災害医学・抄読会 980417

阪神・淡路大震災における
救急災害医療活動の実態とその問題点

山本保博、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.78-85


 阪神・淡路大震災では、第一義的な調整、指令を行うべき県庁、市役所が被害を受けたこと、通信が混乱したこと、ほとんどの施設が非常用の通信手段として通常の電話回線を考えていたことから、医療情報を正確に把握できなかった。そのためこの大震災を契機として、災害医療システムの構築や医療情報収集のための手段を確保することが急務であることが明らかとされた。

 医療情報を収集するための手段を確保するため、災害時における公衆回線の優先使用、携帯電話、インターネットなどのパソコン通信、防災無線等の複数のフェイルーセイフ機能をもった情報伝達機能の確保が必要である。

 医療システムの構築については、諸外国に学ぶところも大きいと考えられるが、我が国の実情に見合ったものを早急に確立すべきである。アメリカの災害対策機関FEMAを参考にして日本に対応できる組織を考えるならば、各省庁の協力による総合調整の強化、救命救急センターの活用、医療機関・医療関係団体と消防や警察との連携強化、救命救急士・自衛隊・消防団の活用などが必要である。

 大災害に対する準備は、計画、訓練、備蓄の3要素から成り立っており、医療機関における災害対策は大地震を想定した防災計画の策定が急務である。作成にあたってのガイドラインは厚生省より発表されている。とりわけ災害医療においては、1)災害に共通する災害サイクルの認識、2)トリアージへのアプローチ、3)病院防災の備えが必要である。

1)災害サイクルの認識

 災害はどれも独立したもののように捉えられているが、重要な類似点がある。災害サイクルや被災者に関連した感染症・疾病を理解し、各時相ごとに適切で正確な援助を行うことにより、災害医療活動は限られた人的物的資源の中で最大限の効果を上げることができる。

表1、災害被災者に関連した感染症・疾病

救援の要素疾病のメカニズム特徴的な疾病
避難所混乱、混雑インフルエンザ、感冒
飲料水汚染下痢
食料品幼児食、古い食料品ストレス過食 食中毒、寄生虫
易感染者(高齢者)免疫不全結核、肝炎
疾病保持者の参加細菌、ウイルス、寄生虫結核、インフルエンザ、寄生虫
抗生物質過剰投与耐性菌

2)トリアージへのアプローチ

 トリアージとは、限られた人的物的資源の状況下で、最大多数の傷病者に最善の医療を施すため、患者の緊急度と重症度により治療優先度を決めることである。トリアージの原則は、救命不可能な傷病者に時間をとりすぎないこと、治療不要の軽症患者を除外することにある。生命は四肢に優先し、四肢は機能に優先し、機能は美容に優先する。災害現場では最初に到着した救急隊(救命救急士)がトリアージを行い、トリアージチーム(医師、看護婦(士)、救命救急士)が編成され、現場に急行するのが理想的である。また、全国共通のトリアージタッグを使用し被災者の識別を行うことが望ましい。しかし、実際には治療の優先度を客観的に決めることは困難であるが、治療の優先度について地域住民、救助隊、医療関係者に教育啓蒙していくことが重要である。

3)病院防災の備え

 災害準備の3要素は計画、訓練、備蓄である。医療機関それぞれが地域の特殊性を生かしたマニュアルを作成し、早急に訓練を行い、医薬品や医療機材の備蓄を行う必要がある。

 阪神・淡路大震災を契機として我が国では、大災害における災害医療のあり方についての再検討が活発に行われるようになってきた。数多くの尊い命を無駄にしないためにもより良い災害医療システムの構築が急務と考えられる。


災害直後の公衆栄養問題に対する地域内自衛システムの検討

丸谷宣子、日本公衛誌 45: 99-103, 1998


I、はじめに

 災害直後の公衆栄養問題に関し最も重要となるのは食料の質と量の確保であ る。

 一方、先の阪神大震災の記録によると、彼災地域は被災直後の数日間は交通網、 情報網ともに遮断されている。つまり、彼災直後の数日間、その地域外部からの公的 私的食料援助が届かない時期一援助の空白期聞一がある事がわかった。

 そこで、彼災 着が食潰間題について椙互に助け合い生き延びるための地域住民自立型の自衛システ ムが提案されている。このようなシステムについて、場所、物、人の要件を具体的に 整えうる基盤として学校給食システムが注目される。

II、震災直後(約1週間)における 公衆栄養問題の時系列的変化

 まず、彼災地域の公衆衛生問題を時系列的に整理し、間 題点を明確にする。

 1、震災発生〜3日前後

 3目目午後以降、避難所に3食の食糧の食糧 が規則的に配給され姶めたが、それ以前は、「一日におにぎり一個」等の少量の食ぺ 物か、まったく食ぺ物が無い所もあり、ほとんどの彼災地で食糧が非常に不足した「 援助の空白期問」がみられた。

 2、4日目前後〜1週間前後

 4日目に農林水産省、県警 、自衛隊による食糧供給体制が整う。5日目を経週したした頃から被災看自身の食糧 確保の自助的動きが活発化し、ポランティアによる炊き出しもおこなわれ、食糧援助 に関して安心感が持てるようになった。

 3、災害直後の公衆栄養問題に対する地域保健所の実情と対応

 本来、地域の公衆栄養活動に中心となり取り組むべき保健所の栄養 士は負傷者の手当や死体の収容作業に忙殺され、食そのものの援助や指導に関わる事 ができたのは1週間を経過した後だった。このように保健所栄養士のみで地域の公衆 栄養問題を迅速に処理するのは容易でないと考えられる。

III、災害直後の食糧問題に関する具体的提案

 「援助の空白期間」に関しては、水、食糧、熱源等の個人備蓄といった自助 的努力と近隣住民問の亙助的視点から、
別表の要件を満たす、自衛システム を平常時の公衆衛生システムと連動して作動するように運営しておく必要がある。

災害直後の食糧問題に対処するための要件


(1)即時に利用可能な食橿、本の傭蕃

(2)傭蓄食糧、水の衛生管理

(3)地域在住の乳幼児、高齢者、在宅患者の栄養指導と特殊 栄養対応食糧の調達

(4)大量調理(炊き出し)施設(切り替え可能な熱源、水源、 調理器具、什器、食糧情報発受信装置、下水・ゴミ処理機能など)とその保守管理

(5)大量調理(炊き出し)実施の人的要件(指導者、献立作成の専門的知識、調 理作業の人手)の充足

(6)平常時における公衆栄養活動の連携と訓練

(7)(1)〜(6)の要素のシステム化と行動マニュアル

 このシステムが活用される時には交通手段も分断されている可能性が高いことから、 システムは<近隣生活圏>に設定されなければならない。これは「住まいを中心に日常生活が営まれる概ね小学校区を中心とした圏域であり、住民が主体となって日頃のまちづくりや相互の助け合いにより 災害時のさまざまな自主生活が営める圏域」という概念である。

 以上を、公衆栄養問題の場所・物・人という要件と考え合わせると、公立学校給食の持つ機能が注目され る。

IV、学校給食システム利用の可能性

 まず、重要な非常時の食糧備蓄に関しては、備蓄食糧を一部ずつ使用しながら一定量を確保する間接流通備蓄方式が良く適応し、また、学校栄養士は非常用食糧の衛生管理者として適 任である。都市ガスからブロパンガスその他に即時切り替えられる「ガス2系統 化」が行なわれぱ、学校給食システムは列表の要件に適し、在宅患者、乳幼 児、高齢者への特殊栄養的な献立作成が必要なこと、あらかじめ合 意された作業マニュアルと、その実行の指導着および人的組織が必要なことを考え、 平常時の学校栄養士、保健所栄養士、在宅栄養士のネットワークが機能するとなると 、学校栄養士がそのキーパーソンとなる可能性が高い。

V、おわりに

 要約すると、

(1)場所的要件としては、地域の公立学校の給食調理施設ないし は学校給食センターが利用可能である。

(2)物質的要件として、学校給食付設の食 糧貯蔵庫を拡充、整備すれぱ、非常用食糧の流通型備蓄を確保することが可能である 。

(3)人的要件として、学校栄養士は校区在住の在宅栄養士とのチ ームワークを中心に、非常時に協力できる地域住民とのネットワークの育成、非常事 件用調理設備の保守管理、非常用備蓄食糧の衛生管理にも当たるなどの諸点が可能で ある。

 これらはさらに総合化してシステム化することと、具体的活動マニュアルが必 要であり、資金的問題に関しては、公的資金で出資すぺきものと考える。


地震災害にみられる損傷の特徴

石井 昇、大震災における救急災害医療、へるす出版、東京、1996年、p.2-11


1.地震災害時の損傷の一般的な原因

  1. 建物の倒壊や家具などの転倒、落下物による打撲、挫創、骨折
  2. 火災による損傷/酸素欠乏による窒息死や気道熱傷
  3. 津波による溺水や負傷

 

2.阪神・淡路大震災における損傷の特徴

 本地震災害では被災地の医療機関も当然被災し、電気、水道、ガスなどのライフライン が断たれ、診療機能の著しい低下をきたした。さらに情報網、交通網の寸断と混乱も 加わり、職員の確保や医薬品、医療材料などの供給困難をはじめとして被災地外への患者搬送や救援の遅延など、日本の災害医療における多くの問題点が指摘された。

 今回の地震による人的被害の多くは、人家が密集した地域、人口150万都市の神戸市  を中心として阪神地区を東西に横走する形で震度7の地震に見舞われ、多くの建物が  一瞬にして倒壊したことによる損傷が主体であった。家屋倒壊数18万棟以上という  状況からも、また特に老朽化した木造住宅の倒壊による損傷で、甚大な人的被害がも  たらされた。

(1)死体検案からみた損傷の特徴

 震災による死者の遺体を検視した結果死因は、火災によるものは少なく、倒壊した建物や家具などの転倒による頭部、頸部および胸部の打撲、圧挫による圧死やクモ膜下出血であった。

(2)医療機関での外傷患者からみた損傷形態とその特徴

 神戸市内の医療機関(2次救急指定病院など)に対して、震災時のアンケ−ト調査を行った結果、外傷患者の損傷形態は以下のようであった。

 骨折を合併した負傷者が多く、部位は骨盤、下肢、脊椎など下半身が多く、上半身は少なかった。この事と、負傷者の救出遅延等が関連して、次に述べる挫滅症候群が多数発生したと思われる。

■震災時における外傷入院患者の損傷分類

(神戸市内64病院の集計:1,098名)

分類人数(%)
骨折58546
打撲39031
圧挫14511
切創、挫創1109
熱傷242

■骨折患者(585名)の骨折部位

(神戸市内医療機関アンケート調査)

分類人数(%)
多発骨折 8
頭部、頸部 2
鎖骨、肋骨 11
上肢 5
骨盤、恥骨 24
下肢 27
脊椎 23

3.挫滅症候群について

 今回の地震災害での負傷病態の第一の特徴は、挫滅症候群が多数発生したことである。 圧挫部位の挫滅・壊死、さらには神経や血管の損傷、骨折がみられ、圧挫していたもの が取り除かれると、再灌流により圧挫部位やそれより末梢の筋肉は出血や浮腫などにより腫脹する。一方、筋肉の挫滅部位からミオグロビンなどの腎毒性物質の流出と、 循環血液量の減少によって急性腎不全を発症し、細胞破壊も加わり高カリウム血症が 急速に進行して、早期に治療を開始しないと死にいたると言われている。今回の災害 で挫滅症候群と診断された患者の受傷部位は四肢、骨盤、腰部などで、合併している 例もあり、下半身の圧挫が90%を占めた。発生率は入院を必要とした外傷患者の約 10%と推察された。

 治療法は、数時間以上家屋などの下敷きになった場合、その救出段階より輸液療法を 開始し、病院へ搬入後には大量輸液を基本とした循環管理を行うことにより、急性腎 不全への移行を防ぐことが重要である。急性腎不全をきたしている場合、血液浄化療法 が必要であるが、被災地の医療機関では、ライフラインの寸断により、かかる治療は 困難であり、できるだけ速やかに被災地外の医療機関に搬送すべきである。 大学病院では、断水のために血液透析療法を施行できなかった。そこで代用手段として 血液濾過などを施行した。比較的軽症であった例に対しては輸液や、ウリナスタチン、 ドパミンを使用した保存的治療を行った。治療成績と転帰を示す。

■挫滅症候群症例の治療成績

血液濾過透析施行例 13例死亡 2例
転送 11例(死亡 2例)
保存的治療例    19例軽快 8例
死亡 4例
転送 7例(死亡なし)
合 計       32例 死亡 8例(25%)

 今後の地震災害に備えて、医療情報ネットワ−クシステムや広域搬送システムの確立 とともに、挫滅症候群の早期診断法と、治療法の確立が重要な課題であると考えられる。


東京都の災害医療拠点病院の例

半田幸代、看護展望 20: 1217-1222, 1995


 東京都リハビリテーション病院は、平常時は東京都内におけるリハビリ専門病院として機能している。しかし、災害時には、白鬚東防災拠点として機能し、東京都震災予防条例に基づいて指定されている白鬚東地区の避難場所を利用する住民に対し医療救護活動を行うことになる。このため、東京都リハビリテーション病院では、災害の規模と被害を想定し、その場合における警戒宣言発令時の体制、救護活動体制を作り、さらに日頃の訓練及び教育体制を整えている。

[災害時における基本機能]

 白鬚東防災拠点としての主な役割は、重傷者の応急処置および応急処置後に引き続き治療観察が必要な疾病者の仮収容所となることである。前提条件として、災害 (地震)の規模を関東大震災と同じ程度、すなわち、マグニチュード7.9、震度6(烈震)で、暖房機具を使用している冬の台所に火の入っている夕方6時頃、風速は6m/sと想定しており、この条件に耐えられるように病院を設計、建築してある。この場合の負傷者数を重傷者170名、要再転入院患者170名の合計約340名と想定し、既入院の165名を含めて合計505名を最大収容人数として、それに見合うスペースを確保、維持しており、医療スタッフも東京医師会、地元地区医師会等の協力を得て十分に確保できるように協議、訓練を重ねている。また、最高7日間の自給自足が行えるよう災害対策用備蓄物品の確保、整備も行っている。

[警戒宣言発令時の体制]

 警戒宣言の発令を知る方法は東京都からの防災無線による受信であるが、そのときの状況によりテレビ・ラジオであったり、サイレンであったり様々である。そのような場合にも直ちに応急対策を開始する。また、警戒宣言発令時には一般の会社では社員を帰宅させることになるであろうが、病院職員は平常通りの勤務に就くことになっている。病院責任者は、速やかに患者及び職員へそのことを周知徹底し落ち着いた行動を呼びかける。病院であっても緊急時には電話の使用規制の対象外ではないので、職員は家族の安否を気づかうことなく職務に専念できるようあらかじめ防災措置、避難場所などを決めておく。そして、警戒宣言発令時には、外来診療については可能な限り平常通り、また、原則として入院患者の避難は行わないが、手術については日程変更なものについては延期するという診療体制をとることになっている。

[救護活動体制]

 災害発生時の組織は、大きく本部、医療班、給食班、設備班から構成される。本部は院長を本部長とし、全活動の指揮、情報収集、職員・応援者の召集・配置、外部連絡調整(災害対策本部など)、患者受入口、倉庫などの鍵の開錠、また、併設される施設設営・搬送班により、収容施設の設営、医療機材の配備、備蓄物品の配布、補給物品の搬送などが行われる。医療班は、副院長、医師、看護婦等から構成され、更に、救護所経由の重傷者の振り分けを行う振分班、洗浄、消毒、縫合、副木、人工呼吸、点滴、感染防止など応急処置を行う救急班、収容場所における診療、看護を行う収容班、緊急手術(小手術のみ)、手術機材消毒確保、滅菌消毒を行う手術班、救急班、収容班の要請に応じて調剤、緊急撮影、緊急検査等を行うサポート班に細分される。給食班は収容患者505人、スタッフ、受託者、外部応援者185人の合計690人分の給食を確保する。栄養士及び調理師が担当する。設備班は、中央監視室及び守衛室勤務者が担当し、被害状況の確認、点検、運転確保、最低運転確保機器などの設備業務を行う。

[訓練及び教育体制]

 東京都リハビリテーション病院では、消防計画に基づく防災訓練と連携し、患者収容までのすべてを行う「総合訓練」を年1回9月に、また設営、非常時設備運転、召集、受入れ、情報収集及び通報など、個別に行われる「部分訓練」を年2回以上行っている。さらに、随時、机上訓練を行い、職員の意識を高めている。この他にも職員に対する教育として、災害時医療救護活動における位置付け、役割、職員各自の任務及び責任の周知徹底などの教育研修が行われている。

[まとめ]

 防災対策は、災害発生時の状況を想定して作成される計画案であり、被害をより少なくし、二次災害を予防するためのものである。しかし、この計画はいつ実行されることになるのかか分からないと言う特殊なものであると考えられる。よって、実際の災害時にこの計画を正確に実行するためには、定期的に防災訓練を行うことによって、この計画が、職員一人ひとりにいかに徹底されているかがポイントになるであろうと思われる。脚本通りの防災訓練では緊急時に対応できず意味がないと考える人もいるかも知れないが、机上の話とくらべて、実際に何をするか動いてみれば、具体的に何をすればよいかを理解することができると思う。このような意味からも防災訓練は有意義なものと思われる。また、今現在の防災計画も定期的に見直し、修正を加え、よりよい体制作りをしていかなくてはならないと思う。


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