため、患者を搬送したり治療を行ううえで優先順位を決定する必要がある。この患者を選別する行為を「トリアージ」という。通常、このトリアージは各段階でおもに救急隊員や医師、看護婦などの医療職員が行うが、場合によってはそれらの専門職員以外によって行われる場合も想定される。

トリアージの必要性

 平成3年に発生した滋賀県信楽高原鉄道事故などでは、医療機関側には正確な事故の規模や被災者の数などの情報が迅速に伝えられず、重傷患者が多数発生したにも関わらず、比較的軽傷の患者が、近くの医療機関に重傷患者より先に到着して治療を要求した。医療機関では、それらの軽傷患者の治療から開始してしまい、その後に重傷患者が搬送された時点で医療資材が不足する事態に陥ったという事例が報告されている。

 緊急治療を必要とする重傷患者より先に軽傷患者が多数、近くの医療機関に押しかけて混乱した事実を考えると、災害発生時の搬送時や治療開始時には患者を選別し、優先順位をつけなければならず、仮に上記のような事態が発生しても、医療機関側ではすべての患者を施設内に収容してはならない。このような概念を普及させる必要がある。

 一方家族などが同時被災の場合には、軽傷であっても親が子供を先に救助、搬送、治療を受けさせたり、日本人の美徳である謙譲・遠慮が災いして譲り合うことも予想され、情に流されず 、客観的に障害の程度で選別しなければならない。

 またトリアージは被災現場からの搬送時のみならず、医療機関到着時や治療開始後にも繰り返し行われるべきである。

トリアージ・タッグ

 トリアージの結果を表示するものに「トリアージ・タッグ」があるが、我が国では今まで統一した規格がなく、各団体や組織により様式や使用法が異なっていた。

 平成8年に日本救急医学会や厚生省などの尽力により、諸外国同様に4つのカテゴリーに分類する統一した規格が制定され、その普及が待たれるところである。

 トリアージ・タッグで選別されたカテゴリーのうち、黒タッグに分類された場合の対応にも混乱が予想される。阪神・淡路大震災のように極めて甚大な被害があった場合には、患者の家族には通常の高度救命医療を行うことができないことを比較的容易に理解して頂いたが、大規模交通事故などの人為災害などでは医療機関の診療能力には支障がない場合が多く、この場合には黒タッグとはいえども何も治療行為をしなければ家族の納得を得ることが困難であり、その場合にはほかの治療に大きな影響を与えないよう考慮して、短時間で蘇生作業を行わなければならない場合も想定される。

トリアージの概念の普及・啓蒙

 多数の被災患者に最大限の治療行為を円滑に行うためには、トリアージを行う救急隊員や医療従事者だけでなく、広く一般に対する知識や概念の普及にも努めなければならない。すなわち、多数 の被災患者が発生した場合には、緊急に治療を要する患者から先に搬送、治療を行うため、生命や身体機能の予後に影響の少ない比較的軽傷の患者や治療の効果が期待できない重傷患者は、待機しても病院への搬送や治療開始までに時間がかかる場合もあるということを啓蒙し、被災患者や家族などの協力と理解を得ることが不可欠である。

 現在、一般への啓蒙はほとんど行われておらず、技術的なものではなくその概念の普及が必要である。

 今回の災害に備えるためには継続的な知識の普及を図る必要がある。健康知識や病気に対する情報、救急蘇生における基本的な救急処置法などの知識の伝達を行うことも今後の課題である。もちろん、継続的なマスコミを通じた啓蒙活動なども不可欠である。


地域防災計画・防災関連法

井野盛夫、日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療,東京, 1996, pp 106-17
(野本)


<防災計画の種類と策定義務機関について>

 表1に、防災計画の策定義務機関と計画の種類についてしめす。

1)この計画は、災害対策基本法に基づいて作成されており、まず、国が作成する防災基本計画があり、この計画を受けて、都道府県地域防災会議がつくる都道府県地域防災計画があり、さらにこれを受けて、市町村がつくる市町村地域防災計画がある。また、国の計画に基づいて、国土庁、消防庁、海上保安庁、防衛庁などの国の各機関がつくる災害対応計画が、「防災業務計画」である。

3) 地域防災計画は、予測されるさまざまな災害別に、地域防災計画編を作成している。

4)ほとんどの地域防災計画は、対応の変化によって、事前対策、応急対策、復旧対策、復興対策の4つに分かれている。
 事前対策−訓練や、住民の教育など。
 応急対策−災害時に急遽一時的に行う処置や、二次災害予防のための措置。
 復旧対策、復興対策−災害の種類や規模によりこの期間が異なってくる。

<災害対策に関連する法制度>

 災害対策の基本は災害対策基本法である。これに、指定地域に対する特別法が存在する。 また、災害予防に関する法律として、国土保全関係の国土綜合開発法や河川法、また台風、豪雪、火山などの特定災害を対象とした予防法がある。

 その他、都市の防災構造の改善に関する都市計画法や、原子力発電事故予防に関する法律もある。災害応急対策としては、災害が起こった後、いかに早く人命、財産を保護するかという目的の法律もある。たとえば災害救助法など。災害復旧対策としても、激甚災害時の財政特例に関する法令などがある。

 災害対策基本法の関係で、計画がどのように作成、実施されているかを図1にしめす。これらの計画をチェックするのは市町村レベルの防災計画は知事であり、都道府県レベルの計画は内閣総理大臣がこれをチェックし、知事に戻すこととなっている。

<地域防災計画の特徴>

 表4に特徴をしめす。

  1. 災害対策基本法が基になり、指定の委員を含んだ地域防災会議によって作成される。
  2. 災害から住民の生命と財産を守るための行政計画。
  3. 行政と防災関係機関が策定した計画であり、つまり、行政の防災に対する理念と基本原則を決めている。
  4. 行政が災害に対して責任を果たすことはもちろんであるが、市民や企業も自分自身で身を守ることが求められ、その果たすべき責任が示されている。
  5. 災害に対応する「達成目的」、「主体」「手段」なども明確に示されている。
  6. 計画は毎年見直し、修正すべき点、追加すべき点があればすぐに変更を加える。
  7. 行政、市民、企業などへの訓練によって内容を周知徹底する。

<災害対策の実施>

 災害対策を実際にどのように行うか、東海大地震対策を例として説明する。

 東海大地震対策の進め方を表3に示す。対策の目標としては、1)の地震の予知が最も重要である。被害の想定としては、どのような災害が起こるかという定性的な想定、次にどのくらいの被害が発生するかの定量的な想定をおこなう。対策の内容では、まず、予知ができた場合と、できなかった場合の2通りのケースを想定して検討する。


災害時における消防の役割

猿渡知之、日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療,東京, 1996, pp 138-43


1. 消防の災害応急活動(目標)

 消火活動は6時間以内に終える。
 救助活動は3日以内に終える。
 救急はその後、被災地の医療機関が正常化するまで、1週間程度活動する。

2. 大規模災害時における負傷者の広域搬送について(案)

 まず災害現場があって、そこで救出活動を行う場合、取りあえずどこか近くの広場にテントを張り、担架等を運び込みトリアージを行う。その後、被災地域内で活動できる病院をさがしそこを現場救護所とする。そこで再トリアージ、応急処置を行う。次に負傷者の安定化をはかるために、軽症者はバスやトラックで待機所や避難所、後方医療機関に搬送する。列車による搬送も1つの案として提案されている。最重症者についてはヘリコプターによる搬送を行う(※ 図1参照) 。

3. 大規模災害時における消防や防災ヘリコプターの運用について(案)

 ヘリは、消防機関の持っているものと、都道府県の保有しているヘリがある。消防機関の持っているヘリは、指揮支援部隊や救助救急隊の輸送の為に投入される。都道府県の保有しているヘリは、医師、看護婦等の医療救護班の輸送、そして医薬品や食料等の輸送を行った後で、今度は災害現場で一部が任務変更して、現場救護所となる病院と後方医療機関とのピストン輸送を始める(※ 図2参照)。

4. 大規模災害時における救急部隊と医療救護班との連携移動について(案)

 左側のラインが消防防災のサイドで、操縦士2人、整備士1人、救急隊2人を積んだヘリで動く。右側のラインでは、被災地の都道府県知事から災害対策法74条に基づいて応援要請をうけ、応援する都道府県が、災害対策法74条の基に医療救護班を派遣する(※ 図3参照)。

5. ヘリコプターによる救急搬送システムの構築(試案)

 基本的には、ヘリコプターによる救急業務の実施主体も現在の救急業務と同じように市町村が行う(消防法35条の5に基づく)。

 しかし、操縦士や整備士を含んだヘリコプターは、都道府県および政令指定 都市が提供し、それに救急隊が乗るという仕組みになる。

 出動判断基準については、基本的には119番通報であるが、その出動判断 は市町村単位では非常に困難なため、都道府県で1つ集中指令室のようなもの をつくりその上で、指導医の制度を導入する。

 出動基準としては、山岳救助、高速道路における交通事故ではヘリを出動さ せる。市街地やその近辺では、救急車の方が迅速である。

 重症度としては、出血性ショックを伴う大腿骨の骨折、外傷性クモ膜下出血 のような緊急処置が必要なケースではヘリが出動する。眼球破裂や顔面外傷で 顎骨折のような生命の危険はないが、重大な外傷性の後遺症が残ると考えられ るケースでもヘリは出動する。このような重症度に対する出動判断の基準を医 療関係者により早期に決定することが必要である。

 ヘリコプター搭乗員は、基本的には、医師1人、救急救命士2人、及び操縦 士、副操縦士という形になるが、医師に関しては、少なくとも5年以上の経験 を積んだ救急医か外科医が望ましい。

 出動方法については、ヘリポートから出たヘリコプターがどこかの機関病院 のヘリポートで医師をのせ、現地に運ぶという合流方式が現実的に理想である。 その場合の近隣住民に対する騒音対策も必要である。


コロンビア共和国震災に対する国際緊急援助隊医療チームの活動について

瀬尾憲正:日本集団災害医学会誌 4: 51-56, 1999


災害規模

 現地時間(日本時間は+14時間)1999年1月25日午後1時19分、コロンビアのコーヒー地帯であるバレ・デル・カウカ県の南西を震源地とするマグニチュード6の地震が発生。アルメニア、ペレイラ、カラルカなどの都市が大被害を受け、25日午後6時、少なくとも263人の死亡が確認された。

緊急援助隊医療チームの派遣

 コロンビア政府の要請により、国際協力事業団(Japan International Cooperation Agency:JIKA)は救助チームのアルメニアへの派遣を直ちに決定し、26日朝(日本時間27日午後7時)成田空港を出発した。引き続き医療チームの派遣の要請もあり、日本時間28日午前11時に首都ボゴタへ向けて出発した。医療チームの構成は、団長(外務省中南米局)1名、医師3名、看護婦/士6名、医療調整員3名、業務調整員3名(うち2名は現地参加)であった。アルメニアはマラリア、デング熱を媒介する蚊の生息域にぎりぎり入るので現地での防蚊対策をすべきとの忠告を受けた。

 現地時間28日午後10時、ボゴタに到着した時点でのアルメニアの状況は、死者は約700名、重傷者は周辺都市へ搬送され、災害初期のトリアージは終了していた。軽症者約2400名が残っており、薬剤は十分あるが、今後はデング熱や経口伝染病の流行が懸念され、予防対策を開始したところであり、医療機関としては3つの病院が機能しているとのことであった。

 翌29日午前10時、ボゴタ空港から軍用機で出発した。アルメニア空港に到着したが災害対策本部とも連絡が取れず、夕方近くにやっとサン・ファン・デ・ディオス病院内に医療資機材を保管できることになり、翌日から当病院で診療することにした。また、宿泊場所として郊外の農場の別荘が確保できた。そこは水・電気の供給が復旧しており、交渉によって朝食と夕食を賄ってくれることになった。また、青年海外協力隊のコロンビア在住隊員5名(うち2名は看護婦)、コロンビア日本大使館員1名が同行し、通訳、物資調達、輸送手段の確保、診療援助など様々な業務をサポートしてくれることになった。また、赤十字よりコロンビア女性1名、日本で就労経験のあるコロンビア男性1名が通訳のボランティアをしてくれることになった。

診療活動

 30日に病院の災害対策本部前に診療所を開設した。

 31日にアルメニアで最も被害の大きかった(95%倒壊)ブラシリア地区にテント診療所を開設した。しかし、略奪などが行われている危険地域のため診療は9時から14時までで、警察官の常駐、輸送バスの常時待機、診療所以外への立ち入り禁止、貴重品の携行禁止などを遵守することにした。

 2月3日にブエノスアイレス地区の小学校の図書室に診療所を開設した。

 ブラシリア診療所は2月5日に、ブエノスアイレス診療所は6日にカリー市救助隊に引き継ぎ、災害本部前診療所は6日に撤収した。医薬品・医療器材・大型機材は災害対策本部と病院に寄贈した。  診療した患者総数は1355人で、本部前が338人、ブラシリア診療所が413人、ブエノスアイレス診療所が604人であった。

考 察

 今回の医療チームの派遣は比較的早かったが、災害地が遠いために現地到着は発生後4日目で、PHASE2の時期であった。診療内容の検討では、災害に関する疾患は時間と共に減少したが、災害とは関連のない内科疾患は時間経過と共に増加した。また、災害後のストレス状態を示す災害神経症は年齢を問わず見られた。下痢は増加傾向であったが明らかな伝染性疾患によるものはなかった。

 派遣のタイミングはその派遣の成否を握る大きな鍵であり、そのためにできるだけ多くの正確な情報を収集できる体制を素早く作り上げることが必要である。災害規模が大きいほど早期の援助を求められることが多くなる。しかし、災害早期に何の準備もなく派遣するとそのチームの安全が脅かされる危険がある。今回、医療チームの派遣までの準備期間が非常に短かったため、現地スタッフは過剰な負担になったと思われる。軍隊、アルメニア市民、警察、病院のスタッフ等多くの人々の協力が得られて医療チームは診療活動を行うことができた。今回の派遣で改めて、平時より現地政府関係者、日系企業、青年海外協力隊などとの情報網の整備をしておくこと、また、災害発生時には各国の救援チーム、赤十字などとの綿密な連携・連絡をとることが重要であると感じた。


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