災害医学・抄読会 990430

阪神・淡路大震災と集中治療:阪神大震災時の経験

森美也子、ICUとCCU 19:477-82, 1995


 1995年1月17日震度7の直下型地震が阪神・淡路地方を襲った。約5500人が犠牲となり多数の負傷者がでた。被災地の真ん中に位置する唯一の国立大学病院がこの大災害でどのような被害をうけたかまたどのように病院が対処したかの記録である。地震発生当日の受診者は約480名であった。喉頭鏡・挿管チューブ等の不足、縫合糸・消毒薬の不足、中央配管の吸引が使用不能になる等、地震当日は混乱を極めたがひとまず救急部が一括して応急処置および患者のトリアージを行い、骨折等で整形外科的処置を必要とするものは整形外来へ、入院を要する者のうち最重症患者を集中治療部へそれ以外の患者を病棟へ振り分けた。地震後空床はすべて救急部の管理下に入った。しかし空床は充分でなく、比較的軽傷と判断された患者は1階や2階の外来診療部の廊下で待合用椅子等に寝かされた。このうち10名がすぐ入院を要すると判断された。この外来廊下簡易ベットは最大3日間利用された。

 地震当時の集中治療室の状況は次のようであった。電気はしばらくして停電になり、幸いにも自家発電装置は破壊されず、非常電源に切り替わった。水は貯水槽の水を数時間利用できたが以後断水となった。当日夜には医療用の水を給水車で得る事ができたが量的には不充分であった。ガスも停止し、器具類を洗浄滅菌するのが不能となった。中央配管において集中治療室内の配管には損傷はなく、人工呼吸器も作動しつづけた。しかし配管の上流の病棟では配管の屈曲破損があり人工呼吸器が停止し、用手換気しつつ患者を他病棟に緊急移送する騒ぎとなった。モニター類は落下を免れた。呼吸器などの医療機器については呼吸器と挿管チューブの接続がはずれたものはあったが呼吸器は作動しつづけた。震度4の余震時、持続血液濾過(CVVH)装置もキャスターで移動はするものの倒れず患者との接続のはずれもなかった。物品類については薬品棚は向かい合わせに倒れ、薬品が飛び出した。病院全体の薬品も不足し、大阪などから緊急に輸送された。滅菌済みの摂子、鉗子類はすぐ底をついた。検査では検査用の試薬が不足し緊急でない検査は自粛するように求められた。中央放射線部は一般撮影と断層のみ可能であった。血管造影装置が倒れており使用はできなかった。また断水により自動現像機が使用できなくなった。中央コンピューターは被害をうけず、データの消滅等はなかった。

 緊急手術の状況としては断水のため手洗いができず、手袋を2重にはき手術した。空調も一時停止した。器具の滅菌は不可能になった。酸素配管圧、酸素流量、吸気酸素濃度計に注意しつつ麻酔を行った。しかし断水による消毒不充分のため緊急手術は少なかった。ライフラインのそろっている市北部の病院に転送されたようである。定期手術はすべて中止となった。

 地震翌々日よりcrush syndromeの患者の治療が問題となった。挫滅した筋肉組織に大量の細胞外液が失われ、循環不全に陥るものでミオグロビン尿から急性腎不全に陥る。早期からの大量輸液、強制アルカリ利尿が治療のポイントとなる。腎不全に陥った場合には人工透析が必要になる。しかし透析は断水のため不可能でありCVVHで治療しようとしたが、CVVHの機械は院内に4台しかなく、すでに稼動中であったのでCAVHでの治療を行うこととした。この時点では他の病院への転送に関しては情報がなく、まず1月20日に第1例目が転送され、crush syndromeの治療のため当院から転送された患者は最終的には15名であった。

 阪神・淡路大震災と同じような大地震がいつ日本中どこでおこっても不思議ではない。約5500名の死者の霊を弔うためにもわれわれの今回の体験を無駄にしてはならない。


地震に対して器械はこうあるべきだ―臨床工学士の立場で―

山本昌司、医器学 67: 30-4, 1997


はじめに

 今回の阪神・淡路大震災では、どうしても防ぎようのない器械の損傷を経験したが、 その一方で、もうひと工夫すれば壊れなくても済んだ器械があったのではないかと思わせるものもあるように考えられる。この経験を今後に生かすためにも、以下の事をまとめてみた。

病院設備

1) 駆動源は電気

 我々の扱う器械の多くは、駆動源が電気である。停電については常にどの病院施設 も対策について考慮しているとは思うが、今回の地震では自家発電のある所とない所での差は大きかったようである。自家発電機には、水冷タイプと空冷タイプの二種類があるが、今回の地震では停電と同時に断水になったので水冷タイプよりも空冷タイプの方が有効性が高かった。また、今回思いも寄らず役に立ったのが、持ち運び可能な発電機であり、人々の誘導に役立った。

2)圧縮空気・酸素の配管(パイプ)の亀裂

 今回の地震で、圧縮空気・酸素の配管に亀裂が生じ、1.酸素の漏れがどこで起こっているか判らない、2.患者の吸入する酸素がなくなってしまっている、3.人工呼吸器が作動しなくなった、など数々の問題が起こっていたようである。このような問題の発生に備えて、各フロアーの何処に遮断弁(シャットオフバルブ)があるのか、どのような経路で圧縮空気・酸素が配管配管されているのかを図面上で確認しておく事が必要と考えられる。

各種医療器械

1) 透析装置器械の損傷

 水処理関連装置・多人数用供給装置は器械が非常に重く、床に簡単な固定されて いるだけで、壁又は床に固定されている配管と連結されており、揺れまたは振動に非常に弱いとされている。特に配管との連結部分の破損が最も多く、この部分をフレキシブル管に変更することで損傷は少なくなると考えられ、仮に損傷したとしても修復しやすい、との結果が得られた。

2) 人工呼吸器

 人工呼吸器は転倒したものと、転倒を免れたものとがあった。この経験から転倒 に対して次の事をしておく必要があると考えられる。

  1. 出来るだけ使用する器械は安定性に優れたもの、上部に重心を架けるものではなく足元を大きくする。
  2. キャスターは大きめのものにする。
  3. 圧縮空気・酸素の耐圧管は必要以上に長くせず丸めて置き、地震の揺れにも無駄な動きのないようにする

3) 輸液ポンプ

 日頃より輸液ポンプは、出来るだけ専用台に取り付けるか、ベッドに固定するのが 一番良いように思われる。

4) バッテリーについて

 内蔵バッテリーが登載されている器械は非常に有用であった。そこで、これからの 医療機器は、今回の地震の経験から、是非ともバッテリーの内蔵について検討して頂きたい。1.バッテリーの標準装備、2.身近にある乾電池を利用できるキットやその方法、3.あらゆる装置器械にもコンバート出来る共通性のある内蔵バッテリーの規格統一

まとめ

 以下に今回の阪神・淡路大震災被災による経験と今後の対策についてまとめた。
  1. 自家発電機のタイプによりメリットとデメリットがある。
  2. 病院施設の配管経路を日頃から把握しておく。
  3. ある程度の関連部品の在庫を確保する。
  4. 医療ガスでも特に酸素の使用量が通常の使用量をはるかに超えるようなことが起こりうる。
  5. 転倒防止の器械の固定は、床、天井、壁との間で行う。
  6. 配管と器械の連結部の損傷が多く、配管をフレキシブル管に変更し余裕を持たせる事で損傷を減少させられる事。
  7. 転倒防止の器械類の形状は、重量があり背の低い安定型が良い。
  8. キャスターは、大きなものが良いがロックの有無による差はなかった。
  9. バッテリーは、緊急時に充電が出来ている事・誰もが簡単に速やかにすぐ代用できるキットがある事が望ましい。
  10. 転倒防止の器械の可動域は狭いほうがよい。

 いつ起こるか判らない災害に対する予防的な様々な準備が、一見無駄のようであっても本来最も重要なことの一つと感じる。


大事故災害:第10章 医療装備

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.60-6


I.大事故災害時に、救急車や移動医療班の医療装備に追加が必要である理由

 大事故災害時に備えて、救急車や移動医療班の医療装備には、日頃からの準備が必要である。しかし、その内容には通常のプレホスピタルケアと以下の相違点がある。

  1. 大事故災害時には、負傷者の人数が普通の事故に比べて多く、負傷者の人数に比べて救急車の数も不足する。

  2. たとえ救急車が出動できても、負傷者が病院に到着するまでの時間は長くかかる。従って、この様な状況に備えて、救急車の医療装備を追加する必要があるし、救急車や移動医療班によって、災害現場の救護所等に医療装備を供給する必要性も生ずる。

II.一次救命処置に必要な物品

 物品の種類は、日常の救急医療で使用するものとほぼ同じであり、蘇生のABCの維持に必要なものである。但し、大事故災害時にはそれが大量に必要とされ、特にトリアージタッグは必須物品と言える。

III.二次救命処置に必要な物品

 二次救命処置は負傷者救護所で行われるが、必要な物品は一次救命処置と同じである。物品の供給には2つの方法が存在する。

  1. 必要物品を全て患者単位で用意する方法
    →物品を探す手間が省くことができ、再供給も迅速に行なえる。一方で、過剰供給になり得る。

  2. 使い捨てでない物品は中央部に置いて共用とし、使い捨て物品は持ち出し用として、患者単位もしくは種類ごとに用意する方法
    →手間がかかるが、物品の過剰供給を避けられる。

     移動医療班の装備(→Box 10.1)

    移動医療班の設備は救急車と同等なものを、装備はより多く、また高度なチーム医療にも対応し得るものでなければならない。また、大事故災害時に持ち出す物品は、はっきりと区別して認識しやすくする必要がある。

    Box. 10.1 移動医療班が持参する装備の例


    • 高度の気道確保
       挿管困難に対応
       甲状輪状靭帯切開

    • 高度の呼吸管理
       胸腔ドレーン
       胸腔ドレナージバッグ

    • 高度の循環管理
       高流量カテーテル
       加圧輸液ポンプ

    • 高度の薬物投与
       局所、伝達麻酔
       麻薬鎮痛薬
       全身麻酔

    • 高度な外傷治療
       牽引セット

    • 手術器具
       カットダウンセット
       四肢切断

IV.装備の再補給(→Box 10.2,10.3)

 物品や薬品を、地域の病院から適切に補給する必要がある(その様な作業を円滑に進めるために、イギリスには医療災害担当官が存在)。大事故災害では、道具を標準化すると、救助者が相互に使用しあうことができるし、再補給も容易となる(フランスでは実現している)。

V.移動医療班の装備の収納法

 入れ物は運びやすく、中身が見えて取り出しやすく、壊れにくいものが好ましい。

→沢山のポケットが付いた全面が透明のリュックサック等

VI.追加装備の搬送法

 装備を定期的に点検整備しなければならない。救急隊が現場に集中装備補給車(緊急支援車)を出す。救急隊員の内1人を装備担当官に指名し、装備担当官は備蓄の数量把握など中央管理を調節する。


災害管理演習(HELP'97より)

鵜飼 卓ほか,日本集団災害医療研究会誌, 3: 147-56,1998


1.全般の状況

 デルタ国はアフリカで3番目に大きな国である。3,780万人の人口がある。経済危機に加えて、中央政府の権力が不安定なため、全国的な不穏状態にまでは進展していないものの、首都や地方都市では略奪が起こったり、部族間の小競り合いが増加して、治安が脅かされている。D国南西のアブシャで植民地時代に鉱山資源開発のためにアブシャに移住してきたサイカ族と、土着民でその地域の資源で利益を得ようとするタカンガ族との間で何回かの紛争が生じた。1月14日と15日にサキリで大きな衝突があり、家の破壊と略奪が生じ、24人が死亡、70人が負傷したため、人々が軍の基地と駅の周辺に集まりだした。タカンガ族の中にもこの暴動に影響を受けた人々がいるが、被災民の大多数はサイカ族である。

2.サキリの犠牲者の状況

 被害者は3つのグループに分けられる。

 死亡率は10月12日から12月27日までの間で1日人口10,000人当たりの粗死亡率が、4週目で1.4人、6週目で1.1人、8週目で0.5人、11週目で0.9人であった。死者の大部分は10月〜12月に流行した麻疹と下痢性疾患によるものである。栄養状態は、5歳以下の小児の14.6%が栄養状態不良で、そのうち4.2%は高度の栄養失調である。駅舎周辺の5歳以下の小児の栄養失調は23%に達する。駅周辺のグループは収入源が限られており、食料源も限られている。他のグループはより衛生的な状態で生活し、会社から食料と給料を得ている。医療活動はMSFによっておこなわれており、麻疹流行の初期に、キャンプと都市からの子供2,100人に麻疹ワクチンが投与された。赤十字によって訪問プログラムが始まり、治療が必要な患者は診療所に紹介される。診療所は9月に開所し、4カ所の小クリニックからなる。またMSFはCodo病院の2つの病棟を使って入院を要する患者の治療の指導に当たっている。疾病構造は、下痢が30%、マラリアが20%、急性呼吸器感染が12%である。

3.考察

 死亡率と低栄養の問題から直面している状況が緊急事態であることが明らかである。低栄養問題への対応策として、疾病のコントロールと低栄養の改善策を講じることが重要である。一次目標としてあらゆる被災民に食糧確保をできるようにする、二次目標として低栄養を改善させ、すべての被災民に食糧を入手できるようにするように介入を行う(駅周辺のグループに食糧の全量配給)、三次目標としてその他の人々に食糧の半量配給を行う、が挙げられるが、この際食糧問題介入に付随して起こる影響を認識しておく必要がある。1)他の人々を呼び込む危険性、2)キャンプの永久化、3)コミュニティ間の対立激化の可能性、の危険性を考慮し、緊急食糧介入の他の選択肢を考えなければいけない。他の選択肢とは以前に存在した状況への回帰であり、移住した被災民が元の場所に戻ることである。また別の場所への移送により問題解決に寄与することは可能であるが、結果的に「民族浄化」運動に手を貸すことになりかねないため、被災者達が自分たちで決めた場合に限る。サイカ族自身がアブシャを発つと決めた場合は移送前と移送中にも食糧を与えられねければならないし、移送先に到着したときに食糧、保健サービス、種子、生活必需品、住居建築のための材料と道具とを援助する必要がある。

 サイカへの出発を支持することは問題の解決に寄与する可能性があるが、再定住、食糧不安などから部族根絶の危険性もある。一方、政治的解決を待ちながらアブシャで食糧援助を行うことは、被災民達をそこに住まわせ続けてしまうリスクを負うことになる。これを解決するためには、人道援助組織の役割は被災民に将来の解決法を自分たちで自由に選べる方法を提供することだと考えて、いくつかの解決方法を併せて行う必要がある。介入によって生じる望ましくない影響をできるだけ減らし、被災民の保護に役立つと考えられる方法を追加されるべきであり、前述の目標に ・食糧供給によって引き起こされるリスクを最小限とする・サイカとアブシャの双方のコミュニティの被災者のニーズを考慮し、公平な分配を行う・被災民の数や移動の状況を知るために援助対象者を定期的に登録しなおす・市場での食糧価格の趨勢を監視する・食糧援助が2部族間の新たな紛争の口実を与えないよう十分留意する・犠牲者の保護を保証する、ことを目標に加えるべきである。


全国ネット広域搬送の必要性と特殊性

山田憲彦ほか,日本集団災害医療研究会誌, 3: 137-42,1998


はじめに

 どの地域においても、重症患者(適切な医療を施さない限り死亡する可能性の極めて高い者)に対して適切な治療を施せる施設数・能力には限界があることから、重症患者が多発する事態に際しては全国の高度医療施設の利用が必要になる。さらに重症患者の場合は、受傷時から最終治療時までの時間的な猶予が限られていることから、迅速な搬送が求められる。以上より、大規模災害時の重症患者の救命には、全国の高度医療施設と搬送システムの統合的な運用(以下全国ネット広域搬送)が有効である。

I.必要性

 全国ネット広域搬送は、重症患者が発生した場合に、適切な医療を迅速に提供するシステムである。その必要性の根拠は、各医療施設や地域の重症患者の受け入れ能力の限界と、搬送に費やせる時間の制限にある。

 重傷者の受け入れ能力は、施設数、実際に受け入れ可能な病床数、専門的な能力の提供可能数に限界があり、病態(処置)別の対応可能数を、全国の主要な医療施設が標準化された方法で算定することは、集団災害医療の枢要な課題である。また、施設の分布や受け入れ能力から見て、災害時の患者搬送においては、遠隔地の大都市圏の医療施設の利用(全国ネット広域搬送)が必要となる。重傷患者の搬送には迅速さが求められるため、大都市間の遠距離搬送手段としては、固定翼航空機や高速鉄道等の利用が必要になる。

II.特殊性及びその問題点

 被災地から受け入れ都市圏の病院に至る全国ネット広域搬送の患者及び情報の流れは、通常の搬送と比較して、1)多機関共同システム、2)複雑な情報管理、3)搬送中の高度医療監視、4)中継地点及びStaging、5)被災地外の受け入れ態勢の整備といった特殊性を持つ。

 全国ネット広域搬送は多数の機関の協力とする典型的な多機関共同システムであり複雑な情報管理が必要になり、これは自治体レベルと国レベルでその求められるレベルが異なる。被災地ではニーズの発信、対象者の選別を、国や受け入れ自治体は対応手段の選定、搬送ツールの選択を行わなければならず、そのための適切な判断、実施能力を持つ必要がある。また、中継地点及びStagingに関しては、防災計画において中継地点を具体的に指定し、適切なStagingを実施できる体制を整備し、被災地外の受け入れ態勢においては非常災害対策本部等と自治体レベルとの連携のあり方まで含めて、防災計画を見直す必要がある。これによって情報に基づいた臨機応変な災害支援体制が整い、適切に全国ネット広域搬送を実施する事ができる。

III.今後の方向性に関する提言

 全国ネット広域搬送は、災害時の救命の観点から、今後積極的に、必要性の啓蒙、段階的な体制整備、危機管理体制の整備、運用の方針の策定を行っていくことにより整備を進めるべき施策である。我が国のように、危機管理特に多機関共同体制に課題を指摘される社会において、大規模な全国ネット広域搬送体制を一度に完成させることは非常に困難であるため、小規模のシステムを整備・運用してから将来的な規模を議論していくことが現実的であり、この議論は、危機管理体制の不備についての具体的な不都合を医療の面から明らかにする効果がある。また、全国ネット広域搬送が多機関共同で実施すべきものであることを考慮すると、あらかじめ明確な運用方針を策定する必要がある。


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