災害医療教育の在り方(石井 昇、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.63-67) |
わが国においては、従来より都道府県または市町村立病院・診療所や医師会の医師などが救護班を編成し活動するほか、災害救助法に基づき日本赤十字社が都道府県から業務委託を受けて災害医療活動を行うこととなっている。医療救護班は主に48時間以降の避難所の仮設診療所や巡回診療を担当してきたが、救命の観点からみた災害医療としては十分とは言えなかった。可及的早期にトレーニングを受けた医療チームが災害現場に出向くことが災害死の回避につながると考えられる。
災害現場に出動し、救命医療を提供する医療チームをDMAT(Disaster Medical Assistance Team)と称し、「大規模事故災害、広域地震災害などの際に、災害現場・被災地域内で迅速に救命治療を行えるための専門的な訓練を受けた、機動性を有する災害派遣医療チーム」を意味する。これは医師を中心に看護師や調整員(事務員)などの医療従事者から編成され、災害急性期における被災地域内での情報収集、トリアージや応急治療、被災地域内医療機関の支援、被災地外への航空輸送を行う。
米国では1984年にNDMS(National Disaster Medical System)が整備され、その一環としてDMATが組織された。NDMSは米国保健・福祉省の管轄下に、DMAT派遣と医療資器材の被災地への搬入を行っている。米国DMATは、NDMSへの参画病院、参画ボランティア組織、保健・医療団体が組織している緊急医療チームで、各チームは約35名の医師、パラメディック、看護師などから構成され、さらにその3倍のロジスティクス人員のサポートを受け、災害発生時に被災地に赴き自己完結的な医療活動を行うものとされている。
わが国においてDMAT整備の必要性が公に提唱されたのは、平成13(2001)年6月の厚生労働省「災害医療体制のあり方に関する検討会」報告書が最初である。これは1995年の阪神・淡路大震災での教訓から生まれたもので、この日本版DMAT構想は、全国の災害拠点病院において、被災地への緊急派遣が可能な医療チームを編成し全国的な運用を図るという構想であった。
■日本におけるDMATの在り方に関する研究
前述の「災害医療体制のあり方に関する検討会」報告書を受け、厚生労働省は平成13年度厚生特別科学研究「日本における災害時派遣医療チーム(DMAT)の標準化に関する研究」研究班を発足させ、DMATをわが国に導入するにあたって、その目的、役割、規模、実現にあたっての諸課題を整理した。研究・検討の結果、DMATの定義を「災害急性期に活動できる機動性をもったトレーニングを受けた医療チーム」とした。その規模は、米国の1チーム30〜40人という大掛かりなものではなく、従来の医療班をもとにした、特に災害拠点病院を中心とした、機動性のあるチームで対応することにした。また派遣先は、近隣の事故災害と遠隔の広域地震災害の両者に対応するものとした。
■DMAT整備に関する行政の動き
東京都が全国に先駆けて2004年8月に東京DMATを発足させた。また厚生労働省は平成16年度補正予算より、南関東大地震、東海地震や東南海・南海地震など、複数の都道府県にまたがる広域地震災害発生の際、発災後数時間〜48時間までの超急性期に災害現地に派遣され、災害時救命医療を提供するDMATの編成/整備を進めており、全国に200以上のチームを計画しており、平成18年10月までに197チーム(約1000名)の研修が修了している。
■日本DMAT活動指針
平成18年2月、厚生労働省は「日本DMAT活動指針」を発表した。以下に要点を説明する。
被災都道府県は、当該自治体外からの医療の支援が必要な規模の災害に対し、DMATの派遣を被災害地外の都道府県、厚生労働省、文部科学省、国立病院機構などに要請する。被災地外都道府県は、被災都道府県の要請に応じ、厚生労働省と連携し、管内のDMAT指定医療機関、日本赤十字社支部へDMATの派遣を要請する。また厚生労働省は、広域災害救急医療システムを通じて、都道府県、文部科学省、国立病院機構、DMAT指定医療機関に要請の連絡を行う。要請を受けたDMAT指定医療機関はDMATの派遣を行う。ドクターヘリの活用もある。
DMATの活動を支援、調整するために以下の各種本部を設置する。
1)自施設から派遣したDMATの活動を把握し、必要な支援等を行うDMAT派遣医療機関内本部、2)被災地内の災害拠点病院などに設置され、情報収集やDMAT活動の調整などを行うDMAT域内活動現地本部、3)DMATの医療活動を統括するため各都道府県によって管内の各SCU(広域搬送拠点臨時医療施設)内に設けられるSCU-DMAT本部、4)DMAT派遣要請時に厚生労働省の本部機能を果たす厚生労働省医政局災害医療対策室
被災地の重症患者を被災地外に搬送し、そこでの医療の提供を可能にする。広域搬送拠点は自衛隊や民間の空港が当てられ、SCUが設置される。現在の計画では、SCUには12床の重症患者収容のための臨時ベッドを設置し、30名の医療職を含む76名の要員により運営される。DMATは、SCUにおける医療スタッフとしての機能を果たすことが期待されており、患者の搬入、応急処置、広域搬送のためのトリアージ、患者の搬出などに携わる。
DMATは、広域搬送に携わるほか、被災地内でも活動する。被災地内の病院や場合によっては被災現場における診療も行う。ただし、避難所に設置される救護所における診療活動は、救命救急医療の対象となる傷病者は少ないと考えられるので、DMATの活動としない。
24時間いつでも200チームのDMAT出動を可能とするためには1000チーム必要があると考えられており、今後チームの養成や連携システムの構築などを進めていく必要がある。
【マスギャザリングの医療支援に関する提言】
1) マスギャザリングを、「一定期間、限定された地域において、同一目的で集合した多人数の集団」と定義する。
2) マスギャザリングへの医療支援は救急医学・災害医学において重要な位置にあり、その目的は傷病者への適切な早期診断の提供である。
3) マスギャザリングへの医療支援により周辺救急医療機関業務の軽減を図る。
4) イベントごとのリスクファクターを検討するために、重症度・疾患分類・転帰の類型化と搬送先医療機関情報の集積が必要であり、リスクに応じた医療支援体制を構築する必要がある。
5) マスギャザリングイベントの開催者に対して、リスクに応じて準備すべき医療支援体制を提示し、イベント開催の必須条件にするべきである。
6) マスギャザリングへの医療支援にあたり、支援医療機関、消防、警備組織など関連組織と十分に調整し連携を図る必要がある。
7) 保険診療に関わる法的問題を解決する必要がある。
1) 群衆1000人当たりの傷病者発生率(PPR) 2)救急車による搬送率(TTHR)
3)CPA発生率 4)疾患内訳 5)疾患重症度
【マスギャザリングの傷病者発生に関する指標に影響するリスク因子】
群衆サイズ・イベントタイプ・イベント会場へのアクセス・イベント期間・興奮度・
熱狂度・気象条件・屋内か屋外か・群衆の移動性・アルコール・合法ドラック許可の有無・現場の医療班の体制・公衆衛生設備
一般的に、群衆サイズが大きい・高温・多湿・屋外イベントは傷病者が多い傾向にあり、気象条件は、熱中症・低体温症・呼吸器合併症など大量発症に関連し、アルコールやドラックは中毒症や軽傷外傷の誘因となりうる。イベント会場へのアクセスの悪さは、外傷・熱中症・疲労を生み、興奮度の増加と1人当たりの狭いスペースは、心疾患・脳血管障害・暴力に伴う外傷の誘因となる可能性がある。また、マスギャザリングの状態で局地的災害が起こった場合には、当然ながら被災者数が多くなる。さらに、スタジアムや特にボトルネックのアクセス経路上での将棋倒しのように、マスギャザリングそのものに同時多数傷病者発生のリスクが内在している点にも注目する必要がある。
適切なマスギャザリングにおける救急医療体制の構築方法としては、雑多なイベントを集めて検討された傷病者数予測式よりも、以前の同様のイベントにおける経験を参考に構築したほうが有用と報告されている。しかし、日本ではまだデータが少なく、今後データを集積しつつ経験値を上げることが最重要課題となっている。
【医療支援計画の立案】
参加者に対する警備・救護計画の作成は重要であり、関連する諸機関(イベント開催者、医療関係者、消防、警察、警備会社、行政など)が連携して情報を共有しつつ立案することが重要である。また、イベント規模の大小を問わず、検討する項目は同じであり、米国では15の基本項目を挙げ対応している。
避難所は、災害が発生し実際に被害を受けたり被害を受ける可能性のある人で、避難しなければならない人を一時的に学校、福祉センター、公民館、その他の既設の建物または応急仮設物などに受け入れ保護する目的で設置される。
武蔵野市を例に挙げると、まず医師会の協力を得て人的被害及び医療機関の被害状況や活動状況などについて把握し、衛生局に報告している。災害時後方医療施設及び都立病院などでは衛生局が防災行政無線により情報収集を行い、救急医療告示機関は消防庁が災害緊急情報システムなどにより収集している。
緊急医療告示機関以外の病院は衛生局が市や医師会などの協力を得て情報収集を行う。災害発生直後においては医療機関及び医療救護班などとの情報連絡手段を確保する必要がある。災害時は情報が混乱しやすいことをふまえ、必要な場所に救護所が設置できるように行政・健康センター・地元医師会・応援医療救護藩などに情報を提供・共有していく必要がある。
救護所の必要物品については市町村に備蓄してあるものを使用し、医薬品が不足する場合は地域の薬剤師会に協力を要請しそれでも足りない場合は国や自治体に要請し調達する。
災害は、人々の身体の健康状態だけでなく、精神健康にも影響を与える。被災者は、日常生活上の多大なストレスを受け、PTSD、大うつ病、パニック障害、特定の恐怖症、身体化障害、アルコール依存症など、さまざまな精神医学的病態の有病率が上昇することになる。
よって、災害時には精神保健活動に対する多種多様な需要が著しく増大する。
2. 災害の影響を規定する因子
a) 災害の性質…広がり、スピード、持続、場所など
a) 外傷ストレス…「心の傷」。時間の経過とともに漸次回復が期待できる。
2.個人ストレスと集団ストレス
災害時には、コミュニティを形成する個々人に特にはっきりとしたストレス症状が見られない場合でも、組織としてのパフォーマンスにはあきらかな低下がみられる場合が多い。よって、個人だけでなく、集団や組織の受けた被害がどの程度のものであるかということを評価して、その集団に対するケアを提供することが必要。
3. 被害者の心理状態の変化
災害発生後、被災者の心理状態は以下のような3相性の段階を踏んで経過していく。
それぞれの時期により被災者のニーズも変化する(表)。
◇災害対策の3分野 … 準備(計画・訓練・備蓄)・予防・軽減
2.災害精神保健活動の実際
a) 早期対応:茫然自失期・ハネムーン期…「予防」的活動が主体。
b) 中長期対応:幻滅期…「軽減」的活動が主体。
災害援助業務における救援者のストレスに対しても、精神保健的援助が必要。
2.救助者の心得
a) 救援者は二次的被災者である。
3.ストレス関連障害への対応
被災者の多くが最初に出会う援助者である救急隊員は、災害後急性期のストレス関連障害患者への対応について、基本的な技能を身につけておく必要がある。
この場合、十分な精神医学的評価が行われる前に被災者に対応することになるので、被害の深刻さに比して一見冷静に見える被災者に注意する。
DMAT
(大友康裕、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.262-274)
マスギャザリング
(森村尚登ほか、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.287-293)
マスギャザリング(群衆)
マスギャザリングが有するリスク
マスギャザリングにおける医療支援体制の構築
結語
避難所、救護所の設営と必要物品
(弘中陽子、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.110-116)
開設までの流れ
避難所設営の視点
避難所設置費
避難所開設期間
福祉避難所
ボランティアの受け入れ
救護所の設営、医療情報の収集・伝達
医療救護活動
避難所、救護所に必要な物品
災害時・災害後のストレス関連障害対策
(岩井圭司、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.307-313)
A.災害と精神健康
b) 被災コミュニティの特性
c) 時間経過…時期に合わせた援助が必要B.災害ストレスへの視座
b) 日常生活ストレス…日常生活の困難により生じる。時間経過とともに重畳していくことがある。C.災害時、災害後の精神保健活動
被災者の安全と衣食住の確保、精神保健に関する啓蒙、カウンセリングなど
住民交流の促進、ケア資源の傾斜配分、訪問活動などD.災害救援者の視点から
b) 被災者の生活上ストレスを重視する。
c) 災害後早期の精神保健活動は「心理学的」よりは「実質的」なものであるべき。
d) 自分が精神保健サービスを必要としていると思う被災者はほとんどいない。
e) 災害後の精神保健的援助は、アウトリーチ(訪問活動)に重点を置く。
f) 被災者にみられる情動的反応の多くは「異常な状況に対する正常な反応」である。
g) 時期に合わせた援助を心掛ける。
h) 被災コミュニティの特性を考慮し、互助的機構を尊重し、活用する。