災害医学・抄読会 090116

救急時と災害時の違い―医療の視点から―

(勝見 敦、EMERGENCY CARE 22: 18-23, 2009)


はじめに

 救急医療と災害医療どちらとも、“急に発生した傷病者に対する医療”であることには変わりはない。しかしながら、その両者の医療の質は大きく異なる。災害時には、救急医療から災害医療への速やかな切り替えをすることが重要となる。

救急医療は通常(日常)の中の医療である

 救急患者とは、通常の診療時間外の傷病者および緊急的に医療を必要とする傷病者をいい、これらの救急患者に対し、医療を提供する医療機関を救急医療機関という。わが国では、救急患者に対して常に医療を提供できるように準備しておくことが求められている。

 救急医療とは、発生した傷病者に対して十分な医薬品、医療資器材などの医療供給ができる環境下で、医療スタッフによって必要とされるすべての医療を施すことである(図1)。

 無論予想外のことも起こり得るが、救急患者の発生は疾患、数ともに予測できるものであり、その対応環境は準備されている。つまり救急医療は救急といえども日常の医療の範囲内にあるものである。

災害時の医療需要は予測できない

 災害対応に関しても決して準備されていないわけではない。国、地方公共団体や病院など、各レベルに応じた災害対応計画の策定や、医療資器材、医薬品の備蓄や災害拠点病院の整備など災害時医療対応のための準備がなされている。しかしながら、災害といっても様々で、タイプや規模に違いがある。どのようなタイプ、あるいは規模の災害が発生するかの予測は困難であり、全ての災害に対応できるように準備を行うことは現実問題として到底不可能である。たとえ予想していた災害だったとしても、突発的な傷病者の急増(医療需要の急増)や様々な要因により医療供給の低下が生じ、医療の供給と需要のアンバランスが発生する(図1、表1)。

 災害医療は急激に増大した医療需要(傷病者)と医療供給の低下という環境の中で、限られた医療資源を有効に使い一人でも多くの命を救うための医療である。決して単に救急医療の規模が大きくなったものが災害医療ではなく、救急医療と災害医療の質は全く異なるものなのである。

救急医療から災害医療へ 災害の認識・宣言の重要性

 災害時には病院は直ちに救急医療体制から災害医療体制に切り替え、傷病者の受け入れあるいは医療救護チームの派遣をすることが求められる。その際の初動として重要なことは災害を認識し、宣言することである。災害の認識・宣言の遅れは災害医療対応の遅延に直結するため、災害に敏感になることが求められる。

災害医療体制の確立の必要性

 災害医療には3T(Triage:トリアージ、Treatment:治療、Transport:搬送)を実施することが重要とされているが、災害時には医療体制の機能は低下・崩壊しており、まず災害時の医療体制を立ち上げなくては3Tの実践はできない。例えば、多数傷病者を受け入れるのであれば災害対策本部を設置し、一般外来診療や予定手術の中止を実行するなどの指揮命令系統を確立するための災害時の医療体制を立ち上げる必要性がある。

 災害対応の基本原則は、英国のMIMMSコース、米国のBDLS/ADLSに定められている(表2)。

災害医療から救急医療へ ―ドイツ新幹線事故対応から―

 1998年6月3日午前10時58分、ドイツ北部ニーダーザクセン州エシュデというところでドイツ新幹線のICE884号が時速200kmで走行中脱線し、死者101名、負傷者200名に達する事故が発生した。中等症以上の傷病者87名は現場を中心とした半径150km以内の22病院に搬送され、これだけの災害規模にもかかわらず、災害発生2時間後には災害現場からの負傷者救出は完了していた。出動したヘリコプターは39機、救急車は100台以上であった。

 この救助活動で特記すべきことは救急ヘリが医療チームとともに飛来し、生存者の半数強(59例)をヘリコプターで搬送し、傷病者を広い範囲に分散収容させ、傷病者集中による病院の診療能力低下を招くことがなかった点である。搬送能力が高ければ被災地内の災害現場から傷病者を被災地外の病院へ分散搬送し、災害医療から救急医療へ移行させることが可能となる(図2)。

おわりに

 私たち医療者は、地域の人たちの生命のため、苦しみを取るために医療を提供する責務がある。地域医療を守るという視点で考えると日常の救急であろうが災害時であろうが、医療というものは同じところに位置するものなのである。


火災と地震への対応

(谷本裕幸、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.73-79)


はじめに

 病院内では様々な原因による災害に対応を迫られる場合がある。病院内での災害に備え、種々の災害をシミュレートし、事前に対応を決定しておくことが災害発生時に慌てないで済む最善の方法であり、被害の軽減に繋がる。施設内での自分の立場を理解し、いざという時に行動できる体制作りが必要である。

1.火災

 病院は構造的に火災による被害が拡大する可能性が高く、耐火構造であっても過信はできない。普段から防災について考え、火災発生時に被害を最小限にとどめる方策を定め、病院内に勤務する全員が自ら行動できる体制作りが必要である。

(1)病院内での火災発生の危険性

 病院内で火災を起こしやすい場所は調理場、機械室、電気室などである。その他には病室の電機器類、老朽化した配線、病院内改修工事に伴う火の使用などが原因となる。

(2)火災を知る方法

 火災の発生は、人が直接発見する方法(臭い、煙、炎など)と自動火災報知設備(煙や熱を機械が感知してベルが鳴る)による方法とがある。前者は火災に至る前段階での発見が可能だが、後者は感知器が設置された部屋に煙や熱が充満してからでないと機能しないために発見が遅れる。

(3)火災発生時の行動

  1. 情報収集

     火災発生場所と規模について情報を収集する。収集した情報は病院内職員全員に知らせる。火災の場所や規模は刻々と変化するので継続して情報収集が必要である。

  2. 通報

     通報の遅れは大惨事を招くので、火災発生時はすぐに通報する。自動火災報知設備が作動した時点で消防機関へ連絡されるシステムをもつ施設もある。そして院内放送で収集した情報を院内に知らせる。一般に、目前に差し迫った危機がない場合、誤報と思い適切に行動しないものである。院内放送では、火災報知設備の作動場所だけでなく、作動の理由と病院の対応状況、取るべき行動についても説明する必要がある。

  3. 消火活動

     初期消火も重要である。スプリンクラーが作動し消火されている場合もあるが、基本的には火災現場に到着すると消火器や屋内消火栓を用いて消火活動を行う。特に、屋内消火栓は種類が様々で使用法がやや煩雑である。日頃から防災訓練に参加してその使用法を熟知しておく必要がある。

     また、病院内での火災発生に対応するには、最前線で指揮を取る人材を育成することも重要である。現場の指揮者が連絡、初期消火、避難誘導などを的確に行える体制が整うことで被害を最小限に食い止めることができる。

2.地震

 建物の耐震化が強化されているとはいえ、地震による被害は計り知れない。

(1)地震発生時の被害

 一時的な被害として、建物の倒壊、危機の損傷、電力・ガス・水供給の停止、通信回線の遮断などがある。また、地震に伴う被害として、火災の発生、ガス漏れの発生、室内空調の停止、エレベーターの使用不能などがある。

(2)地震発生時の行動

 地震発生直後は自分自身の安全確保が第一であり、揺れが収まってから院内の被害状況確認のための行動を取る。

(3)地震後取るべき行動

 職員、避難経路、入院患者・来院者、ライフライン、院内設備、医療機器の被害状況や火災発生の有無を確認する。火気使用の厳禁は二次災害を防止するために重要である。また、火災の場合と同様に情報収集、通報、火災発生時には消火活動が重要になる。

(4)閉鎖空間での被災

 エレベーターは地震を感知して緊急停止する。エレベーター内で揺れを感じたら全ての階のボタンを押し、最初に止まった階で降りる。脱出できない場合は外部に状況を知らせる必要があるが、その際には長期戦を覚悟する。

おわりに

 災害は様々だが、その対応は常に同じであり、避難・通報など初期行動が最も重要である。


DMAT訓練を基礎とし、各種機関と連携した災害時医療訓練

(山下 進ほか:日本集団災害医学会誌 13: 204-209, 2008)


 災害急性期に活動可能な機動力のある医療チームを育成するため、日本DMAT(Diaster Medical Assistance Team)隊員育成研修が2005年から行われるようになり、2008年5月の時点で460チームが研修を修了している。広域災害においては全国に展開する日本DMATが連携して活動することが想定されており、統一された手法や考えに沿って活動が可能であるが、地域における局所災害では所属する医療施設や周辺組織とも意思統一を行い、連携を図らなくては十分にその機能を発揮できない可能性がある。今回、我々は日本DMAT隊員となって以来約2年間に行われた香川県内の大規模な災害時医療訓練の内容を評価、検討したので報告する。

1.香川県災害時医療訓練(H18年7月)

 医師、看護師のみならず、保健婦、消防隊員、救急隊員、警察、自衛隊隊員、空港職員、県庁職員など多彩な職種の参加による図上訓練が行われた。参加人数は約100名で、各テーブルに8〜10名を配置し、グループディスカッションを行うものとした。4ヵ月後に行われる高松空港での訓練と同じシナリオの航空機事故を想定し、空港内図面とその周辺地図を用いて図上訓練を進行した。設問に答えながら図上訓練を進行し、カードトリアージ訓練を行った。

2.香川県総合防災訓練(H18年9月)、5.香川県総合防災訓練(H19年9月)

 香川県主催で毎年開催される総合防災訓練。消防、警察、自衛隊と日本赤十字社、香川大医学部付属病院などが連携して、被災者の救助、応急処置を行う訓練も実施される。平成18年はDMAT活動は紹介程度にとどめられた。患者に対するトリアージ、応急処置は、設定に応じて演技をする模擬患者を用いて行われた。平成19年は東南海地震を想定し、関係各機関の連絡訓練も実施。

3.高松空港航空機事故消火救難総合訓練(H18年11月)

 高松空港が主催し、医師会、消防、警察、自衛隊も参加し、空港内の資機材を用いて行われた。航空機が胴体着陸を行うという設定で、胴体着陸前から関係機関は空港に参集しており、直後から消火救援活動が開始され、乗客は直ちに救護所へ搬送された。模擬患者は簡単なムラージュを施したうえで演技を行い、演技できない内容は実際に測定された場合にかぎり口頭で自ら申告する自己申告式模擬患者とした。医療スタッフはこの模擬患者を診察しトリアージ、治療を行い、救急隊が救急車を用いて救護所内からの搬出も行うこととし、救護所では搬出トリアージも行った。

4.さぬきメディカルラリー(H19年5月)

 列車事故を想定し、自己申告式模擬患者77名を用いたトリアージ訓練を実施。

6.香川県内DMAT再訓練(H19年9月)

 「高松市内のビルにて爆発事故が発生。100人程度の負傷者がいると思われるので、県内の全DMATは必要な資機材を持参して現場に参集してほしい」との連絡で、会場の市内のビルまで参集訓練を行った。次に、通信訓練、東南海地震の際の被害を想定した図上訓練を行い、最後にトリアージ、初期治療訓練を行った。

7.直島町防災訓練(H19年9月)

 直島において、地震を想定したシナリオでヘリを利用し、模擬患者の治療にあたった。

8.香川県災害医療フォーラム(H19年10月)

 JR四国の列車にトラックが衝突するというシナリオでの図上訓練を行ったが、時間の都合で対策本部を設置するところまでしかシナリオを進行できなかった。

9.高松市高度救助隊連携訓練(H19年12月)

 高松市消防局で編成された高度救助隊の発足にむけてDMAT隊員などによる講習会。内容はJPTECに準じた訓練とDMAT活動に関する座学、DMATとの連携を想定したグループディスカッションであった。

[考察]

 DMATの活動は香川県内の関係者には広く認知されつつあり、訓練内容にも反映されていることがわかった。大掛かりな総合防災訓練では展示型訓練の要素が強くなり、実践訓練の導入は難しいが、災害時医療を理解してもらうには利点も大きい。DMAT訓練など実践型訓練を導入すると、訓練を通じて具体的な改正案が出されるなど有益な結果を導き出すことができた。実践型訓練のひとつとして自己申告式模擬患者を採用したトリアージ、初期治療訓練が行われたが、大変有効な方法と考えられた。このようなトリアージタッグを用いた訓練では未記入項目の多さが問題点として指摘された。 DMAT訓練を基礎とした災害時医療訓練は参加者にとって負荷のかかるものであるが、訓練後には必ず参加者から建設的な意見や感想が返ってくる。このような訓練を通じて問題点や改善点を共有していくことが可能になると考えられた。


  • マスギャザリング(2) 甲子園球場リニューアルから考える

    (久保山一敏、救急医療ジャーナル 15(4): 50-57, 2008)


    はじめに

     阪神甲子園球場は、1924年(大正13年)に開設されてすでに80年以上を経た、我が国の代表的大球場である。5万人余の観客を収容し、プロ野球・高校野球の舞台として今も第一線で使われている。甲子園球場では、リニューアル計画が現在進行中である。それに対し、筆者が属す兵庫医大病院救急救命センターは西宮市鳴尾消防署と協調して、病院前救護、救急医療、集団災害医療の立場から助言を行っている。本稿ではその背景と経緯を紹介し、現在の本邦におけるマスギャザリング環境の持つ問題点と対策について考察する。

    過去の集団災害

     甲子園球場とその周辺では、過去に3回の大きな事故が起きている。1949年には、阪神-巨人戦で、阪神甲子園駅の出口階段で将棋倒し事故が起き、2人が死亡、36人が負傷した。1979年には、選抜高校野球の入場券売り場で将棋倒し事故が起こり、小学生2人が死亡、3人が負傷している。1983年には、アイドルによる野球イベント終了後の周辺路上で、アイドルが乗っていると勘違いされた車に殺到した観衆が将棋倒しになり、女子高生が1人死亡、9人が負傷している。それ以降、多数傷病者が発生するような重大事故は起こしていないが、2006年12月5日未明に球場に隣接した阪神高速道路上で交通事故が起こり、衝突したトラックに積載されていた重さ3トンの鉄箱が、高速道路高架上から18m下の入場券売り場に落下した。群衆が集まる環境は常にハザードと隣り合わせであることが再認識できる。

    2001年の視察

     甲子園球場の観客、球場関係者を対象とした救護室は、狭い診察室にベットはなく、古めかしいデスク、椅子、棚が置かれていた。球場内で発生した傷病者は、自力歩行が不可能であれば警備員によって担架で搬送されてくる。傷病者は診察室で座位で診察を受けるか、必要あれば隣接した和室で和布団に寝かされ処置を受ける。和室には仕切りはなく、老若男女を問わず雑魚寝を余儀なくされる。また点滴ボトルなどをつるす台やフックはなかった。医療資器材や医薬品は常備されておらず、試合やイベント時に外部の病院からそのつど搬入されていた。心肺蘇生用資器材としては、気管挿管器具一式がカバンに詰めて置かれていたが、心電図モニター、除細動器、酸素ボンベはなかった。通信設備としては電話と一般のテレビが置かれていた。ただ球場の職員が適宜巡回しており、緊急通信が必要な場合は、彼らによる無線通信が可能であった。

     なお警備員や一般職員に対する心肺蘇生法をはじめとする応急救護講習は、ほとんど行われていなかった。多数傷病者事故や集団災害に対する備え、すなわちトリアージポストや緊急車両のアクセス、多機関が共同して対処するための本部機能や通信設備などは整備されていなかった。ただ消防は、隣接する国道43号線の高架下スペースを、トリアージポストとして独自に想定していた。

    球場リニューアルと「安全性の向上」、話し合いの成果

     球場リニューアルの工事のコンセプトとして、「安全性の向上」が挙げられた。筆者はこの「安全性の向上」が幅広い意味を持ちうると受け止め、甲子園球場の医療環境を現代の標準に沿うよう刷新し、さらに集団災害にも対応可能なハードウェア、ソフトウェアの整備を提言する好機と考え、球場側と接触を持ち、意見交換を行った。以下に、話し合いの成果を示す。

    考察

     2001年の視察時、救護室の有様に驚かされた。集団災害に対する医療面での視点や備えは皆無だった。それにもかかわらず、救護・医療面についての阪神電鉄の意識は低く、医療・救護環境を改善するよう、また集団災害への対応を検討するよう提案しようとしても、阪神電鉄側にはその必然性も必要性も見当たらず、説得は困難であった。阪神電鉄本社を代表して会合に出席したのは技術部の職員である。彼らは建築の専門家であり、危機管理の担当者ではない。阪神球場のリニューアル工事のコンセプトの一つにうたわれた「安全性の向上」は、本来は老朽化した球場の耐震補強工事を意味しているだけかもしれない。しかしこの言葉は、さらに救護・医療環境の改善や職員の応急救護教育、さらには集団災害対応まで視野に入れた幅広い意味に受け取ることができる。スポーツイベントの会場は、集団災害が起きやすい環境と見なされている。医療・救護環境の充実、集団災害への備えは、他球場にはないリニューアル後の新たなアピールポイントになりうるはずである。

     今回阪神電鉄側と話し合いを進めるにあたって困惑したのは、説明や説得の根拠が意外と薄弱な点であった。マスギャザリング医療に関する法令、条例などは、現在本邦にはまとまった形では存在していない。また本邦でのマスギャザリング医療・救護や傷病者の実態も、系統的な集計・分析はなされていない。マスギャザリングへの医療対応を検討するときに、十分な根拠が見当たらないのは、日本だけではなく、海外でも事情は似通っている。オーストラリアのArbonによる最新の総説では、さらに新しい課題も指摘されており、(表)、この分野には未解決な課題は多い。ただこれらの課題も、技術的、学術的に解決がきわめて困難なものは少なく、英知と熱意を結集して取り組めば、いくつかには短期間で回答が得られるようにみえる。

     第18回長野オリンピック冬期競技大会のメディカルディレクターの奥寺は、その経験から「よいシュミレーションの場であり、計画の初期段階から積極的にかかわることで、イベントそのものを安全に運営できるのみならず、参加した医療スタッフの災害医療への動機付けとなる」と述べている。身近で日常的なマスギャザリング環境に目を向け、考え行動することで、医療者にも救護者にも、また主催者や地域社会にもさまざまな覚醒がもたらせるのではないだろうか。

    表.マスギャザリング医学の今後の課題 (Arbon P.2007を一部改変)


    □災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ