災害医学・抄読会 990514

ライフライン寸断時における手術症例の経験―兵庫県南部地震からの経験―

植松正久ほか.外科診療 37: 1483-7, 1995


【始めに】

 兵庫県南部地震によるライフライン寸断時にもかかわらず、緊急手術が施行された。手術の施行には手術前の手洗いや手術器具の滅菌が必須であり、ライフラインの寸断はきわめて異例で最悪の事態である。神戸大学医学部において、震災後約4時間で電気の回復は得られたものの、水、ガス、などのライフラインが寸断された中で8例の手術が中央手術室内で実施されたので、これを報告し、この貴重な体験から、今後の災害発生時の教訓について述べる。

【対象と方法】

 1995年1月17日の震災以降、ライフラインの供給が停止していた期間(1995年1月17日〜1月23日)に、神戸大学中央手術室において施行された手術症例の総数は8名であった(
表1、表2)。

表1.

性別・年齢分布男性6名、女性2名
19〜74歳(平均41.5歳)
受診の動機
全例外傷
  1. 頭部あるいは顔面外傷3例(症例 2, 4, 7)
  2. 腹部打撲2例(症例 1, 3)
  3. 腹部刺創1例(症例 5)
  4. 大腿打撲1例(症例 6)
  5. 下腿刺創1例(症例 8)
原因
  1. 家屋の下敷きによる打撲7例(症例 1〜4, 6〜8)
  2. 自殺による刺創
その他
  1. 術前のショック(最高血圧 90 mmHg以下)8例中3例
  2. 術前の確定診断 8例中7例(症例 1, 2, 4〜8)
  3. 確定診断の得られた7例は24時間以内に手術を受けた
  4. 症例3は腹部打撲の診断のもとに保存的治療がなされていたが、
    増悪する腹膜刺激症状に対して、受傷2日目に緊急開腹術を施行

【結果】

診療該当科外科(症例 3, 5)、整形外科(症例 6, 8)、眼科(症例 2, 7)
泌尿器科(症例 1)、脳神経外科(症例 4)
麻酔法全身麻酔6例、局所麻酔2例
輸血ショック(症例 1, 3, 5)、開頭術(症例 4)
清潔手術8例中7例(症例 1〜5, 7, 8)

 術者および手術介助の消毒は、石鹸を用いて給水車からの汲み水で手を洗い、速乾式擦式手指消毒剤(WELPAS)の擦り込みを行った。その後術衣を着て、手袋を2重に着用することを義務づけた。手術器材の滅菌は、都市ガスの供給停止によりオートクレーブの使用ができないために、エチレンオキサイド(EOG)滅菌が施行された。8症例における術後の経過は良好で、術後の感染やその他の合併症は見られなかった。

【考察】

 神戸大学医学部は被害の大きかった神戸市の中心に位置しており、周辺の中核病院が建物の崩壊や交通事故の悪化、災害準備体制の不足から傷病者の受け入れが極めて困難なために、神戸市内でも唯一の診療可能な病院であった。手術が必要な患者や血液透析などの集中治療を必要とする患者に関しては、ヘリコプタ−などで、可能な限り通常の集中治療ができる神戸市以外の病院に搬送した。こういった中で緊急手術が8例行われた。広範囲の災害による停電時には、オートクレーブ、暖房器具、コンピュ−タ、X線装置、各種検査装置が使用不可能となる。都市ガスの停止は滅菌装置、暖房装置などに影響が出る。このような中四国でも、機能の温存されている施設には患者が集中し、緊急手術も余儀なくされることを念頭におく必要があると思われた。

 震災を通じて今後備えるものとして、1)中央酸素配管の損壊が見られたため、酸素ボンベの備蓄を増やす。2)WELPASの擦り込みによる手洗いで十分な結果が得られたが、超音波手洗い器などの設置も考慮する。3)EOGは滅菌に日数を要することより、過酸化水素を用いた低温プラズマ滅菌システム(sterad100: Johnson and Johnson社製)などの設置も考慮する必要があると思われた。

【終わりに】

 震災によるライフライン停止時に8例の手術を経験した。このような状況下でも緊急手術の実施が可能であることを証明した。日本は世界有数の地震国であることを認識し、十分な準備体制を普段から整えておくことが不可欠であると思われた。


後方医療機関の役割

太田宗夫.外科診療 37: 1407-12, 1995


 阪神・淡路大震災では、5502名の死亡を記録した。本災害における医療展開を災害医学の立場から分析し、広域大規模災害における後方医療機関の役割について考察を加えた。

1.阪神・淡路大震災における医療展開の評価

 評価は本来基準とされている各医療期ごとに行う。

a)救助期(発災〜48時間)

 救出中の生体維持と救出直後の救命医療体制が含まれる(Search,Rescue and Medical Support)。今回の災害では、この概念はきわめて乏しく、結果的に再環流症候群などの心停止による死亡を多数みた。その要因として、救助チームの絶対的不足とその立ち上がりの遅れが指摘された。

b)救急医療期(発災〜72時間)

 振り分け(Triage)、救命治療(Treatment)、搬送(Transportation)の3要素からなる。

  1. Triage
    災害時のトリアージには死亡判定と蘇生対象からの除外の即断、という通常時救急医療とは異なる点がある。現場では予想以上に受け入れられたが、医療者側の不慣れが著しかった。

  2. Treatment
    現地の医療機能ダウンならびにマンパワーの絶対的な不足があるため、重症者は非被災地へ速やかに搬出しなければならない。しかし実際は、被災地内消化を軸にした地域あるいは医療機関があったといわれる。

  3. Transportation
    非被災地への搬出能力は全面的に救援搬送機能(救急車、ヘリコプターなど)に依存したが、本格的な搬出は翌日に持ち越された地域がほとんどであった。

c)感染症期(3日〜2週)、PHC(Primary Health Care)期(1週〜1月)

 一部の呼吸器感染症にとどまった。その要因は、指導・医薬品の供給・環境管理などの他動的な効果もあったが、衛生感覚で代表される、自主的な側面が大きいと判断した。

d)精神的援助期(1月〜1年)

 被災者には例外なく恐怖感、不安感などの反応が見られ、これが精神面の障害となるのが心的外傷後ストレス症候群である。今回も精神科医・カウンセラーらが援助を続けている。

2.後方救援の在り方と困難性

a)在り方

  1. 負傷者の受け入れ:受け入れ拠点となった施設では第二のトリアージを行い、非被災地域内に負傷者を分散収容する。

  2. 医療資機材の供給:各医療期に相応する資器材を供給する。

  3. 医療情報の提供
    後方支援の姿勢としては、広域巨大災害は、個人や組織ではなく、府県を単位とする規模の支援が必要である。

b)困難性

  1. 支援指揮:組織的・統括的な支援が寛容で、支援指揮系統を設定する。

  2. 状況の把握:災害種と規模ならびに被災の重心が把握できれば、計画が策定できる。

  3. 打診と要請

3.医療展開の構図

a)急性期の全体構図

 最も医療エネルギーを投入しなければならない時期は発災72時間以内で、しかもそれを供給できるのは近接地域内の医療組織である。従って、被災地に近接する非被災地が救援するという構図が基本になり、これを最初から厳格に守ることが大切である。

b)急性期以降の構図

 急性期以降になると、内外からの医療救援が十分期待できるので、被災地と非被災地以外の医療組織という構図に移行し、それを動かすのは両者の指揮機能である。今回も指揮機能の発動が後れた地域では、翌日の展開が用意できず混乱を招いた。

 近代災害プランは医療人だけで構築できるものではなく、地震学などの自然科学から、経済学などの人文科学までを含めた学際的な研究スタイルが必要である。その中で、医学、特に災害医学は医療面を保証するもので、今回市民の間にも浸透した生命価値を基盤としている。このような学際的な視点から新しい災害プランが構築されることが望まれる。


阪神・淡路大震災による医療機器の被害および各企業の対応―アンケート集計結果より―

医器学 65, 1995


 このアンケートは、医療機器の関連企業が阪神・淡路大震災に対して如何に対処しほぼ1年経た時点でどのような対策を実施しているのか、また今後どのような対策の必要性を感じているかを調査した。

 これらの結果を踏まえて医療機器業界の危機管理システムの構築に役立てるために行なわれた。

−アンケート集計結果−

1 支障を来した機器の原因

  1. 機器自体が破損、あるいは機能不全 49%

  2. ライフラインの供給ストップ 17%

     ほぼ半数は、機器自体が破損、あるいは機能不全であり、さらにこの原因を探ってみると機器の転倒、落下事故によるものである。

2 使用可能とするために実施した処置

  1. 部品交換による修理

  2. 営業員が出向いての点検、調節

  3. 貸し出し用機器の貸与

  4. ライフラインの復旧待ち

     以上4項目で全処置の80%を占めている。また、日常処置である上位2項目で50%を占めており、営業員が適切な部品を持って現場に行く事が出来れば50%は処置できるようになる。

3 阪神・淡路大震災により、取り扱い機器で支障を来さなかったのはどのような理由ですか。

  1. 被害が小さかったり、元々地震の影響を受けないような機器 35%

  2. 機器自体が丈夫、あるいは据えつけがよかった。35%

4 大震災に備えて、今後どのような対策を講じる必要がありますか

i. 主に開発・設計・生産のサイドから

  1. 災害発生後の事後点検や緊急修理体制の整備 63%
  2. ライフライン不要あるいは他エネルギー駆動の機器開発 44%

    以上より半数弱の企業が技術開発の立場から意気込みを示している

ii. 主に管理機構・営業のサイドから

危機管理体制の構築およびマニュアル作り
肝心なことは日頃からの教育訓練や可能な限りの状況を想定したシミレーションを実施しておくことである。

5 大災害を想定してどのような対策を実施していますか。

i. どの災害を想定して対策を実施していますか

地震  42%
火災  42%
風水害 13%

ii. 実施している対策(自社に被害が生じた場合)

対策が規定・マニュアル化されている 44%
防災訓練を実施している       39%

iii. 実施している対策(ユーザーに被害が生じた場合)

本社内に対策本部を設置する
現地への人の派遣体制が出来ている
現地へ機器・消耗品の供給体制ができているなど

iv. ユーザーに被害が生じた場合を想定して被害対策に必要なユーザーへの依頼事項

連絡がとれるように、担当窓口、責任者の明確化
その地区の自治体や医師会を中心に情報の集中化
ライフラインの確保
機器の固定化

6 その他の大災害に対して企業として検討すべき事項

i. 緊急災害システムの構築

ii. 交通手段の確保

iii. ライフラインの確保

 災害時における医療機器メーカーの危機管理を円滑に行なうためには、平時に、特別対策組織やその運用マニュアルなど災害時の緊急対応体制の整備、機器・システムの保管や管理方法等についてメーカーとユーザー間での充分な意思疎通、有事を想定した情報窓口の設置や特別ネットワークラインの確保など情報ネットワーク作りを行ない、有事には、企業内における情報の一元化とトップマネージメントへの迅速な伝達、必要な機器・システムの確保と搬送など組織的、体系的に行ないうる緊急供給体制の整備、機器・システムの事後点検及び修理マニュアルの提供など、必要に応じた点検・修理に必要な人及び物の供給体制の整備などが考えられる。


大事故災害:第11章 情報伝達

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.67-74


【情報伝達について】  A.よいコミニュケーションを作ることが重要
 B.大事故災害時のコミュニケーション手段についての検討

 以上について考えていくことが、良好な情報伝達を行うために大切となってくる。もし、良いコミニュニケーションがなければ、緊急サービス部門はシステムとして機能しない。救急隊は大事故災害での医療サービスの連携を計画、供給し、調整する全体的な責任を負っている。情報伝達は、そのために最も中心となるものである。

 まずA.については、大事故災害時の情報、確認、調整を充実させることが必要となる。生きた情報の交換が消防、救急、警察等の間において欠如するようなことがあれば、B.で述べる手段を改善して行くことなどが必要となろう。また救急を担当する部署は、大事故災害を想定して、欠点に焦点を当てた訓練を行うべきであろう。B.については、手段として、1)無線、2)電話(携帯電話、陸上回線)、3)その他の手段(人間、テレビおよびラジオ放送網、手信号)があげられる。基本として、救急隊は救急指令本部、受入先病院と無線によって通信しており、無線通信網を形成している。

 しかし、現場では無線以外の連絡手段を考慮すべきである。2)の電話には携帯電話、陸上回線がある。携帯電話にはどこでも話せるなどといった自由さという利点がある反面、携帯電話の不利な点として、伝えるメッセージをコントロールする中央システムがない、限られた局にしかその地域にはないため、すぐ塞がってしまい常に話し中になるという点もある。その他の通信伝達の手段としては、伝令、手信号、予備笛、公衆放送、テレビ、ラジオ放送、ビデオ、衛星放送があり、それぞれ適宜有用となるものである。

 情報伝達の方法を多岐にしてゆくことで、マスメデイアとの関係は切っても切れないものとなる。多くの場合、大災害を取り扱うにあたってマスメデイアは邪魔なものとなる。マスメデイアは報道する機会と特権を期待しており、厳しい統制、規制をすることが必要となる。そのためにはまず、

  1. マスメデイア専用の集合場所を作る。
  2. 現場への出入りを制限する。
  3. マスメデイア連絡担当官を任命する。
  4. マスメデイアセンターを作ることを考慮する。
  5. テレビやラジオの時間帯を一致させて、定期的な新しい情報公開を行う。
  6. 個々の担当者を重用しない。
  7. 事故災害が拡大したときは民衆との関係を調節する担当官を置く。

 以上がマスメデイアとよい関係を生み出す重要な点である。このようにマスメデイアも情報伝達の手段として、可能な限り効率的に取り扱うべきである。


災害時患者搬送用ヘリポートの適正な設置の必要性について

滝口雅博,日本集団災害医療研究会誌, 3: 143-6,1998


 大震災時においては道路交通を始めとする全ての陸上交通が大きな被害を被り、人や物資の輸送に大きな障害を来す。その結果、救急患者の後方への搬送も大きく障害され、重症患者への適切な治療は不可能になる。このよな場合において、ヘリコプタ−による患者搬送の効果が期待できる。

 1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震による奥尻島の津波災害の場合、負傷者が比較的順調にヘリコプタ−を用いて札幌市や函館市に搬送された。一方、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災においては、震災後ヘリコプタ−で後方病院に搬送された患者数が少なく、かつ災害直後の使用が少なかったことから、災害時のヘリコプタ−による患者搬送体制の必要性が大きく取り上げられた。この2つの災害時のヘリコプタ−の対応の差は、北海道においては日頃から離島などの救急患者のヘリコプタ−による病院間搬送が行われていたということと、神戸市では医療機関の近くにヘリポートはほとんど設置されていなかったことの2点から、生まれたものと思われる。

 一般的に人口密集地内へのヘリポートの設置は不可能に近く、災害用のヘリポート場外離着陸場は、学校の運動場や陸上競技場、公園などに設定されていることが多い。また、これらは患者が多く収容される病院の近辺にはないことが多いため、ヘリポートの患者搬送も困難となる。

 今後は、人口密集地に災害用ヘリポートを設定する際、病院との地理的関係を念頭において検討することが必要であろう。また、阪神・淡路大震災の患者搬送の問題点として、1)ヘリコプタ−出動基準が明確でない、2)ヘリコプタ−の出動、依頼方法が確立されていない、3)患者搬送を目的にして設置されたヘリポートが少なかった、4)医療機関とヘリポート間の患者搬送手段の確保ができていない、5)患者搬送先の確保が難しい、ちう5点が如実に表れた。大都会での災害においては、ヘリポートの設置、ヘリコプタ−による搬送は重要であることより、以上5項目も十分ふまえて、システムを作ってゆくことが必要であろう。


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