災害医学・抄読会 110930

JMAT(日本医師会災害医療チーム)活動報告

(1)東日本大震災でJMATに参加して─立ち上がろう!! 団塊世代 http://www.med.or.jp/nichinews/n230605m.html
(2)活動を通じて再認識させられた地域医療,チーム医療の重要性 http://www.med.or.jp/nichinews/n230705l.html


広域医療搬送における域外(搬送)拠点空港での日本DMAT活動

(中田敬司、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、106-113)

DMATと広域医療搬送について

 DMATとは「災害急性期に活動できる機動性を持った トレーニングを受けた医療 チーム」と定義されており、災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team の頭文字をとって略してDMAT(ディーマット)と呼ばれてい る。1995年に起きた阪神・淡路大震災の教訓を生かし、厚生労働省により日本 DMATが平成17年4月に発足した。

 医師、看護師、業務調整員で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故な どの現場に、急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門 的な訓練を受けた医療チームである。現場の医療だけでなく、災害時に被災地の 病院の指揮下に入り病院の医療行為を支援する病院支援や、災害で多数の重症患 者が発生した際に、平時の救急医療レベルを提供するため被災地の外に搬送する 広域医療搬送など、機動性、専門性を生かした多岐にわたる医療的支援を行って いる。

 日本DMATの活動における災害時の広域医療搬送は、重症患者に高度な医療を提供 することを可能にし、かつ被災地内の医療負担を軽減するために重要な役割を果 たす。

域外拠点空港の目的と役割

 域外拠点空港には、まず日本DMATチームの参集拠点および被災地への輸送拠 点の役割がある。他にも自衛隊機の待機スペース、搬送されてくる傷病者の受け 入れや容態観察、被災地外病院への搬送、各関係機関との調整などの機能がある。

域外拠点空港のDMAT業務と留意事項

1.災害発生から域外拠点空港立ち上げまで

 災害発生から域外拠点空港立ち上げまでにしなければならない項目は以下 の通りである。

 a.飛行場担当者との連絡と確認

 b.飛行場内立ち入りメンバー・車両リストなどの作成と確認

 c.各チームの資器材調整

2.DMAT参集から被災地への輸送まで

 a.SCU(域内拠点)本部・自治体・飛行場関係者との協議・調整

各地からDMATが参集する前に行う。

 b.患者受け入れ病院情報の収集と確認

域外拠点空港の役割の1つは搬送されてきた患者を速やかに医療機関 に搬送することにあり、搬送患者予定の情報をなるべく早く入手して対応するこ とが望ましい。

 c.消防機関との連絡・調整

消防機関との協力調整の上、移動手段(救急車)を確保する。

 d.自衛隊機関との連絡・調整

自衛隊機の運航計画や医療資器材の電磁干渉の確認が必要。

 e.到着チームの受け付け体制の確立

 f.参集チーム全体ミーティング

 g.活動記録体制の確立

3.DMATおよび患者受け入れから病院収容まで

  計画に従って自衛隊機が被災地から傷病者とDMATチームを乗せて域外拠点空 港に帰ってくる。それ以降の活動について以下に示す。

 a.患者受け入れ病院情報の収集と確認

 b.消防機関との連絡・調整(搬送手段・病院選定およびその確認)

 c.自衛隊機関との連絡・調整

 d.到着チームの確認と情報収集

 e.搬送人員確保と調整

 f.活動記録

4.日常の準備

 域外拠点活動を効果的に実施していくには平時の準備が重要である。被災 地外広域搬送拠点関係者と以下の項目について事前に協議しておくと良い。

 a.拠点空港車両番号登録・空港事務所の連絡方法の確認・空港訓練への参 加など

 b.空港内の参集場所の検討

 c.SCU設置場所とレイアウト

 d.電源・LAN・電話・ファックスの確保

 e.酸素の供給方法など

実際の訓練(広島西飛行場)

  ここでは実際に2007年9月1日に広島西飛行場と航空自衛隊浜松空港基 地とを結んだ広域搬送訓練について述べる。

1.訓練における広島西飛行場の目的と役割

 広島西飛行場では東海地震発生想定に基づき近隣DMATチームを参集し、 所定のDMATチームを航空自衛隊浜松空港基地に輸送し、そこからDMATチームと共 に搬送されてくる患者を広島西飛行場SCUに一旦受け入れ、救急車やヘリで医療 機関に搬送することを目的とするものである。

2.訓練計画概要

 広島西飛行場が域外搬送拠点に指定されたと仮定し、広島大学病院DMATお よび近隣12施設から9チームのDMATが参集。この9チームが自衛隊機にて域外 搬送拠点(浜松基地)へ向け離陸、空港に残った広島大学病院DMAT他が情報収集 および各機関と連絡調整を実施すると共にSCUの立ち上げを行い搬送体制を整え る。

3.訓練結果の考察・評価と今後の検討課題

 a.関係機関との協力体制の構築(事前訓練や協定締結)

多くの訓練成果が得られた。また、本訓練を契機にDMATの存在息を県 や消防等関係機関に意識浸透させることができ、DMATの想定にない域外拠点とし ての空港内SCUの役割を理解共有できた。

 b.DMAT活動の都道府県・市町村地域防災計画への組み入れとマニュアル化

 c.管轄を超えた消防機関の協力・支援体制について(緊急消防援助隊)

 d.災害時広域搬送業務における消防ヘリ活用の有益性について

 e.広島西飛行場の域外搬送拠点空港に伴う利点の検討について

おわりに

 災害時の広域医療搬送において域外拠点空港も重要な役割がある。役割をし っかりと意識し、平時の準備とともに必要に応じて訓練を実施し、災害時にはス ムーズな活動が可能になるように環境を整備していくことが必要である。


3.クラッシュシンドローム

(溝端康光、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.107-114)

概要

 クラッシュシンドロームは、地震やビルの倒壊などで被災者が瓦礫の下に取り残され、救出に時間を要する特殊な状況下で発生する。1995年の阪神・淡路大震災においても、本症は372例発生している。救出当初は比較的元気で、四肢の圧迫だけのように見えた傷病者が、時間の経過とともにきわめて重篤な状態に陥ったことから、災害時の特殊疾患として注目されるようになった。本症は、交通事故や転落などといった日常の救急医療で対応する外傷とは異なり、比較的軽微な外力が長時間にわたり骨格筋を圧迫することにより発生する。圧迫の部位としては四肢、特に下肢が多く、受傷肢は知覚と運動の麻痺を伴うことが特徴である。ただし肛門括約筋および肛門周囲の知覚が保たれる点で、脊髄損傷とは区別される。災害時においては、建物の倒壊件数に比例して増加する。

症状

 長時間の圧迫だけで他に大きな外傷がなければ、救出直後の傷病者の呼吸や循環は安定し、意識も清明であることが多い。加えて、橈骨動脈の拍動は触知可能であり、知覚麻痺により痛みの訴えがないため、緊急性を要する病態であるとは判断されにくい。その結果、点滴等の処置を実施されないまま一般病棟に入院となり、重篤な状態に至ってしまうことが問題である。こうした事態を起こさないためには、クラッシュシンドロームに関する正しい知識を持つことが重要である。診断に際しては、倒壊した建物や瓦礫の下に閉じ込められ、救出に時間を要したという受傷機転がその根拠となりうる。

 救出後しばらくすると、患者の全身状態は加速度的に悪化する。内外への出血がなくとも、血圧は低下し頻脈となる。受傷肢は著しく腫脹し、血液検査ではCPK、AST、ALT、血清カリウム値の上昇が見られる。高カリウム血症により心電図上ではテント状T波を認め、致死性不整脈が出現する。さらに、筋組織から漏出した乳酸や尿酸により、著明な代謝性アシドーシスを呈する。同様に上昇したミオグロビンにより、尿は赤褐色を呈する。クラッシュシンドロームにおける死因の多くは、ショックと高カリウム血症である。一方で、循環動態を維持するために行う大量輸液、あるいはARDSにより呼吸不全を合併することもある。

病態

 圧迫を受けた筋組織では、pressure-stress myopathyにより、Na+とCa2+が細胞内に流入する。同時に微小循環が障害され、虚血に陥る。この圧迫が続いている間は、全身性の臓器障害は出現しない。ところが、救出に伴って圧迫が解除されると、筋組織に血液が灌流しはじめ、虚血再灌流障害により横紋筋融解が進行する。流入したCa2+によって活性化された各種分解酵素、ミトコンドリアで産生される活性酸素等により筋細胞膜は障害される。また、細胞膜透過性が亢進し、血管内の水分やNa+が大量に細胞内に流入することによりコンパートメントシンドロームが引き起こされる。これらの複合作用によって横紋筋融解はさらに進行し、筋細胞内物質および筋逸脱酵素が循環血液中に大量に流出する。

 また、筋細胞内に大量の血管内水分が移動することで、循環血液量が減少しショックに陥る。大量のCa2+が移動することで低カルシウム血症を呈する。一方で、筋細胞から漏出するK+は重篤な高カリウム血症を引き起こし、乳酸および尿酸は代謝性アシドーシスを引き起こすことでさらに高カリウム血症を重篤化させる。

 横紋筋融解症が起こると、4〜33%は急性腎不全に陥る。筋細胞由来のミオグロビンが腎障害の主因である。そのメカニズムは、腎血管の収縮、尿細管での色素円柱の形成、尿細管上皮への直接毒性によるとされている。加えて、脱水、循環血液量の減少、酸性尿といった因子も関与してくる。

治療

 クラッシュシンドロームの管理においては、呼吸と循環を中心とした集中治療が必要となる。すなわち、人工呼吸器を用いた呼吸管理と、動脈血ガス分析、観血的動脈圧、中心静脈圧、時間尿量を評価しながらの循環管理を行う。また、急性腎不全を合併した場合には人工透析も行う必要がある。このため、災害時でライフラインの途絶えた医療施設では治療することが非常に困難であり、早期の被災地外への広域搬送が望まれる。

 本症に伴うショックや腎不全を回避するためには、早期からの大量輸液が必要不可欠である。可能であれば災害現場から開始することで、腎不全の合併率を低下させることができる。輸液内容としてはカリウムや糖を含まない製剤を選択すべきで、災害現場では生理食塩液で開始すればよい。外傷に伴う出血や心疾患の既往など、他の因子を考慮しながら200〜1000 ml/hrで投与する。医療機関に収容した後は、時間尿量200 ml/hrを目標に、ICUにてモニタリングをしながら輸液管理を行う。利尿が得られるまでは1号輸液あるいは生理食塩液を、利尿が得られた後は乳酸加リンゲル液などを用いる。

 炭酸水素ナトリウムを投与し、尿のpHを6.5以上に維持することで、腎機能障害を軽減することができる。アルカリ環境では、ミオグロビンの腎への障害性が低下するからである。ただし尿のpHを上昇させるためには大量の炭酸水素ナトリウムが必要であるため、動脈血pHを7.45以下に維持するためにアセタゾラミドを投与する。また、マンニトールは浸透圧利尿薬として尿量を増加させ、尿細管のミオグロビンを洗い流すことにより腎不全の予防に効果を示すとされている。ただし容量増加作用による急速なうっ血をもたらす可能性があるため、1日最大投与量を200 gとし、利尿の得られていない患者には投与しない。

 局所治療としては、ターニケットの使用やコンパートメントシンドロームに対する減張切開が挙げられる。しかし、ターニケットによる緊縛の有効性は、臨床的には証明されていない。減張切開については、適応をコンパートメント内圧だけで決定するのではなく、受傷後経過時間が12〜24時間以内であるものに限るべきであるとの報告がなされている。


緊急地震速報システムによる減災と病院機能の維持

(堀内義仁、日本災害医学会誌 15: 225-230, 2010)


災害時における母性保健

(松本安代、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.144-151)

1.災害時に女性が置かれる立場

 災害によって既存の社会システムが崩壊すると、食糧不足や衛生状態の悪化から、社 会的弱者である女性と子供は大きな負担を強いられることになる。また、紛争や災害 以前からの問題点として医療やヘルスケアの利用には、ジェンダーが大きく関連して おり、家庭の中で女性が担っている役割のために、女性自身が医療やヘルスケアを受 けることをためらうことがあることや、さらに途上国では教育レベルが低く、栄養・ 健康状態が悪いこと、女性が外に出て男性と同じように行動することに対して、宗教 的・文化的に制約のある国も多い。こうした環境は災害によってさらに悪化し、女性 の健康に大きな影響を与える。災害時においては、特に女性が置かれる非常に困難な 立場を理解したうえで、被害者の支援にあたることが大切である。

2.災害時の女性の健康

1)妊産婦の被害

 災害時には避難所生活によって妊婦自身の健康状態の悪化だけでなく、医師不足によ る妊婦健診や分娩介助などのサービスを受けることができなくなったり、今まで受け ていた経口避妊薬などの家族計画の公共サービスが受けられなくなり、望まない妊娠 とその結果としての安全でない人工妊娠中絶が増える。

2)レイプ被害

 災害による治安の悪化から暴力やレイプの被害にあう女性が増える。被害にあった女 性のための緊急避妊薬や、速やかに性行為感染症を治療することができるような支援 も考慮されるべきである。

3)The Reproductive Health Kit

 国連人口基金(UNFPA)は緊急災害時のリプロダクティブ・ヘルスケア・ライツを守る ために最低限必要な基本的物資をThe Reproductive Health Kitとして1つのパッ ケージ化した。現在では、フィールドで用いるものから病院で用いるものまで多岐に わたり、コンドーム、清潔な分娩セット、レイプ被害治療セット、経口・注射避妊 薬、性行為感染症治療セット、子宮内避妊具、流産処置に必要な器具などの13項目 からなる。しかし、物品の手配・管理・搬送業務をスムーズに行うことは非常に難し い問題である。

3.災害時に必要な妊産婦ケア

1)災害と妊産婦死亡率

 妊産婦死亡の実に99%が途上国で起き、妊産婦死亡は先進国では2800人に一人のリ スクであるのに対し途上国では61人に一人と、途上国の妊産婦は先進国の妊産婦より はるかに高い妊娠出産のリスクにさらされている。

 途上国における貧困、教育が受けられないこと、若年妊婦、低栄養、女性の社会的地 位が低いこと、ヘルスケア設備・システムが整っていないことなどが妊産婦ケアを悪 くしているが、そこに災害が加わると状況はさらに深刻なものとなる。WHOの調査の 結果、世界の中で妊産婦死亡率(MMR)の高い国は、紛争・災害の起きている国々が多 いことが分かった。

 先のThe Reproductive Health Kitの13項目のうち7項目は緊急災害における妊産婦ケ アに最低限必要なパッケージとなっており、資源が限られる中での清潔で安全な分娩 介助のために、このような手に入る医療器材・薬品を使用してのケアを習熟しておく べきである。

2)Skilled Birth Attendant

 物的資源のみならず、人的資源も乏しい途上国においては看護職の業務範囲は非常に 広い。日本では産婦人科医師の業務とされていることも国によってはSkilled Birth  Attendantとしての看護職の職域となっている。

 災害からの復興に時間がかかり、避難生活が長く続くような状況でも、妊産婦には Skilled Birth Attendantによる安全な分娩と妊産婦ケアを受ける権利があり、ま た、支援が必要である。災害弱者である女性が、どんな状況においても自分の意思で 妊娠・出産を決定し、安全に妊娠・出産できるように、災害時の人道的支援において も十分考慮されるべきである。


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