災害医学・抄読会 990319

一次医療機関における初期救急医療の範囲と限界

木村專太郎、臨床と薬物治療 33: 1029-32, 1998


 先の阪神大震災を契機として「トリアージ」とという言葉が知られるようになった。「トリアージ」とは大災害時、限られた医療資源を可能な限り有効に使うための“患者の振り分け”を意味する。実際の現場では患者の状態に応じて黒、赤、黄、緑に色分けされたトリアージタッグ(傷病者識別票)が患者に付せられ、緊急度の高い順に治療が行われる。

 トリアージの考え方は、災害時に限定されるものではなく、日常的な救急医療にも応用され、これをもとに患者の初期の振り分けが行われるようになってきている。一次救急医療機関では、黒色、赤色のタッグの患者は蘇生後に二次、三次医療機関に移送しなければならない。また黄色と緑色のタッグの患者であっても、状態によっては二次、三次医療機関に移送しなければならない。

トリアージについて

 トリアージの仕方としては、まず呼吸器系、循環器系、脳神経系の順でチェックしていく。呼吸器系は呼吸数を調べ30回以上なら呼吸不全と考える。つぎに循環器系は爪か唇のcapillary refillingを調べるか、最も迅速な方法としては橈骨動脈の触知がある。capillary refilling とは検者の指で患者の爪か唇の毛細管の血液を押しだし、その後毛細血管に血液が再び満ちるまでの時間を観察することである。2秒以内が正常である。capillary refilling 2秒以上、末梢動脈の脈拍を触知できないときには、収縮期血圧が80mmHg以下で循環不全がある。最後に脳神経系を調べる。患者に目を開けさせるか、指を差し入れて、患者に指を握らせて検査する。

 黒タッグの患者、これは診察時に心肺停止の患者である。この患者に対しては、まず心電図による心室細動や心室頻拍の波形から除細動を行う。次に静脈確保を行う。末梢からの確保が難しいときには、鎖骨下静脈、頚静脈、大腿静脈穿刺を行う。次にエピネフリン、塩酸イソプレナリンなどのカテコレミンを用いて薬物療法を行う。また気管内挿管を行い人工呼吸を行う。蘇生可能な状態になったら、二次救急医療の可能な施設まで患者を搬送する。

 赤タッグの患者は呼吸器系、循環器系、脳神経系のいずれかまたは全部が障害されている患者であり、重症である。まずバイタルサインを測定し、呼吸不全と循環不全の患者には静脈確保と酸素吸入を行う必要がある。

 歩行が不可能であるが、バイタルサインが落ち着いている患者を黄色タッグとし、歩行が可能でバイタルが落ち着いている患者を緑色タッグとする。

病歴の聴取

 またトリアージの間、あるいはその後に患者に関する病歴を素早く聴取する必要がある。このとき「AMPLE history」と覚えるとよい。「AMPLE」は「十分な」の意であるが、病歴聴取に最低限必要な項目の頭文字を組み合わせたものである。Aallergy(アレルギーや喘息の有無について)、Mmedication(服用している薬剤について)、Pprevious illness(既往歴や手術の経歴について)、Llast meal(最後に食べた食事の内容について)、Eevent(現病歴で何が起こったか)について患者から聴取する。

呼吸状態

 呼吸状態が悪い場合には肺炎、喘息、心不全、気胸を疑う。特に緊張性気胸は処置を急ぐ必要がある。

循環状態

 収縮期血圧が80mmHg以下の循環状態が悪いショックの場合、心原性ショックか、出血や脱水による低ボリューム性ショックかを鑑別する。また敗血症ショック、神経原性ショック、副腎不全、肺塞栓の可能性も考慮する。循環不全の場合心筋梗塞やそれに伴う不整脈などを鑑別する必要がある。出血などの脱水によるショックを来している場合には尿量をチェックし、尿の排出が長時間見られない場合には、カリウムを含まない開始液や生理食塩水を静注する。尿量が少ない場合には急速点滴を行う。

胸痛

 胸痛を訴える患者の中には心筋梗塞や解離性大動脈瘤などが潜んでいる可能性がある。また交通事故などでは外傷性大動脈瘤を生じている可能性もある。

意識障害

 一次救急では対応不可能であり至急二次施設に搬送する必要がある。

 経口エアウェイで気道を確保する場合には、咽頭反射がないと誤嚥を起こす危険性があるために気管内挿管し気道確保を行う。除脳硬直のサインがある場合には挿管して過換気を行う。ショックのある場合にはその治療を優先させ、点滴を確保した場合には低血糖予防のために血糖値の管理を行う。

腹痛

 また腹痛は最重要視しなければならない。腸音の消失や、腹壁の筋制防御、ブルンベルグ徴候がある場合には腸管壊死や腹膜炎を疑う。また拍動性腫瘤が疑われる場合には腹部大動脈破裂の危険性があり一刻も早く二次医療機関に搬送する。この他にも眼球の外傷や緑内障、頸部外傷など一次救急では対応できない多くの場合がある。


新しい災害医療機関のハードとソフト―その1―
大阪市立総合医療センター

鵜飼 卓、外科診療 49: 1441-7, 1995


はじめに

 199312月に開院した大阪市立総合医療センター(病床数1037床)は、最新の病院設計思想が随所に生かされており、災害に比較的強いハードウェアである。当院の構造のうち災害に関わりのあると思われる特徴を紹介し、また問題点を指摘する。

概要

 当院は大阪市が「市立医療機関の体系的整備」を考え、従来存在した5施設を統廃合して総合医療センターになった。市立医療センターは、従来あまり積極的に取り組んでこなかった救急医療を一つの大きな旗印としてスタートした。最新の医療機器を多数備え、コンピューターオーダリングシステムを採用している。また、外来患者は外来受付でポケットベルを渡され、院内の移動は自由である。診察時間になると合図が送られるので、狭い待合室や診察室前の廊下で長時間待たされることはない。

災害対応のハードウェア

 多数の傷病者が一度に来院した時に窓口になって対応するのは救命救急センターである。ここで対応し得ないほどの多数の場合には、通常の外来受付周辺にも多数の患者が来院する可能性がある。

  1. 救命救急センター

     救命救急センターは1階の一隅約1600m2を占めている。救急玄関への救急車のアプローチは極めて容易で、広く高い屋根の下に救急車が後退で進入できる。扉の内側に風除室があり、ここに水と温水の蛇口があるので、化学物質で汚染された患者は水洗することができる。救急処置室は約94m2と広々としており、同時に3名の重症患者の受け入れが可能である。また、処置室の前には5×10mのホールがあり、阪神淡路大震災時に一度に10余名が転送されてきた時、このホールを利用してトリアージを行った。救急処置室の廊下を隔てた隣には二次救急用の診察室が並び、反対側にはレントゲン室とCT室がある。また壁を隔てて後ろに3床の観察室があり、中等症症例の経過観察に利用される。救命救急センターの病棟部分は、7床のICU18床の一般病棟で、それぞれの病室は広いのでいざと言う時には一般病棟を24床に使用することもできる。

  2. 外来診察室と外来患者ロビー

     正面玄関を入ったロビーはとても広く、一度に多数の患者が来院しても収容スペースとしてはかなりの余裕がある。また、ロビーに続く廊下の幅も5mある。ただし、この辺りに酸素などのアウトレットは全く無い。

  3. 一般病棟

     6階から18階までが病室で、12階にCCUHCUがある。総室も41室であり、各室に専用のトイレと洗面所がある。救急病棟、ICUHCU等の重症病棟以外には廊下にも絨毯が敷き詰めてあり、深夜に病棟内を歩行しても足音を気にしなくて良い。病棟を取り巻く外側に避難用のベランダがある。安全のため通常はこのベランダに通じる扉は人が出入りできるだけの幅は開かないが、緊急時には各室の扉の錠が自動的に解錠されベランダに脱出できるようになっている。また、5階には屋上庭園があって、非常時の避難場所にもなる。

  4. 多目的ホール

     3階と4階をぶち抜いた約500m2の多目的ホールがある。研修会、講演会などに用いられているが、250席の椅子は移動式で壁の中に収納され、集団災害時に多数の患者あるいは避難者を一時的に収容することができる。酸素と吸引のアウトレットもホールの壁に設置されている。ただ、このホールが救命救急センターからは最も遠い建物の対角線の隅に当たることと、ホールへのエレベーターにストレッチャーが入るだけの大きさが無いので、このホールには重症患者を収容することはできない。

  5. 屋上ヘリポート

     当院の屋上にはヘリポートがある。阪神淡路大震災以前には訓練以外で使用されたことはなかったが、震災後の大交通渋滞のさなか神戸と大阪をつなぐ救命ラインとしてこのヘリポートが活躍した。患者の受け入れは15名がヘリコプターで搬入され、2名が再転送のためここからヘリで送り出された。また救援用の医薬品などの搬出にも使用された。

  6. 防災センター

     地下1階に電力の受電・配電状況のモニター、受水配水、冷暖房のコントロール、スプリンクラーや防火扉、排煙機、排煙扉、非常扉などの状況、エレベーター運行状況、地震加速度のモニターとエレベーターの非常停止などを一括管理している防災センターがある。火災が発生したり、排煙機が作動したりすれば瞬時に自動的にどの場所で異常事態が発生したかをモニター上に示してくれる。

  7. SPD(物品管理供給室)

     医薬品も診療材料もすべて地下1階のSPDからそれぞれ目的別のワゴン車で外来や手術室などに定期的に供給される。従って各部署にはほとんど棚というものがなく、ワゴン車にはキャスターがついているので地震の際に倒れて物品が散乱し、使用不能に陥るという危険が少ない。

  8. その他

     無停電電源が入っておりコンピューターを保護するためにも瞬時の停電も起こらない様になっている。自家発電機は最低限の医療に必要な電力だけにすれば約3日間もちこたえられる。建物は一体構造で、震度7にも耐えられると考えられている。ただ、屋上の高架水槽は免震構造になっておらず不安が残る。

ソフトウェア

 当院は、病院としての災害対策計画が確定しているわけではなく、開院後間もなく提示された災害対策案も十分な討議はされないまま経過していた。その案によると、多数傷病者が殺到した場合は消防から第一報が入る救命救急センターを窓口として対応し、トリアージは救命救急玄関において行い、重症者は救命救急センターへ、中等症は外科系医師が、継承は内科系医師がそれぞれの診察室で対応することとしている。また、多目的ホールを軽傷者の集合場所とした。この他に災害時連絡網を作成している。停電や断水、エレベーターの完全停止を想定した計画はない。現在、病院全体としての危機管理体制を整備すべく、ライフラインの重大な障害が生じた場合と、多数の傷病者が同時に来院した場合を想定し、当院の災害対応計画を作成する予定である。


地域防災計画における災害医療

金田正樹、日本集団災害医療研究会誌 3: 126-30, 1998


 阪神大震災後、各都道府県は地域防災計画の見直しを迫られ、ほとんどの自治体は平成8年度までにその防災計画を修正した。この計画の現状を知るため、地域防災計画の送付を依頼したところ、33都道府県、政令指定都市9都市から送られてきた。この計画書における災害医療の内容の分析と検討を試みた。

 すべての地域防災計画書は(1)総則、(2)災害予防計画、(3)災害応急対策計画、(4)復旧復興計画の4編からなり、計画書は平均して300ページであった。災害医療計画は主に3編の災害応急対策計画の中に書かれており、全体のページ数での比率は平均2.2%であった。しかし、ライフラインの確保などはその段取りから器材を納入する業者まで指定し多くのページを割いている。災害初期の最も重要課題である人命救助のための計画としてこの比率はあまりにも低いように思われた。

 内容において、医療救護の指揮命令系統に関して書かれているものは少なく、だれが医療の総指揮をとるのか明快でないのがほとんどであった。多くの県においては一次救護班のみを想定して業務内容などを書いているが、2次3次救急医療を行う災害拠点病院との関連をしめしているものは皆無であった。災害医療計画のハードの部分についてはそれぞれに書かれているが、ソフトの部分である災害医療の研修、教育、訓練について明記されているものは数%にすぎなかった。また、過去に大規模災害を経験した県と地震災害が予想される県の計画はかなりの具体性を持っているように思われた。

 計画の中においては、医師会の占める役割が多いが、実際には県医師会の医師は開業医であることがほとんどであり、広域災害時に自分の病院の被害をさしおいて対策本部で指揮が取れるかは疑問である。当然の事ながら医療部門の指揮をとる人は、災害医療の知識を必要とされ、状況の判断および決断力が必要となる。しかし、日本の医学教育の中で災害医学という学問がなく、集団災害に対する医学知識が全く無いことにより、現実には我が国には災害医療を指揮できる医師は非常に少ないと考えられる。これからは災害拠点病院の設定とともに県市町村に災害医療の核となる人材を育成する必要がある。

 災害が広範囲におよんだ場合、被害の程度は場所によって大きな差が存在し、人的被害の差もこれに一致する。一つの病院に負傷者が集中しないよう、被害の迅速評価とその評価に基づいた医療調整と医療機関間の連絡体制の確立が必要である。これを実行することは困難な場合もあるが、災害医療としては最も必要なことである。

 阪神淡路大震災の報告によると、あの災害時の医療は平時の医療に比べて約半分の能力しかなかったと報告されている。医療機関そのものが被害を受け、診療機能が低下した状況の中で多数の負傷者を診ることは大変なことであり、時にはパニック状態にも等しい状況が病院の中で作り出されることになる。県の災害医療計画はこの混乱した医療の状況を想定した計画とは思えないものが多く、あまりにも項目だけを書き上げたものが多すぎた。今後の市町村レベルの実践的な医療計画が待たれる。


大事故災害:第6章 警察

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.39-44


1.組織

 イギリスには52の警察本部がある。ほとんどの警察本部は郡単位で、ロンドンにはメトロポリタンとシティの2つの本部がある。

2.組織図

 イギリスの警察は、巡査、巡査長、警部、主任警部、警視、警視正、副本部長補佐、副本部長、本部長の組織からなる。メトロポリタン警察は、地方警察の5〜10倍の組織であり、代議士が選んだ長官とその補佐により指揮されている。加えて警視総監、警視長官が存在する。

3.大事故災害時の警察の役割

 警察は、大事故災害時の現場を収拾する優先権を持つ。特殊な危険性においては(例:火災、化学物質の漏洩)、現場の収拾においては消防に優先権を譲る。現場に到着した警察官は、現場の評価をおこない他の救急関係機関への応援要請を行う。そして警察の行う初動期の責務は、生命の救助、交通規制、負傷者の記録の記載、死者の身元特定、治安の維持、犯罪性の調査と取調べの協力、マスコミとの連絡などが挙げられる。

 事故直後は、市民に差し迫った危険からの避難を誘導する。立入禁止区域を設定し、市民の接近の制限、ボランティアの統制を行う。以下に警察の責務について個々に述べる。

  1. 被害者情報部

     警察の情報収集係が存在して、搬送病院、生存、死亡の情報を整理把握しており、この被害者情報部の1部分として機能する。

  2. 無傷者への対応

     警察は無傷者に対してその避難待機所において、短期間の食料や衣類など提供を行う。すぐに家に帰れない人には、しばらく救護所を与え、もっと長期間には地域の行政機関が宿泊施設を提供する。

  3. 肉親や友人への対応

     負傷者や死者やその家族、友人が無傷者生存者の中に含まれているかもしれないので、特に家族・関係者用避難施設に誘導する。これは立入禁止域の外側で、生存者に再会できるよう休憩所に隣接したところに設ける。

  4. 死者

     医師の死亡の確認に立会う。死者の身分特定は警察の身分紹介部門に責任があり、現場警察官の監督の下に行われる。警察は近しい親族に死者の情報を知らせる責任がある。死者は生存者の救出の妨げにならない限り動かさないが、当局が遺体の移動を許可した後は、警察がその責任をもって行う。

  5. ボランティアの扱い

     ボランティアは現場の内外に配置され、適切に活動しているかどうかを監視する。この役割を警察が行う。

  6. 救助隊の福祉

     救助隊員には休養が必要である。警察は大事故災害計画の一部として女性のボランティア団体や救世軍に援助を求め、災害用の食器・水筒を速やかに用意する。

  7. 法的活動

     大事故の現場は犯罪箇所である。証拠品は後の訴追に備えて保護しておく。大規模な避難誘導を行ったときには、所有者の目の届かない財産が、火事場泥棒の格好の的となる。財産保全は警察の役割である。

  8. マスコミ

     警察はプレス連絡担当官を用意し、立入禁止区域の外側にマスコミの連絡所を設ける。

  9. 警察の救助活動

     大災害時での警察の現場での救助活動には、次のようなものがある。

    ・救助隊員の援助やその誘導

    ・現場での指揮や意思疎通

    ・個々の負傷者のために病院への護送

    ・救助車両や救急車の搬出経路の確保

    ・けが人やその状態の正しい情報把握

    ・生存者の避難場所設営

    ・救助者へ食料、飲料の確保に対する指揮

    ・災害担当者の簡単な現状報告やマスコミへの情報開示のためのカンファレンス施設の設営

    ・ヘリコプターによる現場の状況把握や負傷者搬送の手配


国際救護搬送1

加藤啓一、救急医療ジャーナル 3: (6) 32-5, 1995


日本とフランスの国際医療帰省例の比較

ケース1

 ロシア共和国ハバロフスク駐在の日本人男性がウイルス性髄膜炎と診断され、日本への搬送依頼があった。ハバロフスク−新潟には民間定期航空便があったため、当初は定期便利用の搬送を検討したが、ウイルス性脳炎の疑いがあったためエアアンビュランスによる搬送となった。

 シンガポールを離陸したエアアンビュランスは香港で一泊し、新潟で受け入れ病院の医師を乗せてハバロフスクから成田まで搬送した。全行程には2日間を要した。

ケース2

 カメルーン共和国の首都ヤウンデ滞在中に高血圧性脳内出血のため昏睡状態となったフランス人男性をパリまで搬送した。麻酔科医と看護士そして総重量約100kgの医療資器材を搭載したエアアンビュランスはパリから一度の給油を経てヤウンデまで到着した。患者は各種モニター監視下に気管内吸引や降圧剤持続注入を施行しながらパリへ搬送された。所要時間は22時間30分であった。

症例の比較

 医療後進国からの搬送は医療設備や医療技術、風土病、食事の質、言葉の問題なとに留意して搬送の要否を判断する必要がある。またこの場合エアアンビュランスによる搬送が威力を発揮する。ヨーロッパアシスタンス社はエアアンビュランス34機の同時使用契約をダッソー社と交わしている。一方、日本では駐機スポットの不足、医療搬送用航空機の採算の問題、運輸大臣からの発着許可取得の必要性などからエアアンビュランスの国内配置ができず、主にシンガポールに駐機するビジネス機を転送しているのが現状である。

民間航空定期便とエアアンビュランスによる重症患者長距離搬送の比較

ケース3

 旧ユーゴスラビア旅行中の日本人男性が転落事故に遭い、頸椎脱臼骨折による脊髄損傷となり呼吸停止および四肢麻痺となった。直ちに心肺蘇生術が施されベオグラードの医療機関に入院、受傷8時間後には頸椎固定術が施行され術後人工呼吸管理となった。患者は受傷11日後にパリへ搬送されさらに加療したのち病状が安定した受傷26日目にパリから成田へ国際救援搬送された。搬送に使用したフランス航空定期便に持ち込まれた医療資器材の総重量は約150kgであった。さらに患者は受傷32日目に日本航空定期便を用いて千葉から大阪へ搬送された。この時持ち込まれた医療資器材は総重量約40kgであった。

ケース4

 東京都内で自動車の後部座席に乗っていたフランス人男性が自動車事故により頭部を強打した。受傷5日目には脳死と判定され、家族の申し出によりフランスまで搬送することとなった。搬送にはスイスのREGE(Swiss Air Rescue Organization:スイス航空救助組織)所有のエアアンビュランスが使用された。機内には集中治療医療資器材が装備されており搬送前の治療レベルを維持したまま搬送された。

民間航空定期便とエアアンビュランスの利点

 患者搬送は原則として民間航空会社の定期便が使用される。

 定期便の利点は、1)飛行速度が速い、2)無給油での長距離飛行が可能である、3)機内の気圧調整がよい、4)快適な空間があるため医師の疲労が少ない、5)費用が安いなどである。

 しかし、定期便への医療機器の持ち込み、寝台や電源などの臨時機内設備の設置に関して制約があり航空会社への事前の確認が必要である。ケース3のフランス航空機内では大型酸素ボンベに高圧・低圧両用の減圧装置で接続したレスピレーターの使用が可能であったが、日本航空機では準備された酸素ボンベではレスピレーターの駆動ができず用手換気を続けた。

 また、1)定期便のタイムテーブルが適さない、2)座席の確保ができない、3)他の乗客への影響・医療機器の持ち込み制限などにより航空会社の搭乗許可が下りない場合にはエアアンビュランスを利用する。

 エアアンビュランスでは、時刻・ルート・天候・航空会社のルールに拘束されたり、一般乗客に気兼ねすることなく患者管理が行えるが費用は高額になる。

海外における人為的災害被災者への救援

ケース5

 中華人民共和国の北京市郊外で遊覧ヘリコプター墜落事故により日本人旅行者8人が負傷し、重症患者に対する治療の継続、患者や家族の心理的効果から日本へ搬送されることとなった。当初は事故発生4日後の日本航空チャーター機による搬送が計画されたが、チャーター機は8台の寝台装着が不可能であることと北京空港の各種規制により着陸は2時間が限界であることが判明した。一方、中華民用航空局から事故発生3日後に寝台を装着したチャーター機が準備できると返答があり、後者による搬送が行われた。中国側の判断で搬送延期となった1名を除く負傷者7名は中国人医療チーム同乗のチャーター機で名古屋まで搬送された。救援依頼から国内医療機関収容までは56時間を費やした。

ヨーロッパアシスタンス社が携わった代表的な海外災害救助

 ヨーロッパアシスタンス社は民間組織であるが、即座に大量の治療資器材を供給し、医師や看護婦を派遣し、大型輸送手段を投入し、迅速に情報を収集できる能力を有しているため、医療事情の悪い被災地への救援では救援依頼からほぼ2日以内に母国または隣接医療先進国への搬送を終了している。

人的災害被災者に対する迅速な救援体制

 医療帰省にあたっては災害地域の療治上の分析、患者の病状に関する最新情報の入手、充分な治療ができる隣接医療先進国または直接母国までの搬送を早急に実施するかどうかの判断、受け入れ病院の手配などを短時間のうちに的確に決定できることが必要である。

 日常的に重症患者を搬送する国際医療帰省は災害医療の実践でもある。災害救助では48時間以内の治療開始が生存率を高める。日本では多数の人が近隣諸国に渡航していることをふまえた災害被災者の迅速な救援システムを整備充実していくことが急務である。


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