災害医学・抄読会 980612

備えあれば憂いなし

渡辺 敏、Clinical Engineering 5: 387-90, 1994


 災害の危険にさらされた際に我々人間は動転して平静さを失うことになる。このことが第二、第三という二次的な災害を誘発して被害が拡大することになる。災害時に平静さを失わず的確かつ迅速に行動するためにはどうしたらよいかを考察した。

災害時の医療現場

地震、火災、水害などがおこった際にどのような状態がひき起こされるかを理解しておく。

異常状態;

このような異常状態下では

1.医療機器を通常どうり使うことが困難。

2.通常の診療活動の遂行が困難。

3.医療関係者が平常心を失いパニック状態に陥る。

特に電話が使用できなくなり、的確な情報が伝達されないため医療関係者だけでなく患者及びその家族が平静さを失い、パニック状態をさらに悪化させる危険性がある。

災害時対策

<ハード面>

  1. 地震、火災、水害などにより影響を受けやすい機器、設備などはその影響 を受けないように、また受けたとしてもその被害を最小限に抑えることが できるような準備を日頃からしておく。

    転倒しにくい構造の機器、二次火災を最小限に抑える配慮など
  2. 治療目的で病院を訪れた患者の安全性を優先する。

    携帯型の発電機、小型の酸素ボンベ、電気式または足踏み式の吸引器、用手式蘇生器など

<ソフト面>

  1. 機器及び設備の使用方法を十分に理解し、緊急時に使用できるように慣れておく。

  2. いつでも使用できるように日頃から整備点検を行い、必要な消耗品などを準備しておく。

  3. 正しい情報を適切に流す広報活動が必要である。

災害と臨床工学技師の役割

 電気、医療ガスの供給異常では医療機器は適切に作動しなくなる。臨床工学技師は取り扱う機器が患者の生命維持に関係するものが多いため、このような状況下では重要である。

  1. 医療ガスの安全確保

    医療ガス安全、管理委員会
    (構成員として臨床工学技師の果たす役割が重要)

  2. 電気設備

    医療ガス安全、管理委員会に相当する委員会は組織されていない。電気安全、管理委員会が各医療施設に組織されることが望ましい。

考察

 愛媛大学においても防災訓練が行われているが、医療器機の使用法、整備 点検などを充分に行なうことができているかどうかは疑問である。阪神大 震災レベルの災害がおこった場合愛媛大学附属病院はどのくらい機能する ことができるのだろうか。各科の専門医が揃っていても医療器機が使用不可能であったり、電気、ガス、水などの供給が止まってしまうと全く機能 しなくなってしまう恐れがある。日頃から災害時にどのような対応をするかをよく検討しておく必要がある。


震災後の医療需要の変化と医療支援

吉永和正ほか、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.42-53)


はじめに

 大都市が地震に襲われた例はこれまでにも多数あるが、阪神大震災ではライフラ インの途絶により地域全体の医療システムが機能しなくなってしまった。そこで 今回の震災後の医療需要がどのように変化し、これに対してどのような支援がな されたか、あるいは必要だったのかを述べる。

 震災と同時に多数の人々が受傷した。初期の3日間は救命救急医療、医薬品確保 血液確保などの災害救急医療が中心であり、4日目以降になると保健予防、救護 医療などの災害地域医療が中心となり、1ヶ月以降は復旧、復興のための計画が動 き出している。医療需要という観点から災害後医療の経時的変化を分類すると、 初日、3日目まで、2週目まで、3ケ月目まで、それ以降に分けると理解しやす いので、この順に述べる。

震災当日の医療

 今回の地震では震災の発生した時間帯にはほとんどの人が屋内におり、家屋の倒 壊により多く人が受傷した。特に挫滅症候群が多発した。しかし、初日の患者が 来院して混乱したのは半日程度だったと推定されている。

 だが、地域によって需要と供給に極端なアンバランンスを生じていたことが分かった。ある病院では震災直後よりスタッフ確保など受け入れの準備を整えて待って いたにもかかわらず、それほど患者が来院しなかった。一方その近辺の病院では 患者が殺到し混乱をきたしていた。このことが判明したのは連絡が取り合えるよ うになった翌日以降であった。効率的的な災害医療を行うためには、専用回線を設 置し早期に事態を把握することが必要である。

震災後2〜3日目の医療

 2日目以降も救急患者の受け入れは続くが、1日目に比べ激減している。機能の 低下した医療機関での診察の継続が問題となり、転院のための搬送手段が重要な 需要となる。集中治療を必要とする重症患者は搬送中も医療を継続できることが 求められ、慢性疾患で継続医療が必要な患者は疾患毎にまとめて同じ目的地に搬 送できる手段が適している。

 この時期にもっとも問題となる特殊な医療需要は死体検案であり、法医学の専門 医を集中的に投入する必要がある。

4日目から2週までの医療

 この時期には新たに救助される患者はほとんどなく、重症患者は被災地周辺の病 院へ転送されることで救急医療の現場は一段落し、多数の医療チームが被災地へ 入ってきて、診療活動を開始している。ところが、医療の全体像は全く把握され ないままであり、西宮市、神戸市いずれも行政が避難所での救護体制を確立した のは震災後10日たった1月26日であった。普段から地域医療事情を熟知した 災害医療コーディネーターを確保しなければならない。

 避難所の医療チームは常に地域の医療機関の回復状況を把握し、そこへ患者を 誘導することを考えなければならない。地元医療機関に患者を誘導する上で重要 なことはその回復情報である。震災後3日間の情報の開示方法を見ると病院入り 口などの貼り紙、消防本部、マスコミと様々であり、しかも診療所の半数は何も していなかった。このような情報を早期に一元的に把握し、提供することが地域 医療の早期立ち直りにつながる。

2週から3ケ月までの医療

 避難所での医療は2週目をピークに減少し、神戸市では4月をもって救護体制は 終わりを告げた。したがって震災後3ケ月までに地域医療機関を完全に立ち上げ なければならない。病院に比べると診療所は回復が大きく遅れており、早期回復 にどのような支援が有効であったのか不明である。救護所医療はすべて無料であ るため、医療機関の立ち直りを阻害する面のあることも指摘されている。

3ケ月以降の医療

 医療機関はほぼ立ち直る時期であるが、診療内容は必ずしも元の状態に戻ってい ない。ある透析病院では震災後6ケ月でも死亡を含め約25%の患者が減少した ままである。これは患者の生活条件によるものである。従ってこれらの患者の復 帰には生活環境が震災前に復することが必要である。


災害対策と自衛隊

小村隆史、近代消防、1997年臨時増刊 2-10


 阪神・淡路大震災は、平成の時代の災害対策を方向づける一大転機であった。その震災から、2年が過ぎようとしている。この間、防衛庁自衛隊でも、災害派遣についての様々な見直しを行ってきた。それらの改正と自衛隊の災害派遣の将来について考える。

1.阪神・淡路大震災における自衛隊の活動

(1)阪神・淡路大震災と自衛隊

 阪神・淡路大震災は自衛隊にとっては、創隊以来最大の災害派遣活動となった。この災害派遣活動は、単にその規模のみでなく、また災 害派遣のあり方のみならず、広く冷戦後の自衛隊のあり方を考える上 で、極めて大きな転機となった。この震災が私達に問いかけたテーマ は、社会全体に対しての「『国民の財産』としての自衛隊という『資 源』をどう活用するか」というテーマ、そして特に自衛隊に対しての「自衛隊は社会の期待にどう応えるか」というテーマである。

(2)活動のあらまし

 自衛隊は、発災当日の1月17日から101日間にわたり、災害派遣活 動に従事した。活動内容は多岐にわたり、165名の人命救助、1238遺 体の収容をはじめ、給食や給水等の生活支援、医療支援、ご遺体の搬 送、果ては慰問演奏や慰問会出の曲芸の披露に至る、様々な救援活動 を行った。

(3)問題点

 101日間にわたる自衛隊の活動は、被災地域内では、総じて好意的に受けいれられたが、そこには様々な障害もあった。連携の不備、装 備品の不足、自衛官の権限のなさ、限られた予算、発想の違いに起因 する関係機関との誤解、等々。自衛隊側の災害救援に対する理解不足 から不必要な摩擦を生んだ事例もあった。ともあれこの震災は、自衛 隊にとって、また災害対策に関係する全ての人々にとって、貴重な教 訓を残したものであった。そしてその教訓を踏まえて、様々な制度の改正が行われた。

2.震災後の制度改正のあらまし

(1)「防衛計画の大綱」の改正

 「新大網」において、大規模災害対策は、国土防衛、国際貢献と並ぶ3本柱として、明確に位置付けられた。その一つの現れが、後に触れる人命救助システムの導入である。

(2)災害対策基本法の改正

 緊急通行車両の通行確保に関して、警察官がその場にいない場合には、必要な措置をとる権限を付与された。また、市町村長に対し、都 道府県知事に対して災害派遣を要請するよう要求する権限が与えられ、さらに自衛官は権限が拡大された。

(3)防衛庁防災業務計画の改正

 震度5以上の地震が発生した場合、災害時に都道府県知事等との連 絡が不能となった際に市町村長や警察署長等の官公署の長から通報があった場合、運航中の自衛隊機などが航空機や船舶の事故などを発見した場合など自主派遣が認められる具体的なケースが定められた。これらの場合自衛隊は、知事等からの要請を待たずに部隊等を派遣する ことができるようになった。

(4)新しい装備品の導入

 自衛隊史上始めての災害派遣専門器材である「人命救命システム」を導入した。

3.災害派遣の今後の課題

 @人命救助システムの持つ意味

 A航空機動力をどう活かすか

 Bノウハウの提供

 C自衛隊と消防の連携

 D人的ネットワークの一層の強化

   などがあげられる。

考察:自衛隊の災害派遣の将来について

 生活やコミュニティーの復興、沈黙段階における防災教育や災害への備えこそが、より本質的で長く深く、より重要な災害対策である。自衛隊外においては、自衛隊の資源を活かすように働きかけること、また自衛隊においては特にソフト面でのノウハウの普及に努めること、このことが震災3年目の自衛隊と関係機関との連携を考えるうえでの課題ではないだろうか。


救急災害医学教育の見直し

阪神・淡路大震災から何を学ぶか〜日本学術会議シンポジウムから〜

相川直樹ほか、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.42-53


はじめに

 阪神・淡路大震災では、震災直後の外傷患者の救出と救急医療、医療支援活動としての緊急救出出動、後方医療機関への搬送に関して多くの問題が指摘された。 実際に現地で医療の指揮をとった医師も、患者の治療にあたった医師も、様々な困難に遭遇したという。わざわざ現地まで出向く医師たちであるから当然その志気は旺盛であったものの、災害医学に関する知識の不足による困難は否めない事実であったという。

 日本学術会議シンポジウムに先立ち、慶応義塾大学医学部救急部教授らが中心になり全国の医療機関を対象として救急災害医学に関するアンケート調査を実施した。

《結果》

(80施設の医学部対象、回答71施設)

@救急医学・救急医療の教育時間

 平均32、8時間。救急に関する教育を一切していない大学が3施設あり、すべて 国・公立大学であった。全体として国・公立大学では私立大学と比べて少ない傾向に あった。

A災害医療の教育時間

 教育をしている施設は半数以下。私立の方が災害医療の教育をしている施設が多かった。教育時間は国・公立大学と私立大学との差異はなかった。

 将来の計画については災害医療の教育を施行していない36施設のうち、将来(平成10年度以前に)実施する計画がある施設は、国・公立大学27施設のうち14施設、私立大学9施設のうち3施設であった。

 そのほか災害医療教育の対象学年、教育方法、教育内容、教育担当科について調査がなされた。また卒業後の臨床研修についても、災害医療の研修の機会のある施設は回答を記入した67施設のうち10施設(15%)に止まっている。

《考察》

 国・公立大学と私立大学との差異の原因については、その需要の差(私立大学には将来開業医になる学生が多い)や国・公立大学では教員の数を増員したり講座を増やすことが困難である事などが考えられる。しかし救急・災害医療教育が全体として全く不十分であるということは事実である。原因として教育時間の不足の他にも、教育能力のある専門の教官がいないことや、適当な教材がないことなどの現場の意見は多い。また根本的な原因として戦後、日本は比較的平穏で、多数の死傷者を出した大災害が少なかった事、外国の大災害への医療援助をほとんど行ってこなかった事があげられる。一方、外国では米国、フランス、スイス、スウェーデンなどで医師の卒前あるいは卒後教育として災害医療の教育がなされている。特に米国では卒後教育としてACEP(American College of Emergency Physicians)とFEMA(Federal Emergency Management Agency)が共同で作成した災害医療のプログラムが1983年から実施されている。

 日本においても今回の大震災以前からその重要性を説く学者はいたものの、それが取り入れられ実行に移される前に多くの犠牲者を出してしまう結果になった。今回の反省をいかし欧米のそれを参考にしてでも、緊急に災害医療の教育体制を整備することが必要な時に来ていると考えられる。


災害医療拠点病院にみる災害看護体制

三島ミヤ子、看護展望 20: 1209-16, 1995


☆国立病院東京災害医療センター

 当センターは災害応急対策活動の中枢となる医療拠点施設であり、平常時から、災害 時に多発する多発外傷・熱傷・中毒に重点をおいた三次救命救急医療、および高度の 総合診療を行っている。そして広域災害発生時は被害者の診療にあたることになる。 また災害医療を中心とした臨床研究、および医療従事者の教育研修にも力を入れ、「 臨床」「研究」「研修」「教育」の4つの柱により、わが国初の広域災害医療の基幹 施設として役割を果たすべく体制の整備に力を注いでいる。

☆トリアージ

 トリアージとは、「多発患者の治療や搬送のため一定基準に従ってその重傷度、緊張 度、優先度を決定、選別することである。また少数の医療スタッフで多数の重軽症患 者にいかに有効な最大の医療救護を行うかという手順でもある。」

(日本赤十字社救 護班要員マニュアルより)

☆死傷者の家族や関係者への対応

 突然の事故は家族にとっても大きな衝撃であり、時にはパニック状態に陥ったり失神 状態となることもある。医療者は患者のことで精一杯であろうが、家族への対応も重 要であり、できるかぎりの援助をし、少しでも安らぎが得られるように配慮する。ま たマスコミと家族の待機場所は別々にする。

☆災害発生時に備えた訓練の考え方と実際

 教育計画としては、施設の理念と方針に沿った看護実践者の育成を目的とし、看護の 基本的な知識・技術の実際から系統的に積み重ねていく構想である。救命救急・災害 看護については、エキスパートナースとして誇りと自信をもち、さらにはスペシャリ ストとして看護の創造・開発のできる看護婦の育成を目指している。そうした考えの もとに、当センターが誕生する以前の平成6年から行ってきた災害・救急医療研修の 実施内容を紹介する。

 1.救命救急関係病院院外研修
 2.実践に役立つ勉強会
 3.救急法
 4.災害看護実施体験
 5.総合訓練
  1)ヘリコプター発着訓練
  2)患者搬送訓練
  3)救護訓練
 6.院内防災訓練

☆まとめ

 建物や設備は整備されているものの、知識や技術、災害に対する心構えはまだ十分とはいえない。災害、救護活動を実践できる看護婦を目指す者としては 看護の基礎的なものを中心に繰り返し訓練し、災害に対応できる専門的能力を高め、看護職員の精神衛生面のケアについても留意する、という3点を今後の課題とし、災害看護とは何か、日頃から準備しておくべきものは何か、を常に問い直しながら、現場の災害に即した体制をつくっていかなければならない。一方、他の国立・民間・専門病院などとのネットワークを含む体系づくりを進めることも必要である。


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