災害医学・抄読会 981127

プロローグ 阪神大震災が起こる

杉本 侃、救急医療と市民生活、東京、へるす出版、1996、p.1-7


阪神大震災がおこる

 1995. 1.17 .a.m. 5:48 阪神淡路大震災おこる

 夕方 ヘリコプターで吹田市の大阪大学特殊救急部へ女性が一人搬送される

    1.18 慢性腎不全の患者が一人搬送される

 これは 地震に備えて待機していた大阪大学特殊救急部に搬送された記録である。 ハイレベルの救急医療の実力を保持しながらも患者を運び込む事ができないという だけでその実力を全く発揮できなかったのである。1月17日に運び込まれたのは クラッシュシンドロームの人で、ハイレベルの医療を必要としていた。そして、 民間ヘリコプターにより偶然助かった。しかし同じ様ハイレベル医療を必要として いる人は目と鼻の先におそらく何百人といたはずであるがチャンスをのがして亡く なってしまった。これは日本の救急搬送システムの欠陥を露呈する出来事であった。

日本の救急搬送の欠陥

 日本の救急搬送は1962年交通事故の怪我人を運ぶようになったところからはじまる。 1964年に市町村の消防業務の一部となり現在も市町村の行政がになっている。したが って、隣の市町村へ搬送するのは手続き上難しい。更に遠くへ運んでいる間、その市 町村の救急搬送が手薄になる。このような理由によりフットワーク軽くとなり町へ搬 送するということは不可能に近い。 さらにもう一つは災害時の情報システム。大阪 大学救急部には付近の病院がどのような状態にあるかという情報が全くはいってこな かった。そして怪我人が集中してしまった病院にもどの病院が機能しているかの情報 がはいってこなかった。搬送システムはどこからどこへ運ぶべきかの情報が入って こなかった。各々情報交換でき中枢となる場所があったら、適切な搬送が可能であっ た。

 そして最後はヘリコプターの問題である。救急搬送にヘリコプターをという話は 以前よりあるが、市町村単位でヘリコプターを所有できるか、ということである。ヘ リコプター搬送の必要な郡部は財政的に困難で、所有可能な大都市は必要ないのが現 在の状態である。

救急搬送の今後

 救急搬送が近くの病院にとにかく運ぶという時代は終わった。医療のレベルが上がり 助けられる範囲も広がった。しかし全ての医療機関がそうなのではない。したがって 患者を運ぶべき場所へできるだけ早く運ぶことが今求められている。そのためには、 市町村より上のレベルにおける統括。災害に強い情報システムとその管理、搬送ヘリ コプターの装備が早急に求められている。民間の会社によって運営される話も考 えられてはいるが、改善できるところがあるはずであり、現実的である阪神大震災を 教訓にして準備していかないと同じことを繰り返しまた助かるはずの命を失ってしま うこということを関係者に限らず多くの人が認識する必要があるのかもしれない。


集団災害と救急医療 (4)

杉本 侃、救急医療と市民生活、東京、へるす出版、1996、p.29-37


 都市における集団災害を大規模にしたものである阪神大震災には、いくつか  の特徴が挙げられる。つまり、死傷者が広範囲に発生したこと、被災地の病院 機能が麻痺したこと、電話網がパンクし、交通網が寸断されたこと、などがある。

 これらのことは、救急活動の重要性と問題点を浮き彫りにしたといえる。死傷 者の多くは倒壊した建物の下敷きにより発生し、その9割が即死またはそれに 近い状態であった。また、即死を免れた人々のなかでも、クラッシュ症候群が多 かったことが特徴的であった。

 クラッシュ症候群とは、手足を長時間圧迫されることにより、血流停止となり、 とくに筋肉細胞が虚血壊死の状態に近くなり、血流再開後に細胞内のカリウム、 ミオグロビンなどが血中へ流れ込み、心臓や腎臓を障害し、さらには、多臓器 不全へと至るものである。手足は極度の腫脹をきたし、ワイン尿などが特徴で あり、治療として血液透析や手足の切断が必要となるものである。つまり、この 震災に特徴的なクラッシュ症候群の患者は、高度医療を必要とするものである といえる。

 上記のことより、こうした高度医療(レスピレーター、ハートスコープ、透析装置、 検査装置等)を受けることができたかどうかによって、その生死がきまったこと を意味する。

 そこで、阪神大震災において、このハイテク治療を可能にした、または阻んだ 理由として、どういうものがあって、またその時の実状はどうゆうものであったか、 さらには今後どのような点を改善してゆくべきかといった観点かから述べてみる こととする。

 まずその実状として、患者は被災地で破壊された病院へと殺到し、逆に少し 離れた破壊の程度の軽い病院などには患者の数は少なかったし、さらに何日 もの間この状態が続いたことがあげられる。

 例えば、三宮の百床あまりの半壊した病院へは、実に千人もの患者が殺到し ていた。いっぽう、そこから2キロメートルも離れていない救急救命センターのあ る神戸市立中央病院はほとんどがらがらの状態であった。  つまり、患者の殺到により機能麻痺の病院と医療スタッフと医療設備を有しな がら機能を発揮できない病院とに分かれたのである。

 その原因は、おもに2つあげられる。もちろん行政やマスコミのありかたにも その一端はあるが、ここでは通信手段の途絶と患者の後方病院への転送に 関してこの論を進めていきたい。

 まず前者に関して、電話が通じなかったのは、物理的な破壊によるものでは ではなく、単に一度に通話が殺到し話し中になったにすぎない。しかも病院 の電話の優先順位が公衆電話より低いためであった。

 つぎに後者に関して、重傷患者は高度な医療が可能な病院への後送を急がな ければならないのに、幹線道路の麻痺状態により搬送ルートの確立が困難で あったためであった。但し、こうした困難のなかでも、徐々に阪神間の基幹 病院から、大阪大学へのルートが確立され、さらに大学の救急部門、救急救 命センター関連の病院へと効率的に転送されたこともみのがせない。しかし この反面、その他の関連病院をもたない病院では患者の転送はうまくいかなかった。

 以上の反省を踏まえて、まず通信手段の途絶を克服するために、病院側に優 先回線をひくことはもちろんのこと、ファクシミリ、電子メール等の利用が NTTとの間で検討されている。また患者の後方病院への転送を円滑に行う ために、また医療機関がそれぞれの特性を生かすために、病診連携(病院と 診療所の連携)、病病連携(病院間の連携)を基本として、救急救命センタ ーを中心に重症度に応じた患者収容システムの構築が進んでいる。

 最後に述べておきたいことは、これらの改善は決して医療関係者側からの努 力だけでは到底不可能なことである故、さきにふれた行政やマスコミの協力  が不可欠であることを明記しておきたい。こうした要素が結び付いて、より 無駄のないトリアージ(患者を緊急度と重症度に応じて振り分けること)を 行い、適切な病院へと搬送し治療できることとなる。


地震に対して器械はこうあるべきだ―医師の立場から―

太城力良.医器学 67: 55-61, 1997


はじめに

 被災病院の医師としては機器単体の防災対策よりは機器の動力源である電気・ガス・水との関わりや機器を扱う医療従事者や納入業者などの「人」の問題点の方がはるかに重要に感じた。防災対策は、個々の器械、それを支える設備・建物、さらにこれを使用する「人」を含めたシステムとして考えねば役立たない。そして、行政の適切な危機管理対策、個人・団体の臨機応変な対応にその成否は委ねられている。

1.阪神・淡路大震災の経験

1−1 震災の概要と病院職員の出勤率

 病院機能を発揮するには、建物、設備、器械、消耗品などの確保とともに、職員の出勤が不可欠である。

1−2 兵庫医大病院の被害状況

 病院機能の保持には、ライフラインの復旧が不可欠であること、特に、水、ガス(電気の復旧は早い)が供給されねば、空調、滅菌消毒、給食、レントゲン検査など入院患者に不可避な項目が欠落する。

 1)給排水衛生設備
 2)電気設備
 3)ガス
 4)空調・蒸気
 5)医用ガス
 6)エレベーター設備
 7)その他

1−3 兵庫医大病院機器・カルテの被害

 1)カルテ類・病理標本類
 2)医療機器
 3)その他

1−4 情報の混乱

 自分の病院だけでなく被災地全体の状況の早期の把握は、対策を立てる上で不可欠である。また、病院や会社は自分たちが組織として得た情報を行政にも提供する必要がある。

 1)院内の情報伝達
 2)外部との情報伝達
 3)マスコミ報道

2.初期救急医療と医療機器

 災害医療体制を充実させても住居の耐震性の向上と早期の救出がない限り死亡者の大幅な減少は困難なことが分かる。

2−1 初期救急医療に有効な機器

2−2 在宅医療

3.病院機能の回復に必要なこと

3−1 救護医療から地域医療機関への移行

3−2 地域医療施設の姿勢

3−3 患者情報の保存

3−4 医療メーカーの対応

4.医療機器の地震対策

 今回の経験では器械本体の耐震性は大きな問題とならなかった。問題となるのは、器械の設置方法、システムとしての対応、災害後の点検体制であろう。

4−1 機器の設置

4−2 機器単位ではなくシステムとしての対応

4−3 機器の保守点検

おわりに

 水・動力源・熱源と医療機器の関連を真摯に考え、それを使用する人の教育を包括して考えねば、真に震災に強い医療機器は生まれない。


大阪府立看護大学 阪神・淡路大震災救援活動(2)

田中克子ほか.エマージェンシー・ナーシング 8: 879-86, 1995


 1995年に発生した阪神・淡路大震災で、看護活動を行った大阪府立看護大学の 救援チームの報告をもとに、救援活動の実際と課題について考察した。

大阪府立看護大学救援チームの活動

1)活動期間;災害発生から約1週間〜1ヶ月までの約3週間

2)活動人員;看護教員(専門領域は基礎、老人、小児、精神など多岐にわたる)

3)活動体制;

2人1組で現地にて活動し、学内に事務局を設けて当番を1人が行った。ローテーションはいずれも1日で、現地派遣者の引継は直接電話で状況を連絡説明するかたちでなされた。

4)活動内容;

活動が災害発生後1週間を経てから行われたため、ニーズは集団外傷 に対する援助から環境衛生に対する援助活動に移りつつあり、環境衛生ニーズに基づいた基礎看護ケアが主体であった。その具体的な内容と分析は以下の表にまとめられている。

考察

1.災害という非常事態の特殊性

 このチームには災害看護の経験はなく、通常行っている看護経験をもとに活動がなされた。表をみると、避難所でのうがい薬設置やウエットティッシュの配布に対し、利用が少なかったという報告がある。これは、うがいをするには建物の外へ出なければならなかったこと、ウエットティッシュを使用するとゴミになることが原因であったと考えられており、通常の看護経験を基にした行為が、避難所生活の中では思わぬ要素によって障害を受けうることを示す例であるといえる。

 また、避難所生活は長期の集団生活であり、プライバシーや安静が保たれないことから、被災者の神経は休まりにくい。災害による喪失感や孤独感もストレスとなるため、精神的なケアが欠かせない。また、長期の活動やその準備、活動後の内容再検討など、救援者のストレスも多い。これらに対するメンタルヘルスケア、活動支援体制を整えることによりストレス要素を軽減することも必要である。

2.救援活動地でのネットワーク

 表には健康状態の把握について、医療機関が重複した活動をとることが被災者の苦痛となっていたとの報告がある。これは、地方の各機関が正常に機能することが困難な状態であるうえ、さらに通信手段も被害を受けており、各団体が自ら動くことによって情報を入手せざるを得ない状況であったことを示している。各機関の連携がスムーズに行われれば、情報交換だけでなく、物資のやり取りや共同作業などより効率良い救援活動が期待できることから、中核となる機関を設定し、どこにどのようなニーズがあるのかを正確に把握することが必要である。


 大災害では、人員・物資の不足が生じる一方、ボランティアなど、救援活動の申し出が多いのも事実である。それを活かすために、

が必要であると考えられる。

 救援活動が「参加することに意義がある」的なものに終わることなく、その効果が十分発揮されたものになるよう、現実的な体制づくりが望まれる。


自衛隊における国際救護搬送の現況

佐藤哲雄.救急医療ジャーナル 3(6): 28, 1995


はじめに

 外国において邦人が受傷あるいは急病となり、日本国内への患者搬送を考慮する場合、現在は民間機による輸送のみが唯一の輸送方法と言っても過言ではない。もし、民間機以外の搬送方法を考慮する事になれば、「自衛隊による海外救護」も選択肢の一つとなる。この文献においては、自衛隊による外国からの傷病者搬送に関して、実例を挙げつつ、法的、装備上などの問題点と、法解釈の必要性に関して論じている。

1.国内の患者搬送

 国内において、自衛隊は防衛庁設置法第6条第7項(天災地変その他の災害に際して人命又は財産の保護のために必要がある場合において行動する)に基づいて、災害派遣を行っており、その一部として、救急患者の搬送が行われている。これは、災害派遣の72%を占めている。

 自衛隊への搬送依頼は、患者の発生地区の都道府県知事などから、その地区の派遣命令権限者に対し要請が行われることで初めて成立する。このように国内での患者搬送の手続きは整備されているが、国外の患者搬送となると、手続きは全く白紙と言わざるを得ない。

2.海外搬送の実例

 現時点で、自衛隊が、在外邦人を患者搬送したという例はない。しかし、自衛隊の南極観測業務の中で急患が発生した症例は存在する。その中で、日本への移送を行った症例を以下に示す。

(症例1)

25次行動中、くも膜下出血を発症。ケープタウンから空路日本へ移送。
空路は民間機を使用した。

(症例2)

 30次行動中、観測隊員が雪上車ごとクレバスに落下し、左大腿部頸部骨折お よび頸部挫傷を受傷。本人の希望により、日本への移送が選択された。
 砕氷艦「しらせ」によりケープタウンに移送され、同地より空路で移送された。 症例1と同じく、空路は民間機が使用された。

 また、海上自衛隊の遠洋航海においても、急患が発生し、搬送が必要と判断されれば、最寄りの港まで船又はヘリで搬送し、そこから民間機で移送する方法が選択される。

 以上のように、自衛隊の海外活動における急患であっても、民間機による輸送が選択される。

3.海外からの患者搬送に関する法的根拠

 自衛隊により海外からの患者搬送(後送支援)を行う場合に法的根拠となりうるものとして、以下のものがある。

 以上により、著者は自衛隊による海外からの患者搬送を実現するための課題として、以下の点をあげている。

4.学生(発表者)の考察

 自衛隊が海外の急患を輸送するという事は、自衛隊の専守防衛という前提条件が存在するため、どうしても法的解釈に無理が生じてくる。著者の論ずるごとくに法の拡大解釈をすれば、その他の自衛隊に関する法解釈に重大な影響を及ぼしかねず、簡単には賛成できない。また、国内で法的に問題がなくなったとしても、海外へ自衛隊が行くと言うことだけで、諸外国の理解が得にくくなる現状がある。

 国全体として国際救護搬送の体制を整えようとするのであれば、国際搬送についての法整備をきっちりと行い、その上で輸送機を保有するべきだと考える。この場合、所属は自衛隊にこだわる必要はなく、他の組織(たとえば海上保安庁)所属でもかまわない。どちらかと言えば、「専守防衛」の立場によって装備が制限される自衛隊以外の組織である方が、法的にも矛盾を生じにくく、自衛隊の拡大に懸念を示す諸外国の理解も得やすいはずである。なし崩し的に法解釈の拡大を求めるのではなく、法律という土台からしっかりした国際救護搬送体制を整えることが必要であると感じた。


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