災害医学・抄読会 981002

災害医療

山本保博、救急救命士標準テキスト、へるす出版、東京、1998年、p.243-8


はじめに

 近年我が国に発生した災害によって,災害医療体制の不備が明確となり,特に情報システム構築の必要性が再認識された.多数の傷病者が発生した場合,通常の救急医療体制では対応不能である.「予測」に基づいた「準備」と「的確な素早い対応」が求められている.

1.災害医療の概念

A.集団災害の定義

 原因のいかんにかかわらず,概ね20名以上の多数の傷病者が発生した場合.
 発生原因によって人的災害と自然災害に大別され,医療展開に大きな違いがある.

B.人的災害

 具体的には,航空機や列車・自動車の事故,爆発など.
 一般に直接被害が及ぶのは短時間であり,その被害範囲は限定される.

C.自然災害

 大規模地震,異常気象による風水害など.
 被害が及ぶ範囲は概して人的災害に比し広く,被災者は散在し,影響する時間もそれに比し長期に及ぶ.また,「ライフライン」の途絶のために,二次被害の発生頻度が高い.

2.災害医療対策

 医療に関しては各都道府県単位の地域医療計画の中で基本が示され,地区・市町村ごとに具体策が示されているが,新しい医療対策,医療情報システムの構築が求められている.

 厚生省では,災害時における医療・搬送体制の整備を目的として,各都道府県に1カ所の基幹災害拠点病院,二次医療圏に1カ所の災害拠点病院を整備することとしている.

A.災害医療に関連する法規

1)災害対策基本法

 災害対策基本法は,防災体制の確立,責任の所在の明確化,防災計画の作成,災害対策を目的とする.我が国の災害対策はこの法律に基づいて防災行政が整備されてきた.

2)災害救助法

 災害発生時に国などが行う応急救助に関する法律である.

B.災害医療体制

 災害発生時,1.探査と救出,2.情報とライフラインの確保,3.医療施設機能の早期回復,4.近隣府県からの救援,5.食料・飲料水・医薬品の供給,などの整備が必要である.

C.防災計画

 「厚生省防災業務計画」が出され,厚生省は年1回措置状況を取りまとめる.
 平時における連絡体制の整備,医療施設の安全性確保などについて具体策が講じられることになっているが,この計画もまだ始まったばかりである.

D.災害拠点病院

 相当数の病床を有し,重篤救急疾患患者の救命医療を実施する高度の診療機能を有する災害拠点病院を整備する必要がある.

E.広域災害・救急医療情報システム

 従来の「救急医療情報システム」は都道府県単位で,かつ通常の救急医療に限定した情報システムであったため,災害時に迅速・的確に救援・救助を行うために,被災地の医療機関の状況・全国の医療機関の支援申出状況を把握できる「広域災害・救急医療情報システム」整備が必要である.情報の発信は医療機関からなされなければならない.

F.緊急消防援助隊

 最近の大規模災害の多発によって,災害対策基本法の一部改正,地震防災対策特別措置法の制定,消防組織法の一部改正,自衛隊法施行令の一部改正,ヘリコプターの効率的運用などが行われてきた.中でも,緊急消防援助隊は,国内の大規模災害における全国の消防機関相互の迅速な援助体制の確保のため新たに発足した.消防庁登録部隊と都道府県外応援部隊よりなり,指揮支援,消火,救助,救急の各部隊が編成されることになっている.
 海外で大規模災害が発生したときの国際緊急援助体制には,国際消防援助隊がある.

3.災害医療の実際

 災害医療は情報から始まり,トリアージ,治療,搬送救出の順で展開される.この過程を3T'sと呼んでいる.「一人でも多くの救命を目標にし,一人を救命するために多数を犠牲にしてはならない」が災害医療対応の大原則である.救命対象の確定,重症度の決定が重要である.

A.探査と救出(search and rescue)

 犠牲者発見や生死の判断の手段として,超音波探知装置,温度探知機,ファイバースコープ,救助犬などが有用とされている.
 建物の倒壊,列車・航空機事故などでは,救助隊との連携が不可欠である.現場の状況により,生命が維持できるような処置を実施しながら作業を行うべきである.

B.災害弱者(CWAP)

 概して初期対応は外傷患者が中心となり,概ね災害発生2日以降からは脱水や感染,精神反応などの非外傷患者への対応に移行してくる.このとき重視すべき被災者グループを災害弱者と呼び,小児,女性,高齢者,障害者・病人を対応順序とする.

C.トリアージ

 トリアージは緊急度と重症度を即断して患者を振り分ける作業のことをいう.
 医療の要否判定に始まりバイタルサインを中心とする生命予後の即断に及ぶ.

D.災害に関連する国際組織

1)国連災害救済調整官事務所(UNDRO)

 国連災害救済調整官事務所(UNDR0)は,国連開発計画(UNDP)の報告を受けて情報提供,国際救助活動の調整を行う.難民が含まれる場合は国連高等弁務官事務所(UNHCR)が活動し,資材は国連児童基金(UNICEF)の災害資材備蓄センター(UNIPAC)のから購入できる.健康上の被害に対しては世界保健機関(WHO)が援助と助言を行う.食料は食料農業機関(FAO),世界食料計画(WFP)から備蓄食糧が提供される.防災に関しては国連教育科学機関(UNESCO),世界気象機関(WM0)が取り組んでいる.

2)国際赤十字関連機関

a)赤十字国際委員会(ICRC,ジュネーブ)

 戦争,紛争,国内騒乱など戦争に関連する災害活動.

b)赤十字・赤新月社連盟(LRCS/各国赤十字社の連合体)

 赤十字国際委員会の活動以外の災害に対する各国間の相互協力と相互補助.
 上記2組織の最高機関が赤十字国際会議である.

3)その他

a)国境なき医師団(MSF/フランス)

 災害時の国際的医療活動を行う代表的NGOである.

b)国際救急医療チーム(JMTDR)

 国際協力事業団(JICA)にある国際緊急援助隊(JAPAN Disaster Relief;JDR)の医療チームで1983年に発足した.国際緊急医療チーム(Japan Medical Team for Disaster Relief;JMTDR)と呼ばれている.医師,看護婦,調整員の登録制で約520名が活動している.

災害医療体制の今後の展望と看護職員に期待される役割

山本光昭、看護展望 59: 1232-6, 1995


 阪神、淡路大震災のことは 記憶に新しいと思われるが、これを契機に災書医療体制のありかたに関する研究会が でき、同研究会が平成7年5月29日に医療対策に関する緊急提言をまとめ、同年8月29 日に病院防災マニュアル作成ガイドラインをまとめたのでそれらに対する要約を述べ たいと思う。

 まず、緊急提言の根幹をなしているthree c's についてまとめると

  1. 地域単位の対応(community based)

    人間の情報処理に関する大脳での働きや脊鑓反射 になぞらえて災書時の救急医療体制も人間と同じようなシステムが必要ではないかと いうもの。

  2. 住民主体の活動(citizen's action)

    あらゆる行政施策というものは、住 民の立場を最優先し、住民主体の活動を支援するべきというもの

  3. 日常からの訓練、備え(continuous effort)

    日常からの訓練、病院間の運携の強化が、災害時におい ても大切であるというもの。

 この提言のうち 3については、病院レペル災書時対応マニ ュアルの必要性が説かれており、それを受けて前述の病院防災マニュアル作成ガイド ラインがつくられた。

 このガイドの要点は 3つからなっている。

a、病院防災の意義とその実施

 病院内の全部門の参加を得た委員会の設置と、それぞれの事情にあっ たマニュアルの作成。また作成にあたっては自病院の地域での、位置付けと住民組織 などを考盧すること。

b、病院防災マニュアル作成の際の留意すべき事項

 病院の 所在する地域で頻度の高いと恩われる災書や病院が被災した場合、さらに患者が病院 に殺到した場合についてのシュミレーションを考えること。

c、防災訓練の実際について

 情報収集、非難訓練、防火訓練、設備の点検、備蓄物資の点検、緊急車両、受け 入れ体制、医師の確保といった頃目の必要性。

 つぎに、看護職員に期待される役割に ついて述べる。

 災害医療対策は医師のみで対応できるものではなく、医療機関、医師 会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会、地方白治体などの協カは必須である。そのと き医療関係者、看護職員にもトリアージ技術などの災書医学の知識が求められている 。一方、病院レベルでの防災のハード面については診療器具や機器設備の管理、ソフ ト面では災書時の既入院患者の優先や状況の把握それに患者の移送についてのマニュ アル作成およぴ訓練を行う必要があると恩われる。

 最後に、このような提言を受け厚生省は平成8年度の概算要求において新規要求を計 上し、さらに広域災書救急医療情報ネットワークの整備の要求も行っている。災書医 療体制の新しい講築にむけて看護婦、救急関係者はもとより、一般市民の協力や支援 が望まれる。


あの時、何ができただろう

神戸協同病院看護部の場合

編集部、看護学雑誌 59: 484-7, 1995


 阪神淡路大震災は近年、日本を襲った災害の中では最も深刻な被害を もたらしたものであり、その衝撃は災害本体以外の部分でも各界に大き な影響を与えた。日本という国全体の危機管理能力が問われた事件だっ たといえよう。それは医療の分野でも例外ではなく、重大な災害に対す る災害医学のあり方が問われた。

 このような大きな災害が起こった場合には、一般の整備されている救 急体制などでは対応できるわけもなく、日ごろは内科、小児科、眼科な どそれぞれの専門分野で通常の医療活動を営んでいたはずの医師や看護 婦をはじめとする医療従事者であっても、救急対応への即応を余儀なく されるといった事態に陥ってしまう。この平和な日本の医療従事者たち が、このような緊急事態に即応するのはなかなか難しいと思うが、神戸 協同病院の看護婦たちはそれを献身的な努力で為し得たようである。半 日がかりで病院にたどり着いた非番の看護婦もいれば、家が全壊して、 家族を避難所において病院にきた看護婦もいます。また、滅菌機器が底 を尽いたために姫路、岡山の関連病院へ行って、一晩かけて機器を滅菌 したスタッフもいる。この看護婦たちに共通していえるのは医療に携わ る自分たちが患者を救わねば、この事態をなんとかせねばという強い義 務感、使命感である。また、災害時に最も重要な判断の1つに選別とい う患者に治療の優先順位をつけることがあげられるが、これはアメリカ では一つの資格として認められている程重要なことである。彼女たちは 非常事態の中でもう助からない状態の女の子に処置を施さなかったり、 比較的軽症な震災以前から入院していた患者を一時退院させてベッドを 開けるなど、気持ちの部分だけでなく、救急医学の基礎的な知識を持っ ており、能力の面でもしっかりと緊急の事態に対応できるだけのものを 持っていた。

 この震災で、対応の遅れを批判された日本政府や大病院にくらべて、 彼女たちの危機管理能力は非常にすばらしいものがある。当時、多くの 人たちがボランティアとして被災地に駆けつけ、救援や復興に活躍した ことも考え合わせると個人レベルでの危機管理能力は高いが、大きな組 織になればなるほどそれが下がって行くようだ。この病院のように個人 レベルでの危機管理能力を組織としていかせるような組織作りが、緊急 に即応できる医療体制を確立する上で重要な点であろう。

 医師を志す者の1人として、このような危機に対応する能力が自分に あるかどうか、はなはだ疑問である。災害時に対応できる最低限の知識 を身につけておくことは、医師として当然のことであると認識させられ たような気がする。


災害時レスキュー犬の現状

浅井康文ほか、日本集団災害医療研究会誌 3: 42-6, 1998


要 旨

 スイス、ドイツなどの災害時レスキュー犬の現状を日本のレスキュー犬の現状とを併せて検討した。スイスやドイツなどのレスキュー犬先進国では、レスキュー犬協会が NGO(非政府組織)として政府に認知されており、また一般の人々にも犬が救助に役立つ事の認識がある。一方 日本においては、日本レスキュー犬協会は政府に認知されておらず、一般の人々にも認識が低いのが現状である。今後日本レスキュー犬協会は、他の国々のレスキュー犬組織との連携が必要であり、政府もスイスやドイツのようにレスキュー犬を制度として認め、支援する必要がある。

スイスの救助犬の現状

 スイスは世界の中で、レスキュー犬の老舗として知られている。1971年に「スイス災害救助犬協会」が設立され、現在15の災害 NGOの一つに含まれている。特徴としては、どの種類の犬でもレスキュー犬になれ、犬は各ハンドラー(レスキュー犬をコントロールする人)の所有であり、協会として所有する犬はいないという点である。すなわち犬の日常の飼育費や訓練費はあくまでもハンドラー本人の負担であり、個人の愛犬家という理解である。また海外派遣も積極的に行われ、最近では1995年に神戸、トルコ、ギリシャに対し派遣された。

ドイツ救助犬の現状

 ドイツ政府の内務省に属するドイツ災害救助団には、政府から技術チームの派遣と賃金供与がある。同国のレスキュー犬は1988年のアルメニア地震や、カイロの地震災害で活躍した。また代表的な NGOとして、ドイツ赤十字が救助犬の研修を行っており、救助犬は国内では子供や高齢者の捜索に使われ、海外では1988年からトルコ、エジプト、南米に派遣実績を持つ。

日本の救助犬の現状

 阪神・淡路大震災の発生以前、先進国でレスキュー犬が数頭しかいないのは日本だけであった。阪神・淡路大震災のような大規模な広域災害では、行政機関が民間が協力して対応しなければならない必要性から、震災の被災者が集まり、1995年日本初のレスキューチームとして「日本レスキュー協会」が発足した。同協会は災害救助犬の育成を行い、日本国内及び海外の災害地域への捜索において、実績を上げている。また北海道では、1986年8月に「災害救助犬北海道」が浦臼町に、日本初の災害救助の専門家要請所を開設している。

考察・結論

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災に、スイス及びフランスの NGOがレスキュー犬を連れ、いちはやく駆けつけてくれたことは記憶に新しい。しかし、その時の日本側の受け入れ体制については、賛否両論があったことも事実である。例えば、この話があった時 自治省は賛成であり、厚生省は否定的であった。今回ドイツとフランスの災害救助犬協会を訪問し、レスキュー犬の実態を調査したが、いずれの場合も、犬そのものは民間のハンドラーの所有であり、緊急時に出動要請が掛けられるシステムである。日本との大きな違いは、政府に認知されていることと、犬が救助に役立つとの認識があることの2点である。しかし日本では、日本レスキュー協会でさえ、東京消防庁や兵庫県などの一部の行政にしか認知されておらず、政府(消防庁)などには全く認識されていない。今後の課題として、日本でのレスキュー犬認定試験のある程度の統一基準の設定、災害時の立ち上げ、お互いの組織の交流、また外国の組織との情報交換、日本政府のレスキュー犬制度の整備と認定を含む NGO組織の支援も、早急に必要である。また NGOも災害時の実績を積み重ね、信頼を勝ち得て行く必要があろう。


震災と病院の建築

―病院機能の立場から―

加藤浩子、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.144-50


1.病院の設置場所と基本構造病院

 病院が災害時にも機能するためには、建物自体が健在であることが大前提である。震災は埋立地であるポートアイランドに液状化現象と地盤沈下をもたらした。その際旧耐震法時代の病院建築に被害が大きかったことから建築基準の重要性が再認識された。

 階層別に機能を集中させたコンパクトな型式の地下1階、地上12階建ての、市民病院においては、今回の震災から2つの間題を提起した。第1に、災害時の動線である。縦の移動はエレベーターに依存することが多いだけに、いったんエレベーターの運転が停止すると大きな支障をきたす。第2に、高層建築では地震の際 高層階ほどゆれが大きいため、病院施設の破損や入院患者の受傷がおこった。よって病院建築の高さにも設計の段階で配慮が必要である。

 あと病院の立地条件を考えるとき、病院へのアクセスが複数の道路や交通手段で得られるのが望ましい。

2.病院の設備と耐震対策

1)電気と停電対策

 停電対策として自家発電装置、無停電電源装置、非常照明用蓄電池を有していたがこれらの能力には限界があることを認識した。対策として、無停電電源装置の容量をさらに大きくするのもよいが、むしろ自家発電装置を大容量のものとし、複数設置や空冷式のものも併設してバックアップをより確実なものとすることが重要である。

 また、緊急避難路は昼間であれぱ自然光が利用できるような設計になっていれぱと思われる。

2)給排水設備

 震災による被害の最たるものは給水設備にあり長期にわたる断水は病院機能に多大の影響を及ぼした。水槽と配管の破損による断水、さらに漏水によるエレベーターや病棟の水損がおこった。

 雑用水の停止は短時問のうちに病院の衛生状態を悪化させる。さらに末端の多くの機器の機能が停止する。この対策として、1、給排水施設の耐震性の強化と複数の給水路を保有すること。2、雑用水に下水処理水、雨水の利用。3、水冷式の機器については空冷式のものを併設するなどを考慮すべきである。

3)都市ガス・医用ガス

 病棟のガス給湯器はすべて転落し使用不能となったことから、転倒防止策も検討を要する。また、液体酸素タンクは複数設置が望ましく、配管に捻じれが生じる可能性があるときはフレキシブル・ジョイントを使って余裕を持たせたほうが良い。

3.その他の対策

1)浸水対策

 震災による液状化現象で、泥水湧出と屋上からの大量の漏水による浸水があった。そのため地下にある高度医療機器が被害を受けた。浸水災害では地下はもっとも被害を受けやすいので、予防策が望まれる。

2)医療機器の天井懸垂

 天井懸垂機器は搭載物が比較的軽量で、高い位置に固定していると懸垂装置そのものが振動を吸収して搭載物の落下が少ないが、状況いかんでは必ずしも安全ではないと思われる。

3)手術室・集中治療部

 この部が稼働中に災害が発生した場合に、避難はほとんど不可能に近い治療部門である。よって、最も耐震設計の重要度が高いといえる。またここでは特別に設置された電気、水、医療ガスのバックアップが必須であり、そのために複数の系統化がなされている必要がある。

4)院内余剰スペース

 病院は災害により多数の負傷者を受け入れなければならないことがある。そこで救急で対応しきれない患者を 処置するための仮設診療場所となるスペースを保有するべきである。そこには電源だけでなく医用ガスや吸引のアウトレットを設備する。

まとめ

 医用ガス、吸引を含めたライフラインの寸断が病院機能の維持に決定的な障害となるため、今後これらの供給源ならびに供給システムの改善が最も望まれることである。


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