災害医学・抄読会 981211

第1章 大事故災害:歴史と展望

小栗顕二・監訳、大事故災害の医療支援、東京、へるす出版、1998年、p.3-11


 大事故災害が発生すると、生存している被害者の数、重症度、タイプあるいは場所に応じた保健医療サービスによる膨大な対応が必要になる。このことを念頭において以下のことを述べていく。

 大事故災害医療マネージメントおよび支援(Major Incident Management and Support)は

を規定している。これは現場での保健医療サービス担当官や、またこの対応にかかわる保健医療サービス部門の他の全てのメンバーにより採用されている。保健医療サービス部門の主たる目的は であり、これらを達成するために医療サービス部門は救急部門と密接にかかわりつつ作業しなければならない。

 まず大事故災害のための医療準備には

計画:負傷者を受け入れるべく装備されたどの病院も、大事故災害計画をもっていなければならない。

装備:現場における災害担当官と全ての医療スタッフは適当な個人的防護装備をつけるべきで、さらに情報伝達用装備を支給されその使用法に慣れてなければならない。

演習:教育と訓練

という3つの要素が備わることが理想的である。そして、特に我々医療スタッフに重要なことは、演習における2次救命の処置伝であり、これは患者評価と治療の原則に関わるからである。大事故災害訓練のタイプには、紙上訓練、机上訓練、単独部署訓練、サービス部門間訓練がある。病院での紙上訓練は、運用上の問題を際だたせるために少なくとも6ヶ月ごとに行われなければならず、これらとは別個に救急部は紙上トリアージ(後を参照)訓練を行う必要がある。1年をベースとして、病院は計画を全体として実施しなければならない。つまり、これについてはモデルを用いた机上訓練としてか、シミュレーション災害での緊急サービス部門の合同訓練として、のいずれかができる。個々の緊急サービス部門、特に消防サービス部門は小規模のスケールで定期的に訓練している。

 次に実際に我々医療関係者が大事故災害の現場に直面したとき、速やかに秩序をもたらすことが大切である。緊急保健医療サービスのマネジメントと支援の優先項目は、Command(命令)、Safety(安全)、Communication(情報伝達)、Assessment(評価)、Triage(トリアージ)、Treatment(処置)、Transport(搬送)というように記され、災害担当官は部門の人的・物的資源の指揮をとらなければならない。そして、医療従事者は自ら自身の安全のために、現場の安全のために、そして個々の負傷者の安全のために責任がある。安全担当官は災害担当官のためにこれを監督する。安全性の 1-2-3は、1.あなた自身、2.現場、3.被害者 というように示されている。

 大事故災害マネージメントの主たる失敗は情報伝達のまずさである。現場の迅速な評価(優位の危険性に対する、またケガ人の数と重症度を推測するための)が重要である。集められた情報は、現場で必要な最初の医療対応を決定することと、救急隊、警察、消防の各災害担当官が推測できた被害者の数について、病院に要約して伝えるために用いられる。

 上記のトリアージとは、治療のための優先度から被害者を選別することである。その過程は動的で、優先権は治療の後も、あるいは治療を待っている間も変わり得る。そこで避難の連携のどの段階でもこれらの変化を正確に把握するために繰り返さなければならない。

 大事故災害での治療の目的は最大多数の被災者の救命のために、最大の努力をすることである。施される実際の治療は環境と同様、サービス部門の技量を反映するものである。

 病院への搬送は救急隊災害担当官の責任で、患者をどの病院へ送るか、どのルートを利用するかを決定する。大事故災害での避難の目的は、適切な患者を適切な時間に適切な場所へということである。移動医療班のメンバーは、指揮あるいは現場の評価(彼等が働いているエリアの何らかの危険を評価する以外には)には直接には関わらない。つまりは移動医療班は主たる受入病院から来るべきでない。

 病院の対応としては、災害現場での医療災害担当官と救急隊災害担当官の本質的な目的は、けが人をできるだけ速やかに最終的なケア設備に到達せしめることである。例えて述べるなら、純粋の頭部外傷であったり重症外傷であれば、直接に現場から特殊なセンターへ患者を避難させることが適切であるかもしれない、ということだ。そして病院においてもトリアージは続いているのである。

 以上のように、大事故災害においてその処置をいかに円滑なものにし、そして2次的な災害を食い止めることで被害者のさらなる増加を最小限に抑えるかということが我々に課せられた命題であり、これに対する取り組みは日常から手をこまねいてはならないものなのである。そしてその成果は、日常の身近にある小規模な事故災害における対応にも影響すると考えられる。


多数傷病者事故に対する救急活動

救急隊員標準課程テキスト、東京、へるす出版、1992年、p.215-20


 傷病者が短期間に集中して発生するので、救急活動の原則は、救急活動を最優先とし、 まず必要最小限の救命処置を行い、傷病者を迅速かつ安全に搬送することである。 救急隊、救助隊及び消防隊を効率的に運用するために、災害現場の地方自治体、医療 機関、警察その他の関係者と連絡を密にしなければならない。そのために、実施本部、 現地連絡所、現地救護所、医療救護班、後送医療機関などから成る実施体制を作る。 事故の通報を受けた消防本部は、多数傷病事故と判断される場合、その規模に応じて、 あらかじめ樹立された救急隊、救助隊及び消防隊の出場計画をもとに活動を開始する。

 出場計画は5隊から10隊前後を単位として樹立しておく。1隊あたり(救急車1台 あたり)の収容人員は、第1順位で蘇生処置をしなければならない者は1名、 第1 順位で蘇生処置が必要でない者または第2順位の者は2名、第3順位の者は乗車定員 以内を基準とする。現場に最も早く到着した救急隊は、災害発生場所及び概要、傷病 者数及び傷病状態などを把握し、救急隊、救助隊の数ならびに必要器材の要請を行い、 必要に応じて傷病者の救命処置を実施する。

 災害規模により、救助、救急活動を統括して指揮する必要がある場合は、現場指揮本 部を設置し、出場部隊の効果的運用を図る。その設置条件として、二次的災害発生の 危険がなく、事故現場の全般が把握しやすい位置であることが大切である。現場指揮 本部は、連結しやすい場所に現場救護所を設置し、具体的な活動を指揮する。同じく 現場指揮本部の下に置かれる救急指揮所は、救急活動方針を決定し、活動救急隊に対 してその任務を徹底し、傷病者の把握及び管理を行う。また、災害現場が広範囲の場 合や、災害内容が救助、救急が複合し、個別の指揮体制を必要とする場合には前進 指揮所を設置する。ここでは、担当局面の活動方針の決定及び徹底を指揮すると同時 に、前進指揮所の統括運営、現場指揮所との連絡を行う。

 傷病者が多数で、救急隊員のみでは搬送に対応できない場合は、担架隊を構成して、 現場から救護所までの搬送を担当する。また、収容医療機関を管轄する消防署単位で 編成する病院調査班は、当該医療機関の受け入れ可否情報を収集し、搬入された傷病 者を確認して、搬送の効率化を図る。

 このような体制の中で、現場に近接し、適切な医療機関への橋渡しの役割を担う意味 で、現場救護所は特に重要であると考えられる。その設置にあたっては、二次的災害 の危険がなく、救急隊の進入及び搬送路が確保でき、地形が平坦で容易に救護活動が できる場所を選定する。立ち入り制限をすることも大切である。ここでは、現場救護 統括、傷病者の観察と選別、応急処置、搬送指示を行う。統括業務で重要なのは、体 制内及び関係機関との連携と、トリアージタッグを回収し傷病者一覧表を作成して、 傷病者の全体像を把握することである。さらに傷病者の観察と記録をもとに、緊急度 区分に応じた選別(トリアージ)をし、傷病者伝票を用いた色別の表示をする。

 これ は、多数の負傷者に効率的な医療を提供するのに不可欠である。トリアージは主とし て現場救護所で専門的に行われるが、現場が混乱している時には救急隊によっても行 われる。また、トリアージは病院にいたるまで何段階も繰り返される。そのため、ト リアージタッグの一例は、救護所用、救急隊用、傷病者用の3枚から成っている。緊 急度の高い傷病者の救命のためには、トリアージによる軽傷者の除外と同時に、死亡 者や救命不能者の除外も重要になってくる。

 最後に、緊急度区分のために観察するべき症状及び状態、表示する伝票の色について まとめる。

 第1順位(赤)=歩行不能で、・意識障害2桁以上で呼吸循環機能障害を伴うもの、・大出血、・重症ショック、・重症熱傷、・脊髄損傷、・全身打撲、・多発外傷、・頭部、胸部、腹部、腰部の外傷、・呼吸困難

 第2順位(黄)=歩行不能で、第1順位以外の傷病者

 第3順位(緑)=歩行可能で、程度は軽症であるが、何らかの救急処置を必要とするもの


阪神・淡路大震災と集中治療:設備の損壊状況と対応策

増田貞満、ICUとCCU 19: 505, 1995


 1995年に起きた阪神・淡路大震災では、多大な被害を被り、また医療関係における被 害も尋常ではありませんでした。ここでは地震発生から2週間の間に調査しえた125の 病院、特にその手術部、ICU,CCUにおける被害状況とその対応策について列挙しま す。

1)大まかな被害の概要

 125の病院の調査報告により同じ震度であれば同規模の損害であったといえる。つま り、位置関係でその被害は大きく変わっている。例えば、地盤がしっかりした甲南病院は ほとんど無傷であったのに対し、六甲アイランド病院では壁面に多数の亀裂が発生し、活 断層をはさんで大きな違いがあり、活断層の延長上にある病院にはそれら以上の被害がみ られた。

2)医療ガスの供給設備の損傷とその対策

 全体として酸素や窒素のボンベの転倒が多く、その転倒による二次災害で配管や吸引ポ ンプなどに損傷を与えている。震度4では可搬式液体酸素容器の転倒は起こらなかったが 震度5からはそれが見られた。しかし、震度7の場合にも設置型の液体酸素容器の転倒は 見られなかった。非常発電は水冷式であるため、水の補給が止まり、10分で電気の補給 が止まったことや吸引ポンプの作動不能。配管部では銅管を用いているところでは問題な かった。

 対策としてボンベ類や可搬式容器の堅固な固定。非常発電に水冷式を用いている所や、 吸引ポンプのために循環水の設置、油回転式吸引ポンプの設置。ガス配管を全て銅管で行 うこと。二次災害防止のために病院の緊急治療処置場所となりうる地域にガスアウトレッ トを設けること。

3)手術部およびICUの損傷とその対策

 震度4の地域では、ほとんど支障なく、ICUの患者は継続して治療がなされていた。 スタンドに固定された点滴用のポンプの転倒があったが、無影灯など天井に固定された器 具の落下は見られなかった。震度5の領域では台車に乗せたレスピレーターや麻酔器が激 しく移動し、壁面に損傷を与えていた。しかし、天井に固定されていたものは無傷で、シ ーリングペンダントに固定されていた物も無傷でそれによる被害もなかった。震度7の地 域も震度5と同様に壁面の損傷が報告されている。それに加え棚の上の物の落下や、機材 棚のドア、ガラスの損傷がみられた。激震地の震度7の地域でさえ天井に固定された物、 しっかり固定されていた機材の損傷はなかった。

 対策として、台車やスタンドには確実な固定、機材棚の中の物、カウンターやテーブル 上の機器にもしっかりとした固定、落下防止を検討する。強化ガラスの設置すること。天 井面に固定できる懸垂型機器の採用、そしてその機器の確実な固定。手術室壁面のパネル の素材を検討すること。

【学生の感想および考察】

 阪神大震災がその地域の医療設備に及ぼした損害は多大なものであり、その天災が愛媛 大学医学部の周辺に起こらなかったというだけで、自分たちにとっても由々しき問題であ ります。しかし、天災の発生を未然に防ぐ事は極めて困難であり、被害を最小限に抑える ことと、その対処の方法が問題となると考えました。現実に阪神大震災の苦い経験をもと に全国の大学、地方自治体でも地震に対する対応が実施されており、特に、天災とは無縁 と思われる瀬戸内地方の愛媛大学医学部でも上記の対策はもちろんのこと、あらゆること を自分たちで想定し、その対策を練っていかなければなりません。


淡路大震災と集中治療:自衛隊の機動力の活用と提言

佐藤哲雄、ICUとCCU 19: 511, 1995


 1995年1月17日午前5時46分、に起きた兵庫県南部地震災害は、死者5千5百 人、負傷者2万6千人を超えるという、都市型の災害として最近のものとしては 最大級のものだった。このような異常な死亡率に対して、災害対策に対する反省を する必要があるのではないか。神戸市内には、病院と呼ばれる施設は112施設あ るが、2月1日の段階で、活動可能なのは105施設と意外に多いと思われるが、実 際の内容としては、手術機能は十分に期待できず外来機能のみであったと言われて いる。また、これらの病院でも災害直後(48時間)に病棟、外来機能を発揮でき た所は、医療活動で最も重要な「水」の不足のためほとんどなかったとさている。 また、災害直後には、地域に指導者がおらず、地域住民によって病院に搬入された 患者の多くはDOAで、そのほとんどを救命するにいたらなかったと伝えられてい る。救急車が機能していなかったという問題もある。これは重要なことを示唆して いる。陸上での交通が困難だったからというだけでなく、あの混乱期に救急車が搬 送した患者も、ほとんど死亡すべき人で、災害時における救急活動の重点=患者の トリアージに従って行われていなかったということになる。誤ったトリアージによ る患者の搬送は、救急車を霊柩車化とするだけでなく、交通事情をより悪化させて しまう無用の長物にしてしまう恐れがある。これらの経験をふまえて、今後の災害 で特に気をつけるべきことは、

  1. 災害発生後早期に対応できること
  2. トリアージ
  3. 水の確保
  4. 交通網の整理
  5. 通信網の整理
  6. これらを組織だって機能させることのできる指揮官がいることが大切です。

 本来なら、自治体の長が指揮を取るのですが自治体の職員自体が被害者なのです。災害発生後の24〜48時間だけでも自治体の長に自衛隊指揮官がつき、指揮権を与 えてはどうでしょうか。自衛隊に指揮権を渡すなどクーデターでも起こったように 感ずる人もいるかもしれないが、現在はそのようなものではなく災害直後、自治体 の組織が再編されるまでのお助けマンとして24〜48時間肩代わりするだけのこと です。(ただし、現行の法のもとには難しいので、何らかの法的バックアップが必 要になってくるのですが)それでは、自衛隊が現在の組織下でどのように対応でき るか、時間を追ってその時時に可能な活動を述べたいと思います。

【災害発生後3時間以内】

・第一報を受けるとすぐにヘリコプターまたは偵察機を使ってVTRとして、出き  ればリアルタイムの画像を通してその被害の程度を知ります。

・判断し被害が大きければ上部へ報告し、被害地域に最も近い駐屯地から救助隊を  派遣し詳細を報告させます。

・各地域に必要性に応じた隊員を派遣します。

・人命救助(衛生隊員にはトリアージは教育してある)

・空域、陸路、両方の交通整備(自治体の長の協力が必要):
 特に陸路は主な道路を通行禁止にし、援助救援の車と、患者搬送だけにするべき

・情報の収集と提供(電話などに頼らず携帯無線を使える)

【災害発生後6時間以内】

 警察、消防、自治体、医療が組織に参加できるようになり、住民の不安がピークに 達する時間帯

・全ての組織は自衛隊の指揮下に入っていただきます
 警察―犯罪防止、道路の確保
 消防―防火、患者の搬送
 自治体職員―情報を住民に渡す役目
 医療―各地区からの情報をもとにニーズにあった活動をしてもらいます
    トリアージにしたがって応急処置をし、病院情報に従って搬送

【災害発生後12時間以内】

救急人命救助がほぼ終わり、水と食事が必要になってくる時間帯

・自衛隊自身が自己完結型の集団であるので、1時間で5トンの飲料水を作ること  のできるトラックなど、衣、食、住の準備はしてあります。

・まもなく返還される指揮系統を確立すべく努力する必要があります。

【災害発生24〜72時間】

 3次救急的重症患者が多く、食料分配、排泄物の処理などのサバイバル的問題が出 てくる時間帯

・防疫、特に排泄物の処理

・自治体の組織が回復し指揮権を返還後も、自治体の指揮下で救援活動を続けます。

 以上のように自衛隊は、災害時においての機動力を持っています。発生急性期 は指揮権を1時的に自衛隊指揮官に与え、自衛隊の機動力とその他の組織の特異性 を活かす事によって、今後の災害で少しでも多くの人を助けることができるので はと思います。


挫滅症候群

甲斐達朗、エマージェンシー・ナーシング 10:新春増刊 300, 1997


 挫滅症候群とは、四肢や臀部の様に筋肉量の多い筋が長時間に渡り、圧迫 挫滅を受け、その圧迫を解除されることにより急速に低血圧・ショック・高 K血症などの全身症状を呈する症候群である。

 通常では比較的稀な疾患ではあるが、地震災害では一時に多くの挫滅症候 群の負傷者が発症する。

 挫滅症候群の最初の発症報告は、第二次世界大戦中のドイツ軍のロンドン 空爆時におけるもので、1941年にBywaterらによってなされた。日本国内では 阪神淡路大震災で約400名の挫滅症候群が発生し、死亡率も他の外傷と比べ高 いことで注目を浴びるようになった。

病態生理

* コンパーメントとは、四肢筋群を包む強力な隔壁を指す。

* 圧挫解放時に細胞内に流入したCa++は、細胞毒性のプロテアーゼを活性化  し筋細胞障害を助長させる。

* 壊死に陥った筋細胞よりミオグロビン、カリウム、乳酸、組織トロンボプ  ラスチンetc.が血中に流出する。

* 流出したミオグロビンは尿細管に沈着、酸性尿・低血圧存在下で腎毒性を  示し、容易に腎不全へと移行。

* 高K血症・低K血症・アシドーシスにより心室細動・心停止へ。

* トロンボプラスチンは、凝固系を活性化しDICを惹起。

理学所見

1. 挫滅時間・救出後の経過時間によって異なる
     :蒼白、発赤、チアノーゼ、水疱、浮腫etc

2. 神経学的所見
  救出直後 :頭部外傷がない限り、意識障害なし
  救出後しばらく:患肢の弛緩性麻痺、知覚障害(痛覚消失・触覚消失)
    脊髄損傷や高位の末梢神経損傷と間違えないように

3. 救出直後 :一般的に脱水症状を示すが、出血ない限りショックを
          呈することは稀。

  救出後しばらく:時間経過と共に低血圧、ショック、頻拍

検査所見

1. 尿所見

ミオグロビン尿(ピンク色・黒褐色):尿潜血反応でも陽性を示すので注意!(特に、骨盤損傷、尿路損傷を合併するとき)

2. 血液・生化学的所見

高K血症、低K血症、アシドーシス、高CPK血症、ミオグロビン血症

治療

  輸液・昇圧剤

 高K血症の是正

長時間(1〜2時間以上)、四肢・臀部など容量の多い筋が圧挫されていた負傷者は、救出に伴い血中Kが上昇し、一見軽症に見えても心室細動・心停止などで急性死する可能性がある。よって、負傷者を救出する時は、可能なら患肢を緊縛して医療機関へと搬送するべきである。搬送時間がかかるなら、現場より血中Kを下げる治療を開始するのが望ましい。

 人工透析・筋膜切開(異論有り)

全身熱傷同様の大量輸液が必要。ただし、地震などの被災地に於ける輸液投与には限界がある。


わが国の国際医療帰省支援システムの現状と展望

丸川征四郎、救急医療ジャーナル 3 (6): p.12-15,1995


医療帰省とは

 「医療帰省」という言葉を耳慣れない人も多いかもしれない。医療帰省とは、外国への旅行者や在住者がそこで傷病に罹患し、治療の途中で本国に帰国する意味に用いられる言葉である。また、この言葉は国内において居住地を離れた場所で傷病に罹患し、同様に帰省する場合にも用いられる。

 もちろん、医療帰省というからには、その対象は医師の付き添いが必要な傷病者である。これは単なる傷病者搬送ではなく、医師の監視下での医療搬送といえる。つまり搬送中も必要な治療と処置が為されなければならないのである。

 しかし、医療帰省は医師個人の手に負えるものではない。搬送医と傷病者、それぞれの安全が保証され、医師が傷病者に専念するためには、専門組織による強力なサポートが不可欠である。

なぜ、今、「医療帰省」が叫ばれるのか

 現在、邦人の医療帰省、さらに日本国内からの外国人の医療帰省を行っているのは、外国人医師とその組織である。日本人医師によるものは皆無と言っていい。先進国、経済大国と呼ばれ、医療技術も進んでいるはずの日本だが、この分野においては明らかに遅れをとっている。これは、国際的に見て異常な状態であると、われわれは認識しなければならない。

 これに加えて、邦人傷病者にとって、外国人医師との言葉の障壁や認識のずれは大きな戸惑いを感じさせるものであり、異国人に対する心理的な障壁も相まって強いストレスを受けるのは、当然のこととして理解されるだろう。心理的に安心のおける邦人医師が求められるのは、ごく自然なことなのである。

世界の医療帰省の現状

 フランスをはじめ欧米諸国やアジアにおいてはシンガポールなどでは、すでに同胞医師が付き添い、専門企業がコーディネイトする組織的な医療帰省が行われている。

日本の医療帰省

 日本の医療帰省はまだ産声をあげたばかりで、本格的な実動体制が整うのはもう少し時間がかかる。そもそも日本で初めて医療帰省支援システムの創設が唱われたのは1993年の第十二回日本蘇生学会総会においてのことであり、まだ日が浅いのである。しかし、1994年には、早くも全国22施設の基幹病院を軸とした実動的なネットワークが創られ、1995年現在の日本医療帰省支援システムには、46に上る施設と200人をこえる医師が参加している。

搬送のプロセス

 まず始めに、搬送には多額の経費がかかるため、一般には傷害保険を利用するシステムを創り上げ、この保険会社と提携したアシスタント会社に搬送のサポートを担当させる。搬送業務、たとえば医療帰省に必要な交通機関の調達などはアシスタント会社が行い、医師が傷病者の治療に専念できるようにする。

 実際、傷病者が医療帰省の申請を保険会社に連絡すると、傷病者の入院先と臨床学的な相談(メディカルコンタクト)が行われる。次に、必要な医療器具を携えた搬送チームが傷病者を迎えに行き、入院先で直接傷病者を引き取り、日本へ搬送する。最後に傷病者の希望する都市へ搬送し、疾患の種類や病態に適した病院に収容する。

医療帰省に携わる医師

 医療帰省に携わる医師、とりわけ搬送チームに参加する医師は、蘇生・集中治療の臨床経験があり、豊富な航空機搬送の知識が備わっていること、国際感覚が備わっていることなどが要求される。もちろん、英会話ができなければならない。

災害医療への展開

 医療帰省支援システムの充実は災害医療における被災傷病者の緊急搬送にもきわめて有効であると考えられる。搬送チームが増加し経験を積めば、阪神・淡路大震災のような大災害に際して、安全で効率よく即座に対応できる。

まとめと考察

 私たちの国の医療技術は非常に高いレベルにあると言える。しかし、それは医療全体から見れば偏ったものではないだろうか。通常の場所、時、状況に対しては確かに今の医療システムは機能していると言えるだろう。だが例えば、外国では、大災害の時には、現行の医療システムが機能しない状況ではどうだろう。私たちの誇る高度な医療は本当に対応できるのだろうか。私には日本の現行の医療システムはある一面では非常に脆弱なもののように思える。災害医療や、今回とりあげた医療帰省の立ち後れはこのことを表している。これからは、“弱点”ともいえるこういった医療を充実させていくことも日本の医療には必要なのではないだろうか。


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