災害医学・抄読会 980515

医療救援の体験と問題点

(阪神淡路大震災を踏まえて)

窪田達也、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.27-33


 大災害時の医療救援には大きく分けて、急性期、亜急性期、慢性期の3つの時期があり、また医療ニーズの内容も刻々と変化する。

 急性期では災害発生直後の初動が重要であり、一次災害の死亡率を減らすにはSMR(Seach,rescue,medical)すなわち、捜査、救出、医療の連携が極めて大切であり、この中の一つの因子でも欠けると効率的な医療救助は不可能となる。今回の大震災に際して、情報の空白化、国家的災害医療システムの不在により初動体制の遅れを招き、被害をより大きくしたと言える。対策として、被災地以外の第三者による被災状況の客観的把握と指揮権の発動という国家的総合的なシステムの構築が上げられる。

 亜急性期は被災者が避難所へ殺到する時期であり、この混乱した状況のもとで医療体制を確立していかねばならない時期である。大震災時では、被災地の医療機関の機能は低下もしくは停止した状態であり、避難所での仮設診療所は、実際の医療面だけでなく、精神面でも避難民に大きな安心感を与え、災害医療救援の大きな側面を果たした。医療ニーズという面で見てみると、急性期には被災者1万人単位の対応であったのに対して、亜急性期では被災者20〜30万人単位の対応が要求され、内容も多科にわたる診察が必要であった。

 慢性期では避難所維持と避難民の健康管理をし、そして機能を回復してきた地元医療機関への診療活動を円滑に引き継ぐ時期である。この診療引き継ぎに当たっての最大の課題は、被災者の了承を得ることである。この時期においては、被災者にとって医師が身近にいることが過酷な避難生活を送るうえで大きな支えとなっているため、派遣団にはより長期の活動が求められる。一方、医療派遣団はいつまでも診療を継続することはできない。したがって回復してきた医療機関への診療業務を責任を持って引き継ぐことが、救援活動の最終目的となった。そのためには、市、保健所、医師会、避難所施設長、住民と繰り返して話し合う必要があった。そして、住民に安心感を与え、理解を得るためには、引き継ぎ機関と一定期間診療をともに行なうなどの配慮が必要であり、またそのことが有効な手段となった。

 このように災害救援を行なうに当たっては急性期だけでなく、亜急性期の医療救援の展開の仕方、慢性期の医療援助のあり方、そして1カ月後の「撤退」、「引き際」をいかに円滑に行なうかが、極めて重要な仕事であることも認識した。

自治医大医療派遣団の被災地での活動の実際


情報システムと搬送体制の見直し

小濱啓次、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.100-9


1、情報システムについて

 情報の途絶 → 医療機関の孤立

     その結果、

     自転車、徒歩、口頭、張り紙などで情報伝達

図1.診療録機能を低下させた主原因

 施設・設備の損壊     41.7%
 上水道の供給不能     73.6%
 電気の供給不能      33.1%
*電話回線の不通および混乱 60.1%
 ガスの供給不能      54.0%
 医薬品の不足       20.9%
 医療従事者の不足     44.2%

図2.設備の被害

 単純X線写真       22.0%
 CTスキャン       29.9%
 MRI          70.0%
 血管連続撮影装置     27.4%
 人工透析装置       37.0%
 緊急用または患者輸送用          自動車   2.1%
 自家発電装置       20.0%
*通信設備           (コンピュ−タを含む)  19.6%
 受水槽          30.9%
 高架水槽         36.5%
 給水管          56.7%
 厨房設備         30.8%
 エレベータ        40.9%

表1.情報の確保

1)震災時の情報連絡

2)代替の情報伝達手段

図3.診療応需情報の開示方法

図4.ライフライン、情報、医薬品の復帰・充足状況

図5.防災計画
(各項目について防災計画を立てていた医療機関の比率)

図6.災害医療情報システム

2.搬送体制について

 道路の渋滞など → 搬送体制の混乱

図7.阪神・淡路大震災における搬送手段

図8.ヘリコプタ−搬送の所属別分類

表2.兵庫県立西宮病院における医療対応

表3.搬送手段

  1. 車(自家用車、病院車、パトカー、救急車、消防車)

  2. 航空機(ヘリコプタ−、ジェット機)

  3. 船舶(ヘリポート付病院船)

表4.ヘリコプタ−の運営

  1. 私的機関が行う(民間機関、民間病院など)

  2. 公的機関が行う(消防庁、厚生省、国土庁など)

  3. 第三セクターが行う(半官半民の組織を作る)

図9.ヘリコプタ−の利用に付いて

  1.  阪神・淡路大震災の被災地内の医療機関でヘリコプタ−利用について知っていたもの
               49.2%

  2.  知らなかったもの  50.8%

図10. 大災害のための救急医療体制


看護職のPTSD

―雲仙普賢岳長期災害と看護管理―

高口榮子、看護管理 6: 174-181, 1996


 阪神・淡路大震災は、 その被災規模の大きさから、 各分野で多大の障害を残した。 そのなかで医療者の心的外傷後ストレス反応(PTSD: Post Traumatic Stress Disorder) が問題にされている。

 医療救護対策班副班長という立場で、 雲仙普賢岳大火砕流を経験した筆者にとって、 この体験はまさに心的外傷であった。 今回、 その災害時の反応を振り返り、 何がそれらの要因になったのかを探ってみた。

T. 前災害期; 雲仙普賢岳噴火から大火砕流発生まで

 1990年11月17日、 雲仙普賢岳噴火。 この時は直接の被害はなかったが、 これから大変なことが起きそうだという不安、 患者を自分たちでだけでは守れないという焦燥感があった。

〔診断 1〕
§ 心的外傷のハイリスク状態
・不適切な現状認知による逃避と攻撃
・役割業務の過大な認知と過剰な防御

〔T 対応策〕
環境の整備: 懐中電灯、 携帯ラジオの常備

U. 災害発生期

 1991年6月3日、 大火砕流発生。 救急に走りまわる中、 時間が経過するに伴い、 疲労を感じない麻痺したような感覚と、 対象を選ばず湧き起こる激しい憤りに自制できない自分を感じ、 自分の身に降りかかる理不尽な状況を誰も分かってくれないという苛立ちがあった。

〔診断 2〕
§ 情動統合性の低下
・喪失への脅威/生命、 家族、 財産
・感覚の麻痺/興味と注意力の狭小化
・疎外感
・現状の不適切な認知/過剰な不安、 依存性、 焦燥感、 孤立感
・役割の過剰な認知/高揚感、 悲壮観

V. 救援期

 長期化する災害の中で、 入院患者の退避、 再度の被災への対応など、 課題は次第に苛酷になっていく。 役割認識が異常に高まり、 いつも以上の働きができているのに不安が募り、 背負いきれないものを背負った悲壮感があった。 説明できない苛立ちと不安に自分自身が押し潰されそうだった。

〔診断 3〕
§ 状況的自己尊重の低下
・役割の過剰な理想化とこだわり/非現実的な自己期待、 過小評価、
                無能さ無力さへの罪悪感
・心的外傷出来事の想起と忌避/無力感、 焦燥感
・喪失体験による価値観の混乱

〔U.V 対応策〕
心的外傷の認知と表出:
 救護活動記録を残すことにし、 職員に詳細にインタビューをした。 これがお互いの痛みや感動を語り合い、 心を開き会う機会になった。 また、 インタビューの内容を皆に返していくことで、 閉じ込められていた気持ちの解放につながった。

W. 復興期

 地域の復興が始まったころ、 看護職員のバーンアウト傾向がきがかりになる。 しきりに達成感がほしいと言い合って、 それぞれにやりがい探しを始めていた。

〔診断 4〕
§慢性的自己尊重の低下
・自己の過小評価、 興味の狭小化、 心的外傷を想起させる状況や活動の忌避

〔W 対応策〕
相互作用の認知と相互啓発:
 カウンセリング学習会による相互のやりとりの中で自分を表出することで、 自己を確認し、 対象を理解できる。

総 括

 PTSDはストレスへの正常な適応過程であり、 自然な反応である。

 組織の中で生じるPTSDは、 現状の認識にズレがあることと役割を過大評価してしまうことに起因する。とくに管理者は役割を理想化してしまいがちで、ストレス反応を倍加している。結果として、その指揮下におかれた人たちに悪い影響を及ぼす。

 相互に援助し合える関係を作るために、 まず反応している自分を認識し、 早期に安定を取り戻すことが重要である。


ダウンバーストによる被害の1事例

河野元嗣ほか、日本集団災害医療研究会誌 2: 53-6, 1997


 気象現象に伴う自然災害の中で強風によりもたらされる被害すなわち「風害」は日本では台風に伴うものが多く、風害単独の被害事例は希である。今回ダウンバースト(下降噴流)と呼ばれる突風により20名が負傷し、その内1例が死亡する事例があったため、これを調査し、災害医学と気象学の接点を考察した。

I、事例概要

 1996年 7月15日14時30分頃、茨城県下館市西部地域で、雷鳴とともに突風が吹き激しい雹(ひょう)が降った。被害はこの地域の直径 4 kmの範囲で極めて限局して発生した。風向きは被害地域の中心から放射状に広がっており、本事例は国内最大最強のダウンバーストと確認された。なお消防本部と市役所のある市の中心部では、雷雨と降雹はあったが突風はなかった。

II、人的被害

1996年 8月14日集計の負傷者数は20名で、軽傷18名、中傷 1名、死亡 1名であった。西部地区での患者発生がほとんどで、同様に突風のあった南部地区では軽傷 2名のみであった。

III、考 察

 まず、藤田によるとダウンバーストとは夏の日の午後、地表で暖められた空気は上昇気流となり積乱雲が発生する。上昇気流中では気圧の低下による断熱膨張や水滴の蒸発により気温が低下し、相対的重量差により下降気流が生じる。この下降気流のうち、地表に達して四方八方へ広がり被害が発生する程の強度と規模を持つものをダウンバースト(下降噴流)という。

 また、発達した雷雲には、ダウンバースト以外にそれぞれ発生機序の異なるガストフロント(迅風前線)、竜巻という突風現象が起こり得る。

 突風の風向きと被害範囲の広がりから、本事例は国内最大最強のダウンバーストと確認された。

 風害の多くは台風に伴う強風であり、台風は予知情報が発達しており、台風接近を周知することは容易であるが、一方ダウンバーストは突発的に発生し、その風速は台風を下回るものの(風速は気流の変化としか捉えられない)予知が困難である。

 そこで本事例の死亡症例に救命の可能性があったとしたら、それは救助、搬送、治療ではなく、予防が重要であったと考えられる。何らかの警戒情報があればこの男性は戸外に出ず、屋内に難を免れたであろう。日本における予知警報体制では、気象警報は自治体や放送を通じて住民に知らせる義務があるが、気象注意報には必ずしもその義務はない。

 当日12時40分に、水戸気象台は茨城県下全域に雷注意報を発令した。また、雷注意報は単に落雷の予報ではなく、強風、降雷を含めた注意報であることは一般には全く知られていない。

 そこで、発達した雷雲には常に突風の危険が存在することを認識した上で、現段階での予防策として、雷注意報が発令された場合には堅牢な家屋の中央部に避難し、障害を予防することが重要であると考えられた。


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