災害医学・抄読会 991105

阪神・淡路大震災から学ぶこと:1.救出・救助・トリアージ

鵜飼 卓ほか, 日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療, 東京 ,1996, pp 18-25


 建物の崩壊が起こると、中の人間が下敷きになるが、その生命予後に影響す る因子として、人数、どのような状況で閉じこめられているのか、ケガをして いるか、ある程度のスペースがあるか、温度、救出までの時間、救出中・救出 後の応急処置などが挙げられる。建物の崩壊によって身体に生じやすい病態と しては粉塵吸入による呼吸不全、区画症候群、挫滅症候群などが特徴的で、冬 期では偶発的低体温も問題となる。traumatic asphyxiaは重量物の下敷きによる典 型的な病態の一つで、顔面に高度な溢血が生じる。挫滅症候群患者は当初は比 較的バイタルサインも安定している人が少なくなかったので、早期診断は現場 では難しかったと考えられる。外表所見も乏しく知覚異常と不全運動麻痺が認 められた。崩壊した建物から傷病者を救出するときには、バイタルサインを確 認し傷病者や救出者自身の安全確保を図り、静脈路を確保し、必要なら止血の 努力をすべきである。防塵マスク装着や酸素吸入を行ったり、ターニケットを 巻いたり、生命を救うために現場で下肢の切断をするようなこともときに必要 となる。

 救出・救助は非常に早い時期に行わなければならず、分単位の救助は 被災者自身の手で行わなければならない。消防の保有している資機材はエンジ ン式のチェーンソー、斧、スコップ、鉄のバール、ベンケイ、鋸が標準的であ る。鉄筋コンクリートの倒壊では大型重機を使用するのがいちばん効果的であ るが阪神大震災では直後に全ての現場に手配することはできず、エンジンカッ ター、エンジン式削岩機、アセチレンガスと酸素を使ったガスの熔断機、エア マイティなどを用いた。地震直後は消防・自衛隊の保有する資機材では限りが あり、一般の住民からの資材の調達が有用であった。乗用車のジャッキも5、6 個集めて救出の道具として使用し、成功した例がある。

 トリアージというのは場面によって柔軟に考えなければならず、対象となる 症例が同じ重症度であっても、傷病者の数が少なく医療資源が豊富であればす べて第一順位になり得るが、医療資源が非常に少なく傷病者の数が多い場合に は、厳密なトリアージをしなければならない。トリアージとはフランス語で分 類ないしは摘み出すことをを意味し、その目標を次のように置く。まず「救命」 であるが、この「救命」が確保できれば、次に「患者の四肢が失われない」こ と、次に「種々の身体機能を喪失させない」ことを目標にし、そして次に「美 容上の損失を最小限にする」ことを目指す。これらの目的の重要順序を考慮し ながら緊急度、救命成功率/所要時間・比の高い順に診療順序の優先順位を決め、 同じ優先順位のグループに分類し、明らかな標識を付けて明確に区別しておく。

 トリアージでは、もちろんバイタルサインとして表現される外傷や疾患の影響 の大きさ(重症度)が分類決定に大きな意味を持つが、大局的に前記の【救命 >四肢>諸機能保全>美容】の効率を上げるために医療資源の多寡、充実度な どが重要な因子として考慮される。トリアージのための階層は次の4つに分類 さ、国際的に統一されたタグで仕分けられる。すなわち、

  1. T・1赤色の標票:生命や四肢の機能を生かすために手術などの高度な処置を緊急に必要とし、その手術に要する時間は短時間で、かつその手術の予後が良好と予想される被災者群―最優先群―

  2. T・2黄色の標票:長時間の手術を必要とし、手術の着手が遅れても生命に危険が及ぶことがなく、手術前包帯、四肢固定、輸液などの処置で全身状態を安定させることが可能と推定される被災者群―待機的処置群―

  3. ・T・3緑色の標票:簡単な創傷治療で済む程度の軽症で自助歩行ができそうな被災者 群―処置保留群―

  4. T・4黒色の標票:ショック状態で救急蘇生を必要としたり、 またはその治療は複雑で時間のかかることが予想され、予後が悪いと考えられ る被災者群。

 各トリアージ 群に対する診療所の配置は患者搬出の流れを良くす ることを考慮して決める。T・4の診療所はT・1の診療所に近接した位置に配置す る。医療側のマンパワーが増強された場合にはこのT・4に対する診療力をまず 増強し、ついでT・3にその診療力を及ぼす。また、受け入れ診療施設の準備が 整い次第、二次トリアージを経て患者搬出を指示する。

 トリアージを行うtriage officerには高次救急医療に詳しい医師がなるべきで、とにかくその時の医療関係 者の全体、集積された医療材料、地域の診療所、病院のネットワークの事情に 通じ、かつ災害の全体像にも明るく、厳然とした決断のできる人材が望ましい。 トリアージを行う医師グループは当初はもちろん、状況がかなり落ち着くまで は治療には直接加わらず、災害対策本部や他の医療グループとの連絡が密に取 れる事務係、それに2〜3人ずつの標識付けを実施する事務係、記録係のそれぞ れの集団と協力し、順序よく敏速に行動しなければならない。トリアージで仕 分けた被災者群はそれぞれの場所に区別して休ませ、また災害現場から野外の 診療場所、野外の診療場所から病院へ移動するたびにトリアージを繰り返す。


災害時の救急蘇生と患者の搬送

日医雑誌 122巻, 1999


 災害時においては、患者数の多さと、情報収集の困難性、負傷者搬送ラインの混乱、周辺医療機関の被災などによって、想像を絶する混乱を招くので、救急蘇生活動と搬送にはある種の潔さと合理性が要求される。ここでは、救急蘇生の原則と負傷者の搬送に焦点を当てて述べる。

I.災害時の救急蘇生

 救急蘇生の原則は、「酸素化された血液を全身の重要臓器に運ぶこと」である。この原則は、蘇生現場で直ちに始めなければならない1次救命処置においても、患者を救急医療機関に運び、そこで施行する2次救命処置においても全く同様である。しかし、大災害現場では、呼吸・循環停止に陥った被災者の蘇生は状況から見てかなりの困難を伴うといえる。

 呼吸・循環停止の確認として、1)意識の消失、2)胸郭の動きの有無、3)大血管の拍動の有無、4)心音の消失、5)瞳孔の散大、6)チアノーゼの出現が挙げられるが必ずしも絶対的なものではない。大災害時には、負傷者の意識の有無が蘇生法実施の適応を決める。心肺蘇生法の施行は、気道の確保(A)、人工呼吸(B)、心臓マッサージ(C)が基本事項で、脳に酸素化された血液を循環させることが目的である。呼吸・循環停止に陥っている被災者の蘇生法の施行は、反応がない時は5分間を限度とする。この時間は負傷患者数はもちろん、医療チームの人数、チームの人的/時間的余裕などの要因をもとに決定する。

II.大規模災害の特性

 災害が震災、火災、化学物質の曝露、交通災害などに問わず、重症な被災者が数十名を超える時は、大きな医療機関でもすべての患者の収容は難しい。したがって、情報の統合と医療チームの編成が重要である。

1、危機管理対策

 大規模災害では、対策本部の設置、現場でのトリアージ本部の設置、情報の収集(通信体制)、指揮命令系統の統一、薬品・医療機材の搬入・備蓄、ライフラインの確保、患者搬送体制/搬送路の確保の確立が重要となるが、その実動には混乱が必至である。よって、防災訓練の実施など、平時の訓練が必要である。搬送チーム、医療チームの編成と一体化、その役割分担を明確にする必要もある。チームは収容可能な負傷者数を含めた収容医療機関と一体化しての編成が望ましい。被災者の数、損傷程度の把握は、搬送/医療チームの対応など全てに影響する。被災者をトリアージに分類し、識別票(トリアージタッグ)によって搬送チームに徹底することが望まれる。

2、患者搬送の特性

 傷病者を通常4つのカテゴリーに分類し、分類にしたがって識別票(トリアージタッグ)を付ける。第1優先は、生命の危機が迫っている負傷者で あり、早急に適切な治療を行う必要がある。大出血、胸部外傷、気道熱症、 異物あるいはガス吸入によって呼吸困難を呈している負傷者などがこの群 に分類される。第2優先は、救命処置に数時間の余裕のある負傷者であり、 四肢骨折、脊髄損傷、中等度熱症などである。第3優先は、生命に危険は なく、外来治療で十分対応可能な負傷者であり、小骨折、挫傷、捻挫、浅 い熱症などで、救急車による搬送はしない。第4優先は、既に死亡してい る被災者、かすかな生命徴候はあるが、気道確保その他によって改善のな い負傷者である。搬送方法は大都市部と山間部では異なってくる。対策本 部が空路、海路、陸路などの搬送ラインを確立し、指示することが急務で ある。搬出方法には災害によって発生した負傷者数と負傷程度が大きく影 響する。トリアージタッグをもとに第1、第2優先の負傷者を搬送する。 しかしながら、この負傷者分類はきわめて大雑把であり、現場での判断が 困難な場合が想像される。そのため、トリアージ本部での情報の収集、そ してそこでの迅速で一貫した決断と判断が重要である。

3、災害規模の把握と負傷者数の推測

 災害場所、災害の程度の把握、災害の種類、災害地への人口密度などが明 らかとなれば、被害状況もある程度は推測できる。災害場所、規模、負傷 者数を想定した搬送シュミレーションによる平時の訓練をする必要がある。

まとめ

 救急蘇生の現場では、1人の救急患者に、搬送チーム、医療チーム、そして周辺の人々が、患者の生命を維持するため「酸素化された血液を重要臓器に運ぶ」あらゆる努力を行うことを常としている。しかしながら、大災害における多数の負傷者発生に対しては新たなトリアージが必要である。大規模災害に対する危機管理体制、対策の確立と訓練の充実が必要である。


災害時の衛生管理と感染症対策

日医雑誌 122巻, 1999


 都市は災害に対して脆弱な面を持っている。万一災害に食中毒を含む感染症が発生した場合には、迅速かつ適切な対応が必要であり,特に多くの人々が集団生活を営む場である密集地域や避難所においては、ヒトからヒトへの感染を防止するうえから、発生時の初期対応は大変重要である。そして発生を未然に防ぐためには,衛生管理などによる予防が最重要であることは言うまでもない。

1)災害時の地域における感染経路について

 災害時の地域における主な感染経路としては、1)環境(水,空気,土壌など)、2)食品、3)感染源となりうる施設(病院など)、4)ヒト:患者自身(endogenous infection),外来者,医療従事者(cross infection),患者から他人へ(二次感染)、5)体液やし尿、6)塵芥、7)ネズミや節足動物など、が挙げられる。したがって感染防止対策については病原微生物,宿主,環境など一つ一つを検討していかねばならない。

2)災害時における防疫・感染症対策

 災害発生時における防疫・感染症対策は生活環境の悪化,被災者の病原体に対する抵抗性の低下などの悪条件下に行われるものであるため、迅速かつ強力に実施し,伝染病流行の未然防止に万全を期すべきである。このため、1)事前に防疫態勢を確立し予防計画を立てておくこと、2)災害発生時においては,組織的かつ有機的活動をすることなどが必要である。

 そこで、災害防疫の事前準備としては、1)防疫組織の設置計画、2)防疫計画の策定、3)器具器材の整備、4)自治体職員の訓練および動員計画、5)予防教育および広報活動などがある。

 また、災害発生時の対策としては,1)警戒態勢の確立,2)災害防疫活動〔感染症罹患者に対する医療(治療)に加えて、災害防疫対策本部の設置と運営、検病調査および健康診断、現場や避難所における防疫指導および指示など、報告と記録・情報提供、清潔と消毒措置の実施、ネズミ族・節足動物などの駆除、家用水の供給、感染症患者などに対する措置、臨時予防接種、予防教育および広報活動〕などがある。その中心は衛生管理と保健活動であり、保健所が中心となってこれら防疫業務を行う。

 災害時の衛生管理と保健活動は、伝染病、食中毒の予防および被災者の心身両面での健康維持のため、常に良好な衛生状態を保つように努めると共に、健康状態を把握し必要な措置を講ずることである。衛生管理にはさらに衛生環境維持に向けて、1)清潔保持に関して塵芥やし尿の適切な処置(便所の消毒・清掃など)、2)食品衛生の維持に関すること〔食品衛生監視・指導や食品衛生調査、食品衛生に関する知識の普及・啓発〕などがある。保健活動には、被災者に対する巡回訪問相談活動・支援、健康管理(健康診査)、福祉サービスとの連携などが挙げられる。

 以上のような観点から、災害時の感染症対策は、1)個々のケースの医療に加えて、2)衛生管理と保健活動が大切である。つまり災害時の公衆衛生活動の最も重要なものの一つが防疫・感染症対策であると言える。

3)災害時の感染症医療

 感染症発生時には、個別患者に対する救急医療を含めた感染症治療が必要である。災害のために医療機関などが混乱し,被災地の住民が医療の機会を失った場合、医療などを提供し被災者の保護を図るための災害時の医療救護活動(現地医療活動:応急処置あるいは一次医療を医療救護班などが現場や救護所で実施、後方医療活動:救護所では対応できない患者の二次・三次医療を災害医療機関を中心に被災を免れたすべての医療機関で実施)が必要になることがある。なお、災害時の現場においても、一般医療現場と同様に基本的事項に留意が必要であることは言うまでもない。

4)まとめ

 災害時における感染症対策について、伝染病などの防疫対策、食中毒の予防および被災者の心身両面での健康維持のため、衛生管理や保健活動が必要であり、さらに医療に加えて災害直後と避難所での被災者の生活支援・健康管理などが重要である。また、本来社会防衛などを目的として考え出された仕組みである公衆衛生のシステムを、救急医療体制と共に日ごろから整備し、災害時においても円滑に対策が機能するよう、マニュアルなどをもとに、医師も対応を考慮しておく機会を持つべきである。


変わるNGOと信頼の危機

(国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.9-22)


 紛争と災害が頻発する今日の複雑な世界で、援助機関は自らの信頼の危機をもたらす経済的政治的、倫理的な数々の課題の中で苦境に立たされている。

 援助機関は災害の中から生まれてきた。赤十字・赤新月社はソルフェリノの戦いの惨状にショックを受けたアンリー・デュナンによって創設された。オーストリアの子供たちを餓死させた連合軍の戦後封鎖に怒り、エグランタイン・ジェブは英国でセーブ・ザ・チルドレン基金を創設した。北米で設立された国際ケア機構は第二次大戦後の欧州やアジアに食料や衣料を送る団体として活動をはじめた。1960年代には救援機関は非政府組織(NGO)と呼ばれるようになり世界中に広がっていった。彼らは地域社会を再建したり、正しい社会を唱導したり、教会や国家の残した隙間を埋めたりという他の者が恐れて踏み入れない道に飛び込んだ。国境なき医師団(MSF)が誕生したのもこの時代である。現在NGOの数は依然として増加している。1995年に地球統治に関する委員会は28900の国際NGOを数えた。「北」のNGOよりも、「南」のNGOの急速な成長が特徴とされる。

 援助機関の本質は常にその価値観にあった。自身の活動遂行のために自分たちで資金調達をするのである。しかしこの本質は崩れかけている。各国政府は他の国への援助を行なう際、NGOを利用すること見出した。腐敗した,非効率な国を援助することに躊躇していた政府にとって、管理可能な代替物であるNGOを使うことで海外での関与を減らし効果的に援助を民営化できた。政府間援助は減りNGOへの資金が増大した。政府にとってNGOへの資金提供は高い評価を受けやすく,変更しやすく,短期的で責任が軽いのである。事実1995年には合衆国の400のNGOはその資金の3分の1を政府から受け取った。米国国際開発庁は2000年にはその資金援助の40%をNGO経由で支出すると公約している。それは1992年の13%から1995年には28%に増大した。英国の援助機関はすでに予算の35%以上を政府に依存している。NGOにとって憂うべき事態は資金力によって影響力を行使し,地図上に線引きをするといった政治の論理によってニーズが定義され,資金が紐付きになることである。西側の政府が難問から逃れるためにNGOを頼るようになる中で、これを自由な人道機関をハイジャックする試みなのではないかと非難する声も聞かれるのである。

 また増えつづけるNGOの中で、個々の機関の予算は徐々に削減される方向に向かっている。職員のリストラ,NGO同士の合併が行なわれはじめている。民間募金の減少はそれに拍車をかけており、政府援助への依存度をますます高める傾向を助長するものである。政府援助への依存度が高く資金不足のNGOは資金の集まらない地域へは行かない。一例を挙げよう。湾岸戦争後イラクにかかわろうとするものはわずかであった。資金問題、政治的状況、メディアの警戒がその原因である。戦争の余波,国連制裁による超インフレ、食料と医薬品不足、深刻な栄養失調と医療体制の崩壊が起き、350万人もの人々が危機に面していたのにである。

 至るところで増加しているのが新興勢力の「救援株式会社」である。運送業や遠隔通信分野の民間企業がスピード,効率,費用効果の高い実績や命令への服従を売り物にして公的援助の一部を既存のNGOから取り上げようとしている。  NGOが政府に取り入ることやその下請けに成り下がること、資金の流れる地域に集中していくことは彼らが作り上げてきた社会政治的な意見表明という歴史的使命をないがしろにすることになる。

 問題はまだある。NGO同士の不信感である。地位やプロジェクトに対する所有感と露出度を求めて争い自分たちが何のためにそこにいるのか見失ってしまう、そんな事態が起こっているのである。共同行動が求められ、新たなより大きいネットワークを作り目的を明確にしなければならない。NGOの専門分化も望まれている。現在ある機関によれば、7つか8つの世界的ネットワークが緊急事態の75%を動かしているとされている。

 「北」のNGOが合併している間、「南」のNGOは依然急増している。そして彼らは自分たちの問題を最終的には自分たちで解決したいと望んでいるのである。NGOは人道的理想,人間の苦痛の軽減と正義の実現に献身するものである。大きく変化した世界で依然としてこの究極目標を追求するために古い組織をいかに改変するか、3つの傾向がはっきりしている。まず現地の「南」のNGOが自国内においても外部の資金提供者にとってもはるかに重要になるということ。2つめに南北NGOの真正の同盟が必要であるということ。「北」のNGOが学んだ教訓は現地の組織に伝えられなければならない。たとえばペルーではリマの地元グループはより豊かな近郊のNGOと協力して同市の広範な貧困に対応している。同じことがもっと大きな規模で行なわれる必要がある。最後に「北」のNGOは何でも行動することよりも何でも考えることに転換しなければならない。「北」のNGOが最も価値を発揮できるのは知識,専門性の発揮、政府に対するロビー活動の領域であって、かさばる救援物資を輸送したり緊急事態に半熟練労働者を送り込むことではない。目標となるのは知識機関としての「北」のNGOである。

 独立した人対人の組織が不要になることはない。それは政府の慎重さと惰性に対して釣り合いを持たせる貴重な民主主義過程の一部であり、援助機関の挑戦は彼らを求める人々の抱える問題と希望にとって有意義でありつづけることだろう。


災害と医療施設

大西一嘉、日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療, 東京, 1996, pp 70-9


 医療施設の防災を考えるときに重要なのは「自らが置かれているリスクをいかに正しく認識するか」ということである。

 医療施設の防災に関するテーマとしては、1.被災対応、2.救護対応、3.後方対応がある。

  1. 被災対応:医療施設自体が被災しないようにするということであり、これはもっとも基本的な要件である。ライフライン停止や医療機器の被害等、機能被害の問題も含めて、災害に対してどれだけ頑丈に対応させておくかということが重要である。

  2. 救護対応:多くの患者が集中したときにどう対応するのか、あるいは被災地の中で多くの負傷者が発生したとき、どのようにして現地に行き対応するのかということが問題である。

  3. 後方対応:被災地の周辺に存在する医療施設のテーマとして、被災地の医療をいかにして支援していくかということを考える必要がある。

 被災対応を考えるときに、一刻を争う緊急時であるということを念頭に置き、それぞれの段階で何をすべきかというように時間軸を考慮した計画が必要となる。

 まず、災害が起こる以前の問題としては備蓄の問題がある。最近では流通ネットワークが発達したために、医薬品も施設内に備蓄しておくことが少なくなってきている。特に大都会では、備蓄をするための収納スペースの合理化という前提の下に、備蓄量をなるべく減らそうという傾向にある。このような対応が、災害対応という面においては脆弱化の方向に向かっているという実態を、当事者自身が理解しているかどうかが重要なポイントである。例えば断水による機能障害としては、水冷式の非常電源や人工透析など病院運営の上では危機的な問題が生じるのである。

 次に救護対応の問題がある。これについては、地域の医療ニーズがどれほどかということを推測する必要がある。したがって建物被害や火災などの被害予測については事前に検討しておくべきである。

建物の被害状況は、立地条件と共にその建築様式により異なる。特に、老朽化した木造住宅では被害を受ける可能性が高い。つまり、古くからある木造住宅が立ち並び、道路も狭い市街地に震災が起こった場合は、非常にたくさんの人的な被害(負傷者や死者)が発生することが予想される。したがって、このような地区にこそ大規模な医療機関が存在してその役目を果たすことが重要である。

 ところが基幹病院は災害のときに壊れないということを前提とするために、地盤が丈夫であまり被災しないところに立地するということが行われているために、必ずしもその機能が災害時に発揮できない場合がある。すなわち、予測しうる被災状況を考慮した上で、医療施設を広域な視点でどのように配置していくのが一番望ましいかということも、都市の被災対応として考えていくことが望ましい。

 災害を考える上で、1.information、2.discussion、3.edutainment、4.advice、5.logisticsという視点がある。

  1. information:自らのリスクを含めた防災情報を正しく把握しておくことが重要である。
  2. discussion:いろいろと知恵を集めて災害について議論すること。
  3. edutainment:education & entertainment 防災教育のひとつであるが、長期に渡って災害対応のポテンシャルを持続させることの難しさから、「楽しみながら防災教育を行う」ということを目指したものであり、災害シミュレーションゲームとも言える。
  4. advice:専門知識を持ついろいろな分野の人からの助言に基づいて考えていくことが必要だということ。
  5. logistics:後方支援も含めて、全体をどうマネージメントしていくかも非常に重要だということ。

 これら5つの視点を持ち、災害を考慮した医療施設の再検討が必要であろう。


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