災害医学・抄読会 990806


災害サイクルと医療ニーズ

山本保博, 日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療, 東京 ,1996, pp 8-16


 最近の災害は「都市化と人口の過密化」、「住宅と工場の混在化」、「交通の地下利用と地下の商業化」、「交通の高速化と同時多数同乗化」により、進化あるいは多様化しているといわれている。こういった現状において国連が決定した、国際防災10年の目標は「災害の予防」、「災害の準備」、「被害の軽減化」である。

 一方、災害医療についてであるが、その原則は 1)被害状況の把握、2)負傷者の拡大予防、3)二次災害の予防、4)救出とトリアージ、5)応急処置、6)負傷者の搬送、7)確定治療、8)リハビリテ−ション である。救助、救出が1分遅ければ1人多く死に、1分早ければ1人多く助かるといわれているように、災害医療は時間との戦いであり、現場から始まる必要がある。

 現場で一番問題になるのは脱水である。アメリカではファイバースコープを用いてビルの中の負傷者に水分を補給している。足でも手でも救出できたら、まずは点滴を施行すべきであろう。

 災害医療で重要なことは、まずトリアージである。トリアージとは災害医療での3つのT(Triage:選別、Treatment:応急処置、Transportation:搬送)のうちの一つであり、その概念は限られた人的、物的資源のなかで、最大多数の傷病者に最善の医療を尽くすにはどうしたらいいかということである。つまり1人を救命するために10人の命を落としてしまうことは問題なのだ。

 わが国ではトリアージタッグというものが存在する。これはトリアージをするだけでなく、裏に色々な特記事項、治療行為を書くようになっており、超早期においてはカルテの役目もするものである。

 トリアージは緊急度と重症度を加味しながら何回も行うべきであり、60〜70%位の確信率があれば大成功といわれている。そして、災害現場から現場救護所、後方病院、二次後方病院に行くに従い重症度のほうが重要性を増してくる。現場でトリアージを行うことは困難を伴う。NHKが阪神・淡路大震災の際に医師会に対して行ったアンケート調査で、「平時であれば救命できた患者さんはいますか?」という問いに対して、42.8%の医師たちは「いたであろう」と答えている。このデータからも、災害時におけるトリアージの重要性が高いことがわかる。

 災害の経過にしたがっての救出、救助期からリハビリテ−ション期までの、分単位、月単位、あるいは年単位の対策が記されているマニュアルは存在する。しかし秒や分単位で誰かの助けを求めるのでなく、自分の命は自分で守るしかなく、生き残るのだと考えて行動することが大事である。よって災害サイクルの早期における対策、たとえば「三軒両隣は仲良くしなければならない」ということを一般市民に教育すべきである。

 ここで災害時における5つの適切性についてであるが、

  1. the right person:現場に行くべきなのは外科系、麻酔科系、救急の医師である。
  2. the right time
  3. the right place
  4. the right material:quality, mobility, flexibilityの適切性
  5. the right coordination and cooperation:警察、消防、行政などとの協力関係においての適切性
を考える。

 避難所における医療の問題点について、ひとつは粉塵吸引による呼吸不全、喘息発作、あるいはそれがトリガーと推測されるインフルエンザ、風邪の流行である。その他、水や食料による下痢や食中毒、そして世界的に見ると、結核と肝炎は忘れてはならない。プライバシーのない集団生活から来るストレスの問題も重要である。またクラッシュ症候群は深刻な問題であり、初期に重症感を伴わないということは留意すべきであろう。

 医療機関被害ではキャスターのついた機器の多い手術室の被害が災害時、最も多い。一方、水や電気等のライフラインが途絶している災害時に治療を行うには機器のキット化が必要である。

 災害をサイクルからみた際、発災後2〜3年を経て静穏期になったときに、災害予防、災害準備が重要になる。特に災害準備では、1)planning, 2)training, 3)stockpilingの3つの要素が重要であり、「計画、訓練、備蓄」が一つになって初めて、災害準備が完成したと言える。そして、災害準備を行うには政府あるいは自治体の援助が不可欠であろう。


サリン事件災害の経過概要と対応について

三上隆三、看護 47: 97-110, 1995


 1995年3月20日に発生した東京地下鉄サリン事件による被害者は、12人の死者を含め5000人以上となった。聖路加病院における医師、看護婦、各科外来・病棟の対応や、治療のプロセス、概要、精神的ケアについて触れ、大災害への対策・課題を提示する。

【経過】3月20日

0750:事件発生。電車は築地駅で運行を停止し、中毒患者は本願寺境内へ収容された。

0816:消防署から救急センターへ第一報。「爆発火災発生」というものであった。

0830:院長・副院長による恒例幹部会に報告が入る。

0840:救急車による第1号患者が到着、院長は直ちに全病院にスタットコールの緊急連絡を指令。外来診療、手術の中止、総動員で救急の対応に当たることを決定。院長・副院長らはそれぞれ救急外来指揮、収容患者の対応、治療情報収集に対応

0900:地下鉄第2駅に救援要請があり、8名の医師、2名の看護婦を派遣。

0930:消防庁より「有機リンが原因らしい」と情報が入る。

1030:自衛隊中央病院より医師2名、看護婦3名が到着。99%サリンであるとの情報が入る。

1100:信大病院院長より「サリン中毒らしい」との電話報告。TVニュースでもサリン中毒確定の報道。神経内科医を中心に院内医師、看護婦のための治療方針マニュアルを作成し、1130までに配布を終了。

1400:患者全員を症状の軽重に関わらず分散収容していたが、救急状況の沈静化をみたため、チェックマニュアルに基づいて縮瞳のみの患者を選別、帰宅を許可した。帰宅に際しては血液検査(肝機能、腎機能、ChE)を実施、患者用パンフレットを配布した。

1500:これ以降TV報道によって当院に再チェックを希望して来院する患者が多く、当日640名のサリン患者に対応した。当日夜まで引き続き入院収容した患者は110名であった。


3月21日 神経内科、脳外科、眼科医師を中心に全員回診し、31名を残して退院を許可。

3月26日 入院患者2名、のべ受診患者数は1410名となった。

【各部門の対応】

救急外来:事件発生と同時にのべ450名の職員が集合。のべ100名の医師が対応。ナースは258名。地下鉄2駅から救援依頼があり、医師8名、ナース2名を派遣。来院した患者は全員収容、全員に点滴を行いバイタルサインチェック。呼吸困難例には酸素供給、その他医師の指示で対症療法を行った。

病棟:当日入院患者367名。各病棟に病棟医師を配置、他は全員救急外来で診療に対応。外科系・内科系病棟いずれも平穏な対応ができた。

手術室:手術予定17件。麻酔を開始していた4件を除き、緊急手術以外は全面中止。午後になって状況が沈静化したため、8件追加手術。最終的には5件が中止となった。

一般外来診療:既に予約患者が待合室で受診待ちをしていたため、新患のみの受け付けを中止、予約患者1642名を診療。サリン患者640名を加えると2282名を診療。

【症状】

 当院に来院した640名全例に見られた最も特徴的な症状は縮瞳であった。

 軽症例では縮瞳、眼痛、視界がぼやける、暗く感じる、粘膜充血、頭痛、鼻汁、呼吸困難、咳そう、胸部圧迫感、吐気、嘔吐、下痢、脱力感、筋れん縮、不安発作、不眠が見られた。

 重症例では上記に加えて、呼吸停止、全身けいれん、筋れん縮、意識障害、尿便失禁がみられた。

【診断】

 典型的な縮瞳(pin point pupil)が唯一の決め手である。

【治療】

 サリンは ChEを阻害し、Achが分解されないため神経内に過度に蓄積されて全身臓器に影響を及ぼす。Achに拮抗する硫酸アトロピン、ChEを復活させる PAMを用いる。この両者の混注は禁忌である。PAMはサリン中毒に対する根本的治療法であり、一般に純粋なサリンに阻害された ChEの自然回復はゼロとされている。

 今回の治療について、治療のポイントは呼吸の確保で、症状によりアトロピン、PAMの投与が重要である。軽症例においては PAMは必ずしも必要ではない。PAMは重症例に早い時期のみの投与が望ましい。呼吸困難の自覚症状には有効であったが、バイタルサインについてははっきりした効果は認めず、縮瞳に関しては無効であった。アトロピンは縮瞳、徐脈、気道分泌亢進等の症状に対して使用。縮瞳については点眼薬が有効であった。重症例のアトロピン使用は、中枢神経症状のあるものについては第一選択になる薬である。重症例については、基本的に気道確保・酸素供給・循環管理が重要である。また、痙れんに関してはジアゼパム10mg静注によりコントロールした。

【2次災害への対応】

 大災害で見逃すことができないのは2次災害の発生およびその対策である。2次災害で重要なものとして、被災者の精神的障害とサリンガスによる2次汚染がある。

 災害時にみられる心的外傷後ストレス障害(PTSD)では、不眠、悪夢、不安の他、頭痛・腰痛、肩や手の痛み等の身体障害を訴えることも多い。内科、整形外科、脳神経外科などを訪れる可能性があり、医師・看護婦はPTSDの知識を持って対応し、必要に応じて精神科に紹介することが必要である。

 2次汚染については、医療従事者はゴム手袋・マスクを着用して処置に当たる、換気をよくする、患者の衣類除去や重症患者に使用したシーツや毛糸の処分といった対応が必要となる。医療従事者2名が2次災害で入院した経験からも、2次災害予防対策は重要である。

【円滑に救済活動が行われた要因】

 キーワードとしては、迅速かつ的確な判断、単一疾患、情報収集の迅速さと正確さ、病院設計、PAMの在庫、多大な支援、といったものが挙げられる。

【今後の課題】

 緊急時の決断方式、指揮命令の管理を平素から決定しておくことが重要である。さらに情報収集、各科の対応。現場の連絡網管理などについて、平素から緊急時に備えて検討しておくことが必要である。


防災対応機関による災害対応合同訓練

榎木 浩ほか、日本集団災害医療研究会誌 3: 53-7, 1998


はじめに

 阪神・淡路大震災の教訓から、災害時の活動体制整備や各防災関係機関の合同訓練が頻繁に行われているが、実行性のある訓練がどれだけできているか疑問である。

 三浦半島地域は3方を海に囲まれ、大規模な地震等の災害時には幹線道路の遮断により、陸の孤島となる可能性の高い地域であり防災体制の充実が急務とされている。当地域の中核都市である横須賀市は、古くは軍港都市として栄え、現在は自衛隊機関の施設が多く点在する地域である。地域防災計画において大規模な災害時には消防機関だけでなく、自衛隊機関をはじめ、医師会、警察機関などの防災関係機関が連携した活動を行うこととなっているため、これら機関との実災害での協力体制を強固にするため合同訓練を実施することとした。

目 的

 各機関の連携ある活動が被害の軽減、負傷者の迅速な救出救護につながる。また、災害現場における情報の共有化と活動方針を調整することにより効果的な現場活動が展開される。

 今回、合同訓練を実施し、調整活動をいかにすべきかを検証するとともに、多数の負傷者に対する効果的な救出・救護活動を見出すことを目的とした。

状況設定

結 果

考 察

 阪神・淡路大震災の教訓から大規模災害には、防災関係機関が迅速な応援出動を行う体制が整備されつつある。複数の機関が集まる災害現場では、それぞれの活動能力を十分に発揮するため、共通の認識による状況把握と、活動方針の調整などの連携が重要であると考える。

1.現場調整活動

 今回、防災関係機関の連携により災害状況の把握と活動方針の決定の調整は行われていたが、各機関が活動する中で入手した情報を集約する機能が不足し、情報の共有化が図れなかった。これは活動に伴い増加する情報を十分に集約できなかったためであり、現場での調整活動の重要性が再認識され、今後さらに検討していく必要がある。

2.救護活動

 トリアージタッグは、全国統一様式が示され、各活動機関も順次整備を進めているところである。しかしトリアージの手技やトリアージタッグの記入方法、装着方法、更新方法などの標準化された指針はない。また大量負傷者に対する救護活動についての具体的な活動要領の作成は各自治体の任務とされている。本市においても「多数傷病者発生時の救助救急活動基準」を作成し体制整備を進めているが、大規模災害になれば複数の機関が協力した活動を行われなければならないため、地域における共通の教育とマニュアルなどが必要であると考える。

3.合同訓練

 防災関係機関による合同訓練は机上の協定や取決めを検証する上で必要不可欠なものであると思われる。しかし、従来行われてきた合同訓練は台詞の決まった舞台劇のようなものが多く、実行性に欠けるものである。そのため訓練に参加する者も目的を認識することなく、お決まりの行事を終えたという意識しか持てないのである。

 今回訓練を企画する上で、訓練結果をいかに実災害に反映させるかに重点を置いた。そのためには参加機関が訓練の必要性と目的を十分に理解し、本来業務では組織の違う縦割りの各機関が横のパイプを太くし、お互いの活動能力や組織体系を明らかにし把握することが重要である。さらに人事異動によりセクションが変わることの多い機関では、共通の認識を持ちつづけるため、訓練後も継続したコミュニケーションをとることが必要と考える。

おわりに

 三浦半島地域において防災関係機関の訓練を行い合同訓練のあり方について考察を行った。訓練の結果から問題点とされた個々の活動などについて検討を進めており、現在大量負傷者発生時の活動マニュアルの作成作業を行っている。

 その中で特にトリアージタッグの記入方法については、早急に解決しなければならないという認識が強く、部内においてトリアージタッグ記入方法の勉強会を開催した。その結果、大規模災害時の活動は日常的な活動なくしては実戦できないという意見から、普段の救急活動において主に外傷の救急患者に対し、期間を定めトリアージタッグを使用することとで技術の向上を図ることとした。

 今後、横須賀市において大規模災害時に救急救護活動を担う各機関に対し、トリアージタッグを整備する予定である。それにはその使用方法等について各機関の統一的な認識が不可欠であり、事前の調整を図る必要があるため、この救急活動でのトリアージタッグの記入訓練と使用結果を分析し、検討資料としたいと考えている。


第10章 長期的目標を持つコロンビアにおける災害救援

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1998年版、115-21


 コロンビアはいくつもの災害を被っている。ゲリラ戦、地震、洪水、地崩れ、難民と膨張を続けるスラムなどである。コロンビアにおける災害対策及び救援は、不可避な災害の繰り返しと同時に、政治的な困難にも対処しなければならない。このような危機的状況に対し、自治省の監督の元に、災害に関係するすべての政府機関及び非政府機関が集められ、国家災害予防・対策システム(SNPAD)が創設された。SNPADの発展において主要な役割を演じたのがコロンビア赤十字社である。コロンビア赤十字社は国家的な災害と紛争のあらゆる局面で活動をしており、全国に支部を持ち、3つの全国的なネットワーク(救援物資、輸送、通信)そして7万人のボランティアを擁している。


 コロンビア赤十字社は、災害の脅威と対応能力に関する脆弱度分析を行っている。この中で直ちに対応しなければならない課題は紛争である。紛争は被災者を援助するスタッフの安全まで脅かすからだ。5つの異なる危機、すなわち、地震、火山、洪水、火事、避難民についての検討結果はその一つ一つについてどのように災害対応を改善していくかを示している。


 コロンビア、特にアンデス山系はその地理的要因により、多くの地震と火山の爆発を体験している。したがって、災害対応者は、モニターシステムの改善によって、地震学的及び火山現象的に最も危険度の高い地域についての詳細な知識を構築し、機器と人員を待機させ、技術的情報や活動上の情報を、若い人々や教育をうけていない人々のための教育活動を含めた、地域社会の研修プログラムに反映させること、などを実施する必要がある。

 最近の地震では、ベレイラ市、リサルダ地方、バリェ地方、キンディオ地方が被害を受け、死者の発生や建物の破壊が起きた。しかし、被災者のほとんどが災害対策事業に参加していたため、地震や地震後の状況に対処する訓練や、耐震建築規約の遵守などを通じて多くの命が救われた。赤十字社の救援物資網、電話通信網、輸送網などを利用した大規模で迅速な救援活動も行われた。


 コロンビアの低地にある盆地はすべて鉄砲水や洪水の被害を受けてきた。具体的な洪水対策事業を計画するために、いくつかの政府症例はコロンビア赤十字社、様々な地元 NGOや全国的 NGO、そして民間会社との間に協力関係をうち立てた。この事業では、洪水の危険を管理しながら水とともに暮らし、農業用水システムを運営していくための、河川流域の自治体を対象とする研修も含まれている。


 山火事その他の環境災害に対処するに当たって、コロンビア赤十字社は環境災害の防止と環境保護の専門知識を開発した。コロンビア赤十字社は「世界をきれいにしよう。自分の住んでいる地域をきれいにしよう。」というスローガンで子供達の間に環境問題に対する認識を高める努力をしている。また、赤十字社はメタ、リサラルダ、バリエ、そしてカリブ海全域の山火事の予防、対処、消火を重視した山火事対策コースを提供している。

 災害の専門家やボランティアにとって紛争は大きな問題である。政府軍とゲリラ軍の闘争が続いているボリバルなど、様々な地域で避難民の大規模な移動が引き起こされた。この暴力、闘争、避難に加え、主要都市におけるテロ行為は、6年以上もの間多くの人々に爆破その他の攻撃による被害を与えている。コロンビア赤十字社は大きな災害の場合にはボランティアと専門家を対象に、24時間警報システムを展開している。

 コロンビア赤十字社にはこのような治安上の問題を解決することはできない。対処療法を行うだけである。しかし「我々の生存が平和につながり、我々の行動のすべてが開発につながるように」というスローガンの元に、赤十字の中立、公平、独立、奉仕の原則が、平和と開発の再開を達成するための基本的な要素として重要であることを訴え続けてきた。


 一つの組織が災害対策、救援、復興などのすべての必要に応えることはできないことから、国内的にも世界的にも、協力が不可欠である。SNPADの創設によって、被災地の地域社会とともに活動する機関がより大きな規模で統合し、大きな効果を及ぼすことができるようになった。

 国際機関との協力には継続性と持続性が非常に重要である。継続性と持続性があってはじめてその活動は長期的開発に貢献し、赤十字社そのほかコロンビア国内の援助機関や地元の地域社会によって維持していくことができる。


 自然災害と紛争に関する最近の広範な経験によって、コロンビア赤十字社は多くの結論を得た。その中でも最も重要なものは以下の通りである。


自衛隊の災害派遣時における救急医療活動

西岡利彦、プレホスピタル・ケア 11 (4), 5-9, 1998


【災害派遣の業務内容と仕組み】

 自衛隊は近年だけでも数多くの自然災害あるいは人的災害発生時に災害派遣活動を実施している。災害派遣時における自衛隊の具体的な活動は、遭難者や遭難した船舶・飛行機の捜索・救助、水防、医療、防疫、給水、人員や物資の緊急輸送など広範多岐にわたっている。その活動は、原則として都道府県知事、海上保安庁長官、管区海上保安部長または空港事務所長からの要請を受け、実施されることとなっている。ただし、地震に関しては発生前でも「大規模地震対策特別措置法」に基づく警戒宣言が発せられたときには、地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)の要請に基づき、防衛庁長官は、地震による災害の発生の防止または被害の軽減を図るため、派遣されることがある。

【衛生関係専門要員について】

 自衛隊の衛生関係要員としては、陸海空の3自衛隊で合計約1000人の医師、約200人の歯科医師を始め、薬剤師・臨床検査技師・診療放射線技師・看護婦・看護士・救急救命士等の医療に携わる多くの人材がおり、病院・医務室・衛生部隊に勤務している。これらの衛生要員は、定期的に災害派遣時の自衛隊の行動、衛生関係法規について教育を受けており、また本来の任務である有事を想定しての教育も実施している。この内容は、外傷者を主体とする患者が大量発生するという点で災害医療と共通する点が多く、トリアージや外傷患者に対する救急処置、救急搬送、野外における各種検査等を含んだ教育内容となっているため災害派遣時に十分対応できる状態となっている。

【自衛隊の保有する医療施設、器材、輸送機・輸送艦について】

 陸上自衛隊の各師団には後方支援連隊衛生隊があり、有事には野戦病院を運営する能力を有している。そこでは各種緊急手術も可能となっている。また、大規模災害時の人命救助活動を目的に設計された、人命救急システムを約50個保有しており、これらが全国的に配置されている。災害発生時には、各コンテナは牽引車またはヘリコプターで速やかに被災地に輸送・展開され、人命救助活動に資することとなる。

 離島などにおける災害時や大規模災害発生時には、空と海からの負傷者や応援器材などの輸送が必要になる場合がある。そのため、航空自衛隊ではC-130HやC-1などの輸送機(固定翼)やヘリコプターを保有し災害派遣に備えている。海上自衛隊は、鑑首が開くタイプの輸送艦を保有している。これらは、デッキクレーンなどの揚陸設備も有し、港湾設備が被災して使用できないときでも、物資などの揚陸が可能である。災害時においては、これらの自衛隊の保有している各種輸送手段と自治体、各省庁、場合によっては民間の保有する輸送手段を臨機応変に組み合わせることにより、迅速かつ効率的に負傷者、救助・医療用器材、救助員・医師などを輸送する必要がある。

【実例と問題点】

 最近の災害派遣時の自衛隊の人命救助活動としては、奥尻島における北海道南西沖地震における人命救助活動は比較的速やかに実施された。しかし、阪神淡路大震災では派遣決定手続きに関して問題点が指摘され、これを教訓として、部隊長などが迅速かつ的確に自主派遣の判断ができるように「防衛庁防災業務計画」を修正している。

【今後の災害派遣時の人命救助活動】

災害発生時には、まず初動対処として近傍の駐屯地から情報収集の部隊(地上・ヘリコプター)、指揮・通信のための部隊とともに人命救助のための部隊が出動する。現地の部隊のみで対応できない場合には、周辺の部隊からの逐次増援がなされ、最終的には約60個の救護班が野外に展開される予定である。約60個の救護班のうち、後方支援連隊などが編成する42個救護班は、医官1名を含む15名の要員からなり、医療の機能以外に救急車による患者搬送機能、防疫機能も持っている。

 近年自衛隊の災害派遣活動への理解も深まり、自衛隊と各自治体などの連携も徐々に強まりつつある。しかしながら、さらなる改善をすべき余地は数多く残されていると考えられ、これを一つずつ克服して災害発生時に犠牲となる市民の数を一人でも少なくすることが重要な課題であり目標である。


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