災害医学・抄読会 980501

震災地の救急災害医療活動

大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.


被災当初の経過

 激甚災害地域とはいえ、 六甲山系の北側に位置する当院は、人的、物的被害も軽微で、ライフラインも保持さ れていたので、救護班の派遣も含め後方支援病院として医療活動を行った。できるだ け多くの患者をうけいれるため以下の方針を決めた。

  1. 予約入院患者になるべく入院を延期してもらう。

  2. 退院可能な患者になるだけ早く退院してもらう。

  3. 退院が無理でも、高齢者で適応があれば併設の老健施設に移っていただく。

  4. 個室は相部屋とし、ナースステーション内も含め、可能な限りベットを増やす。

  5. 成人病予防検診、人間ドックなどの保険予防活動を停止する。

 全体としての疾病傾向の推移は、外傷、 打撲、骨折、内臓損傷、かぜ、熱傷、一酸化炭素中毒、分娩、透析などに始まり、コ ンパートメント症候群5例を含む挫滅症候群(CS)、肺炎、高血圧、精神神経障害 などに移った。今回の多数例の経験から学んだことは、第一に急性腎不全(ARF)はC Sの予後決定因子ではなく、ショックや循環不全などの急性期を乗り切って、腎不 全が治療の主目的となるまで延命しえた患者については、十分な血液浄化療法を行え ば救命しうるものと考える。第二には、軽傷者にも後発しうる腎不全を見逃さないこ との重要性、すなわち大災害時にCSによるARSという特異な病態の存在を常に念頭に 置くことの必要性を改めて認識した。

I、当初直面した問題

  1. 多数の慢性透析患者やCSの受け入れにより、透析液やダイアライザーが底をついた。

  2. 内臓破裂の患者を収容したため、保存血液や主に昇圧アミンなどを中心とする医薬品や診療材が不足 した。

  3. 給食材料は米3日分と副食材料は当日分しか在庫がなかった。

  4. 血液センターや各業者には連絡すら不能なことが多く、入手の見込みは立たなかった。

  5. 全職員への連絡と召集に約1週間を要し、出勤できる職員は限られており、特にlCUや 透析室勤務者に負担がかかり、倒れるのではないかと懸念された。

II、今回の災害で失ったものと得たもの

1、失ったもの

  1. 職員の肉親の生命およぴ家屋と財産

  2. 軽微とはいえ病院の建物と機器の損壊

  3. 病院の収支の悪化

     当院が新築移転後、初めて赤字 決算となったが、その理由としては以下の事柄があげられる。

    i)当院の本来の使命である高度医療が緊急対応のため中止または延期を余儀なくされ た。<1人1日当たりの入院診療報酬の減ると平均在院日数の延長がその事実を裏付けて いる。

    ii)大きな収入源であった保険予防活動の停止。

    iii)震災後しばらくは外来患者数が減少した。

    iv)超過勤務手当を主とする人件費の増加と通信連絡費など。

2、得たもの

  1. 多くの教訓

    i)自然の破壊力のすさまじさと現代科学技術の限界を改めて痛感した。

    ii)"便利な" 都市生活基盤の意外な脆さを改めて認識した。

    iii)予想もしなかった広域大災害に際しての救急医療の指揮命令系統の混乱が暴露された。

  2. 全国ネットの社会保険病院群の一員である事の意義と恩恵を実感した。

  3. 職員の和がよくなり志気が向上した。

III、今後の課題

  1. 広域大災害時における情報の整理

     電話やFAXに頼らない縦と横の情報ネットワークを確立して、各施設からの情報を統合して災害時の救急医療を指揮する県や市などの行政と医師会や病院会が一体となった指令塔と指揮命令 系統を確立することが何よりも大切である。そこへ被災傷病者の状況と各医療施設の 残存機能の情報を集中し、受け入れ可能な患者の重症度と数を正確に把握したうえで 、訓練を受けたトリアージ担当者が選別した重症度別に患者を適宜各施設に振り分け る。

  2. 人と物の流通手段の確保

     災害直後のすさまじい交通渋滞のため、患者や医 寮品などの移転が妨げられて、助かるべき生命も失われた教訓を今後に生かすべきで ある

  3. 医薬品、医療材料およぴ給食材料の備蓄

  4. 各施設レベルでの対策

  5. ハード面

     建物に免震構造システムを採用し、貯水槽は高位でなく地下に移し、容量も十分 なものとするとともに、節水の目的にも含致する中水道システムを取り入れること、 酸素ともども院内配管を強化すること、および設備機器の固定を強化することなどが 必要である。

  6. ソフト面

     各施設ごとに広域大災書を想定した防災マニュアルならび に職員の非常召集マニュアルの策定と訓練が必要である。

  7. 被災地の医療機関としての問題

     避難所などへの救護班の派遣要請への対応の問題がある。

  8. 帰る家を失った社会的入院(入所)患者への対応

     治療は終了しても自宅が倒壊し家族が避難所に避難している老人患者を、 避難所に帰すわけにもゆかず、さりとて近隣の老人収容施設も被災物で満員で転送 の目処もたたず、やむなく当院と老健で面割をみるほかなかったケースが目立った。

  9. 近隣の姉妹病院への患者・入所者の転送の問題

     いったん落ち着いしまってから転院の同意を得ることは至難の業といえる。


緊急救助出動体制の見直しについて

大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.


 平成7年1月17日、阪神・淡路地区に発生したマグニチュード7.2の激震は、死者6千余人、負傷者2万7千余人、罹災者30万余人と想像を絶する大惨事をもたらした。検死の結果によると、窒息死・圧死66.4%、焼死・全身火傷12.2%、打撲・挫傷8.4%、頭部損傷3.4%、外傷性ショック2.0%、不詳・不明3.2%となっている。電気・ガス・水道等のライフラインが断絶し、交通も途絶え、病院そのものの倒壊など救助医療を行うこともままならない状態を呈し、救出された人の90%が救出後に死亡している。この様に災害医療は救急医療のある一面であるものの、日常の個々を単位とした救急医療とは質的に異なったものである。

 まず災害の実態についてであるが、今回の負傷者数は発生後3日目くらいまで急激に増加しているが、発生後6時間くらいまでは確認されている数は非常に少なく、その後漸次増加している。このことは救出を待ちわびている人が多数いたと言うことを示しており、この早期に適切な医療を行う必要があることを示唆している重要な時期である。今回も1分の遅れで1人の命が失われたとも言われている。別の統計によると、災害時の救助時間と救命率は12時間以内で70%、24時間以内で50%、48時間以内で10%、72時間を超えると0%となるという結果がある。

 また、この震災で表面化した事態に情報網の不備と破壊、交通網の遮断がある。災害時の通信手段としては通常の手段はほとんど使用不能となり、衛星通信でさえも電源の途絶によって使用に耐えなかった。一般電話も満杯となり、結局使用できたのはバッテリーを使用したものだけであったことは今後の大きな教訓である。また、電話・ラジオ・テレビの大きな情報量を使用するものに一般人の安否確認がある。これがある程度確保されていないと人身不安を引き起こし、ひいてはパニック状態となってしまうためこの対応策も重要である。そして交通網確保のためには、安否確認、急を要しない救援物資の輸送は避け、救助、患者搬送、消防などの救急車両のみとすることが大切である。

 次に災害時の救助出動についてであるが、現地の病院が崩壊し、ライフラインが切断され、その復旧に長時間を要することが災害時の特性であり、まずは家族・隣人による救出が大切である。そして被災者に対してある程度の処置を行った後は第一次トリアージのもと、健在である周辺地の医療機関に患者を搬送すべきで、このトリアージに精通した医師、救命士を速やかに現地に派遣することが重要である。また、今回は筋挫滅症候群が多かったが、本症は初期には一見軽症に見えても時間ごとに悪化する傾向があり、1回のトリアージのみとせず、さらにいったん発症するとICU管理や透析が必要になるため、第一次トリアージを行われて搬送されてきた場合でも必要に応じ第二次トリアージを行い、さらに後方の余裕のある病院に搬送するべきである。

 また、災害医療は救助と一体化しなければ意味がなく、災害発生早期に出動しなければならない。この様な意味でも自衛隊はその能力を有しており、これを活用すべきである。

 以上、今回の震災における反省を踏まえて参考としたいものにフランスにおけるSAMU(Service d'Aide Medicale Urgente)がある。これは何か救急医療において問題があると、専用車で麻酔科の医師が現場に行って治療を行い搬送してくるというものであり、ときに救急隊員とともに罹災した患者のそばに行き、呼吸・循環の管理、輸液・輸血や疼痛の管理を行うものである。これを参考として、救急・救助・消防の経験を持ち、命令することに馴れている消防隊員を救急医療指揮官とし、その下に医療指揮官、救急隊指揮官、救助隊指揮官をおき、相互に連絡し合いながら小隊を組み、これに自衛隊が加わって救助活動に当たるというシステムを構築することが大切であり、早急に国家レベルのマニュアルを作成する必要がある。しかし、実用に耐えうるマニュアルを作成するためには、今回の震災についての各方面からのデータを徹底的に集め、これを時系列的に並べて分析したうえで、1,目的を明らかにし、2,情報の収集と連絡方法を確立し、3,経費をどうするか明確にし、4,地域住民との連携を保ちながら作成し、これをもとに繰り返し訓練を行ってマニュアルを是正していく必要がある。


医療ガス供給異常に備えて何をすべきか

渡辺 敏、Clinical Engineering 5: 418-422, 1994


【はじめに】

 医療現場で使用される医療ガスには、酸素、亜酸化窒素(笑気)、窒素、二酸化炭素(炭酸ガス)、吸引などがあり、酸素療法、人工呼吸療法、麻酔など医療現場ではなくてはならない重要なものである。地震、火災、水害などの災害時には、これらの医療ガスの適正な供給が維持されなくなる危険性があり、その際には、医療施設内での医療の適正かつ安全な遂行が障害を受けるばかりか、時には患者、医療関係者に致命的な影響を与えることになる。以下、地震、火災、水害で予想される医療ガスの供給異常に備えて行わなければならない点について考察する。

1、地震の場合

1)医療ガス配管設備

 供給源設備から院内各部門の配管端末器まで送気配管によりガスが供給されるため、地震の影響を受けやすい。また、数多くのボンベが配備されているマニフォールド部(高圧ボンベ集合部)では、ボンベの転倒などにより医療ガスの供給が停止する危険性がある。その他、送気配管の断裂などで医療ガスの噴出が起こり得る。噴出場所や医療ガスの種類によっては、火災や酸素欠乏事故などが起こる危険性がある。地震に続いて電気設備の異常により停電が起こると、医療ガス供給源設備の制御装置、吸引供給装置、医療用圧縮空気供給装置などが作動しなくなる危険性がある。

 対策として、医療現場では必要な医療ガスを準備しておかなければならない。特に、酸素は各医療現場でいつでも使用できるように、小型のボンベを準備しておく必要がある。吸引の停止に対しては、電気式吸引機を準備しておくとよいが、停電時に使用できないため手動式の小型発電器を常備するか、充電式の吸引機あるいは足踏み式の吸引機を準備しておくとよい。

2)高圧ガス容器(ボンベ)

 鎖などによる固定を行い、転倒防止に努めなければならないが、この処置がなされていないとボンベは地震の振動で動き、転倒、暴走、ガスの噴出などが起こる危険性がある。

 対策として、普通のボンベは鎖や木枠により確実に固定するが、大型ボンベではボンベを横に寝かせて一本づつ古い覆い布などで巻き付けておくことにより地震時の暴走を防止できる。

2、火災の場合

 医療ガスの中には酸素、笑気、酸化エチレンガスのように火災の際に注意しなければならないガスがある。特に、医 チ療現場で使用されることが多い酸素では、火災時の取り扱い方法により、酸素を使用中の患者や医療従事者が重大な影響を受けることがある。火災発生時には、火災の部位に酸素や笑気などのガスが供給されないようにしなければならない。通常、これは各医療現場にあるシャットオフバルブ(医療ガスの供給源設備と配管端末器をつなぐ送気配管の途中にあるバルブのことで、医療ガス配管設備の増設、保守点検、火災時などに下流へのガスの供給を止めるために設けられている。)の操作で行うことができる。この際、火災による被害を食い止めるために医療ガスの供給をシャットオフバルブで止めたことで、その末梢で酸素を利用していた患者が酸素欠乏にならないよう、注意して操作する必要がある。

 対策として、酸素を使用中の患者では、酸素の使用が中断できる場合は安全な場所に患者を移動させた後、酸素療法を再開する。酸素の中断が不可能な場合は酸素ボンベを注意して使用しながら、火災の現場から患者をできる限り早く避難させる必要がある。

3、水害の場合

 雨量によっては下水管の処理能力を超え、膨大な水が地階などの低いところに流れ込む危険性がある。医療ガス設備、電気設備など病院の活動の源となる部分が地階に設置される施設は多い。

 対策として、医療ガス設備、その関連電気設備が冠水したときのことを考えて、小型のボンベ、携帯型の発電器と電気吸引機などを配備しておく必要がある。同時にこれらの設備や装置が冠水しないように、防水板や防水扉を設けて水が入り込まないようにするとともに、浸水に備えて排水ポンプなどを準備しておかなければならない。

【まとめ】

 以上、災害時の医療ガス設備の受ける影響とその対策についてまとめた が、災害時の対応の基本は患者の安全をまず考えることで、そのためにも災害時に備えて必要なガスである酸素と吸引と供給が維持できるように努める必要がある。医療ガスに関係が深い各種医療機器の操作、及び保守に携わり、また、各医療施設に設けるように厚生省健康政策局長が通知している医療ガス安全・管理委員会の一員である臨床工学技師の果たす役割は非常に重要で、災害時に備えて医療ガス安全に関する知識や技術を十分習 得しておかなければならない。


災害時におけるヘリコプタ−搬送をめぐる諸問題

岡田眞人、看護 47: 78-87, 1995


 災害時のおけるヘリコプタ−搬送は最近においては、阪神淡路大震災の時に約200例行なわれた。はっきり言ってこの数字はあまりに少なく、問題点があったと思われる。今回は民間ヘリコプタ−について考えてみる。全国初の医療専用ヘリコプタ−が導入された聖隷三方原病院を例にあげた。震災時は、当初自衛隊が全力で活動するであろうという予測から出動は行なわなかった。夕方になってもヘリコプタ−が人命救助に活躍しているという報道がないため検討した結果出動する事になったが、実際活動を始めたのは3日後であった。搬送方法は基本的には一名であるが、二名搬送する事もあった。搬送チ−ムはドクタ−二名もしくは一名に男性助手が一名であり、ナ−スがする事はほとんどなく以後に問題点となった。

 では、なぜ初期にヘリコプタ−搬送ができずかつ件数も少なかったについて考えてみる。まずシステムの問題である。災害時における行政ヘリコプタ−の出動は、自衛隊や県庁を始めとする地方の行政団体の要請が必要であるのだが、当時現地の通信網は機能していなくて要請がなかったという理由である。次に、民間のヘリコプタ−は航空法により規制されており、今回は3日後になって初めて活動の許可がおりたという事情があるからである。また、医療情報の不足も原因としてあげられる。

 次に、時間が経ってもスム−ズな患者輸送ができなかった理由について考えてみる。まずは、広域的な医療ネットワ−クが存在しておらず、医療機関同士の連絡は医師の個人的なネットワ−クしかなかったという点である。スウエ−デンでは非常時の後方病院が指定 されている。日本の場合指定の後方病院は公的病院中心となって限られており、混乱を防ぐためにも他の病院の指定も必要であろう。

 病院ヘリポ−トについて考えてみる。現在ヘリポ−トをもつための補助金が交付されているのは救急救命センタ−に限られている。現実に救急医療の中核をなしているのは二次病院であり、早急にこれらの病院にヘリポ−トを建設する必要がある。しかし、現在の法律では、病院ヘリポ−トの設置の特別規定はなく都市部の設置はかなり困難となっており、また現在設置されているヘリポ−トでさえも年に使用する回数が限られている。この現状においてはヘリコプタ−搬送の発展は望めず、早急な法改革が必要である。

 ヘリコプタ−の搭乗スタッフの充実も必要である。現行の医師のみではナ−スを常時搭乗さす必要があろう。このためにも搬送専門の医師だけでなく、専門の看護婦の育成も必要である。またヘリコプタ−の速さを生かすためにも、ヘリコプタ−の安全性・機内の医療器具の充実・受け入れ体制の充実が必要となってくる。

 以上をまとめると、日常的なヘリコプタ−救急医療体制の確立・病院ヘリポ−トの新たな基準・周囲に対して風圧が少なく、狭い場所でも離発着可能な中型中心の機体の確保・すぐにヘリコプタ−が離発着できるような航空燃料の確保が今後の課題であると思われる。阪神淡路大震災の教訓をいかすためにも、行政・民間・市民全体がこれらの問題に取り組む必要がある。


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