災害医学・抄読会 981225

第2章 大事故災害:指針と要件

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.12-7


日本における現状について

 阪神・淡路大震災への対応の悪さに教訓を得て、少なくとも一時的には災害医療に対する関心は非常に高まりました。しかしながら、大震災の恐怖や貴重な体験がわずか数年で風化しつつあります。厚生省では災害基幹病院、災害拠点病院などの指定と組織化等の施策を打ち出したり、各病院が災害マニュアルを持つように勧告したりしてきたが、災害基幹病院や拠点病院に指定された病院は何をどう準備してよいかわからないし、指導する行政側も何をどう指導してよいのかわからないというのが現状であるようです。

問題提示

 ではどんな指針が緊急サービス部門や他の機関に適用できるのか? 今回はイギリスにおける災害医療から学ぶ。

指針と要件

 事故災害に直接的あるいは間接的に巻き込まれた人々の初療や処置は多数の作業について多数の機関を巻き込み、その機関は異なった責務を担っています(
表2.1)。

 例えば、警察は事故災害現場の統制や法と秩序の維持などにかかわるだろうし、消防局では救助と火災、化学汚染および放射性汚染のような危険の隔離にかかわり、救急隊や医療班は現場とそれに引き続いて受け入れ病院との両方で、生命の救助と保全にかかわる。その際に関係するそれぞれの機関が同一の目的や対象を持つことが必須のことである。指針の鍵となる点は、災害時のマネージメントに対する合同の対応が存在するということである(Box 2.1参照)。

 上記のように、事故災害では多くの機関が巻き込まれるわけですが、適切な対応を行うために各機関ごとに指針となるマニュアルが存在します(表2.2)。では保健医療サービス指針の内容はどんなものだろうか。Box 2.2のように9つの章に分けられている。

 例えば、一般原理では緊急計画において、ある一つのプログラムがあらゆる危機に対応できることが理想であることなどが述べられ、また各機関との連携や、器材の使用方法に慣れておく必要性が記されている。救急隊運営手順についてはBox 2.3を参照のこと。

 指針のポイントとしては、各機関が合同の対応目的をもち、あらゆる災害に対応する危機計画を用意し、又それに習熟するため、演習を定期的に行うことであると考えられます。


Box 2.1 合同の対応の目的

  • 救命
  • 事件の拡大化の防止
  • 被害者の救済
  • 環境の保全
  • 財産の保全
  • 迅速な正常化
  • 調査の促進


Box 2.2 保健医療サービス指針――内容

  • 語彙集
  • 一般原理
  • 情報伝達
  • 救急隊運営手順
  • 病院サービス運営要項
  • 市民防衛とNHS
  • 地方行政機関の平常救急
  • 放射能を包含する事故を取り扱うための保健医療サービス手順
  • 化学事故災害を取り扱う保健医療サービス手順


Box 2.3 救急隊サービス部門の仕事

  • 特別装備の救急隊は直ちに現場に対応する。
  • 追加の人的・物的資源が必要とあれば大災害対応のために移送する。
  • 追加の人的・物的資源を地域の緊急のカバーを維持するために移送する。
  • 医療支援が現場に輸送される。
  • 救急隊指令はバックアップ設備を設営する。
  • 情報臀脱は現場と現場外の情報伝達に対して設定される。
  • 受け入れ病院は可能なかぎり速やかに発動する。


表2.1 いくつかの作業と関係する機関

作 業機 関
負傷していない生存者のケア警察、社会奉仕団
負傷者のケア警察、消防局、救急隊と医療班
死者の処理警察、医療班、検死官
災害局の運営警察
友人や親族の取り扱い警察、医療班、社会奉仕団、地方行政機関
避難と避難所の設営警察、地方行政機関
社会的心理学的支援社会奉仕団
宗教上、修養上の要請教会のアドバイザー


表2.2 重要な指針となる文書

サービス部門指 針発効年度
警察緊急手配マニュアル1991
消防署大事故災害緊急手配マニュアル1991
救急隊救急搬送運営要項:市民救急1990
英国保険局英国保険局の緊急計画:
 放射能を含む事故を取り扱うための保健要項
1989
英国保険局の緊急計画:
 大事故災害を取り扱うための保健要項
1990
大事故災害の死亡:病理医の役割―HC90(38)1990
地方行政局地方行政機関への緊急計画指針 


集団災害に対する医療機関の教訓について―大阪市営ニュートラムの事故を体験して―

森崎美登ほか、南大阪医学 42: 219-24, 1994


 平成5年10月5日大阪市営ニュートラム事故による200名近い負傷者を出す集団災害が大阪市住之江区内で発生した。総合病院南大阪病院を含め負傷者の救援に協力した体験をもとに集団災害発生時における医療機関の役割について、見直しの検討と今後の課題について報告する。

 事故が起こり総合病院南大阪病院へ消防隊から通報を受け負傷者搬送の依頼があってから実際に負傷者が搬送されるまで約1時間あまりかかった。その間に一度消防隊から現地への医師派遣要請はあったものの、その後現地の状況連絡等について消防隊などから中間情報が一度も入らないまま負傷者の受け入れに至った。

 事故後、この集団災害を体験した各医療機関、消防署で反省会を開催した。消防署から負傷者収容要請はあったが負傷者搬送があるまで中間情報等全く連絡がなかったことに、各医療機関は疑問を持った。また、現在の大阪市消防局の情報伝達システムを見直すべきだという意見が大多数を占めた。そのシステムとは『中央指令方式』といい、現場から一度中央指令センターに状況報告がなされ、そこから各医療機関に情報が送られるシステムになっている。消防署の指令センターは今回のような集団災害に対する救助活動に最優先に指令を出す一方、その間一般救急や、消火活動にも指令を出している。そこで今回提案されたのは、集団災害等が発生した地域内の医療機関から中核病院を決め、その中核病院がそれぞれの医療機関と互いに整理された情報を交換することである。そうすれば負傷者搬送までの時間短縮になるし、中核病院は現地と常に直結するので各医療機関へ中間情報を通報する時間も生じる。その結果、迅速・的確な負傷者の救命、援助が望めるのではないかという提案であった。

 医師会から次のような『中核病院構想』が打ち出された。区内の医療機関から中核病院を設定し、災害発生時には、この中核病院から救護班が現地へ出動する。救護班は収容の必要な負傷者の振り分けを行い、各病院へ受け入れに関する詳細な指示を行う。他の病院は負傷者受け入れ態勢を確保しながら現場からの連絡を待つ。災害状況に応じて中核病院内に災害対策本部を設置し、当地区の医師会員の出動も要請する。

 反省会の後、南港地区のアジア太平洋トレードセンターで火災が発生したという想定で当地区消防署が災害訓練をすることになり、中核病院構想に基づき南大阪病院が中核病院となり、当地区内の医療機関、医師会も訓練に参画し合同災害訓練を実施した。消防署から、火災発生通報を受けてから、中核病院が各救急指定病院へ負傷者搬入の連絡を入れる情報伝達訓練に要した時間は約15分であった。従来の『中央指令方式』と比較して、『中核病院構想』は大幅な時間短縮が望めた。

 中核病院構想の問題点として、私的医療機関が中核病院となった場合、どの程度まで行政と関わりを持つことが出来るか、経済面の費用配分、夜間休日の職員の召集を迅速かつ的確に行うための対応、中核病院が火災現場となった場合の対応策などが挙げられる。

 検討課題は残されているが、自然災害に対しても今後の課題として考える必要があろう。自然災害は広域に及び、電話や車両が使用不能になることもあるので、無線や船、ヘリコプターによる負傷者搬送も考慮した大構想によるマニュアル作りが不可欠である。しかし、地域の健康管理を担う医療機関として最も大切なことは、実際院内に搬入された負傷者をいかに取り扱うかであり、集団災害に備えて日々心がけ、訓練を繰り返すことである。また、中核病院構想が隣接地区との連携により、一区域内にとどまらず広範囲の地域にも活用出来るシステムとして整備、確立し災害時に万全の対応を期すべきである。


クラッシュ症候群

新藤光郎ほか、臨床麻酔 19: 961-7, 1995


 Crush Syndromeは筋挫滅を伴う外傷後に急性腎不全を呈するものである。

1.腎不全の発生機序

1)通常、腎の血管内において赤血球は軸流を成し、血漿は plasma skimmingをしながら血管壁に沿って流れている。また輸入動脈においては、腎血液流量(RBF)よりも腎血漿流量(RPF)の方が多く流れる機構となっている。しかしショックにより血流が層流から乱流化し、赤血球の軸流が乱れると輸入動脈において RBF と RPF間に不均衡が生じ、RPFが少なくなり、糸球体濾過値が低下する。従って血圧を上昇させて、血流を正常化することが重要となる。

2)DIC が組織内に出血した血液の崩壊(溶血)を契機として起こり、次の機序により腎不全が発症する。

  赤血球の崩壊産物 →

 これらが組合わさり血管内凝固が発生し、ヘモグロビンと同様に腎毒性物質として作用する。また代謝性アシド−シスによるミオグロビン円柱の増加やミオグロビンが尿細管閉塞に作用することで、直接腎不全に関連する。

2.診断・検査所見

血清 K値↑、Ca値↓、電解質異常、代謝性アシド−シス、CK↑、血清ミオグロビン↑↑、ミオグロビン尿、Aldolase値↑、腎機能の低下

3.治 療

 Crush Syndromeでは腎不全の治療(できれば予防)が重要である。

1)腎不全への進展予防

 四肢の圧迫状態からの早期救出が大事で、圧迫から開放された早期に、輸液や利尿薬投与により適正尿量を維持する。輸液は中心静脈圧(5-10 cmH2O)を指標に行い、新鮮凍結血漿、5%糖液、電解質輸液製剤を用いる。利尿薬は十分な輸液を行ったところで投与する。腎血流量を増加させるためにドパミンを投与することもある。

2)ショックに対する治療

 ショックの改善が遷延するとそれだけ腎不全の回復が遅れるので、積極的な抗ショック治療を行う。また後出血が持続している限り腎機能は回復しないので、止血が十分でない場合は再手術をして確実に止血する。

3)DIC に対する治療

 ヘパリン、メチル酸ガベキセートなどで抗凝固療法を行う。低分子ヘパリンは出血傾向を増悪させることが少ないので有用と思われる。アンチトロンビンIII(AT-III)を測定し、正常の70%以下に低下している症例では、AT-III濃縮製剤を投与する。

4)尿毒症に対する治療

 腎不全に対する透析開始は尿毒症症状が生体に影響し始めた時点とする。人工透析には血液透析と腹膜透析があるが、外傷後の腎不全は創部から再出血することがあり、腹腔が使用できる場合は腹膜透析を行う。止血が確実となってから血液透析に変更する。

4.腎不全の発生と治療方針

 概略を図(省略)にまとめる。


大地震の予知は可能か

尾池和夫、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.185-93


1.大地震の種類

1)プレート境界地域の巨大地震(プレート間地震)

・発生地域:南海トラフ(フィリピン海プレートが沈み込む地域)
      日本海溝(太平洋プレートが沈み込む地域)
      日本海東縁

・発生機序:海底で岩盤が跳ね上がる現象による

・特徴:最も巨大な地震を引き起こす

※南海トラフ(中央構造線の南側の日本外帯の南方沖)

…この地域で起こった巨大地震の最初の記録は684年である。その後の記録により、巨大地震の50年程前から大地震が増加し始め、巨大地震の10年程がプレート間の力がピークとなり、その後静穏期に入ることが分かっている。このことより、2035〜2050年に巨大地震が発生するのではないかと予測されている。

2)陸のプレート内に起こる浅い大地震(プレート内地震)

・特徴:内陸の活断層に発生する大地震である

※西日本内帯(近畿地方北部とその両端に位置する北陸及び山陰地方)

…活断層が密集する地域である。この地域の盆地や平地は活断層のずれで形成されたものである。その上に都市が形成されており、大地震の際に大きな被害が予想される。

3)沈み込んだプレート内に起こる深い大地震(プレート内地震)


2.巨大地震の長期的予知

 大規模地震がどこに起こるかを知ることが地震長期予知の基本である。これは長年の研究によりよく分かっている(1参照)。この知識をもとに震災軽減対策を実施することが必要である。

 大規模地震の長期的予知方法の基本は、それぞれの活断層が1000年に1回程度の頻度で起こす固有大地震のサイクルの今どの辺りにあるかを知ることである。また、地下構造の調査をきめ細かく行い、地殻変動を予想し、日本列島のシミュレーションを行う方法の開発が、予知精度を高めるために必要である。


3.直前予報と先行現象

 巨大地震の前兆(先行現象)として、次のようなものが上がっている。

 このような先行現象があることから、短期的予知が可能であることが示唆される。よって、短期的予知方法の開発には、このような先行現象の発生機序を解明する基礎研究が必要である。


4.筆者の提案

 阪神淡路大震災により、日本の都市は直下型の大地震に対して十分な震災軽減対策が出来ていないことが証明された。地震に強い都市の建設にはまだ長い年月が必要となるため、地震の直前予報を出して避難することを考えなければならない。そのために、「地震庁」を新設し、市民教育を実施する必要がある。これにより、デマを判別できるような市民を育て、また、メディア及び行政担当者の意識を高めることが可能になるであろうと考えられる。


航空機搭載の医薬品および医療用具

山本寛八郎、救急医療ジャーナル 3 (6): p.22-7,1995


1.航空運送事業社の医療用具、医薬品搭載義務化までの経緯

特に国際長距離路線において、旅客の急病発症時に医師の同乗が確認されても必要な薬剤、医療用具の不足から、悪化、死亡または緊急着陸、出発地への引き返しを余儀なくされる例が認められた。そんな中、1993年に航空局通達が出て、ただちに緊急着陸が行えず、地上で十分な医療を受けられない可能性の高い国際線旅客機に、医師用救急医薬品および医療用具の搭載が義務づけられた。

2.プライオリティ・ゲスト(PG)について

特別な配慮が必要な旅客であり、付添人あるいは診断書などの書類が必要であり、以下の4つが該当する。

  1. 出産予定日から4週間以内の妊婦
  2. 重症病者、全盲、単独歩行が困難なもの
  3. 電動車椅子使用者
  4. 医療用酸素ボンベ携帯者など

3.医師の搭乗率

 JALの場合、医師の搭乗率は約70%であり、看護婦を含めると90%である。

4.機内搭載医薬品・医療用具の種類

  1. メディスンキット(国内線、国際線)
  2. レサシテ−ションキット(国際線)
  3. ドクターズキット(国際線)

5.ドクターキットの使用例の症状

 打撲等、意識障害、腹痛等が多く、次いで気分不快、呼吸困難、胸部不快等、下痢等である。点滴セットの使用が多く、航空機内という特殊な環境下では即時中断、継続投与、副剤併用など患者の状況に合わせた対応が可能な点滴投与は、妥当な選択と考えられる。その他、鎮痙剤、鎮痛剤、鎮静剤、血圧降下剤の使用が多い。

6.除細動器の有用性と問題点

 有用性

  1. 心室細動の除去が期待できるため、救命の可能性が増す
  2. 除細動器は心電計を持ち、機内での旅客急変時の状況把握にも役立つ重要な診断用機器となり得る
  3. 除細動器は充電式で直流放電で作動する。離陸前に充電し機内で他の機具との絶縁を十分に配慮すれば、使用可能と考えられる。

 問題点

  1. 取り扱いに習熟した医師が必要
  2. 機内の電源が使用可能か
  3. 安全運航の阻害要因となり得るか
  4. 航空局通達に含まれていない

 今後の展望

 除細動器を全機に搭載するのは理想的だが、心停止の原因の中で、Vfの頻度は非常に高いとは言えず、日本の場合には、迅速に使用可能(状況判断が可能)な携帯用心電計、抗不整脈剤、強心昇圧剤などの充実が先決と考えられる。また、航空局通達の見直しが望まれる。

7.おわりに

 航空機内で医師等が航空会社の依頼に基づき診療行為を行い、その結果に対し、旅客から損害賠償請求がなされた場合は、当該医師等に故意または重大な過失がある場合を除き、航空会社がその責任を補填することになると通常考えられている。


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