神戸市は震災の貴重な経験を生かして「被害に強いまちづくり」を推進するために地域 防災計画の改訂作業をすすめ、96年3月に「神戸市地域防災計画地震対策編」を全面的に改訂した。これを機に神戸市は震災時に救援に立ち上がった全国の自治体や防災関係者に対するお礼と感謝の気持ちを込め、今後の地域防災の課題や対応を検討する当シンポジウムを企画した。
シンポジウム初日には笹山幸俊神戸市長が、震災の教訓として自治体などは地域住民や事業者との連携による普段からの防災に対する取り組みが重要であることを指摘し、 また、室崎益輝神戸大学教授による基調講演、大竹重幸国土庁防災局防災企画官による国の防災対策についての報告、その後、消防庁震災対策室長、神戸市防災会議専門委員である学識経験者、市防災担当職員による「阪神・淡路大震災を経験して」と題したパネルディスカッションが開催された。シンポジウムの2日目はテーマごとの4つの分科会に分かれて、パネルディスカッションや意見交換がおこなわれた。各分科会の意見交換の後、それまでの議論の結果をふまえながら、震災の教訓を生かし、安全な都市づくりをめざした「安全都市づくり神戸宣言」を発表し地域防災シンポジウムを終了した。
これらの内容を以下にまとめて紹介する。
<震災以後の防災対策の評価>
しかし、震災は起こらなければ実際の被害は分からない。災害像の「質的」なイメージと「量的」被害想定をいかに行うか。この2年前に起こり大きな被害をもたらした阪神・淡路大震災はその意味でわれわれに多大な情報を与えてくれた。われわれは、その教訓を生かさなければならない。地域防災を考えその実行性(自分自身で行なえる)と実効性(やって効果がある)の点検を日頃から行い、さらに予測を越えた事態にも対応できる体制づくりが重要であると考える。
1995年1月17日(月)明け方、阪神・淡路大震災がおこった。揺れに気づかなかった人も、朝のNHKニュ−スで神戸市内の映像が写し出され家屋が倒れ、あちこちで火があがっているのを見て相当に大きい揺れであったというのが伝わってきたと思う。しかし、第一報では外の被害状況が写し出されておらず、NHK神戸市局内の戸棚の倒れる様子や、職員が飛び起きる姿であったため被害状況をはっきりと把握することは難しかった。関西近辺でも出勤して初めてことの大きさに気づくといった人も少なくなかった。この情報不足はこれだけにとどまらず、医療に関しては多大な影響を及ぼした。
大阪病院協会では、1月17日に約3000人を受け入れる計画がなされた。しかし実際には個人レベルで受け入れが行なわれ、組織的な活動はまったく行なわれなかった。大阪市立大学に限っていうと、1月17日正午になって大阪府医師会、大阪府医療対策課から救急患者受け入れ体制準備の依頼が病院にあった。(これは正式決定ではなくそれぞれの部署にいる人の判断であった。)更にその直後、大阪市立総合医療センタ−の救急部から、救急患者を何人収容できるかという問い合わせがあり、大阪府からの依頼のあった直後だったため確定人数を言えなかった。午後になって、大阪府医療対策課、大阪府環境保険局から神戸方面への医師並びに看護婦派遣チ−ム8人を準備するようにとの依頼があったので準備した。しかし4時になって神戸地区の受け入れ体勢が不明という理由で不要との連絡を受けチ−ムを解散した。大阪市立大学では、夕方まで救急に備えて当直人数を増員して待機していたが、情報がまったく入ってこないと言う状況であった。実際に病院レベルで活動を開始したのは18日午前4時で、大阪市立総合医療センタ−救急部よりの依頼で医師8人を神戸へ派遣して、トリア−ジを現場で行ない重症患者の搬送を開始した。これらのことからも医療関係の情報不足が明らかである。統計によると、最初の1週間に収容された3次救急(重症)患者数は施設によって差はあるが組織的な情報連絡よりも個人または関連大学レベルの連絡網のあった施設に多く収容されているという結果になった。
次に震災後判ったことだが、地震による外傷患者は集中治療室、整形外科などに入院したが産婦人科の来院も思った以上に多かったという統計結果となった。つまり、大震災においては外傷患者だけでなく、日常に行なわれている医療行為が不可能になるために生じてくる問題にも目を向ける必要性を示している。
阪神・淡路大地震の様な広範囲にわたる災害では、その地域の医療施設が機能不全に陥るのは当然であるが、周辺部の病院機能も完全ではないことが多い。特に都会では遠方より通勤している人が多いので交通機関の影響を受け要員が完全に集まらない。日頃から緊急事態発生時に勤務地に近い管理職または代理人が命令系統の指揮を取れるような手順を決めておくべきである。
今まで上げた問題点を踏まえると、後方支援病院としての機能を維持し十分なベット数と、院内各科の協力体制が必要となってくることから、大学病院を中核病院としていくことが望まれる。救急病院は独立型で、関連病院がないことから軽症患者を移していくことは難しく、重症患者へのベット数の確保が困難である。また、案外多い日常の医療行為も大学病院では外来で対応できる。また、今回被災地にある病院では医療関係者が献身的な努力をされていたが、現地に行くのも大切なことと思われるが医学医療が進歩し、高度の医療機器を背景に現代医療が行なわれている今日において、迅速に患者を搬送し、最高の医療を提供できるようにする組織の構築が重要だと考えられる。そのためには、搬送するためのヘリコプタ−、ヘリポ−トの確保や、病院船、車高の高い4輪駆動の救急車などが災害時には有用である。今後は、災害時に備えた大学病院の体制を日頃から構築し、周辺の病院との連絡網を確立しておく必要がある。
切実さをもって問題に関わりつながりをつけようと自ら動くことに よって新しい価値を発見する人である。
被災地内に住居を構えていた医療関係者
被災地外からの応援
1月26日以降
遠隔都道府県から自治体病院、国立病院、日本赤十字社、公的病院、大学病院、自衛隊のスタッフ
個人レベルの医療ボランティア
救護班は延べ15、387班に達し、人数に換算して75、000人以上の医療従事者が関与したといわれている。
4月以降
災害時保健所の役割は大きく、薬品の供給、患者発生状況などの情報提供、専門医の派遣、予防接種の斡旋など行なった。
2.AMDA(アジア医師連絡協議会)
3.JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)
4.JMTDR(国際救急医療チーム)
5.その他
精神病患者でない人に起こる障害。
PTSDと災害神経症の相違点
災害神経症には、災害に対する賠償をしてもらうという意識的、無意識的な心的過程が前提としてあったのに対して、PTSDは、そのような価値的観念は無く、中立的なものとされる。
PTSDにどのように対応するか
できるだけ患者の話を聞いてあげることに尽きる。
いわゆる精神保健的な相談のみでなく、生活相談、よろず相談が大切である。
(現実には解決できない問題がほとんどであるが、患者は心の広がりがなく視野が狭くなっていたり、情報が不足している可能性がある。)
1.一時医療ニーズ:災害によってひき起こされるもの。例えば、直後の救命救急。被災後短期間で消失する。
2.二次医療ニーズ:続発する被災後の事態によって引き起こされるもの。被災後も長期間続く。災害時精神医療はこちらに含まれる。
地震等の災害で、通っていた診療所が損壊したり、交通手段が無くなったりすることで、今まで飲んでいた薬が無くなった精神科患者が発生する。:精神科救急という発想
災害時精神医療を行うにあたって
1.各チームをコントロールするセンターが必要。:適材を適所に配置する役割。
2.チーム医療が重要。
挫滅症候群(クラッシュシンドローム)とかコンパートメントシンドローム(以下両者を合わせて、クラッシュ傷害とする)という言葉を聞くと、何千もの人が死傷するような阪神大地震のような大きな地震を思い起こす人は多いだろう。 地震の時に破壊された建造物により四肢に重度の傷害を負った被災者を見るためである。
しかしクラッシュ障害はそこのような派手な例だけでというわけではなく、軽度の障害は普段でもしばしば観察される。
典型的な例としては、
などが挙げられる。 多くの場合、患者は現場で安静に保たれた後、医療機関に搬送されて治療を受ける。しかし、こうした事ができない例もある。 たとえば大地震の混乱した状況下や、機械に挟まれて簡単に救出できないような場合では、早急な搬送と適切な治療は期待し難い。 研究によれば、クラッシュ障害は予防可能である。 そのための条件は災害に対応する医師をはじめ現場で対応する人たちが、筋膜切開の基本手技や救命的断肢術ができるように教育をうけていることである。
ここでクラッシュ障害がどのようなものかについて述べる。 腕や脚の筋肉は筋膜に包まれている(これをコンパートメントという)がこうした筋肉が外傷、典型的には圧迫する力を受けると、局所に浮腫を生じる。 筋膜は進展性がないので、その中の筋肉組織が腫脹すると、中の圧力は上昇せざるをえない。 そして、組織内圧が15〜20mmHgを超えると、血行が傷害される。 これがコンパートメントシンドロームであり、定義としては、圧挫傷に引き続き筋肉コンパートメント内圧が上昇し、筋肉、神経、血管の機能不全を生じるものであるが、基本的に傷害はコンパートメント内に限局している。
野外でのコンパートメントシンドロームの初期症状は、触れられた時の疼痛と患肢の屈曲困難である。 さらに進行すると無感覚、筋力低下、皮膚の蒼白化、脈拍の消失がみられる。圧が40〜50mmHgを超えれば、確実に虚血性の筋傷害を生じる。 血圧の低い人であれば、30〜40mmHg程度の圧でも、虚血を起こすのに十分である。 もしここから減圧できないまま4〜8時間が経過すると、横紋筋融解(筋肉細胞の壊死)が始まる。クラッシュシンドロームとは、筋肉に圧迫がかかり筋肉細胞が傷害・壊死をおこし、その結果として、全身に影響を及ぼすようになった状態を言う言葉である。 筋細胞が死ぬと中からミオグロビン、カリウム、りん酸が出てくる。 傷害された筋細胞の膜はカルシウムを取り囲むように働き、血清カルシウム値は低下する。 血清中のカルシウムの低下とカリウムの上昇は心静止を引き起こす可能性がある。 また、血中に流出したミオグロビンは腎臓に毒性を発揮し、急性腎不全の原因となる。 さらにクラッシュ傷害の患者の多くは他の併発外傷により出血、あるいは第三区画への体液の移動により循環血液量が減少して、ショックの状態になっていることが多い。 仮に被災者がこうした急性期を乗り越えたとしても、壊死した筋肉組織は格好の感染母地になるので、敗血症に進展し死亡することもある。
ではクラッシュ傷害を予防する方法について考えてみる。
災害現場ではクラッシュシンドロームに対する適切な治療ができるわけではないので、したがって、発症しないように予防するのが最善の策である。 コンパートメントの内圧があがりはじめたら、筋膜切開をすることでクラッシュシンドロームへの移行を防ぐことができる。 筋膜切開とは、筋肉を包んでいる筋膜を切開して、中の圧力を低減しようとする外科的手技であり、コンパートメント内圧の高値が4〜8時間ほど持続しているが、ここで減圧すればまだ組織は十分に回復しうる、と判断できる場合に行うものである。 そして、その徴候は患肢の疼痛と硬化である。 筋膜切開をするか否かの判断は容易ではない。 というのも、コンパートメントの内圧の定量とその持続時間の評価が難しいからである。 不必要な筋膜切開を行って、後に醜形を残す危険性もあるが、ためらうと患肢の切断や、最悪の場合、生命をも失うことになりかねない 。 しかし、必要な筋膜切開をしなければさらに悲惨である。 なぜなら患者は四肢の機能も生命も、ともに失ってしまうのであるから。 したがって、クラッシュ傷害の危険性が高い外傷を受けた患者でコンパートメント内圧が上昇していそうな徴候が何か見えたら、それが4時間以内であっても、予防的に筋膜切開を行うのが妥当である。 コンパートメント内圧上昇と骨折を併発している場合は、さらに決断が複雑になる。 筋膜切開のために、閉鎖性骨折が開放性骨折に代わる危険性がある。 しかし保存的に治療するとクラッシュシンドロームにいたる恐れがある。 医療の専門職とは、こうした状況において二つの選択肢の中から、より損害の少ない方法を選択できる者をいうのである。 筋膜切開の適応があっても、実際的には断肢術が選択されることもある。 もしコンパートメント内圧の高度の上昇が4時間以上持続していれば筋細胞の壊死が始まっている可能性がある。 このような状況下で筋膜切開を行っても、壊死した筋組織が露出されるだけでやがてショックおよび敗血症は必発であるため、断肢術は必然となる。 四肢が6時間以上にわたって完全阻血されると、組織の障害はもはや不可逆である。 その場合、明らかな外傷を認めない範囲にまで及ぶ疼痛、患肢全体の疼痛と屈曲困難、皮膚の蒼白化といった症状がみられる。
結論
クラッシュ傷害はプレホスピタルケアの対象であり、たいていは現場での基本的安静かと、治療可能な医療機関への早急な搬送で対応できる。 しかし中には、そうした通常のやり方では対応できない例もあり、そうした場合、前で述べたようなことを判断材料に、筋膜切開、断肢術などの方法により、生命あるいは被災肢を救わなければならない。
緊急救助出動体制の見直し
藤森 貢、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.110-7
医療ボランティア活動
川前金幸ほか、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.34-41ボランティアとは
阪神大震災でのボランティア活動の実体
兵庫県立病院医療救護班
近隣府県の県庁
市役所
医科大学の派遣チーム
アジア医師連絡協議会(AMDA)
済生会、共済組合、社会保険病院、民医連医療ボランティア活動の反省点
主なボランティア団体とその救護活動
PTSDと災害時精神医療
山口尚彦、看護 47:88-92, 1995PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder/心的外傷後ストレス障害)とは
(ただし精神病患者には、急性憎悪を見ることがあり、精神病患者にも影響を与えていることは十分想像できる。)災害時精神医療について
挫滅症候群を予防する
Schultz CHほか、救急医療ジャーナル vol.5 (6) 通巻 28, p.34-8, 1997