災害医学・抄読会 980123

マサチューセッツ州立大学附属病院における災害医療への取り組み

丹野克俊ほか、日本集団災害医療研究会誌 1997; 2; 27-31 (担当:西谷)


 近年、本邦では特に阪神大震災以来、災害に対応する迅速な行動や、それを統括する機関が切望されている。また防災訓練や災害教育では、より実戦的なものが求められ、災害医療・災害医学の充実が望まれている。

 日本における災害教育・管理の理想的な普及啓発法の模索のため、災害医療先進地の米国で、マサチューセッツ州立大学附属病院 (University of Massachusetts Medical Center;UMMC)の災害医療への取り組みについて文献的考察を加え報告する。

1.UMMCについて

 UMMCは救急医学講座の中にプレホスピタルケア部門と災害医学部門を持ち、平素より災害医学に関し、研究・教育を行うとともに、地方医師会や他の医療機関、行政との連絡会議を定期的に持つなど、災害医療に対する取り組みを積極的に行っている。代表的な活動として、1)病院独自の病院内外における防災計画、2)周辺の医療関係者を含む災害医療支援隊(Disaster Medical Assistance Team; DMAT)の活動、そして、3)災害・救急医学協会(Institute for Disaster and Emergency Medicine; IDEM)がある。

2.UMMCにおける災害医療への取り組み

 1)病院内外防災計画

 防災訓練は院内災害、院外災害を想定して年1回ずつ行われ、対象が毎回異なり、管理者だけの筆記試験を含んだものから航空機事故を想定した院外での救助訓練まで多様である。

 2)災害医療支援隊(DMATs)

 DMATsは、医師、看護婦、呼吸療法士、警備員や事務員など幅広い人材からなる救援隊であり、被災地域の医療的資源がその対応能力を超えたときに系統だった医療支援を速やかに行うため自己完結型に組織されている。

 3)災害・救急医学協会(IDEM)

 この協会は、他国を対象に、その国の文化・経済状況を考慮した効果的な災害・救急医療システムやレジデンシープログラムの発達を目的として設立された。このプログラムは災害・救急医学に関する講義とフィールドトレーニングが中心であるが、その国の実情に合わせ、その期間や内容を決めている。

3.UMMCから学ぶ本邦における災害教育の展望

 1)防災訓練

 UMMCにおける防災訓練は、周辺地域の関係機関との連係、患者の家族やマスコミなどをも想定した対処などについて ワ計画されているが、これは日本の病院内の患者や地域住民の避難を主体に想定されたものと比べ対照的である。またその内容も、被訓練者が主体的に動くことを想定した米国とあらかじめ想定された訓練行動計画をより完全に消化することを目的とした日本との違いも対照的である。これらについて、本邦が参考にすべき点は多いと思われる。

 2)災害医療支援の組織

 UMMCがある地域では、全国を視野に入れた包括的な災害対策が職種を超えて日常的に話し合われ、より一歩進んだ防災対策の実施に役立っている。日本においても各部署、各機関の壁を超え、平時の活動に裏打ちされた横割りの関係を持った組織を築くことが必要と考えられる。

 3)災害医学教育

 日本・世界各地で起こる災害のために専門家を多数養成することが必要で、医学生教育・生涯教育の一環として災害医学プログラムの構築などが必要である。

 UMMCにおけるような災害医療・災害医学への取り組みは様々な角度から災害に対する理解を深める助けとなり、災害医療の専門家を生む土壌ともなっている。また、平素からのこのような取り組みが人々の意識を高め、災害時効果的に働くと考えられる。


地域医療機関の役割と連携

青野允、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.118-122(担当:松前)


 災害時における対策は多くの専門的機能を有する機関が出動、協力することによって成立している。しかし、このような対策機構ができていても、災害時には必ずといっていいほどに情報伝達機能は破綻するために、情報は不足し、不正確で、混乱することが常である。だが、このような状況下においても、各人は居合わせた他の機関の長と協議して、独自の判断のもとで、可能な限り最大多数の被災者を社会復帰させる義務がある。そのために、日頃からいくつかのステップを踏んでおく必要がある。

 まず、消防、警察、学校、医療機関といった、災害時にもしばしば被害を免れる公共施設を有する地域を1つの防災地域とし、この地域内で発生する局地的な人為災害に対処するものとする。防災地域を積み重ねて周辺に及ぼすとやがて国全体がカバーできるという考えである。

 次にあらかじめ、第二次、第三次救急医療体制を敷く機関から、集団災害時に複数の患者をほぼ同時に受け入れることが可能な病院を選ぶ。その時、各受け入れ可能病院への幹線道路へのアクセス、主な専門領域、スタッフ数、収容能力等を基準にA・B・Cといったランクをつけておく。また、Aクラス病院のなかで最も設備がよく、人的資源も十分で、交通の至便な病院を基幹病院とし、この基幹病院を取り巻く支援病院を定める。基本的には重症者はまず基幹病院、ついで他のAクラス病院、中等症はBクラス病院に受け入れるようにする。

 わが国の災害を統括する組織としては、総理大臣を長とする国の中央防災会議があり、その下に順次都道府県、市町村防災会議などがある。法律面では、1947年「災害救助法」、1962年「災害対策基本法」、1978年に「大規模地震対策特別措置法」が成立した。しかし、このことが直ちに実行につながるとは限らず、残念ながら有事の際に直ちに力を発揮するものではない。一方で被災者の救出には一刻を争う。その対策として、従来からの救急医療参加機関に、地方自治体の広域医療計画を担当する防災部門などと定期的に連絡会をもつこと、各地に存在する災害情報センター、救急医療情報センターなどを対策本部として、全体の統率者を決め、その下に医療統率者を置く。救急マップ等を基準にして、当日の空床数、専門医の勤務体制、医療機器設置状況を逐一入力しておく。災害現場では、医療を含め救援救護の関係諸官庁のほか、電信・電報・電話局・自衛隊・日本赤十字社・電気・水道・ガス・通信・報道関係者が活動しているので、基本的な協力体制が整えばこれらの機関と定期的に協議して最終的な防災計画をたて、毎回シュミレーションを行う必要がある。また、災害時の通信網の途絶によるパニックに備え、防災無線網を災害現場を含む救急医療機関に張り巡らせることも必要だと思われる。


国際医療活動:災害現場での活動(スタンダード化)

山崎達枝、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.161-5(担当:JT)


 災害とは人と環境との生態学的な広範な破壊の結果であり、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を必要とし、他からの援助をも必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激な出来事であると定義することができる。

 また、災害の場合は被書者が同時に多数発生するので、単に各地域に救急病院や救急救命センターがあるというだけでは対処しきれない。国レペルでは、各省庁間の縦割りシステムによる行政、都道府県や而町村との国の連携システムの運行上の問題点、災害対策本部や消防署と病院との災害時の無線などの通信ネットワークの未整備などがあげられ、これらを円滑に機能させることが必須となる。もうひとつ重要なことは、災害が発生した場合、指導的役劃を果たせる災書医の養成であろう。

 災害時には被害状況の情報を正確に得ること、例えぱ、被災患者数の把握や二次災害の予防処置と被害の拡大防止、被災民キャンプヘの巡回、派遣の必要性の判断などが重要である。また、医療活動のために目的地に到着したならぱ、現地の対策本部に連絡をし、同対策本部の指示を仰ぎ、指定された場所に臨時の救護所を設営する。臨時救護所での医療は、あくまでも後方病院への転送前の応急処置であることをふまえて治療する。手術など手間と時間のかかる者は救急病院へゆだねること。

 救護所の設営にあたっては医療チームの安全の確保や撤退路の確保、混乱を避けられるような広い場所、傾斜面ではなく平坦な場所、上水が確保できる、物資補給路が確保できるなどの条件を備えていることが望ましい。


災害精神保健からみたトリアージ

(広常英人、エマージェンシー・ナーシング 11: 110-8, 1998(担当:河野)


・トリアージとは

 □災害という人的物的医療資源の制限された状況で、最大多数の傷病者を重症度と緊急度により選別し、搬送優先順位や治療優先順位を決めること。

 □つまりトリアージモデルとは、医療対処能力の圧倒的不均衡のもとに救命優先のために開発されてきた災害の急性期用医療モデル。

 多くの人を救うことが最も人道的な結果をもたらす状況下とはいえ、効率を考えざるを得ないトリアージモデルは、被災者個々の心理社会的側面を考慮に入れることは自ずと困難なモデルとなる。

 □ここでは災害精神保健(災害時のメンタルヘルス)の視点から、従来のトリアージモデルでは漏れてしまう対象や活動に目を向け、それらを補うモデルを考える。

      

<災害精神保健の目的と対象>

 □災害精神保健とは、災害によって影響を受けた全ての人に対して行われる心理社会的対応全般をいい、災害によってハイリスクを生じる役割や状況にある人の早期発見とその人の対処能力を高めることや、すでに問題や障害が発現してしまったケースへの適切な早期介入と治療などについてである。

 災害という状況下では有効な精神保健活動を行うためには、精神医学的なハイリスクグループをできる限り早期に同定し、介入することが望ましい。

 早期介入については、早期ほど被災者への介入が容易で、心理社会的な困難を未然に防ぐには有効であることが、多くの研究で証明されている。

 □精神医学的なハイリスクグループの同定を容易なものとするために、被災者を類型化する方法論がある。類型化することにより各被災者グループへの対応の指針を得ようとする方法論のひとつである。

 例として

1次被災者:災害を直接体験した人で、生命の危険、財産の喪失を伴う
2次被災者:1次被災者の家族、親戚、友人
3次被災者:救出・救援や復旧に従事した人
4次被災者:被災地に集まり、なんらかの援助を行う人や組織
5次被災者:災害に直接関与してないが、精神的に苦痛・障害のレベルに達しうる人
6次被災者:1次被災者になるのを偶然にまぬがれたり、間接的・代理的に災害に関与した人(マスメディアを含める)

 被災者の経時的に追った研究により、どのような被災者グループが精神医学的に危険なグループであるかが知られるようになってきている。

<心的外傷関連の反応を生じやすいグループ>

1、生命や四肢への脅威
2、重篤な身体への危害や障害
3、意図的な危害や障害を被ること
4、グロテスクな惨状に曝されること
5、愛する者への暴力、愛する者の突然の死
6、愛する者への暴力を目撃もしくは知ること
7、有害物質への暴露を知ること
8、他者を重篤な危害もしくは死に至らしめること

 □古典的なトリアージモデルの対象の大半は1次被災者であるが、さらに重要なのは4次被災者(近親者、友人から災害救援従事者まで含む)と上のグループがかなりの割合で重なることである。

 災害救援者自身が災害精神保健の対象となることはすでによく知られつつあることで、予防として災害医療従事者は災害の準備つまりシミュレーションなどの訓練によって日頃から災害医療に関する技術を高め、専門性に裏付けされた行動をとることによってトリアージという非常にストレスフルな業務に対しても耐えうる。

 □しかし限られた時間と人的物的資源の中で、精神保健的観念をも考慮に入れたトリアージをいったい誰が行うのかという問題が生じる。

 精神保健専門家が有効な活動を行うためには、トリアージ専門家との円滑な連携や、ハイリスクグループが集まる拠点となる病院への精神保健専門家の傾斜配置・派遣が望ましい。

 また災害が起こり、身体的に何のダメージもなく全員が生存していれば医療救援は提供されないが、心理的な極限を体験している場合もある。

 □トリアージの感受性を高め、緊急性のないケースをトリアージシステムがいかに含まずにすむかという特異性を上げる課題に答えるのは、身体的な災害医療とは異なって非常に困難なことかもしれない。

 しかしハイリスクグループの同定が徐々に確かなものになるにつれて、精神保健関係者の間でもトリアージの概念が重要視されつつある。


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