市立札幌病院救命救急センター1、札幌市消防局警防部救急課2、札幌市消防局救急救命 士養成所3
はじめに 訓練に向けての準備から そして訓練当日--- 訓練を終えて さいごに |
今年の7月30日に行なわれた平成9年度緊急消防援助隊北海道東北ブロック合同訓練に
おける応急救護所設置及びトリアージ訓練に際し、模擬患者に迫真の演技とメーキャッ
プをお願いし、現実の災害さながらの医療救護活動訓練を行なった。
設定した模擬患者は68名、これには研修中の救急隊員II課程研修生49名の他、当科に
よく見学に来る有志の医学生5名らに参加をお願いした。模擬患者には、予め傷病名と
ト
リアージ・カテゴリーのみを指定し、メーキャップ、演技内容は当人達に任せることに
した。バイタルサインについては身体の一部に貼付することにした。
救急隊II課程研修生に対しての概要説明ができたのは、訓練も差し迫った7月14日で
あ
った。研修生を5つのグループに分け、それぞれのグループで病態について学習を行な
っ
てもらい、次いで3日間の当科における病院実習時間の一部を病態演技指導時間に割り
当
てた。
医学生に対しては、7月8日に概要の説明を行ない、さらに当科におけるトリアージ講
習にも出席してもらった。
医療スタッフとしては、当科より医師2名、看護婦4名が参加、また札幌医大救急集中
治療部からは医師2名が参加してくれた。当科では、訓練参加者のみならず、当科の医
師、看護婦有志を対象に7月24日にトリアージ講習を行なった。これは当科にとっても
初
めての試みであったが、当科の看護婦といえどもトリアージという言葉を知らない、と
答える者が10名程はいたであろうか。
模擬患者の設定で頭を悩ませたのは、不処置・死亡群いわゆる黒タッグの扱いであ
る。多数傷病者発生事例では、当然不処置・死亡群の傷病者は発生する。しかし消防側
としては消防機関の訓練である以上、黒タッグをつけることを前提とする訓練は出来な
い、というのである。今回の訓練は札幌市消防局単独の訓練ではない。秋田谷士長や國
安消防司令補は、個人的には不処置・死亡群発生の想定が必要であることを認めつつ
も、この訓練には、北海道東北各地から400名以上の隊員が参加するため、消防機関の
"掟"に背くような設定は認められない、というのである。
こうした救急課の苦悩をよそに、研修生たちは模擬患者のセッティングに積極的に取
り組んでくれた。特に救急隊員II課程研修生たちは、救急の現場で場数を踏んできた猛
者連中である。模擬患者の設定を自分の経験に照らし合わせつつ、よりリアルなメーキ
ャップと演技の研究に余念がない。むしろ行き過ぎが心配なくらいであった。
訓練の想定は、北海道石狩地方を震源とする地震発生に際し、緊急消防援助隊が出
動、出動した各道県隊及び医療機関が連携して救出救護活動を行なう、というものであ
る。設定自体に少し無理はあるが、日常とは違う指揮系統のもとでの活動することの意
義は大きい。
最初の救出救護訓練開始後、待機していた医師・看護婦を含む応急救護所要員は4台
の
車両で出動し、応急救護所の設置を開始した。支援工作隊のトレーラーからシート、担
架その他の資材を下ろし、医師、看護婦、消防職員が協力しながらトリアージ・ポス
ト、応急処置用のエア・テントを設営していく。消防職員はともかく医師、看護婦にと
っては事前説明もなく初めての経験である。応急救護所の設置が終わらないうちに模擬
患者の搬入が始まった。
訓練終了後に実施したアンケートでは、模擬患者のうち88%がトリアージ・ポストで
は
設定病態について的確に表現できた、と答えている。トリアージ・ポストで痛みを訴え
る者、泣き出す者、スタッフに当たり散らす者、何を聞いても反応しない者---。あっ
と
言う間にトリアージ・ポストは大混乱に陥り、本当の"災害現場"になってしまった。ア
ンケートに、訓練であることを忘れてしまった、と記載する医療スタッフも少なからず
いたが、それも頷ける惨状であった。
トリアージを終えた模擬患者を、担架隊がトリアージ・カテゴリー別にエア・テント
または、軽処置・搬送不要群(いわゆる緑タッグ)待機場所のバスに搬送していく。そこ
で必要な応急処置を行うわけであるが、後方医療機関への傷病者搬送が比較的円滑に進
んだ最優先・緊急治療群(赤タッグ)エア・テントに比べて、次から次へと傷病者のたま
っていく待機・非緊急治療群(黄タッグ)エア・テントの混雑は相当なものであった。こ
こに配置されたスタッフは医師1名、看護婦1名、救急隊員3名であったが、とても観察
を
繰り返し行う、という余裕はなかったようだ。そうした中で、エア・テント内で心停止
となる者、いつの間にか設定になかったはずの黒タッグをつけられる者も出てきた。こ
うした混乱のうちにわずか1時間の訓練は終了した。
一方、応急救護所要員の大半が自分の活動に余裕がなかった、と答えているにも関わ
らず、トリアージ・カテゴリーは設定に近い結果となった。これはトリアージという概
念が理解され、実践されたことを意味する。
一方、模擬患者の側からの指摘であるが、応急救護所において継続的な観察が行なわ
れたとするものは26%にとどまり、また声かけや励ましがあったとしたものも26%にとど
まった。これは応急処置を待つ間、あるいは搬送待機となっている間、応急救護所要員
から状況の説明がほとんどなされなかったことを意味する。特に傷病者の待たされるこ
とに対する不安は大きい。こうした状況では、傷病者、特に緑タッグをつけられたもの
による暴動発生の危険性を指摘するものもいたのは興味深い。
今回、医師、看護婦を含め応急救護所要員はトリアージという多数傷病者対応に追わ
れ、傷病者個人への配慮という視点を持ち合わせる余裕がなかったと考えるべきであろ
う。多数の傷病者を前にして、限られた要員で緊急を要する応急処置を優先しなければ
ならないのは当然である。しかし、トリアージや応急処置の手を休めることなく、傷病
者の心理状態を考慮しつつ、傷病者に対して簡潔な状況説明を行なう姿勢が必要であろ
う。
そして、ただでさえ人員の不足する応急救護所内では、人員の効率的な運用のために
明確な指揮系統が必要である。医師、看護婦は、日常から指揮系統のもとでの活動には
習熟していないことも考え併せ、あくまでも傷病者対応に撤するべきであり、人員配置
等の指揮は消防機関が執るべきであろう。しかし、現状は残念ながら医師、看護婦に対
して遠慮がちになる消防職員が多いと思われるが如何であろうか。今回、医師、看護婦
が応急救護し設営に際して、土嚢を運んでいたことに感激と衝撃をもって捉えていた消
防職員が少なからずいたことを付記したい。
一方、医師、看護婦は、まず確保された医療資材を確認し、応急救護所で何が出来る
のかを把握することが求められる。これには、日常の救急医療の実践とは異なって、限
りある医療資材をどのように使うか、という発送の転換が必要である。
次いで応急救護所内での役割分担が重要である。トリアージ担当者は必ず二人一組、
できれば医師と看護婦がペアで行うのが良いであろう。医師が診察しながら必要事項を
言葉で表現し、看護婦が復唱しながらトリアージ・タッグに記載する、というのが望ま
しいであろうか。応急処置に携わる場合は、医師は指示を出しながら、トリアージ・タ
ッグを指示簿の代わりに記載し、看護婦がそれを見ながら輸液を行う、あるいは医師が
処置にあたっている場合は、看護婦が介助と記録を行う、というのも一つの方法であろ
う。もし救急隊員が介助にあたってくれれば、看護婦が他の傷病者の観察にまわること
も可能である。
しかし、今回参加した医師、看護婦は、事前に訓練の設定についての情報は与えられ
ていなかった。従って、今回の医師、看護婦の傷病者対応は、現実に可能な精一杯の対
応であったと考えられる。そして今回、厳しい採点者としての役割を担った模擬患者
は、救急隊員及び医学生という、日常的には救助する側、救護する側の立場にたつもの
である。彼らの提起した傷病者対応について問題は貴重な指摘である。
看護婦の役割を考えてみた場合、これを日常の患者への接偶の延長線上で捉えること
ができる。トリアージの概念を理解し、実践することが重要であることは言うまでもな
い。しかし、医療の実践、それもより厳しい多数傷病者発生時であるだけに、傷病者へ
の状況説明、声かけ、励ましが大きな意味を持つこともまた事実である。
Sep.4,1997はじめに
訓練に向けての準備から
そして訓練当日---
訓練を終えて
さいごに