災害医学・抄読会 091002

災害が人々の健康や生活に与える影響

(酒井、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.62-66)


 災害は、その種類によって特徴的な健康問題があり、また、どの災害にも共通の健康問題もあります。そのため、災害を分類することで、影響の推測や適切な対応ができます。災害の種類、時期、避難生活場所、被災者別、日常生活別で分類し、災害が人々の健康や生活に与える影響をまとめました。

1.災害の種類別にみた健康問題

A)自然災害の健康問題

 地震:死傷者の多くは挫滅創、裂傷、骨折、切創、脊椎損傷、頭部外傷、腹部外傷、熱傷などの物理的外傷による。クラッシュシンドローム(挫滅症候群)による急性腎不全では透析が必要になる場合もある。

 水害:切創、擦過傷、打撲などの物理損傷が多く、創部からの感染が問題。破壊力がある土石流では負傷者が重症化しやすい。土砂崩れ、避難時の転倒、転落による死傷者も多い。

 火山噴火:広範囲熱傷、気道熱傷が起こる。火山灰吸入による呼吸障害も起こる。噴石の命中による死傷者もみられる。

 雪害:屋根からの転落事故が大半を占める。その他、急性心筋梗塞、脳出血、転倒による骨折、閉じこもりやうつ状態も出現する。

 落雷:火災に巻き込まれたり、人間に当たると死亡原因になる。

B)人為災害の健康問題

 列車事故:骨折、肺挫傷、胸部損傷、腹部損傷が多く、圧迫死もみられる。

 化学物質:火災時の有毒ガス吸入による中毒が起こる。工場爆発により、一酸化炭素、天然ガス、プロパンガス、サリンなど有害物質流出による傷病者が発生する。

2.災害の時期別にみた健康問題

A)災害初期

 圧迫、内臓破裂、気胸、血胸、打撲、骨折、切創などの外傷が多い。特に緊急度の高い熱傷、気道熱傷などには早期治療を開始する。クラッシュシンドロームは四肢の広範な挫滅や阻血により起こり、ミオグロビン尿が認められる急性腎不全となり、透析を要する。季節によっては熱中症、脱水を引き起こすため、水分・塩分摂取が必要である。身体症状とともに精神症状も注意する。

B)災害中期から長期

 慢性疾患の管理不十分による症状悪化が起こる。例えば在宅酸素、CAPD、透析などへの対応困難であり、さらにストレスによって疾患が増加することもある。免疫力低下による感染症にも注意が必要である。汚染水による細菌性腸炎や、食中毒がおこり、冬季には呼吸器障害、インフルエンザの蔓延も起こる。水分摂取量が減ったり、高温下での片付けなどによる脱水症状も多い。

 長期化によるストレスから精神症状が悪化し、アルコール依存、精神障害、PTSD、PTSRが起こる。孤独死が増え、高齢者では環境変化による認知症の進行もみられる。

3.避難生活場所別にみた健康問題

A)避難場所

 初期には外傷、骨折、打撲、切創などへの対応が必要である。被災者は家屋の片付けを行うため、切創、擦過傷も増える。集団生活による不眠症、便秘、下痢、食欲不振、感染症なども生じる。長期化すると睡眠障害、アルコール依存も増える。冬季には感冒が増え、高齢者などでは食料を保管している場合もあり食中毒にも注意が必要である。避難所内が狭かったりして転倒骨折したり、プライバシー欠如やストレスによる精神的問題も増える。

B)仮設住宅

 生活環境の大きな変化に伴うストレス、今後への不安が生じ、市街地を離れた仮設住宅への移行した場合には情報の遅れや不便さから身体症状やストレスが生じる。

4.発達段階別健康問題

A)小児期

 災害への対処、経験の未熟さによりその後の経過が予測しにくい。大人に影響され精神的不安定になりやすい。生活変化に影響され、同時に自己が対処できないことによる不安も多い。思春期のこどもの抱く災害の影響が将来にも影響する可能性がある。

B)成人期

 家屋の片付け、地域への協力、家族の世話などに追われ、職業を欠勤する不安も増す。子育てをする母親は周囲への配慮からストレスを感じる。

C)高齢者

 慢性疾患があったり、体力的側面から周囲に気兼ねしたり、不安や恐怖心が強くなる。環境変化にも適応しにくく、不安が増す。

5.日常生活上の問題

A)食事

 食糧不足や配給の不均等による食事量制限が生じる。また、片付けや復旧などに追われ、摂取できなかったりする。高齢者では乾パンが固くて食べにくかったり、食生活の偏り、食欲不振も生じる。

B)排泄

 トイレなどが使用できなかったり、数が不足する場合があり、我慢するために便秘・膀胱炎が増える。食事内容や行動制限による便秘症状も出現する。救護所のトイレは和式が多く、足腰の弱い老人ではポーダブルトイレが必要になる。

C)清潔

 入浴機会の制限による皮膚疾患、不快感による精神的不安定、不衛生による感染症の増加が起こる。壊れた家財やごみが集積し、悪臭を生じる。砂塵も増えるためマスク着用やうがい、目の洗浄が必要。

D)活動

 停電、電話不通などにより一時的に停滞する。その後は片付けや復旧活動が増え、転落、負傷、骨折が多くなる。高齢者では無理な活動は呼吸・循環系に影響を与えることもある。

E)睡眠

 夜間不眠は増加する。余震に怯えたり悪夢を見たりと睡眠は傷害される。夜間も復旧活動するために睡眠時間が不足する。

F)仕事

 地域の活動に縛られ、休職を余儀されなくなることも多い。物品の購入費が増えたり、農作物被害が生じたりするなど経済的負担も増える。

G)学習

 学校が避難所になったり、閉鎖される。また、受験に影響する。


現場情報と傷病者搬送 1.過去の示唆に富む事例

(中山伸一、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.160-167)


はじめに

 災害発生時の現場医療対応は3T’s(Triage,Treatment,Transport)が重要である。現実の災害発生時には3T’sのうちTriage、Treatmentにのみ目が奪われ適切な傷病者搬送(Transport)への配慮が抜け落ちかねない。本稿では、実例を提示し、問題点を整理することで、傷病者搬送の考え方とその実践に欠かせない情報伝達のあり方について述べる。

事例1.阪神・淡路大震災

 災害時の情報交換の重要性、二次転送や被災地外への転送の必要性を示す事例として、改めて見直してみると、情報、交通の途絶えから、被災地内においては医療需給のアンバランスが生じていた。また、医療に関する情報交換ができなかったため、被災地内はもとより、被災地から被災地外への効果的な患者転送が行えず、災害早期からの効率的な救護班派遣も実施できなかった。この事例から災害時の情報交換と転送の重要性を学ばなければならない。

 多数傷病者発生時においてわが国の医療情報の流れは、まず119番通報あるいは110番通報により消防機関か警察機関に情報が入る。消防機関と警察機関は活動を開始しつつ、お互いに連絡を取り合うが、医療機関への情報提供においてしばしばタイムラグを生じているのが現状である。その事実を示す事例として事例2、3を振り返り比較として事例4を取り上げる。

事例2.北海道縦貫自動車道における多重衝突事故

(1992年3月17日、大型車両14台を含む合計186台の車両が巻き込まれ、重軽傷者106名、死亡2名)

 事故発生7分後北海道警察覚知。19分後消防署覚知。71分後医療機関に連絡入る。

 3つの医療機関が医療班を現場派遣した。その時間は発災から95分後病院出発、106分後現場到着、127分後現場到着と事件発生からかなり時間が経過していた。

事例3.明石海峡大橋事故

(2002年7月11日下り線で合計9台の玉突き事故、傷病者数35名、うち10名が車内閉じ込め)

 事故発生1分後淡路広域消防覚知。2分後A病院、B病院に受け入れ要請。4分後神戸消防覚知。29分後明石消防へ救助隊の出動要請。43分後D病院、F病院に受け入れ要請。49分後C病院に受け入れ要請。75分後D病院医師2名現場到着。165分後F病院医師1名現場到着。搬送者数は、現場に近い順に淡路島内のA病院8名、B病院5名(トリアージタッグ赤1名)、C病院10名、D病院(3次救急施設、災害拠点病院)7名、神戸市内のE病院1名、F病院(3次救急施設、災害拠点病院)1名(トリアージタッグ赤1名) であった。

 救急隊によりトリアージタッグを用いながら救出順にトリアージが実施され、重傷者はすぐに救急搬送、軽症者は現場派遣された医師も協力して再トリアージを行ってから医療機関に搬送した。

 この事故では、消防機関の事前取り決めにより、行政区域を越えた応援体制がすばやくとられたことが現場救急活動において功を奏した。しかし、医療機関への連絡は、消防から医療機関ごとに電話による収容依頼で行われ、医療体制の立ち上げ、現場への医療チームの派遣の遅延を生じる一因となった。また、本事例では淡路島に比べて医療機関の多い神戸市内や明石市内への搬送が、淡路島内の搬送に比べて少なかった。理由として、事故現場が淡路広域消防の管轄であったこと、淡路島方面への道路上で発生していたことも関係していると考えられ、高速道路での進入ならびに搬出路の導線確保に関して工夫の余地がある。なお、入院時死亡が一例(脳挫傷、腹腔内出血、現場トリアージ赤)あり現場の指示により淡路側の療養型病院に搬送された一人であった。現場のみならず搬送中の再トリアージを反復して、適切な搬送先の選定および二次転送が行われておれば救命できた可能性があった。

事例4.ドイツICE列車事故

(1998年6月3日高速列車鉄道ICEが走行中、脱線、道路の橋桁に激突。負傷者103名、死亡101名)

 航空機39機を動員しドイツ全土の22の医療機関に分散して航空搬送した。最初の医師現場到着は事故発生16分後、計83名の医師が現場で活動し、約2時間後に搬送終了した。preventable trauma death(PTD)はなかった。

 半径50〜70km、人口約50万人の地域を1つのドクターヘリ基地のサービスエリアとし、全土をほぼ完全にカバーする救急ヘリコプターシステムが効果を発揮してPTD発生を防止した。日頃行っていないことは難しく、プレホスピタルを含め日常の救急医療体制の強化が必要なことを、この事例は教えている。

災害時情報交換の重要性とピットフォール

 上記の事例より医療機関への迅速な情報提供と、それに基づく現場への医療チーム派遣ならびに搬送体制の必要性が改めてよくわかる。多数傷病者発生災害での対応のうち特に情報交換や搬送の在り方について列挙すると1.消防機関から医療機関への事故情報の迅速な提供2.医療チームの現場派遣と現場での情報交換・共有3.搬送医療機関の確保と分散搬送(ヘリコプター搬送含む)4.二次転送の対応、である。

 ドイツでの事故に比べ、上記の国内の2事例では、現場から三次救急医療施設や災害拠点病院への著しい通報の遅延がある。大型交通事故などで多数の傷病者が発生している可能性が高い場合、消防指令や先着救急隊は、多数の傷病者発生と重傷者の存在を予想、念頭に置き、近隣の医療施設だけでなく、距離だけにとらわれず複数の三次救急施設や災害拠点病院への連絡や情報提供をもっと積極的かつ迅速に行うべきである。かつ必要と判断すれば、躊躇することなく医療班の現場派遣要請を行うべきである。早い情報提供は各医療機関においての対応準備や医療チームの迅速な現場派遣を可能にするからである。


災害現場の医薬品使用 急性期

(旗本恵介ほか、薬事 48:2053-2061, 2006)


 災害医療が通常の救急医療における外傷治療と異なる点は、1)傷病者が多数発生する、2)医療機関も被害を受けている、3)被害地域が外部から孤立していることである。

 わが国では阪神大震災以降、災害発生時の応援出動は迅速に行われるようになったが,被災直後は地元リソースで医療活動を行わねばならない。

 超急性期(0-3日)は外傷患者が多いのに比べ、亜急性期(3〜14日)は慢性疾患の増悪、災害による精神的な不安に対する治療、感冒などの一般疾患、そして伝染病など災害後特有の疾患への対応が求められる。 この超急性期に必要とされる薬剤はDMAT(災害医療援助チーム)携行医薬品と同じと考えてよい。しかし塩酸モルヒネは麻薬であり使用後の処理の問題から、ほかの非麻薬性鎮痛剤で代用したほうがよい。点滴類については、後述する挫滅症候群が疑われる症例では生理食塩水と重炭酸ナトリウムを、そのほかにはリンゲル液による静脈路確保を基本とし、大量に在庫が必要である。

 災害時にDMATが現場携行するべき基本薬品は日常診療においても緊急あるいは準緊急薬剤であり、いつでも持ち出せるように準備するべきである。なお、他施設の関係者が処方する場合もあり、先発医薬品とあまりにかけ離れた商品名をもつジェネリック医薬品は用いないほうが望ましい。

 大規模災害時の治療原則は「最大多数に最良の医療を提供する」である。災害時には重傷度判定を行い,より助かる可能性を持った患者を優先して治療を行う。現在はSTART式トリアージニ修正を加えたものが一般的である。黒;即死あるいは救命が困難、赤;緊急治療を要する、黄;手術、処置までに時間的余裕がある、緑;処置不要の4種類に分類する。赤タッグ郡は緊急搬送を要するため、被災地外への搬送体制が整い次第、優先的に被災地外に移動させる。

 最重症損傷である挫滅症候群(クラッシュ症候群)であり、病態は心血管系と腎不全に大別される。挫滅症候群患者の治療の軸は、脱水補正の補液とミオグロビンによる腎障害防止、そして筋腫脹による二次的なコンパートメント症候群に対する治療である。脱水に対しては補液が基本であり、英国では生理食塩水が用いられるが、これはカリウムをふくんでいないという点で理にかなっている。腎不全の直接原因はミオグロビンの尿細管閉塞である。尿のアルカリ化はミオグロビンの尿への溶解度を高めることよりBetterらは尿のphの目標を6.5以上とし、重炭酸ナトリウムの投与を勧めている。

 コンパートメント症候群は、挫滅を受けた後、筋区画内の水分が筋細胞に移動することで生じる。治療法は大きく分けて筋膜切開と保存療法に分かれる。

 筋膜切開はコンパート内圧を低下させるが、制御不能の出血と創部感染による敗血症のリスクが高い。保存療法ではマンニトールの静脈以内投与を行う。血管内の浸透圧を高めることにより浮腫をおこした筋細胞から水を引き出し、コンパートメント内圧を低下させる。

 災害時には瓦礫により圧迫され、脱水と下半身圧迫によりエコノミークラス症候群を生じる可能性がある。災害現場でエコノミー症候群が発生した場合、迅速に診断されることが要である。超音波エコーによる左心室の圧迫所見が最も簡便な確定所見であるが、携帯型エコーの普及が鍵であろう。治療は補液を行い、血栓溶解療法が基本であるが、血液凝固の時間などを厳密に測定しながら行う治療であるため、確定診断できなければ、積極的にもちいるべきではない。

 亜急性期(3-14日)は慢性疾患の増悪,定期薬の処方切れと災害によるストレスでの精神不安定などが問題となる。重症患者が、被災地内外の病院へ移送された後、地元に残された軽症患者の対応と伝染病防止を含めた治療が必要である。上気道感染が広まった場合、手洗い、環境の整備、飛沫感染防止のためのうがい、マスク着用は上気道感染予防の観点から必須と考えられる。創傷処置では熱傷は治癒に時間を要するうえに、頻回の創部観察が必要であり、注意が必要である。

 環境への薬剤投与(消毒など)は災害という日常診療が行われない環境では、すべての排泄物、血液、分泌物、体液は感染物と捕らえて対応するユニバーサルプレコーションを基本とする。環境消毒の薬剤としては、特に手指用のポンプ式塩化ベンザルコニウム製剤は有用であり、必須と考える。


埼玉DMAT

(布施 明、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.237-246)


 鉄道事故などの近隣災害から、地震などの広域災害にわたるまでをカバーし得る現場派遣災害医療体制として、自治体ベースのDMAT運用の期待が高まっている。2006年7月に発足した埼玉DMATは市町村ベースの消防組織をもつ地域としては初めての自治体DMATである。また、埼玉DMATは埼玉特別機動援助隊の構成要素としても機能できるような組織体制となっており、今後の消防組織との連携においても有用な運用体制となっている。

 自治体DMATを運用するうえで、広く全般的に通ずる問題点や課題などが明らかになってきた。

問題点

  1. 発災をDMATがどのように覚知し得るのか
  2. 組織が脆弱になりがちな地方においていかに出動体制を確保するのか
  3. DMAT内の指揮命令系統、及び他の医療チーム、関係諸機関との連携をどのように図るのか
  4. 局面で要求される都市探索救助(USAR)とDMATがどのように連携することが可能であるか
  5. 災害が大規模である場合、どのように広域に他都道府県のDMATと連携するのか
  6. 上記1〜5のためには必要な研修は誰が、どのように行うのか
  7. 保障、費用弁償はどのような形が適切か
    が挙げられる。

1.について

 埼玉県では消防組織間で埼玉県下消防相互応援協定が結ばれており、この協定から県消防災科もしくは県代表消防本部であるさいたま市消防局に情報を伝達する流れが円滑であると考えている。消防側で1ヵ所に集約された情報をもとに、県DMAT指定病院に直接出動要請を行えば時間的損失を少しでも減らせる。

2.について

 DMATに先立って既に院外救急医療が盛んだった地域ではともかくこれら病院外での現場医療活動がこれからという地域では医療チーム・資器材の搬送手段も出動体制の確保という意味では重要である。埼玉県ではDMAT専用車両をDMAT指定病院に配備促進する手助けとして、専用車両を配備のために半額補助の予算を計上している。

3.について

 自治体におけるDMAT編成の基本単位はDMAT指定病院になるが、それぞれ設立母体も違い、県との協定も個々に行われており、現地での自所属機関ではない者の指揮命令に属することには抵抗があることが容易に想像できる。そのため現場での統制を通常行う消防機関の現地指揮本部と現地医療指揮本部が同一場所に設置されることが望ましい。また、災害時にはさまざまな役割の医療チームが被災地内に入ってくることが想定されるが、これらのDMAT以外の医療チームとの調整・連携をどのようにとっていくかは今後の課題である。

4.について

 日本DMAT隊員養成研修では「閉鎖空間の医療」(CSM)を体験するための研修プログラムが組まれており、気道緊急やパーシャルアクセスといった訓練を体験することによりUSARチームに帯同する際の概論を習得することを目標としている。CSMは安全確保を重視しなければいけないが、この点で最も重要なのは救助チームとの顔の見える関係である。訓練を通して顔の見える信頼関係を構築することが知識を超えた安全確保につながる。

5.について

 もし相当数のDMATが参集する予測が立つのであれば、当該自治体DMATは参集DMATが効率よく機能するために調整役に徹するべきである。地域の行政機関や地理に精通している該当自治体DMATの参集DMATに対する業務は幅広く、非代替的である。他地域にDMATの参集を要請した場合にはこれらの業務に専念するため、DMATの現場活動などは参DMATに段階的に委譲し早期に調整業務に専念すべきである。

6.について

 各自治体が自らのDMATを結成する方向に向かうのであれば、日本DMAT登録隊員が既に習得した知識を、いわば屋根瓦方式で各自治体での研修にインストラクターとして伝授していくことはさほど困難ではないと考える。災害現場における医療活動の基本、トリアージ、救護所・災害拠点病院診察、シミュレーション実習などのいわゆるBasic DMATにかかわる研修に関しては各自治体の研修に移譲することは可能である。また、Basic DMATの研修を構成する要素をモジュール化することで1つの自治体で研修することが困難な場合は隣県や広域ブロックで行いやすくなり、スタッフの人手が大がかりなものに関しては日本DMAT隊員養成研修に盛り込むことも容易になる。これらを実行していくためには各地域にDMAT隊員養成研修に精通した統括DMAT登録者を全国に配置する必要もある。

7.について

 自治体DMATが行う業務は地方行政に必要な任務として都道府県が保障・維持、費用弁償を行うことが理想である。継続的な財源確保が必要であり、一括では無理な場合でも段階的に財源を確保することは重要である。

おわりに

 今後DMATが本邦において定着するには自治体レベルでのDMATの活用が必須であると考える。しかしながら、各地方でDMATの浸透度にも相違があり財源的な基盤もこれからである地方が多いことを考えると、各地域でまずはDMAT登録隊員が積極的に地域の研修プログラムを作成し実行することが有用である。このような取り組みが契機となって全国に地方自治体DMATが結成されることが望まれる。


緊急離脱方法の検討/切断から抜針へ 緊急離脱方法変更

(岸加代子/古高和子:透析ケア12:684-692, 2007)


 地震災害時にはライフラインの断絶によって透析継続が困難となるため、一時的な透析機からの離脱が必要となる。

 患者を安全かつ迅速に離脱させるために、2通りの方法を比較検討した。まず、止血バンドを使用して抜針する方法と、メディキット社のセイフティカットを使用し、ラインを切り離す方法で離脱を行い、離脱までの時間を計った。結果は、セイフティカットが成功例で30秒と迅速な離脱だったものの低い成功率だったのに対し、止血バンドは平均80秒と時間を要したが成功率は100%で、臨床経験歴、透析室勤務歴による有意差はなかったという結果だった。実験に参加した患者とスタッフにアンケートしたところ、止血バンドはスタッフも患者も慣れているので協力し合うことができ、安全であるという意見が多数あがった。セイフティカットは短時間での離脱が可能であるが、高価なディスポーザブル製品のため、定期的な訓練ができず、手技に不安があるとの意見が挙がった。

 また、太い針と回路を身体に残したままであると、回路のクランプが外れて出血が起こる可能性がある。この出血に的確に対応することは難しく、失血死さえ起こりうる。さらに、この離脱は透析機内蔵バッテリーのもつ時間内でなくてはならないが、患者の二次処置の場所は診療所から徒歩圏内にあるとは限らない上、透析患者さんにとって、数えきれない利点の備わった砦である透析室を放棄する理由はなく、手技にある程度の時間をかけてもかまわない。以上の点を踏まえるならば、緊急離脱の方法は危険な切断離脱よりも抜針離脱に切り替えたほうが安全といえる。

 しかし、災害時に行うべきなのは日常的な手技である。災害が夜間透析中ということも考えられ、非常灯の灯りのみ、などの非日常的な状況の中で離脱するかもしれない。そのような時こそ冷静な判断、行動がとれるように、定期的、日常的に訓練を行える方法が良いと思われる。また、スタッフ間で経験歴による差もなく全員が確実に行えることによって、離脱の失敗という二次災害を防ぐことができるであろう。

 従来、透析時の固定法には粘着力の強い滅菌テープで刺入部から回路の接続部までを縦にすっぽりと覆い、その上から垂直方向に計8本のテープで固定するという厳重な固定法が未だ行われていた。従来の固定法は皮膚に与えるダメージも強く、また小千谷総合病院過去5年間のインシデントにおいて、年間数例の抜針事例が認められた時期もあるが、これらはすべて特定の患者に限られた自己抜針であった。厳重な固定法も器用な認知症患者には何の効果もなく、そして大多数の患者にとって必須のものという根拠はなかった。

 固定の目的は、刺入部の清潔が保たれ、留置針と回路が確実に固定されていれば達せられる。それならもっと簡素で、皮膚にも負担の少ない抜針離脱に適した固定法に、日常の固定法自体を変更してしまおう、と発想転換し、小千谷総合病院では新しい固定法を確立した。

 新しい固定法では、従来帰宅時に貼付していた止血用パッド付き絆創膏を、手技の変更後は開始時から刺入部に貼付しておくようにし、留置針と回路を接続するルアーロックの前後を垂直方向にテープ固定することとした。日常においても抜針時はパッドの上から止血し、数分後にはほとんどの患者が止血バンドを巻く。これによって抜針して離脱する手技は日常操作と同様に実施が可能となった。結果、抜針離脱への抵抗が無くなり、患者さんにも賛同を得ることができた。

 この固定法の変更によって、年間に数十万円単位の経費節減も実現した。患者さん、スタッフともに「変えたい」と思い、主体的にアクションを起こしていけば、日常の固定法自体を変更していくことは、可能であると思われる。そして、緊急離脱時の事故を減少させることが可能となるであろう。


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