災害医学・抄読会 980724

日本の大学病院における大量災害に対する準備の評価

杉本勝彦ほか、日本集団災害医療研究会誌 3: 35-41, 1998


《本論文の目的》

 1995年に日本では、阪神・淡路大震災と東京サリン事件と二つの大きな大災 害を経験した。これらの災害では、日本では負傷者の搬送、医療機関などの間での通信 情報、病院内での災害対策などの多くの間題点が指摘され、大量災害に対する準備の 見直しが改めて求められるようになった。本論文では、理想的な災害対策とは、現 状の間題点を十分に解析し、将来求められるぺき対策案に何が足りないかを明らかに することから始められるべきであるとし、その始めの部分である日本における災害準 備の現状を把握することを目的としている。具体的には、本論文の目的は阪神淡路大 震災の1年後に、教育病院である全国の大学医学部附属病院を対象にして、災害に対 する準備状況がどのように行われて来ているかを明らかにすることを目的とされた。

《対象およぴ方法について》

 日本全国の大学医学部附属病院あるいはその関連施設に 災害対策準備の状況についてアンケート調査を行った。災害時の医療では、より大きな 施設やより多くの人員が配置される医療機関が指導的役割を果たすことが望まれる。 本論文では、その条件を満足させるものとして大学病院が一つの候補となる可能性は 大きいとし、わが国の診療機関全体の災害対策をある程度示すものとして大学病院を 対象とした。

《結果とその評価について》

 日本全国131の教育施設にアンケート調 査を行い、84施設(66・4%)から有効解答が得られた。本論文では、得られた解答 の中から、1:過去の災害の経験の有無の差による災害準備の比較、2:大学病院を公 立病院群と私立病院群とに分けた場合の比較、3:病床数の違いによる災害準備の差、 について検討している。

 まず、全体的には、ほとんど全ての施設で。自ら現在の災 害対策は十分ではないと考えているにもかかわらず(78/87施設、90.9%)、現在 までその準備を行って来ている施設は全体で47施設(54.O%)でしかなかった。し かも、これら準備が行われてきているとしている47施設でも、果たしてその内容が災 害時に役能するのかについては十分に検討されてはいない。災害に対する準備状況も 決して一様ではなかった。

 1:災害経験の差について

 災害に対する準備は、災害経 験施設では27/40(67.5%)が既に行っていると解答しているのに対し、災害経験 のない施設では20/47(42.6%、P<O.05)と明らかに少ない。この詰果から、実 際に災害の実情を経験することが災害対策の重要性と、災害前期に準備を行う必要性 を認竃させる契機となっていると考えられる。逆に、阪神・淡路大震災のような大き な災害が起こっても、災害を実際に経験しない限り災害に対する対策の重要性は認識 できていないことも示された。

 2:国立病院と私立病院の差

 個々の施設の背景の違いとして、国立病院と私立病院間での災害準備の差 について比較検討されたが、今回の検討では明らかな差は認められなかった。

 3:病床数の違い

 1000床以上の病院群(24)でも、「大量の負傷者用に病床を確保している 」では5.0%、「災害医療に対する専門家が病院にいる」では45.0%、「外来や検 査、或いは患者家族などに災害時の対応を説明している」では5.O%などとなってお いた。これらの中小規模の施設より有意に高い項目に関しても高い値は得られておらず 、決して大規模な病院の災害準備が充実しているのではなく、概してそれより中小規模 の病院ではさらに災害準倫が考盧されていないために明らかな差を認めた結果とさ れた。

《考察について》

 大学病院での医療体制には、他の病院に比較して、医療職の人員数、単科に留まら ない数多くの職種・職員、広い敷地、診断や治療のための各種機器など、災害時に十 分に利用可能な機能が潜在的に存在する。他方、一般に大量災害では、災害のない時 期(silent phase)に十分な準備と訓練を行い、災害時には限 りのある機材と人材を有効に使う必要がある。本論文では、今回の結果から現在の日 本の大学病院における災害対策は不十分であることが明らかとなり、このように通常 からの準備が行われていない状態では災害時に大学病院が十分に活用できないぱかり か、災害医療の現場を混乱させる可能性すらある、としている。

 しかし、災害準備を 災害だけのために、機器や薬剤あるいは医療空間、人員などの準傭をするのは非効率 的である。非災害時の通常業務でも活用されてきているものが災害時に利用されるべ きであろう。一般に、災害時の医療では時間経過により必要とされる医療の質と量は 変化していくが、まず急性期には効率の良い救援医療が行われる必要がある。従って 、非災害時における救急医療での十分な診療体制を確立して、災害時には救急医療の 延長線上で対応することがcost−benefitの面から考えても望ましい。本論文では、 実際、通常の業務で慣れ親しんだ手順などだけが、突然襲ってくる混乱した現場で行 いうる手段となりうる、としている。

 以上のことから、本論文は、今後は現行の救急 医療体制と地域防災計画を効率よく遺合させ、その中で災害時に有効な機能を有する 大学病院の役割を明らかにして、新たな準備を早急に行う必要がある、としている。


災害時における通信

宮本正喜ほか、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.165-72


<はじめに>

   1995年1月17日、都市直下型の大地震・阪神淡路大震災において、電気系統、交通 網はズタズタに断裂し、病院間、病院と救急隊との間における通信が完全に遮断され た。大きな打撃を受けた病院においては貴重な患者情報も使用できない状況にあり、 消失してしまった施設もあった。以下に通信における被害の現状を示す。

<被害の現状>

<災害対策>

 以上のような被害の現状から分析できる、通信における災害対策は次の通りである。

1.非常時予備電源の確保

 非常用バッテリーや発電器を用意し、一般電源が停止した場合にはこれらに切り替 えるようにする。またこれらの機器の耐震性も考慮する必要がある。

2.通信回線のループ化

 通信途絶を防ぐため、複数の迂回ルートを設ける。

3.通信ケーブルの地下埋設

 地下埋設された通信ケーブルの被害が、電柱に架設されたものよりはるかに少ない ことが分かった。

4.通信手段の多重化

 様々な通信手段にはそれぞれ長所、短所がある。いくつかの通信網を配備すること で災害時に強い通信網をつくることができる。

<おわりに>

 震災時、一般回線、専用回線で最も多かったコールは安否コールであった。よって 震災時には、電話回線に十分な災害対策がなされており、使える状況であったとして もこれらの安否コールにより輻輳状態を起こし電話が通じなくなることは必至である。 また病院に多くのコールがかかったとしてもスタッフの不足により対応できないこと も十分考えられる。そこで病院や特殊施設には最優先回線を少なくとも1本は持たせ ており、回線の断裂がない限り確実に優先的につながり比較的情報交換が容易となる ようになっている。平常時より、その回線による電話がどこにあるのかを把握してお くことが大切である。また災害時にはどのように対応したらよいかという情報伝達の マニュアルを作りも必要であると考えられる。


災害救助船構想

武下 浩、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.173-83


1、災害救助船の役割

 船舶はそのスペースの大きさを生かして多目的に使うことがで きる。

などがある。前2つに関してはどのような船舶でもその機能を有しており、実際に阪神・ 淡路大震災の際 にも多くの貢献があった。しかし、その他に関してはそれぞれ専用の設備が必要であ り、現在日本にはその設備をすべて備えた災害用船舶はない。海路からの救援は、陸 路からの救援が困難な場合には、さらにその有用性を発揮する。四方を海に囲まれたわ が国では、災害救助船はきわめて有用であると考えられる。

2、短所、問題点

 船舶、海路からの救援には次のような短所がある。

 また、災害時救助船を実現するに当たって解決すべき次の点がある。

3、現在までの病院船あるいは災害救助船構想

 現在までにも、非常時を想定して病院 船あるいは災害救助船を建造しようとする動きが何度かあった。

(1)国土庁―国内災害に備える船の検討(1986)
(2)日本医師会など―多目的病院船(1991)
(3)造船重機労連―災害救助船(1993)
(4)防衛庁―輸送艦(1993)
(5)海上保安庁―災害対応型巡視船(1995)
(6)防衛庁―潜水艦救助船(1995)
(7)関西造船協会―災害救援司令船

 今日までに以上のような構想があったが、先に 述べた災害救助船の役割を全て備え、問題点を解決し得たものはない。

4、外国の病院船

 外国の病院船は、戦争と関連している。わが国では、戦争のための 病院船は考えられないが、次の点を参考にすることができる。

・スペースの大きい客船、タンカーなどの船を改装している
・ヘリによる輸送設備が重要とされている

5、多目的災害救助船

 以上のことを考慮に入れて、多目的災害救助船を考えてみる。

(1)目的

 国内の災害に対する医療活動を最優先する。また、海外の災害制こ派遣し、国内の 時と同じような機能を果たす。有事の際、在留邦人の輸送を行う。平時は国際医療支 援船として WHOを支援するほか、海外在留邦人に対する健康支授を行う。その 他災害教育訓練施設、地球環境の観測、文化活動の拠点として利用することなどが提 案されている。

(2)規模

 海上交通安全法から考えて、200m以下が望ましい。日本近 海を専用とする小型船と、国際的要請に応じ得る大型船の2本立てが理想である。医 療機能に関して言えぱ、十分な病院機能を有する船と、患者輸送に重点を置く輸送船 に分かれる。

(3)設備:ここでは医療設備について記載する。

 一般病院並の設備とし、救命救急に重点を置く。トリアージセンター、集中治療室、 手術室、放射線学的検査室、高圧酸素室を設ける。野戦病院的施設を地上に設置でき る能力をもつ。患者搬送の目的でヘリは不可欠である。陸上で移動可能な車両を積載 した上陸用舟艇も必要である。陸上の災害医療情報ネットワークに組み込まれ、陸上 と情報を共有できる通信設備も必要である。

(4)運営

 船の所管省庁をどこにするかは、目的、行動範囲 で異なるが、救助船の場合、速やかな行動がとれることを最優先しなけれぱならない。 この点から、船を海上自衛隊の特務艦とし、厚生省と防衛庁の共同管理とするのが 現実的である。

 阪神・淡路大震災で災害救助船の役割が認叢された。今後起こる災害に備えて、自衛 隊の艦船のような既存設備を最大限に利用して、一刻も早く多目的災害救助船の整備 を行うべきである。


神戸大学都市安全研究センターの創設と課題

鎌江伊三夫、日本集団災害医療研究会誌 3: 18-21, 1998


 人口が集中し過密化が進めぱ、都市という巨大システムは便利さと経済力の集中とは 裏腹に災害の規模や危険性が大きくなり、都市の機能、環境、特に安全の確保が重要 な問題となる。阪神淡路大震災で被災した神戸大学には、地震、水害のような自然災 害に限らず都市ゆえに危険性が大きい疫学的あるいは大災害に対する防災・安全に関 する総合的研究を推進する拠点として、都市安全研究センターが創設された。

 この都市安全研究センターの創立理念は、自然災害に対処し得る部市計画の立案を始めとして 、近代都市の持つ人口集中、過密化ゆえに生じる危険や機能不全への対策を多面的な 視点を持って研究することである。

 都市安全研究センターは現在、次の6つの研究分野こより構成されている。

(1)部市構成(都市安全システム)
(2)都市基盤(都市地盤施設、都市地盤環境)
(3)都市地震(地震発生機構、地震災害)
(4)都市安全医学(都市災害医療情報・計画)
(5)都市行政産業基盤
(6)都市情報システム

 この中で都市安全医学においてほ基本的な研究テーマとして、

  1. 都市安全の医学的、公衆衛生学的分析に関する研究
  2. 都市安全の医療情報システムに関する研究
  3. 医学・医療技術のリスクと評価に関する研究
  4. リスク下での医学意思決定及び行動選択に関する研究
の4本柱に取り剖んでいく予定である。

 1.のテーマについては、公衆衛生学的アプローチは都市安全医学研究の基本をなすものであるとの考え方を意味する。例えぱ、災害の人的被害に関しては今後疫学的研究を更に展開する必要があると思われる。

 2.のテーマは、阪神淡路大震災からの大きな教訓の一つである災害対応の医療情報システムの必要性を受けて設定されている。

 3.のテーマにおいては、阪神淡路大震災により高まった医学的な安全とリスクを分析していく予定である。リスクの分析は、結局はどのようにしてリスクを低減する行動を選択するかといった意思決定同題と非常に密接な関係がある。このようなリスク下での医学意思決定の同題を研究するのがテーマの4.である。

 工業化の進展に伴って都市への人口集中を生じ、部市化が拡大し発展する傾向は今や世界的な問題になりつつある。とくに、開発途上国の急激な都市化に懸念が生じてくる。このような傾向の中で、今後ますます、都市化と集団災害、都市化と健康といった同題の童要性が増していくものと思われる。

 我が国は地震のみならず、風水害も多い災害大国であることは言うまでもない。人口の集中、市街地の拡大、高層建築物と地下街の増加、その他建造物施設構造の複雑化、危険物の混在といった条件が災害の発生及ぴ拡大を助長している。また、都会ほど地域連帯意欲の欠如と、一方では多数の人間集団による混乱が生し易く、発生した災害の対応に欠陥を露呈する。せっかく量的質的に十分な医療体制を有していても組織的対応や違携の上で機能しかねているのが現状である。

 このような社会構造の変化を反映した都市の拡大、変化に対応可能な危機管理対策立案の一翼を担う研究を推進し、その成果を社会に還元し、より安全な市民生活の実現に寄与することが都市安全研究センターの責務であると考える。


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