災害医学・抄読会 100205


阪神・淡路大震災

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 阪神・淡路大震災とは1995年(平成7年)1月17日火曜日午前5時46分52秒、淡路島北部沖明石海峡を震源としてM7.3の兵庫県南部地震が発生し、それによって発生した大規模災害である。人的被害としては、死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名、住宅被害としては全壊104,906棟、半壊144,274棟などその被害総額は約10兆円規模となるなど、その震災の規模を如実に表している。都市型震災としては、大都市を直撃した東海地震以来であり、道路、鉄道、電気、水道、ガス、電話などのライフラインは寸断されて広範囲において全く機能しなくなった。しかしこれほどの大きな被害であったにも関わらず、多くの研究者、専門家の間においては、「犠牲者については、地震が冬季の早朝の発生であったために交通量や火の使用量が少なかったために最低限である6,000人に抑えられている」との意見があり、もしも通勤時間もしくは午後6時ごろに地震が発生していたとすると死者は、20,000人を超えていたとみられている。

 地震発生後、消防・警察・自衛隊などの各組織は救助活動に入っている。総務省消防庁や警察庁が調整を行って全国から消防部隊や機動隊員が現地に送られていたが、交通渋滞に巻き込まれずに到着した者はほとんどなく、現地に到着できても大規模災害に対する技術も知識も装備も機材も満足とは言えない状況だったため活動は難航した。消防や警察は、この地震での失敗を教訓にして、のちの特別高度救助隊・高度救助隊の創設のきっかけとなる消防機動救助部隊や緊急消防援助隊・広域緊急援助隊を創設することになる。自衛隊については、地震発生数分後には行動を開始したものの、兵庫県知事への被害情報の連絡が遅れたことにより、神戸市中心部への災害派遣はただちにはなされず、結局派遣要請は、地震発生から4時間後に知事へは事後承諾という形で行われた。これを教訓に、後に自衛隊への派遣要請は都道府県知事や市町村長または、警察署長などからも要請が行えるようになった。また首相官邸をはじめとする政府、国の機関が、直接に被災地域の情報を収集する手段は整備されておらず、地方自治体や各省庁の地方支分部局、自衛隊の部隊などから本省などへあげられた情報を迅速に集約する体制も、収集した情報を内閣総理大臣へ通報する体制も整っておらず、国の機関の対応も十分であったとは言えなかった。

 この震災において老朽化木造瓦屋根がなくなった場合は、死者は1/10に減少するといわれている。この背景には新築時の建築基準法に対し違法でなかったら、その後老朽化し危険になった建築物は違法ではないという法律上の問題点がある。これは震災後も変更されなかった。また耐震性の小さな建造物にも被害が多く発生したことを受け、消防庁では公共施設の耐震改修を指導している。しかし依然公共施設の耐震化率は東京に比べて低く、民間の会社施設・マンションにおいての耐震化率は極めて低いのが現状である。さらに、ほとんど犠牲者が出なかった公共施設の耐震化は進んでいるが、犠牲者の8割以上を出した民間の耐震性のない木造住宅の耐震補強はほとんどなされていない。また、震災の犠牲者6434人のおよそ1割に当たる約600人が、室内家具の転倒による圧死と推定する調査があったことから、震災発生後しばらくは「家具転倒防止金具」を購入する人が多くみられたが、今では普及が鈍化している。

 阪神・淡路大震災が起こって今年で15年だが、現在ではこの大災害を過去の事として取られている人が増えてきており、当時の反省もやや薄れてきている印象がある。そのため、一人一人が当時を振り返り、これからの災害に備えて準備をしていかなければならないと思われる。また各組織においてはこの震災の経験を活かし、常に万が一の状態に備えられるよう連絡網の整理や対処法等を改めて確認していかなければならないと思われる。



東海・南海・東南海連動型地震

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 東海・南海・東南海連動型地震とは、東海地震、南海地震、東南海地震の3つの地震が同時発生した場合を想定した超巨大地震のこと。しかし同時と言っても同じタイミングで起こるのではなく同じ年など比較的3つの地震が起こった時間が非常に近い(大体1年以内)場合が多い。同時に発生する可能性も否定できない。

概要

 地質調査や文献資料から、東海地震、南海地震、東南海地震はそれぞれ80年〜150年(200年との説もある)間隔で発生していることが分かっており、今後も同じような発生パターンをとると推測されている。いずれも東海地震・東南海地震・南海地震は同時に発生したことが確認されており、揺れと巨大津波により甚大な被害を受けている。文献によれば1605年の慶長地震(M7.9〜8.0)と1707年の宝永地震(M8.6)の2回が確認されている。これ以前については、1498年以前の東海地震の発生記録が無いなど地震の記録が乏しいことや、信憑性や確実性に疑問が残る文献もあることなどから詳しく分かっておらず、連動型が発生していた可能性もあるとされる。

 この3つの地震が一挙に起きた場合や短い間隔で起きた場合は、太平洋ベルト地帯全域に地震動による被害が及び、地域相互の救援・支援は実質不可能となると見られている。地方自治体は早急に連動型地震を視野に入れた防災対策を講じる必要があるとしている。今後発生が予測されている連動型地震のうち最大のものはM8.7とされる。破壊領域は長さ700km程度、津波も最大で20mを超えるとされている。

過去の例

発生した場合の被害予想

(最も被害が大きいと考えられている早朝5時に発生した場合・中央防災会議資料による)

 静岡県、愛知県などで最大震度7を観測すると思われる。 豊橋市、浜松市などで震度7、名古屋市、四日市市で震度6強〜6弱を観測するなど、都市部でも非常に強いゆれを観測する。また、北は茨城県、南は鹿児島県まで、広い範囲で津波が観測され、愛知県、静岡県には平均して4〜5m、高知県など四国太平洋側には平均して10〜12m、最大で30m近い波が観測される(10階建てのビルに相当する高さ)。

日本近海における類似の連動型地震

 日本周辺の海溝では、このほかにも連動型の巨大地震の発生が推定されている。大阪市立大学大学院理学研究科の原口強・准教授によると、869年の貞観三陸地震は、福島県、宮城県沿岸で従来発見されていた津波堆積物が岩手県沿岸でも新しい痕跡が発見されたことにより岩手県沖〜福島県沖(茨城県沖)の震源域をもつ連動型超巨大地震と推定した。名古屋大学大学院環境学研究科の古本宗充・教授によると、御前崎(静岡県)、室戸岬(高知県)、喜界島(鹿児島県)の3つの海岸にある通常とは異なった隆起地形に着目し、東海・東南海・南海から奄美諸島沖の南西諸島海溝までの広範囲で同時発生する、M9クラスの超巨大地震(全長約1000キロの震源域)の可能性がある論文を発表している。



JR福知山線脱線事故

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事故の概要

 事故は2005年4月25日午前9時18分頃、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線の兵庫県尼崎駅-塚口駅間の半径300mの右カーブ区間で発生した。列車は7両編成で、うち前5両が脱線。先頭2両は線路脇の9階建てマンションに激突し、先頭車は1階駐車場に突入、2両目はマンション壁面へぶつかり原形をとどめない形で大破した。先頭車両が脱線、急減速した影響で車列が折れ、連結器部分で折りたたまれるような形になったために、玉突きになって被害が拡大したものとされる。

 救助作業は、駐車場周辺においてガソリン漏れが確認されており、引火を避け、被害者の安全を確保するためにバーナーや電動カッターを用いることができなかったために難航した。また、3両目から順に車両を解体する作業を伴い、昼夜を問わず24時間続けられ3日後の4月28日に終了した。

被害

 近隣住民への二次的被害は免れたものの、直接的な事故の犠牲者は、死者107名(当該電車運転手含む)、負傷者562名を出す未曾有の大惨事となった。犠牲者の多くは1両目か2両目の乗客で、ほとんどが多発外傷や窒息で亡くなっており、クラッシュ症候群も確認されている。死者数において、JR発足後としては過去最大となり、鉄道事故全般で見ると戦後(旧国鉄時代含む)4番目となる甚大な被害を出した。

 後に、事故では負傷しなかった同列車の乗客やマンション住人、救助作業に参加した周辺住民なども心的外傷後ストレス障害を発症するなど大きな影響を及ぼした。また、マンションには47世帯が居住していたが、倒壊した場合などに備えてJRの用意したホテルなどに避難した。

対応

 阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の経験が生かされ、迅速な対応が行われた。事故発生当時、いち早く現場へ駆けつけて救助にあたったのは近隣の人々である。負傷者の半数近くは近隣の人々が医療機関に搬送しており、震災当時に見られたボランティアの精神が生かされている。また、救急医療関係者が事故現場周辺に展開して大量の負傷者が発生した場合のトリアージを実施している。事故から約2時間後には、尼崎市により事故現場至近の中学校が開放され、避難所として利用されたほか、緊急車両の待機状や消防防災ヘリコプターの臨時ヘリポートとして活用された。兵庫県は緊急消防援助隊の応援要請、広域緊急援助隊の出動要請、また現場に近い伊丹に駐屯する陸上自衛隊第3師団への災害派遣要請をそれぞれ行った。

緊急搬送

 広域消防相互応援協定により、複数自治体から応援があった一方で、負傷者の搬送先はそのほとんどが兵庫県下の病院となった。尼崎市と隣接する大阪府への搬送は店員が中心であり、直接の搬送は数件にとどまった。

原因

 兵庫県警及び航空・鉄道事故調査委員会による事故原因の解明が進められ、2007年6月28日、最終報告書が発表された。調査委員会の認定した脱線の事故については脱線した列車がブレーキをかける操作の遅れにより、右R304mのカーブに時速約116km/hで侵入し、1両目が外へ転倒するように脱線し、続いて後続車両も脱線した、という単純転覆脱線と結論付けた。

 その後2006年春に行われたダイヤ改正において、同社の路線全体におけるダイヤの余裕時間を増やし、駅ごとの乗降数に応じて停車時間も10秒-1分ほど延長された。地上側では速度照査機能を持ち、曲線区間の手前で十分に減速、あるいは非常停止が行えるATS-Pが導入された。車上側では運転士の無操作が約60秒間続くと5秒間警報が鳴動し、さらに操作がない場合は自動的に非常ブレーキが作動するEB装置(デッドマン装置の一種)などの導入が進んだ。



原子力事故

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 原子力事故(げんしりょくじこ)とは、原子力関連施設の事故のこと。特に、核燃料・計測・医療のために使う放射性物質が漏れ出すと、大気や土壌、水が汚染され、環境、人体ともに多大な被害をもたらす。原子力発電所で事故が発生した場合は、国際原子力事象評価尺度(INES)によりレベルがつけられることになっている。

1.主な原子力事故(軍事以外)

1)海外の代表的な事故

日本 INESレベル2相当以上の事故

*その他の有名な事故(日本)

2.主な原子力事故(軍事)

1)旧ソ連 原子力潜水艦事故

*その他

2)西側諸国 原子力潜水艦



ドクターヘリ

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 ドクターヘリとは、1970年にドイツで誕生した、医師がヘリコプターで患者の元へ向かうシステムである。日本の場合、厚生労働省と該当する県からの補助を得て運用する救命救急センター補助事業である。しかし、単に医療機材を搭載して患者を搬送するヘリコプターではない。急患の迅速な搬送という目的もあるが、第一の目的は、重篤な患者が発生した場所に医師と看護師をいち早く派遣し、初期治療を開始することにある。ヘリの運航は民間のヘリ運航会社に委託している。

 大規模災害発生時には、災害医療の特殊部隊である医療チームDMAT(災害派遣医療チーム)が出動するが、そのときにDMATの輸送機として使用することもある。

 基地病院の構内や病院の隣接地にヘリポートを設置し、そこにヘリを離陸可能な状態で常時待機させており、搬送協定を締結した市町村消防署や広域市町村圏消防本部からの出動要請を病院内の救急救命センターが受けると、すぐに出動する。そして、消防との交信の上で決定された、学校グラウンドや駐車場など、事前に設定された場外離着陸場に着陸するが、場合によっては消防機関や警察機関が着陸場所を確保したうえで災害現場直近に降りることもある。消防機関が着陸場所を着陸可能な状態にしてから、患者の負担にならないよう救急車から少し離れた場所に着陸し、医師と看護師が救急車に向かい、救急車車内で初期治療を開始する。患者の状態、および地域の医療事情に応じて、医師、看護師が同乗して近隣の医療機関に搬送したり、ヘリで他の病院(基地病院とは限らない)に搬送したりする。なおヘリが現場に着陸してから離陸するまでの間は消防隊が安全管理を行っている。 こうしたドクターヘリの運航には、医療機関や消防機関、警察機関などの連携が必要である。 なお、ドクターヘリの要請は消防機関および医療機関(病院)によっておこなわれるため、一般人が直接呼ぶことはできない。ちなみに搬送費用は無料であり、治療費のほかに往診料等が請求されるだけである。

 日本においては、経済的条件や地形的・気象的条件、場外離着陸場の確保の制約などから1990年代に至るまで、離島・僻地・船舶からの急患移送は行われていたものの、ドクターヘリなど機内や事故現場での治療はあまり行われてこなかった。しかし、1990年代から実験が行われ、その有効性が確かめられてからは、各地域での導入が進められている。日本に先んじて導入されたドイツでは、国内に73機配備されており、国内何処にでも要請から15分以内に到着できる。ドクターヘリ導入後、交通事故の死亡者が1/3に激減したと言われている。

 日本は2001年に岡山県でドクターヘリ導入促進事業が始まって以来、ドクターヘリへの理解が進んで来ているが、ドイツ国内は73機配備しているのに対し日本はまだ1道1府15県21機(2010年1月現在)の運用にとどまっているのが実情である。最大の問題は、年間2億円近い運航費用の負担であり、昨今の地方自治体の財政事情で導入を躊躇しているところが多い。

 また基地病院内や病院間の横の連携、十分な数の医師の確保、乗員の養成システム、ヘリポートの不足、運用時間が日中に限られ、夜間離発着ができない事や、着陸する場所がまだ少ないなどといった、解決しなければならない課題が多い。 ドクターヘリ事業者らは、「ドクターヘリが真に必要な地方ほどドクターヘリの導入が遅れている」とし、さらなる導入促進のために、運行経費を医療保険から補助するよう求める提言を行っている。

 これらに対して与党はドクターヘリ全国配備のため国会に新法案を議員立法で提出し2007年の通常国会にて可決、成立した。

 愛媛県では、専用機はないものの、平成21年8月20日より、消防防災ヘリのドクターヘリ的運航を開始した。へき地や離島などの救急隊から要請があれば、県の消防防災ヘリコプターに、県立中央病院救命救急センター(基幹病院)または愛媛大学医学部付属病院救急部(補完病院)の医師が同乗して現場まで向かう。ヘリには、新たに患者監視モニター、自動体外式除細動器、自動式心マッサージ器など、現場救急活動に必要な医療機器を整備している。運航は、医師確保が困難な場合やヘリの点検期間を除き、毎日午前8時30分から午後5時15分まで(特に必要な場合は、日出から日没まで)行うこととしており、年間20件程度の出動を見込んでいる。

*DMAT:災害派遣医療チーム(Disaster Medical Asistance Team、通称DMAT)とは医師、看護師、業務調整員(救急救命士、薬剤師、放射線技師、事務員等)で構成され、大規模災害や事故などの現場に急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チーム。

*場外離着陸場:一定の条件を満たした場所については、国土交通大臣の許可を得ることにより離着陸を行うことができると定められており、これに沿って設置されているのが場外離着陸場である。


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